平成7年冬の橋本・下市口風景

平成7年12月15日仕事で和歌山県の橋本に行く。

遊びなら大阪からJRを使ってゆっくり行くのだが、仕事なので当然の如く南海高野線を利用する。

橋本駅は、南海とJRが相互乗り入れしているが、駅舎は一つで大きな跨線橋で互いに連絡してあるだけで、その区分けは曖昧なものになっていた。

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列車は橋本で一部が切り離され、急勾配の高野鉄道線を登っていく。

この年の9月から、南海高野線ズームカーの増解結実施駅が三日市町から橋本駅に変更になったのだ。

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大正4年に開業した橋本駅には、このクラシックな跨線橋が名物となっている。

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南海線ホームの支柱は鋳物製で、大正10年10月 梅鉢工場製との銘あり

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一方、JRホームのそれには・・・

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大正元年9月鉄道院との銘があった。


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50パーミルの高野線山岳路線用に開発された21001系“ズームカー” 

姿かたちの良い車輌だったが、ギア比が山岳用に設定してあるので、とにかく走行音が大きい車輌だった。転用されていった他の私鉄では未だに健在ではあるが、親元の南海電鉄では平成9年にその姿を消した。

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また、橋本駅の構内には、こんな大型の車庫があった。

その経歴はよくわからないが、知らない間になくなってしまった。

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平成7年 こだま号グリーン車で熱海へ・・・

平成7年11月11日、年一回の職場の慰安旅行として熱海に向かった。

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JR大阪駅から新大阪まで在来線で行き、新大阪から新幹線に乗るのだが、熱海に止まる列車は少ない。

目的は、熱海の「あたみ石亭」で骨休めすることだから、急ぐことは全くないので、「こだま」で向かうことになった。

新大阪9:36発東京行こだま410号に乗車・・・慰安旅行だから、座席はもちろんグリーン車(8号車)である。

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0系新幹線のグリーン車も20年後の今見るとかなりレトロな雰囲気である。

Leica3C+Russar20mm



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枕カバーのほか肘置きカバーが備えられているのが、嬉しいね!

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お昼は、法隆寺・川田の豪華な松花堂弁当である。これなら酒が進むというものだ。





その車窓からどんなものを撮影していたかというと・・・

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京都手前の梅小路あたりに待機するキハ181・・・特急「あさしお」として運用するのだろう


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建替え工事真っ只中のJR京都駅本屋


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↑名古屋付近で名鉄や、↓豊橋でEF58などを車窓から撮影している。

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平成7年 特急“TSUBAME”乗車記

平成7年11月9日再度鹿児島に出張した際、前回は空路で帰阪したが、今回は時間に余裕があったので、陸路を選ぶ。

憧れの特急“つばめ”を始発の西鹿児島から終着の博多まで乗車した。

西鹿児島12:10発の特急つばめ14号である。

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西鹿児島駅の在来線ホームを横切るように新幹線ホームがその姿を見せようとしている。
新八代~鹿児島中央の開業は、平成16年3月13日なので、その9年前の姿だ。

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クモロ787-2 先頭車のサイドビューは直線的な輪郭で、とても精悍なものとなっている。

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そのサイドには、歴史と伝統の名列車“TSUBAME”の表示が大書されている。

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サハシ787形のセミコンパートメントで4席×6室が配置されていた。

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正方形の窓も、この車輌を特徴付けている。

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平成7年 追憶の西鹿児島駅

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こんな時代もありました。

ブルートレインの後ろには建設中の新幹線ホームが見えている。

これは平成7年10月31日に仕事で鹿児島を訪れた時に撮影したもの。

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そして、JR西鹿児島駅の駅舎はこんな感じの平家建だった

左端にTSUBAMEの看板が・・・787系が導入され脚光を浴びていた頃ではなかったか。

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対面の西鹿児島駅前風景



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現在の鹿児島中央駅・・・もう面影は全然ない 同じ場所だとは全く考えられない。

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金沢偕行社の遺構

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平成29年2月16日大阪発13:12の特急サンダーバードで金沢を訪れる。

兼六園の近くにある訪問先に出向いたのが午後4時という夕刻であったが、5時過ぎには用件が終わったので、近くにある行きたかった場所を訪問することにした。

旧帝国陸軍の第九師団に属する金沢偕行社の遺構である。

大阪偕行社の跡地を母校にする由縁により、機会があれば全国の存在する偕行社の遺構を行脚している。

過去に、岡山偕行社善通寺偕行社を訪問したが、ようやく今回は、金沢偕行社を訪問することができた。

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夕方も17時を過ぎていたので撮影が厳しいかと思っていたが、周囲の空間が奏功してコントラストを抑えたいい雰囲気で撮影することができた。

護国神社の境内に接する金沢能楽堂の敷地内にそれはあった。

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明治31年築 登録有形文化財

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意匠を凝らした屋根部分や避雷針も見るべきところと思われる。

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残念ながら入館はできなかったが、正面玄関は、奥まったところにあり、両側が区分された部屋になっていることが推察される。

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偕行社は、陸軍将校倶楽部としての性格を持つので、館内は広い会合スペースを必要とする。

よって、階段や廊下部分は、広間を相殺しないような配置にする必要がある。

今はなき豊橋偕行社は入口を突出した形状にして2階への階段室を兼ねることにより2階部分を大会議室に使えるようにしていた。

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こちらは、正面部分にはそういったスペースはなさそうだ。

余り厚みのない建物かと後ろに回ってみると、少し小振りな後陣部分が現れた。

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そして正面の真後ろには扉が配置されている。

実はこの続きに講堂があったが、現在はカットされている。

となれば、正面から建物内部を通ったこの部分に階段室がありここで反転する形で2階に上る構造になっているのであろう。

後陣部分の窓の位置が1偕と2階との間にあることから階段の踊り場部分であると推察できる。

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窓下の通気孔には、五芒星が今でも残っていて、これが帝国陸軍の遺構であることを如実に表している。

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旧ソ連製レンズ RUSSAR MR-2 試写(続編)

