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水陸両用観光バス“ダックツアー”体験記

鉄道ネタが続くので、一服の清涼剤として、日本初の水陸両用観光バス“ダックツアー”を利用したときの様子のレポート。

平成28年7月16日(土)職能団体の支部活動としての日帰り旅行に参加した。

いつも職場の前を観光客を載せて通過するこのバスの事はよく知っていたが、乗るのは初めてだ。

身近なツアーだけに、こんな企画がなければ、利用することもなかったであろう。

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八軒家浜から出発し、御堂筋を南下し、本町通りを東行し、上町筋を北に行き桜ノ宮から大川に入って天満橋界隈を一周して帰ってくるという1時間30分のコース。

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この水陸両用車輌を利用したツアー企画については、運行スタート時の企画から実施できるまでには、様々な行政法規の壁が存在し、その実現までに一つ一つクリアーするについて大変な苦労をしたと以前TV番組で報じていた。

そういう苦労があったことを思いつつ、前のタラップから乗車

車内にはトイレがなく、飲食禁止 よってビールは乗車前にいただき、トイレも済ませました。

因みに、この特殊車輌は1台しかなく、故障すればツアーは中止となる。

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大型バスの様な運転席の脇にあるのが、船舶用の操縦機器

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この車輌には窓ガラスがないので、雨天のときは、雨合羽を着用しての乗車となるらしいが、今日はその心配はなさそうだ。
しかし、差し込む夏の日差しは窓側席の人にとっては辛いかもしれない。

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平成7年8月 コトデン紀行(その2)

(前回からのつづき)

琴電高松築港駅から瓦町まで琴平線に乗車し、そこから志度線に乗り換え

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元京浜急行の“名車”であるデハ230形のコトデン29号車がやってきた

貫通扉に改造されているが、特大のフロントガラスがオリジナルの雰囲気を留めている。

コトデン29←京急デハ275←東急デハ5275←京浜電鉄デ90
1936年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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駅ビル工事中の瓦町駅に入線した志度線車輌の後部にはコトデン30号車

元京急デハ266←東急デハ5266←京浜電鉄デ81
1932年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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フロントのアップをスーパーイコンタで撮影

シル・ヘッダーのリベットと裾部のアンチクライマーが戦前の車輌であることを物語っている。
惜しむらくは、前照灯がシールドビームになっているところ

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とにかく車窓が大きく、窓枠が細いため、車内が明るい。ガラス張りの車輌のようだ。

妻板にも大窓があることがその効果を増している。(30号車)

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立派な鉄道ファンになるんだよ・・・・

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平成7年8月 コトデン紀行(その1)

平成7年8月20日(日)

昨日の土曜日はSL北びわこ号と名鉄揖斐線を訪れたというのに、翌日も午前5時半に目覚めて、昨日同様「青春18切符」を利用して旅に出た。


今日は、高松からコトデンを見学しようと思い、大阪駅を発った。


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早朝から真夏の強烈な陽光が差し込んでいた。 大阪駅


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岡山支社管内の「マスカット色」クハ103-227ほか4連 (スーパーイコンタで撮影)

姫路駅の電留線では、糸崎からやってきた車輌が見られた。

当時僅かながら姫路-糸崎のロングランを受け持つ普通列車があったが、こんな車輌では、さすがに通しで乗ってみたいとは思わない。


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EF65-1127 金光臨の12系を牽引 姫路駅

金光教の祭礼があるのか、団体の臨時列車が入線してきた。臨時列車だけにダイヤがわからないので、旅の途中に出会うと何やら得をした気がする。


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6連の「スーパーはくと」が鳥取を目指してやってきた。

この車輌を見ると、開通当時阪神大震災のため迂回ルートの運用に回されていた時の光景が目に浮かぶ。

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マリンライナー クロ212-1 高松

本四備讃線ができたため、岡山から容易に高松にやって来られる。まさに人に翼の汽車の恩である。

後方には、これも瀬戸大橋のおかげで、従来は宇野止まりだったが高松まで延伸した寝台特急「瀬戸」


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スハ25-301(スーパーイコンタで撮影)