前回、旧ソ連製レンズのルサール20mm F5.6の試写レポートを載せたが、その後もこのレンズが気に入ったのか、暫くあちこちに連れ出している。

超広角レンズのルサールを使った鉄道関連の写真をまとめてアップしてみたい。


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デハ70系73号車 昭和18年製造 平成12年廃車   (平成7年10月3日東急世田谷線松陰神社前)

この日は、大阪から東京出張。 まだまだ暑さの残る一日だった。

渋谷から東急田園都市線で三軒茶屋に行き、そこから路面電車のような世田谷線に乗車

この線は、もともと玉川電気鉄道の支線として敷設された歴史があるので玉電とゲージが同じである1372mm。

馬車鉄道の軌道幅であったいわゆる“馬車軌間”を採用している。

今では、東京都電・京王線・東急世田谷線と函館市電だけだ。

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車内の様子はルサールの効果がいかんなく発揮されている。

窓は全開にして、扇風機がグルグル回つて生暖かい空気を攪拌してゐる・・・昭和の風情が残っていた。

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デハ150系 151号車 昭和39年製造 平成13年廃車 

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松陰神社前での用事を済ませた後、府中に向い、その後なぜかJR中央線の武蔵小金井駅で下車している。
きっと中古カメラ店めぐりでもしていたんだろう。

この南口にある緑色の三角屋根が特徴の駅舎は、停車場に昇格して以来の由緒ある建物だったが、高架化工事に伴い平成21年に解体された。

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新橋駅日比谷口前交差点で夜景にトライしている。

露出計のないカメラで夜景を撮影するのはかなり難しいが、ISO400のフイムル感度に助けられたようだ。

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しかし、サラ金のネオンサインの何と多いことか・・・

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旧ソ連レンズ RUSSAR MR-2 試写

平成7年頃の話ではあるが、ライカをいじっいてると、ついついレンズの数が増える。ライカのLマウント(ネジ式マウント)に装着できるレンズの数が星の数ほどもあり、ドイツや、日本の西側諸国の製造品だけではなく、東側の旧ソ連製のものも存在するからだ。

ソ連は、第二次世界大戦直後、ドイツから優秀な光学技術を有する人材を多数連れ帰った。そしてソ連独自のカメラやレンズの作成に努めてきた。

よってソ連製のレンズには優秀なものが見受けられる。そのひとつが、このレンズだ。

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旧ソ連レンズ ルサール(RUSSAR MR-2) 20mm f5.6

レンジファインダーのカメラには広角レンズが扱いやすいが、28mm以上はよく見受けられるが、それより短い焦点距離のレンズは極端に少なかった。

ライツにはホロゴン18mmという名玉が存在するが、希少価値から天文学的な値段がつけられている。またツアイスにもビオゴン21mmという名玉があるが、それもおいそれとは手の出せない価格となっている。

しかしこのルサールは、ライツ・ホロゴンと同じようなドーム型レンズを前後に配した構成ながら非常に安価に購入することができる。

平成7年9月26日、大阪市内の中古カメラ店でようやく見つけた。上代は26,000円也

ソ連製レンズは、そもそも個体差が大きいので当りハズレがあるが、この値段だとハズレたとしても我慢ができる範囲である。

しかし、このレンズ平成15年に手放してしまったので、手許にない。(因みに36,000円で売却できた。)

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同じようなイメージを再現するために、装着したバルナックライカのライツIIIbに同じようなサイズのCanon25mmを並べてみる。ともにマウントの後ろが出っ張った非レトロフォーカスタイプで、外に向かっての出っ張りが少ないパンケーキレンズとなっている。

そして、ライツのファインダーは50mmなので外付けの21mmファインダーを載せて写る範囲を確認することとなる。

ルサールの20mm純正ファインダーというものが存在はするが、非常に不細工なものゆえ、傑作のひとつライツの21mmレンズファインダーを選択する。20mmも21mmも写る範囲はさほど変わらないと割り切って使うのが精神衛生上よろしい。

そして、焦点距離に応じて外付けファインダーを交換するという、この面倒くさい手順が、なにより楽しいのである。

よってレンズだけでなく、そのレンズの焦点距離に応じた外付けファインダーも手許にゴロゴロすることとなる。




新しい(古い)レンズを手に入れるとすぐに使いたくなるのが人情というもので、購入した次の日に松山への出張が入った。

やったー!とばかりに、カバンには、仕事の書類とともに、ライツIIIcとルサールを入れて、平成7年9月27日早暁、ラピートで関空へ向かった。

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平成7年 名鉄揖斐線モ510形再訪

平成7年8月26日厳しい暑さの下、再び名鉄揖斐線を訪れた。

1週間前にも訪問したが、オールドタイマーのモ510に逢いたくて、また岐阜に向かった。

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尻毛駅で下車して、伊自良川鉄橋付近の築堤で走行写真を狙ってみる。

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これも古豪のモ750形だ。吊掛けモーター音を轟かせてやってきた。

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ここは、足回りにさえぎるものがなく、車輌の全体がよく見えて、走行写真を撮るには良い撮影場所である。

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少し流し撮りなども試してみた。

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雲が湧く夏らしい風景が撮れたが、とにかく暑い。

帽子はかぶっているが、よくこの真夏の炎天下で粘ったものだ。

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モ770形 このラッピングカーは、「ブルーライナー・ミニ」

ボディのデザインは、犬山の明治村・リトルワールド・モンキーセンターをイメージしたものだ。

平成6年の名古屋鉄道創業100周年を記念して運行された本線の「ブルーライナー」に準じたもので、岐阜市内線・揖斐線で平成9年まで限定運転された電車である。

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平成7年夏 米原彦根寸描

平成7年8月26日湖北に“SL北びわこ号”を撮影した際に、米原近郊で撮ったネガが残っていた。
それなりに時代を感じさせるものとなっていたので、併せて掲載してみた。

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米原付近の東海道新幹線では、まだまだO系が現役だった。
しかしわざわざ写真に撮っているところを考えると、この当時でも数少なくなっていたのかもしれない。

※2輌目の窓ガラスは広窓だ。この頃はまだ広窓車が残っていたのか!(20年後に気付いた)

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特急“加越”は、湖西線経由の“雷鳥”と区別するため、米原駅 - 金沢駅・富山駅間で昭和50年から運転されていた列車であった。
この当時は、頻繁にその姿を見ることが出来た。しかし、名古屋と北陸を繋ぐ“しらさぎ”と同区間を走るため平成15年に“しらさぎ”に統合されてその姿を消した。

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JR東海の117系は珍しいものではなかったが、当時は雨樋に1本、窓下に太帯と細帯各1本の計3本のオレンジ帯が入っていた。その後、平成11年頃より塗り分けが変更され、側面帯が窓下1本に簡略化された。
これはその初期の塗り分けバージョンである。
平成26年1月にはJR東海の117系は全廃となった。

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EF81は今でも目にする長命な機関車である。
この35号機は昭和44年に日本海縦貫線貨物列車増発用を名目として、製造されたものだ。平成21年3月廃車

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余り美しい姿ではないが、ホロ付の特急“しなの”は珍しい クロ381-5

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平成7年 ふたたび“SL北びわこ号”にトライ

平成7年8月19日に運転を開始した“SL北びわこ号”であったが、初日につづき1週間後の8月26日に再び米原に向かった。

前回はロケーション不足に泣かされたので、今回は沿線の状態を把握しての捲土重来である。

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この当時、JR京都駅は駅本屋の建て替えの真っ最中。

ホームから京都中央郵便局が見えていた貴重なワンショットなり。


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今見ると、全く何処だか分からない風情である。



とまれかくまれ、米原駅到着

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リバーサルフィルムを使って撮影した牽引機C56160 

ジャドゥー部分と照り返し部分の陰翳が実に美しい。

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客車はおなじみの12系

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こちらは、カラーネガフィルムでの撮影 

この子供達も今では立派な大人になっていることだろう・・・


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北陸線の普通列車車内では、熱心にスケッチする年配の方もいて、いかに関西におけるSL走行が待ちわびたものであるのかの証左といえる。

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肥薩線めぐりの旅(その6) SL人吉

5回シリーズで続けてきた「肥薩線めぐりの旅」もこれが最終回

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平成28年8月20日 人吉市内観光を終えて今回は人吉駅からスタートする。

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人吉駅の構内には、立派な石造りの機関庫がある。肥薩線開業直後の明治44年築である。

下りの「SL人吉」を牽引した58654の休憩場所でもある。

妻面が覆い屋根のためよくわからないが、入口は3連のアーチ型となっている。

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SL人吉が推進運転で駅ホームに入線していく。

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隣の車庫の長さと列車を比べると、その車庫は、機関車1輌+客車3輌がすっぽり納められるほどの規模をもっていることがわかる。

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14:38発熊本行きの“SL人吉”に乗車 (SL人吉号とは言わないことに注意!)

本日のこの上り便は、夏休みの土曜日だけあって満席札止めとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その5) 球磨川の温泉地「人吉」

前回からのつづき

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平成28年8月20日13:30 人吉駅からレンタサイクルで相良氏の城下町に飛び出した。

電動アシスト付ママチャリなので楽チンであるが、気温35度快晴の下ではやや辛い。

はやく一っ風呂浴びたいものだ!

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レトロの極みといわれた昭和初期の銭湯の様子を今に伝える「新温泉」や

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大正築の最古参の「堤温泉」の佇まいを確認した後・・・

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熊本県最南端の裁判所をチェックし・・・

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裁判所あるところには、検察・法務局の存在もあるので、新築なったお洒落な人吉法務総合庁舎も確認!

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人吉城郭のほとりの球磨川支流「胸川」で川遊びする親子連れの姿に、いまだ変わらぬ日本の夏景色を見て嬉しくなる。

因みに城下町人吉球磨を治めた相良(さがら)氏は鎌倉初期から江戸時代の終わりまで700年治世した氏柄である。
球磨での相良家の歴史は、源頼朝の命により遠江国より下向して来ることがはじまる。
以後、戦国の世を乗り切り、豊臣秀吉、徳川氏からも所領を安堵され、明治維新まで命脈を保った。
そのように、相良家は長きにわった所領を守り抜いた全国的には稀有な大名である。

そして、彼の地は明治2年の版籍奉還により人吉県となり、その後八代県に合併され人吉藩は消滅した。


それはさておき・・・人吉城址に近い人吉温泉「元湯」に到着

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肥薩線めぐりの旅(その4) 鉄道の聖地“矢岳越え”

前回からのつづき

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平成28年8月20日(土)肥薩線の吉松から人吉に向けて、いよいよ日本屈指の山線「矢岳越え」に挑む

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今回の行程(ブルーのライン)

吉松からは11:49発の「しんぺい2号」に乗車

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今までの磨墨が如き「はやとの風」とは異なり、これからは、眞田の赤備えの如き「しんぺい号」である。

この上り列車「しんぺい号」は、鉄道開通当時の鉄道院総裁の後藤新平から名づけられた。
因みに下り列車は「いさぶろう号」である。当時の官鉄を管掌していた逓信大臣・山縣伊三郎からとられた。

その訳は・・・

肥薩線の矢岳第一トンネルは、矢岳駅と真幸駅の間にあり、矢岳駅を出て最初のトンネルである。
明治42年11月21日に開通した、全長2,096メートルのこのトンネルは、肥薩線で最も長いトンネルとして知られている。
また、南側へ向けて25パーミルの下りの片勾配となっている。この勾配と、人里離れた山奥ということもあり、資材搬入の便の困難さ、そして水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、工事はかなり難航した。この工事は、現在の青函トンネル工事に匹敵する大工事だったと言われている。

トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられている。これらの言葉を繋げて読むことにより、「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味である。

これらの揮毫がなされるほどの国家を挙げての大工事であった訳だ。

この二人にあやかって名づけられたのが「しんぺい号」であり「いさぶろう号」である。



今から思えば、鉄道路線は、険しい山岳コースより海側のルート(現鹿児島本線)のほうが安全安価に仕上がる気がするが、明治時代の陸軍が、海側ルートは外国から狙われて危険であるとして鉄道敷設に強く反対したからこうなった。

現鹿児島本線の開通は肥薩線開通から18年後の昭和2年になる。

明治の軍人は薩摩人が多かったが、幕末の薩英戦争の影に怯えていたのだろうか?