この日は、途中にパンタグラフを載せた変り種車輌のスハ25を連結していた。

この車輌は、「瀬戸」用ラウンジカーとして改造されたもので、電源を取るためのパンタグラフがついている。

パンタグラフつきの客車としては、カニ22が有名だったが、昭和48年当時ではすでに「耳なし芳一」のような哀れな姿しか見たことがなかった。

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S48.8大阪駅

スハ25のその後は・・・「瀬戸」は電車化されたため、「あさかぜ」に転用されたが、平成17年3月の「あさかぜ」廃止により運用を離脱し、平成20年までに全車廃車となって形式消滅した。

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平成7年 名鉄揖斐線探訪

平成7年8月19日SL北びわこ号の始発下りを撮影した後、最終上りの時刻までかなりあるので、足を伸ばして岐阜までやってきた。

目的は、名鉄揖斐線で活躍中の大正15年生まれのオールドタイマーモ510形に会うため。
その運行は全く予備知識としてはないため、ぶっつけ本番である。

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これは新岐阜駅前(現:岐阜駅)だろう。後ろの新岐阜百貨店が目印となるが、現在では存在しない。

車輌は、名鉄岐阜市内線のモ550形551 元北陸鉄道金沢市内線のモハ2000形(昭和25年製)

岐阜市内線は、平成17年4月1日に廃止された。


揖斐線を進んでいくと・・・いきなりだが、政田駅でモ510形514と遭遇!・・・初お目見え

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半円形の先端部分の5枚窓がなんとも優雅である。側面戸袋の丸窓も典雅なり。

御年70歳なれど、元気にご活躍のようでなにより!

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谷汲線との分岐駅「黒野」で下車

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名鉄市内線との直通列車である左側モ770形と揖斐線・谷汲線を専ら走る右側モ750形

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左が本揖斐方面、右が谷汲方面となる。

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黒野駅には電留線がある。モ510形がここで休んでいるかと思っていたが、空振りに終わった。




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平成7.8.19 SL北びわこ号 運転初日

昭和51年9月4日京阪100年号の人身事故により、SLの牽引する臨時列車はご法度となっていた関西地域であったが、それから19年の長きを経て漸く平成7年8月19日から米原・木ノ本間にC56160(梅)牽引のSL北びわこ号が走り出すとの報に接した。

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よって、用意万端の上、満を持して当日湖北へと出向いた。お盆明けの暑い日だった。

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米原駅跨線橋内の掲示板

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長浜駅にて  この歓迎看板には実行委員会の名が見える。 よって地元の熱心な働きかけがあってこその運行実現だったことが容易に推察できる。 ご苦労様でした。

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しかし撮影ポイントがわからないため、田村駅で下車して沿線から撮影することにした。

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“食パン電車”と揶揄された419系もこの当時は元気一杯活躍中だった。

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ボンネットの485系特急“加越” 

米原駅 - 金沢駅・富山駅間を結んでいたエル特急であったが、特急“しらさぎ”と変わりないため平成15年には“しらさぎ”に一本化された。

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ついに本命の登場・・・SLの走行写真を撮るのは・・・・本当に何年ぶりだろうか

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初日だけあって運転手の対応も頗るよろしい。

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大阪臨港線(浪速貨物線)の今昔

平成7年といえば、クラシックカメラに興味を持ち始めた頃だった。

KodakのLetinaやZeissのSuper-Ikontaで遊んでいるうちはよかったが、
Leicaに手を出したのが間違いだった。ドイツのLeicaは、無尽蔵ともいえるライカマウントのレンズが交換ができる万能カメラであり、古きよきドイツ工業製品の精華ともいうべき金属製カメラの甘美なる魅力の泥沼に陥るのに時間はかからなかった。

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Leicaコレクション第1号であるⅢCとズミター5cm

新たに手に入れた古典カメラは、愛でるだけではなく、あちこち持ち歩きたくなるのは当然であり、この日も地元のパトロールへと出かけた。

お手軽な大阪臨港線(浪速貨物線)を撮影して回ったが、その20年前のネガを見つめていると、平成28年現在の風景とは何か解からないが空気感が違うような気持ちが湧いてきたので、昨今のデジカメを持ち出して20年の時間と空気の違いを比べてみたいと思う。

前回の記事に登場したSuper-IkontaやContaxで撮影した写真もあるが、その時間の経過を並べてみたい。

まずは、当時の地図にて撮影場所のチェック

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大阪臨港線の歴史は古く、今宮から大阪港まで昭和3年には臨海貨物を扱う貨物線として誕生した。そして、その路線の一部を使って昭和36年に大阪環状線が大正・弁天町・西九条の間を新しく路線を敷設することによりループ状の環状線となったわけである。