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先頭車の3号車からキハ47-8159+キハ47-9082+キハ140-2125の3輌編成である。

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強度の点は問題ないのであろうか?と、心配になるほどフリースペース部分が大胆にカットされている。


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「はやとの風」と異なりスタンディングタイプのフリースペースとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その3) 鉄道の町吉松へ

前回からのつづき

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今回の旅程(ブルーのライン)


平成28年8月20日(土) 霧島温泉で英気を養ったあと、丸尾温泉バス停留所からJR霧島温泉駅に戻る。

この10:01発のバスを逃すと13時までないので、油断ならない。

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霧島温泉からは10:41発の特急「はやとき風2号」に乗車するが、やってきた列車がこの駅で5分停車

停車中は、ホームでは、乗客にお茶が振舞われ、地元の特産物販売の即席市場となる。

この特急は自由席ならば300円の支払いで済む。この列車も混雑とは無縁のローカル列車であった。


10:48大隅横川駅着 ここでは6分の停車である。

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どうやらこの地における昔の基準的な駅舎構造は、駅舎の出入り口を端に設けて、庇を深く角の周りをL字型に配するもののようだ。


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この駅も嘉例川駅同様、明治36年築 

改札の梁にその証拠を見つけた。 鉄道の財産標である。

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駅本屋 明治36年1月築・・・確認! 日本に風雲急を告げる日露開戦の前年である。

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機銃掃射の痕跡に当時の町の規模を推量していると・・・

アテンダントの打ち鳴らす鐘に我を戻し、車内に戻る。

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ラウンジコーナーで自撮したものだが、偶然稼働中のアテンダントが写り込んだ。

彼女たちは実によく働きます。

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肥薩線めぐりの旅(その2) はやとの風で霧島温泉へ

前回からのつづき

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H28.8.19 いよいよ大人の夏休みのスタートである。

昔の鹿児島本線であった山岳ルートの肥薩線(明治42年開通)は私にとって未踏路線だ。

(註)湾岸ルートの現鹿児島本線は、昭和2年10月17日の湯浦駅から水俣駅までの開通より海岸線周りの八代駅から鹿児島駅までが全通することによって誕生した。それまでは現肥薩線が鹿児島本線を名乗っており、鹿児島・宮崎への大動脈だった。

この機会にぜひ訪れてみたいと考えた。

おまけに霧島温泉で一泊すればなお素晴らしいではないか・・・と。

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午前中の仕事では紆余曲折があったが、奮闘努力の結果・・・なんとか鹿児島中央13:23発の特急「はやとの風4号」に間に合った。

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本日の旅程表(ブルーのライン)

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在来線の普通列車に並ぶ女子高校生の列をカメラ片手に「ごめんなさい」と告げて横切り、テンション上げてホームを駆け巡っていたビジネスマン姿のオヤジは私でした。

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そりや、頻繁に来られない場所ですしね。

おまけに初めて乗るデザイナーズ特急となればテンションも上がりますよ!!!

1号車(キハ147-1045)+2号車(キハ47-8092) というあっさりとした2両編成の観光特急列車である。
 
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1号車キハ147-1045の車内 重厚なつくりで国鉄時代の車内イメージを色濃く伝える装飾

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2号車キハ47-8092の車内 淡い色合いで軽快な感じがする車内装飾

中央にフリースペースがあり、とにかくJR西日本には見られない意匠の車輌に、一期一会で楽しまなくては・・・

金曜日の午後ということもあってか、車内は空席が目立つ。

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定時の出発の後、鹿児島駅を過ぎれば、左手に磯庭園、右の窓からは錦江湾と桜島を楽しむ

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次の竜ケ水駅には、何やら意味ありげな石碑がホームに鎮座していた。

平成5年に発生した8月豪雨で駅舎および周辺地域は甚大な被害を受けており、その際の乗員乗客脱出劇は、さまざまなドキュメンタリー番組で取り上げられた。

被災時の有名なエピソードとして、停車中の車両を堤防代わりにして乗客を避難させた乗務員の話がある。
被災したのは西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)行の普通列車(キハ200-1007)で、竜ケ水駅に停車中に鹿児島駅方面の線路が土砂崩れで通行不能となった。運転士は国分方面へ引き返そうとしたが、いつまでたっても指令室の許可が下りず、交渉中に国分方面の線路も遮断され立ち往生してしまった。このとき土石流の危険を感じた運転士が、自らの判断で崩れそうな箇所に、あえて列車を停車させ、乗客のいない車両を堤防代わりにして乗客を避難させた。この好判断により乗客は土石流発生直前に避難することができた。ただし、乗務員の指示を無視して列車内に留まった乗客3人は死亡した。(ウィキペディアより)

その災害復旧記念碑である。


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島津の歴史とかかる出来事に思いを馳せながら、一方では車内のアテンダントにオーダーして、地元の地ビール「SATSUMA GOLD」を持ってきてもらった。

こういうのは逃すわけには行かない。

ところが瓶ビールとプラコップの組み合わせだった。

座席のテーブルは、ディーゼル車輌の横揺れに耐えるほどのものではなく、表面はツルツル。両手を離して写真撮影できたのが奇跡のようなお話。

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車内検札の際に手渡された記念乗車証・・・ミヤマキリシマと対照的な漆黒の「はやとの風」が印象的である。

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隼人から肥薩線に入り、車窓から霧島連峰の山々を楽しんでいると、14:13九州最古の木造駅舎である嘉例川(かれいがわ)駅に到着。