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浪速駅構内

大阪環状線は、今ではなくてはならない大阪の大動脈となっているが、一方その礎ともいうべき大阪臨港線は、湾岸荷役の衰退と貨物輸送手段の変化により、徐々にその活躍の場は少なくなっていったが、平成7年当時では、1日2本の運用となっていた。浪速駅 10:52発と16:20着だけであった。それも休日は運休だった。

しかし特筆すべきは、それだけ運用が減っても廃止にならなかったのは、鉄道レールの輸送が挙げられる。JR西日本管内で使用されるすべてのレールが、高松のレール製造工場から船便でここ大阪港まで運ばれ、ここからは鉄路によりレール運搬貨車(チキ)で運び各地に配るという大切な使命があったからだ。

しかし、その役目もついに終焉を迎え、平成16年には休止路線となり2年後には廃止された。

また、その線路周辺には臨海風景としてなかなか味わい深い被写体が点在していた。

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なみはや大橋の大正区側を望む・・・いまでは橋のたもとにブルーとイエローの
IKEAの建物が存在感をアピールしている。


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歴史を刻む倉庫群・・・重厚な鉄製扉が魅力的である。


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“たばこのむな”ではなく“たばこのめぬ”の表示・・・“のめぬ”の方が、一切例外を認めない感じがして上から目線で威圧的である。 今は普段では見られない表現だ。



その1日2便しかない消え行く臨港貨物線の姿を追ってみた。



①福栄橋西詰から東を向く
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Super-Ikonta

大きなハンマーの音が聞こえてきそうな純然たる工場地帯だった。

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平成28年の姿


②福栄橋東詰から西を向く
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Super-Ikonta

クレーンや建設工事機材が台船に乗って出番を待っている姿がいつもの風景だった。

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スーパーイコンタをお供に・・・天下茶屋パトロール

平成7年7月新たにファジー・コレクションに加わった1938年ドイツ製ツアイスのスーパーイコンタⅢの試写を兼ねて、天下茶屋界隈をパトロールする。

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このカメラは、分類ではスプリングカメラに属するが、ドレーカイル式のピントあわせ装置を備え、同種の中では最高品である。

レンズの横に飛び出た腕木単目のドレーカイル方式の説明は、本機を手にすればその精緻な光学装置に驚嘆するばかりであるが、文書にすると絶対に理解できない代物である。

アマチュアには、この半分の大きさのセミ・イコンタが好まれたが、イコンタがもつ6×9cmのビックサイズはプロに好まれ、この傾向は1970代まで続いた。

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左側の35mmフイルムではなく、右にある細長いサイズの裏紙のついたプローニ判のフイルムを使う。

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ネガを比べてみると、35mmに比べて圧倒的なサイズの大きさを誇る。これは、今で言うところのデジタルカメラの受像子の大きさの違いと同様の効果がある。

昔はレンズの性能をカバーするため大きなサイズが求められたが、名レンズのテッサーを搭載したスーパーイコンタともなれば、大きく引き伸ばす必要のあるプロ写真にとっては、35mm判より重用された。

そして、スプリングカメラの特徴として、折りたたむとコンパクトになることから山岳写真家には特に愛好された。

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これは同サイズの六曜社・8年型パールにおけるカメラとフイルムの様子。極めてシンプルにして完全なるアナログ仕様である。

この六曜社・8年型パールは、以前にも記事にしたことがあった

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この日は、恵美須町から阪堺電車で天下茶屋に向かった。

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平成7年6月 阪神淡路大震災から復旧した阪急・阪神電車

今年も1月17日が巡ってきた。

阪神淡路大震災から21年が経過し、あの日の体験者も相対的に少なくなったことと、その後発生した東日本大震災の影響もあり、その記憶の風化が心配されるようになった。

中心部の神戸市内における住民の40パーセントが震災を知らない世代らしい。

震災当日の様子の記事は・・・コチラ

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無残な姿となった三宮の神戸阪急ビル東館「阪急会館」 H7.1.30撮影

そんな今日の状況下であの震災を忘れないために、今回は、手許の写真を基に、震災の甚大な被害から見事復旧した阪急電鉄と阪神電鉄の姿を振り返ってみたい。





平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災から5ヶ月ほど経過したある日、途絶していた阪急神戸線、阪神本線が懸命の復旧作業によりようやく開通した。