観光列車ならではの嬉しいことに、5分の停車時間があり、乗客は自由に下車して駅の外にも出られるのだ。(そもそも無人駅ではあるが。)

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鉄道だけではなく、自動車でこの駅に立ち寄る観光客も数多くいる。彼の地の人気スポットである。

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開業100周年の記念碑が、平成15年に建立されているので、まさしく明治36年開業である。

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ホームのベンチの高さが、当時の日本国民の身の丈を忍ばせている。

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さて、から~ん・から~んとアテンダントの打ち鳴らす出発のベルが聞こえてきたので車内へと戻ろう。

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肥薩線めぐりの旅 (その1) いざ薩摩へ

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平成28年8月18日翌日の鹿児島における仕事のため、前夜のさくら573号で大阪を発つ

新大阪18時59分発で鹿児島中央には23時07分着 

たっぷり4時間あるので夕食をとりながら、だらだらと一人居酒屋状態

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箱寿司と白ワインの組み合わせもなかなかイケル!

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九州線に入れば、車内販売で芋焼酎を販売しているのは、前回学習済みなので、欠かさず注文・・・九州新幹線サマサマなり。

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23時すぎの鹿児島中央駅新幹線構内 誰もいな~い

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水陸両用観光バス“ダックツアー”体験記

鉄道ネタが続くので、一服の清涼剤として、日本初の水陸両用観光バス“ダックツアー”を利用したときの様子のレポート。

平成28年7月16日(土)職能団体の支部活動としての日帰り旅行に参加した。

いつも職場の前を観光客を載せて通過するこのバスの事はよく知っていたが、乗るのは初めてだ。

身近なツアーだけに、こんな企画がなければ、利用することもなかったであろう。

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八軒家浜から出発し、御堂筋を南下し、本町通りを東行し、上町筋を北に行き桜ノ宮から大川に入って天満橋界隈を一周して帰ってくるという1時間30分のコース。

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この水陸両用車輌を利用したツアー企画については、運行スタート時の企画から実施できるまでには、様々な行政法規の壁が存在し、その実現までに一つ一つクリアーするについて大変な苦労をしたと以前TV番組で報じていた。

そういう苦労があったことを思いつつ、前のタラップから乗車

車内にはトイレがなく、飲食禁止 よってビールは乗車前にいただき、トイレも済ませました。

因みに、この特殊車輌は1台しかなく、故障すればツアーは中止となる。

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大型バスの様な運転席の脇にあるのが、船舶用の操縦機器

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この車輌には窓ガラスがないので、雨天のときは、雨合羽を着用しての乗車となるらしいが、今日はその心配はなさそうだ。
しかし、差し込む夏の日差しは窓側席の人にとっては辛いかもしれない。

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平成7年8月 コトデン紀行(その2)

(前回からのつづき)

琴電高松築港駅から瓦町まで琴平線に乗車し、そこから志度線に乗り換え

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元京浜急行の“名車”であるデハ230形のコトデン29号車がやってきた

貫通扉に改造されているが、特大のフロントガラスがオリジナルの雰囲気を留めている。

コトデン29←京急デハ275←東急デハ5275←京浜電鉄デ90
1936年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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駅ビル工事中の瓦町駅に入線した志度線車輌の後部にはコトデン30号車

元京急デハ266←東急デハ5266←京浜電鉄デ81
1932年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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フロントのアップをスーパーイコンタで撮影

シル・ヘッダーのリベットと裾部のアンチクライマーが戦前の車輌であることを物語っている。
惜しむらくは、前照灯がシールドビームになっているところ

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とにかく車窓が大きく、窓枠が細いため、車内が明るい。ガラス張りの車輌のようだ。

妻板にも大窓があることがその効果を増している。(30号車)

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立派な鉄道ファンになるんだよ・・・・

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平成7年8月 コトデン紀行(その1)

平成7年8月20日(日)

昨日の土曜日はSL北びわこ号と名鉄揖斐線を訪れたというのに、翌日も午前5時半に目覚めて、昨日同様「青春18切符」を利用して旅に出た。


今日は、高松からコトデンを見学しようと思い、大阪駅を発った。


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早朝から真夏の強烈な陽光が差し込んでいた。 大阪駅


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岡山支社管内の「マスカット色」クハ103-227ほか4連 (スーパーイコンタで撮影)

姫路駅の電留線では、糸崎からやってきた車輌が見られた。

当時僅かながら姫路-糸崎のロングランを受け持つ普通列車があったが、こんな車輌では、さすがに通しで乗ってみたいとは思わない。


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EF65-1127 金光臨の12系を牽引 姫路駅

金光教の祭礼があるのか、団体の臨時列車が入線してきた。臨時列車だけにダイヤがわからないので、旅の途中に出会うと何やら得をした気がする。


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6連の「スーパーはくと」が鳥取を目指してやってきた。

この車輌を見ると、開通当時阪神大震災のため迂回ルートの運用に回されていた時の光景が目に浮かぶ。

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マリンライナー クロ212-1 高松

本四備讃線ができたため、岡山から容易に高松にやって来られる。まさに人に翼の汽車の恩である。

後方には、これも瀬戸大橋のおかげで、従来は宇野止まりだったが高松まで延伸した寝台特急「瀬戸」


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スハ25-301(スーパーイコンタで撮影)

この日は、途中にパンタグラフを載せた変り種車輌のスハ25を連結していた。

この車輌は、「瀬戸」用ラウンジカーとして改造されたもので、電源を取るためのパンタグラフがついている。

パンタグラフつきの客車としては、カニ22が有名だったが、昭和48年当時ではすでに「耳なし芳一」のような哀れな姿しか見たことがなかった。

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S48.8大阪駅

スハ25のその後は・・・「瀬戸」は電車化されたため、「あさかぜ」に転用されたが、平成17年3月の「あさかぜ」廃止により運用を離脱し、平成20年までに全車廃車となって形式消滅した。

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平成7年 名鉄揖斐線探訪

平成7年8月19日SL北びわこ号の始発下りを撮影した後、最終上りの時刻までかなりあるので、足を伸ばして岐阜までやってきた。

目的は、名鉄揖斐線で活躍中の大正15年生まれのオールドタイマーモ510形に会うため。
その運行は全く予備知識としてはないため、ぶっつけ本番である。

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これは新岐阜駅前(現:岐阜駅)だろう。後ろの新岐阜百貨店が目印となるが、現在では存在しない。

車輌は、名鉄岐阜市内線のモ550形551 元北陸鉄道金沢市内線のモハ2000形(昭和25年製)

岐阜市内線は、平成17年4月1日に廃止された。


揖斐線を進んでいくと・・・いきなりだが、政田駅でモ510形514と遭遇!・・・初お目見え

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半円形の先端部分の5枚窓がなんとも優雅である。側面戸袋の丸窓も典雅なり。

御年70歳なれど、元気にご活躍のようでなにより!