『通常では2年から3年が必要であるといわれた甚大な被害を受けた鉄道の復旧作業を、僅か半年足らずで完遂させたことは、鉄道会社、建設会社の方々の並々ならぬ努力のたまものであることには相違ない.。しかし、その作業に献身的な協力・並々ならぬ忍耐を惜しまなかった沿線市民の復旧に対する大きな思いが、奇跡のスピード復旧の大きな推進力になったと聞いている。』


そのとき、仕事の途中で数枚の写真を撮っているので、並べて掲載してみたい。

阪急梅田駅・・・6/12の神戸線全線復旧を祝うプレートが取り付けられた。
H7.5.31撮影

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阪急・茨木市駅の構内で見つけた告知ポスター・・・それぞれ内容がわかるように拡大してみた。

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(その1)

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(その2)

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(その3)

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茨木市駅を通過する特急列車・・・すべての特急車輌の先頭に復旧プレートが取り付けてあった。

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【阪急電鉄の震災復旧一覧】
  平成7年 1月17日 阪神・淡路大震災で各線に被害。
  1月23日までに京都本線、宝塚本線、神戸本線の一部などで運転再開。
  2月5日 今津線が全線復旧。
  3月1日 甲陽線が全線復旧。
  3月11日 伊丹線が新伊丹 - 伊丹(仮駅)間で運行再開。
  6月12日 神戸本線が全線復旧。


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北海道青森紀行(その5)はやぶさ編

前回からのつづき

酸ヶ湯から新青森まで戻ってきた。

ここからは新幹線を利用して帰阪するのだが、仙台~新青森はこれが初乗車区間となる・・・ワクワク

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ガラス張りの本屋が現代的な新青森駅

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駅前の案内図には、新幹線の新青森以北は、点線で表示されているが、これも来春まで。

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青森ねぶたのミニチュアや棟方志功の羅漢像図などを掲げて地元をアピールしているが、函館有斗まで延伸すると青森は一通過点になってしまうようで、歓迎しているのか、嘆いているのかよくわからなくて、何とも切なくてならない。

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改札上部の案内板は、函館方面を表示するスペースが準備されているが、今だ利用されていないのだが・・・

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改札内の番線表示を見ると、11番線から14番線の4ホームを、それぞれフル活用しているようだ。


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北海道青森紀行(その4)青森酸ヶ湯編

(前回からのつづき)


平成27年10月1日午前6時19分寝台急行「はまなす」は定刻どおり青森駅に到着した。

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この列車は、ビジネスで利用する人が多いために、新幹線接続として、普通列車・新青森行きがすぐの連絡である。

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「急行はまなす」とは、ここでお別れ(残念ながら、これが今生の別れとなろう・・・)

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昔は、この線路の先には青函連絡船が待っていたのだが・・・

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今から37年前(昭和53年8月)の青森駅。

大学のサイクリング部の合宿で訪れた時のモノ・・・駅舎も随分変ったが、撮影者も随分変ったねぇ・・・

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JRと青い森鉄道が同居している駅本屋

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青い森鉄道とJR大湊線の路線図・・・大都市の路線図を見慣れていると、なんとも寂しく感じてしまう。

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北海道青森紀行(その3)すすきのはまなす編

前回からのつづき・・・

平成27年9月30日東奔西走の一日が終わり、日が暮れた札幌に戻ってきた。

札幌駅では稚内行きの特急スーパー宗谷3号が出発のときを待っていた。昨日、札幌に到着したときに出会った同じ特急である。

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17:49に札幌を発ち、終着の稚内に到着するのが22:56である。 

約5時間のロングランとなるが、261系新型車輌だけに乗り心地はよくなっているのだろう・・・

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しかしまだまだ本日の予定は終わらない。


まずは、すすきので北海道の幸を堪能することとしよう・・・

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この地には既知の店がないので、日本全国に詳しいスーパー国家公務員の太郎さんに事前に教えてもらったお店「味処 まつ田」に向かう。

地下鉄のすすきの駅から近い店ですぐに見つかった。このビルの2階だ

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太郎さんからは、マスターに値段を言って、おまかせで・・・といえば美味いモンが食べられると聞いていたので、ビギナーとしてはそのとおりに。

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いろいろな種類のウニウニウニ・・・それぞれ微妙に味が違う。

こうしてシンプルにして食べるとその違いがよく分る。ウニ好きにはたまらない一品である。

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北海道の珍しい海の幸が満載! 魚の名前を聞いたが、初めてのものばかりなので再現不可!