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谷汲線との分岐駅「黒野」で下車

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名鉄市内線との直通列車である左側モ770形と揖斐線・谷汲線を専ら走る右側モ750形

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左が本揖斐方面、右が谷汲方面となる。

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黒野駅には電留線がある。モ510形がここで休んでいるかと思っていたが、空振りに終わった。




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平成7.8.19 SL北びわこ号 運転初日

昭和51年9月4日京阪100年号の人身事故により、SLの牽引する臨時列車はご法度となっていた関西地域であったが、それから19年の長きを経て漸く平成7年8月19日から米原・木ノ本間にC56160(梅)牽引のSL北びわこ号が走り出すとの報に接した。

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よって、用意万端の上、満を持して当日湖北へと出向いた。お盆明けの暑い日だった。

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米原駅跨線橋内の掲示板

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長浜駅にて  この歓迎看板には実行委員会の名が見える。 よって地元の熱心な働きかけがあってこその運行実現だったことが容易に推察できる。 ご苦労様でした。

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しかし撮影ポイントがわからないため、田村駅で下車して沿線から撮影することにした。

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“食パン電車”と揶揄された419系もこの当時は元気一杯活躍中だった。

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ボンネットの485系特急“加越” 

米原駅 - 金沢駅・富山駅間を結んでいたエル特急であったが、特急“しらさぎ”と変わりないため平成15年には“しらさぎ”に一本化された。

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ついに本命の登場・・・SLの走行写真を撮るのは・・・・本当に何年ぶりだろうか

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初日だけあって運転手の対応も頗るよろしい。

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大阪臨港線(浪速貨物線)の今昔

平成7年といえば、クラシックカメラに興味を持ち始めた頃だった。

KodakのLetinaやZeissのSuper-Ikontaで遊んでいるうちはよかったが、
Leicaに手を出したのが間違いだった。ドイツのLeicaは、無尽蔵ともいえるライカマウントのレンズが交換ができる万能カメラであり、古きよきドイツ工業製品の精華ともいうべき金属製カメラの甘美なる魅力の泥沼に陥るのに時間はかからなかった。

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Leicaコレクション第1号であるⅢCとズミター5cm

新たに手に入れた古典カメラは、愛でるだけではなく、あちこち持ち歩きたくなるのは当然であり、この日も地元のパトロールへと出かけた。

お手軽な大阪臨港線(浪速貨物線)を撮影して回ったが、その20年前のネガを見つめていると、平成28年現在の風景とは何か解からないが空気感が違うような気持ちが湧いてきたので、昨今のデジカメを持ち出して20年の時間と空気の違いを比べてみたいと思う。

前回の記事に登場したSuper-IkontaやContaxで撮影した写真もあるが、その時間の経過を並べてみたい。

まずは、当時の地図にて撮影場所のチェック

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大阪臨港線の歴史は古く、今宮から大阪港まで昭和3年には臨海貨物を扱う貨物線として誕生した。そして、その路線の一部を使って昭和36年に大阪環状線が大正・弁天町・西九条の間を新しく路線を敷設することによりループ状の環状線となったわけである。

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浪速駅構内

大阪環状線は、今ではなくてはならない大阪の大動脈となっているが、一方その礎ともいうべき大阪臨港線は、湾岸荷役の衰退と貨物輸送手段の変化により、徐々にその活躍の場は少なくなっていったが、平成7年当時では、1日2本の運用となっていた。浪速駅 10:52発と16:20着だけであった。それも休日は運休だった。

しかし特筆すべきは、それだけ運用が減っても廃止にならなかったのは、鉄道レールの輸送が挙げられる。JR西日本管内で使用されるすべてのレールが、高松のレール製造工場から船便でここ大阪港まで運ばれ、ここからは鉄路によりレール運搬貨車(チキ)で運び各地に配るという大切な使命があったからだ。

しかし、その役目もついに終焉を迎え、平成16年には休止路線となり2年後には廃止された。

また、その線路周辺には臨海風景としてなかなか味わい深い被写体が点在していた。

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なみはや大橋の大正区側を望む・・・いまでは橋のたもとにブルーとイエローの
IKEAの建物が存在感をアピールしている。


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歴史を刻む倉庫群・・・重厚な鉄製扉が魅力的である。


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“たばこのむな”ではなく“たばこのめぬ”の表示・・・“のめぬ”の方が、一切例外を認めない感じがして上から目線で威圧的である。 今は普段では見られない表現だ。



その1日2便しかない消え行く臨港貨物線の姿を追ってみた。



①福栄橋西詰から東を向く
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Super-Ikonta

大きなハンマーの音が聞こえてきそうな純然たる工場地帯だった。

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平成28年の姿


②福栄橋東詰から西を向く
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Super-Ikonta

クレーンや建設工事機材が台船に乗って出番を待っている姿がいつもの風景だった。

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スーパーイコンタをお供に・・・天下茶屋パトロール

平成7年7月新たにファジー・コレクションに加わった1938年ドイツ製ツアイスのスーパーイコンタⅢの試写を兼ねて、天下茶屋界隈をパトロールする。

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このカメラは、分類ではスプリングカメラに属するが、ドレーカイル式のピントあわせ装置を備え、同種の中では最高品である。