右側のシシャモの造りは、特に珍しい。この時季の2~3週間しか食べられないものらしい。

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アワビの煮付にサッポロクラシック・・・満足度高いです!

もちろんこの後、燗酒もグビグビやりました。とにかく何を食べても美味い。大満足の酒肴でありました。

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この他にも数品いただいて、〆のごはんが、コレ・・・画像を受験生の息子に送ってやると、カンカンになって怒っていたとか・・・笑



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北海道青森紀行(その2)小樽市総合博物館編

(前回の続き)

小樽の街中を歩いて、小樽総合博物館にやってきた。

ここは、昔、北海道鉄道博物館と呼ばれていたところ。

鉄道以外の資料もまとめて総合博物館と名称を変更したが、内容は鉄道一色といっても過言ではない。

昭和55年に訪問して以来35年ぶりとなるので、その変化が気になるところだ。

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(これは退出時撮影したものだが、構成上ここで掲載する。)

まずは、入り口すぐに鎮座したお宝の「しづか」号拝見。

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テンダのしづかの文字が左書きだが、義経・弁慶は右書きとの統一や如何に?

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しづか号のうしろに展示されていた一等客車「い1号」の内部・・床中央部の穴は、タンツポである。

タンツボについては、過去の記事にまとめてあるので、そちらをご参考のこと。


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二重屋根の明かり窓のところの換気口枠にもみやびな細工が施されている。 ともに鉄道記念物に指定されている。

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(S55.10訪問時の写真・・・鷹取から義経号を持ってきて、しづか号とランデブーしたときの様子 この当時から見ると後ろの車庫に煙突の有無の違いがうかがわれる。)



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35年前にはいなかったレールバス「キハ03」・・・愛すべき小型デイーゼルカーである。

北海道や九州の僻地で運転していたので現役時代は見たことがない。廃車後、旭川車両所に保存されていたものが移管されたようだ。

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明治28年の国産第2号機となる7150形大勝号・・・現存の国産機関車としては最も古いものである。もちろん鉄道記念物なり

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国指定の重要文化財の手宮機関庫も、このように内部は鉄骨で補強されている。

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北海道青森紀行(その1)札幌・小樽編

平成27年9月29日(火)

伊丹空港から15:00発の日本航空2009便で札幌に向かう。

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北海道に行くのは、何年ぶりだろうか・・・最後はバブル期の職場旅行だったので、20年ほどは確実に経っていることだろう。

・・・仕事をそつなく終えた後は、あそこに行って・・・あそこで食べて・・・と

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そんなことを考えながら搭乗機の整備中にガソリンが切れたので少しだけ給油。

ご当地に行けば、サッポロクラシックが待っているのでお湿り程度に・・・




新千歳からJRで札幌に向かったが、17:40に到着した札幌駅は冷たい雨が降っていた。

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亞熱帶の大阪から来た者としては、冷蔵庫の中に頭を突っ込んだような感覚に陥る。

遥か北方の遠国に来た心地である。

隣のホームでは、17:49発の稚内行き特急「スーパー宗谷3号」261系が出発を待っている。

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関西では類を見ない車両デザインなので、自ずとカメラを向けてしまう。

この特急の走行距離は396.2kmに及び、これは現在の日本で運行されている気動車特急で一番長いものである。


この日は、クライアントと夕食をともにして、札幌ラーメンで〆る。

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独特の味噌味が美味なり。

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岡山・真庭へのぶらり旅(その4)

前回からのつづき

平成27年9月6日(日) 美作三湯のひとつ湯原温泉で一泊した翌日は、雨の音で目覚めた。

夜中もよく降っていたようだ。

マラソンランナーのフクちゃんは、朝5時に起きて暗闇の中、8キロほど走ってきた。幸い雨には会わなかったらしい。

帰りのバス便を調べると・・・湯原温泉9:22のバスに乗らないと次便は13:06になってしまう。

よって6時半には起床して朝風呂を楽しんだ後は朝食タイム

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大飲した翌朝は、胃の腑に優しいシンプルな食材が嬉しいね。お粥もありがたい。