レンズの横に飛び出た腕木単目のドレーカイル方式の説明は、本機を手にすればその精緻な光学装置に驚嘆するばかりであるが、文書にすると絶対に理解できない代物である。

アマチュアには、この半分の大きさのセミ・イコンタが好まれたが、イコンタがもつ6×9cmのビックサイズはプロに好まれ、この傾向は1970代まで続いた。

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左側の35mmフイルムではなく、右にある細長いサイズの裏紙のついたプローニ判のフイルムを使う。

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ネガを比べてみると、35mmに比べて圧倒的なサイズの大きさを誇る。これは、今で言うところのデジタルカメラの受像子の大きさの違いと同様の効果がある。

昔はレンズの性能をカバーするため大きなサイズが求められたが、名レンズのテッサーを搭載したスーパーイコンタともなれば、大きく引き伸ばす必要のあるプロ写真にとっては、35mm判より重用された。

そして、スプリングカメラの特徴として、折りたたむとコンパクトになることから山岳写真家には特に愛好された。

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これは同サイズの六曜社・8年型パールにおけるカメラとフイルムの様子。極めてシンプルにして完全なるアナログ仕様である。

この六曜社・8年型パールは、以前にも記事にしたことがあった

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この日は、恵美須町から阪堺電車で天下茶屋に向かった。

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平成7年6月 阪神淡路大震災から復旧した阪急・阪神電車

今年も1月17日が巡ってきた。

阪神淡路大震災から21年が経過し、あの日の体験者も相対的に少なくなったことと、その後発生した東日本大震災の影響もあり、その記憶の風化が心配されるようになった。

中心部の神戸市内における住民の40パーセントが震災を知らない世代らしい。

震災当日の様子の記事は・・・コチラ

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無残な姿となった三宮の神戸阪急ビル東館「阪急会館」 H7.1.30撮影

そんな今日の状況下であの震災を忘れないために、今回は、手許の写真を基に、震災の甚大な被害から見事復旧した阪急電鉄と阪神電鉄の姿を振り返ってみたい。





平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災から5ヶ月ほど経過したある日、途絶していた阪急神戸線、阪神本線が懸命の復旧作業によりようやく開通した。

『通常では2年から3年が必要であるといわれた甚大な被害を受けた鉄道の復旧作業を、僅か半年足らずで完遂させたことは、鉄道会社、建設会社の方々の並々ならぬ努力のたまものであることには相違ない.。しかし、その作業に献身的な協力・並々ならぬ忍耐を惜しまなかった沿線市民の復旧に対する大きな思いが、奇跡のスピード復旧の大きな推進力になったと聞いている。』


そのとき、仕事の途中で数枚の写真を撮っているので、並べて掲載してみたい。

阪急梅田駅・・・6/12の神戸線全線復旧を祝うプレートが取り付けられた。
H7.5.31撮影

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阪急・茨木市駅の構内で見つけた告知ポスター・・・それぞれ内容がわかるように拡大してみた。

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(その1)

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(その2)

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(その3)

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茨木市駅を通過する特急列車・・・すべての特急車輌の先頭に復旧プレートが取り付けてあった。

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【阪急電鉄の震災復旧一覧】
  平成7年 1月17日 阪神・淡路大震災で各線に被害。
  1月23日までに京都本線、宝塚本線、神戸本線の一部などで運転再開。
  2月5日 今津線が全線復旧。
  3月1日 甲陽線が全線復旧。
  3月11日 伊丹線が新伊丹 - 伊丹(仮駅)間で運行再開。
  6月12日 神戸本線が全線復旧。


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北海道青森紀行(その5)はやぶさ編

前回からのつづき

酸ヶ湯から新青森まで戻ってきた。

ここからは新幹線を利用して帰阪するのだが、仙台~新青森はこれが初乗車区間となる・・・ワクワク

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ガラス張りの本屋が現代的な新青森駅

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駅前の案内図には、新幹線の新青森以北は、点線で表示されているが、これも来春まで。

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青森ねぶたのミニチュアや棟方志功の羅漢像図などを掲げて地元をアピールしているが、函館有斗まで延伸すると青森は一通過点になってしまうようで、歓迎しているのか、嘆いているのかよくわからなくて、何とも切なくてならない。

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改札上部の案内板は、函館方面を表示するスペースが準備されているが、今だ利用されていないのだが・・・

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改札内の番線表示を見ると、11番線から14番線の4ホームを、それぞれフル活用しているようだ。


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北海道青森紀行(その4)青森酸ヶ湯編

(前回からのつづき)


平成27年10月1日午前6時19分寝台急行「はまなす」は定刻どおり青森駅に到着した。

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この列車は、ビジネスで利用する人が多いために、新幹線接続として、普通列車・新青森行きがすぐの連絡である。

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「急行はまなす」とは、ここでお別れ(残念ながら、これが今生の別れとなろう・・・)

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昔は、この線路の先には青函連絡船が待っていたのだが・・・

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今から37年前(昭和53年8月)の青森駅。

大学のサイクリング部の合宿で訪れた時のモノ・・・駅舎も随分変ったが、撮影者も随分変ったねぇ・・・

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JRと青い森鉄道が同居している駅本屋

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青い森鉄道とJR大湊線の路線図・・・大都市の路線図を見慣れていると、なんとも寂しく感じてしまう。

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北海道青森紀行(その3)すすきのはまなす編

前回からのつづき・・・

平成27年9月30日東奔西走の一日が終わり、日が暮れた札幌に戻ってきた。

札幌駅では稚内行きの特急スーパー宗谷3号が出発のときを待っていた。昨日、札幌に到着したときに出会った同じ特急である。

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17:49に札幌を発ち、終着の稚内に到着するのが22:56である。 

約5時間のロングランとなるが、261系新型車輌だけに乗り心地はよくなっているのだろう・・・

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しかしまだまだ本日の予定は終わらない。


まずは、すすきので北海道の幸を堪能することとしよう・・・

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この地には既知の店がないので、日本全国に詳しいスーパー国家公務員の太郎さんに事前に教えてもらったお店「味処 まつ田」に向かう。

地下鉄のすすきの駅から近い店ですぐに見つかった。このビルの2階だ

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太郎さんからは、マスターに値段を言って、おまかせで・・・といえば美味いモンが食べられると聞いていたので、ビギナーとしてはそのとおりに。

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いろいろな種類のウニウニウニ・・・それぞれ微妙に味が違う。

こうしてシンプルにして食べるとその違いがよく分る。ウニ好きにはたまらない一品である。

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北海道の珍しい海の幸が満載! 魚の名前を聞いたが、初めてのものばかりなので再現不可!

右側のシシャモの造りは、特に珍しい。この時季の2~3週間しか食べられないものらしい。

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アワビの煮付にサッポロクラシック・・・満足度高いです!

もちろんこの後、燗酒もグビグビやりました。とにかく何を食べても美味い。大満足の酒肴でありました。

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この他にも数品いただいて、〆のごはんが、コレ・・・画像を受験生の息子に送ってやると、カンカンになって怒っていたとか・・・笑



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北海道青森紀行(その2)小樽市総合博物館編

(前回の続き)

小樽の街中を歩いて、小樽総合博物館にやってきた。

ここは、昔、北海道鉄道博物館と呼ばれていたところ。

鉄道以外の資料もまとめて総合博物館と名称を変更したが、内容は鉄道一色といっても過言ではない。

昭和55年に訪問して以来35年ぶりとなるので、その変化が気になるところだ。

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(これは退出時撮影したものだが、構成上ここで掲載する。)

まずは、入り口すぐに鎮座したお宝の「しづか」号拝見。

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テンダのしづかの文字が左書きだが、義経・弁慶は右書きとの統一や如何に?

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しづか号のうしろに展示されていた一等客車「い1号」の内部・・床中央部の穴は、タンツポである。

タンツボについては、過去の記事にまとめてあるので、そちらをご参考のこと。


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二重屋根の明かり窓のところの換気口枠にもみやびな細工が施されている。 ともに鉄道記念物に指定されている。

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1980年北海道旅行029-1

(S55.10訪問時の写真・・・鷹取から義経号を持ってきて、しづか号とランデブーしたときの様子 この当時から見ると後ろの車庫に煙突の有無の違いがうかがわれる。)



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35年前にはいなかったレールバス「キハ03」・・・愛すべき小型デイーゼルカーである。

北海道や九州の僻地で運転していたので現役時代は見たことがない。廃車後、旭川車両所に保存されていたものが移管されたようだ。

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明治28年の国産第2号機となる7150形大勝号・・・現存の国産機関車としては最も古いものである。もちろん鉄道記念物なり

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国指定の重要文化財の手宮機関庫も、このように内部は鉄骨で補強されている。

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北海道青森紀行(その1)札幌・小樽編

平成27年9月29日(火)

伊丹空港から15:00発の日本航空2009便で札幌に向かう。

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北海道に行くのは、何年ぶりだろうか・・・最後はバブル期の職場旅行だったので、20年ほどは確実に経っていることだろう。

・・・仕事をそつなく終えた後は、あそこに行って・・・あそこで食べて・・・と

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そんなことを考えながら搭乗機の整備中にガソリンが切れたので少しだけ給油。

ご当地に行けば、サッポロクラシックが待っているのでお湿り程度に・・・




新千歳からJRで札幌に向かったが、17:40に到着した札幌駅は冷たい雨が降っていた。

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亞熱帶の大阪から来た者としては、冷蔵庫の中に頭を突っ込んだような感覚に陥る。

遥か北方の遠国に来た心地である。

隣のホームでは、17:49発の稚内行き特急「スーパー宗谷3号」261系が出発を待っている。

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関西では類を見ない車両デザインなので、自ずとカメラを向けてしまう。

この特急の走行距離は396.2kmに及び、これは現在の日本で運行されている気動車特急で一番長いものである。


この日は、クライアントと夕食をともにして、札幌ラーメンで〆る。

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独特の味噌味が美味なり。

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岡山・真庭へのぶらり旅(その4)

前回からのつづき

平成27年9月6日(日) 美作三湯のひとつ湯原温泉で一泊した翌日は、雨の音で目覚めた。

夜中もよく降っていたようだ。

マラソンランナーのフクちゃんは、朝5時に起きて暗闇の中、8キロほど走ってきた。幸い雨には会わなかったらしい。

帰りのバス便を調べると・・・湯原温泉9:22のバスに乗らないと次便は13:06になってしまう。

よって6時半には起床して朝風呂を楽しんだ後は朝食タイム

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大飲した翌朝は、胃の腑に優しいシンプルな食材が嬉しいね。お粥もありがたい。

さきほど湯上りにビールを飲んだため、食卓にはビールはなし。

ホテルを立つ時、温泉でゆでた玉子をお土産にいただき車中の人に・・・

中国勝山には、10:00に到着 JRの津山行きまで40分あるので、勝山の城下町をぶらり散策

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古くは出雲街道の要衝として繁栄していた城下町・勝山。昔から鉱山経営で蓄財した藩である。

白壁や格子窓の古い町並みが残ることから、昭和60年に岡山県初となる「町並み保存地区」に指定された。

各建物の軒先にオリジナルの暖簾が掲げられることから「のれんのある風景」としても有名なところである。

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古い日本建築には、暖簾がぴったりだが・・・こんな洋風建築にもそれはあった。

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教会に暖簾?・・・なにやらミスマッチな感じもするが、クラシック建築なので、和洋折衷的な明治・大正期の建築を見ている気分である。

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こんな含蓄のある看板を掲げたタバコ屋さんもあった・・・灰になるまで判らないか!


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川岸の屋敷から河原に降りる石段のふもとまで水が来ている。

昨夜の雨は、旭川にも影響しているようだ・・・後ほど判るが、実はこれが我々の旅程にも影響することとなるのだ!

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汽笛一聲・阿房列車

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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