さきほど湯上りにビールを飲んだため、食卓にはビールはなし。

ホテルを立つ時、温泉でゆでた玉子をお土産にいただき車中の人に・・・

中国勝山には、10:00に到着 JRの津山行きまで40分あるので、勝山の城下町をぶらり散策

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古くは出雲街道の要衝として繁栄していた城下町・勝山。昔から鉱山経営で蓄財した藩である。

白壁や格子窓の古い町並みが残ることから、昭和60年に岡山県初となる「町並み保存地区」に指定された。

各建物の軒先にオリジナルの暖簾が掲げられることから「のれんのある風景」としても有名なところである。

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古い日本建築には、暖簾がぴったりだが・・・こんな洋風建築にもそれはあった。

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教会に暖簾?・・・なにやらミスマッチな感じもするが、クラシック建築なので、和洋折衷的な明治・大正期の建築を見ている気分である。

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こんな含蓄のある看板を掲げたタバコ屋さんもあった・・・灰になるまで判らないか!


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川岸の屋敷から河原に降りる石段のふもとまで水が来ている。

昨夜の雨は、旭川にも影響しているようだ・・・後ほど判るが、実はこれが我々の旅程にも影響することとなるのだ!

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岡山・真庭へのぶらり旅(その3)

(前回からのつづき)

湯原温泉のバス停に到着すると、ホテルの送迎バスが待っていた。

今日のお宿は、湯原温泉の一番奥まったところにあるホテル「八景

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川向に湯原温泉の名湯「砂湯」がある。

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通された客室からは、その砂湯が丸見え・・・入浴シーンが見放題というわけだ!

ここは混浴であるが、たまに女性の姿も見えるがほぼムームーのような湯浴衣を着用しての入浴

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入り口に「名泉砂湯」と彫られた石碑があるだけで、河原への坂道を下れば、即湯船・・・遮るものは何もない。

もちろん無料である。

われわれもタオル一枚で体験入浴 オープンな雰囲気になにやら解き放たれたような開放感が気持ちいい。

熊野川の川湯のような感じで、河原の砂地から温泉が湧いているものだ。


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砂湯を上がった後、浴衣に下駄履きで街中をぶらぶら・・・レトロな雰囲気の油屋旅館

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射的のお店もあったが、歓楽街といった雰囲気はない。

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夕刻の川霧が旅情をかきたてるねえ・・

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岡山・真庭へのぶらり旅(その2)

(前回からのつづき)

平成27年9月5日(土)今まで気にはなっていたが、場所柄なかなか訪問することが叶わなかったところに漸くやってきた。

明治40年築の遷喬尋常小学校である。

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辰野金吾設計の南海浜寺公園駅舎にも一脈通じるようなハーフチンバー様式のまことに瀟洒な木造建築である。

建築当時のご当地の林業盛んなバックボーンが偲ばれる堂々たる構造物で、今なお現存していることが奇跡のようでならない。

さらに、現実に自分自身の眼で見ること、接することができることが嬉しくてならない。

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館内には、平成11年の重要文化財指定書なるものもあった・・・こんな地模様の用紙が使われているのか!


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もらったパンフレットの表紙には、明治40年の開校式当時の写真がある・・・校庭部分は沼地だったようだ。

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生徒だけでなく、町中の人も一緒に写っている・・・当時の賑わいと住民たちの矜持が見る者の胸に迫ってくる写真である。

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岡山・真庭へのぶらり旅(その1)

毎年9月の第一土・日に実行している仲間内の不要不急旅が、今年も巡ってきた・・・今回は第20回目となる・・・

今回の目的地は、美作三湯の一つ「湯原温泉」である。

  ※昨年実施した第19回の竹原「マッサン」訪問の様子は、コチラ



平成27年9月5日(土)午前7時45分にJR大阪駅中央コンコース南側キヨスク前にて集合。

参加者は慣れたもので、皆さん5分前には集った。

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今回も往路は、「青春18切符」を利用する。

予定より1本前の下りの新快速に乗ったが、それが播州赤穂行きで、車内はすし詰め状態。

きっと18切符を利用して岡山方面に向かう乗客が多いと見える。

我々は姫路で乗り換え津山に向かうので、尼崎で下車し、一本後の新快速・姫路行きに乗り換えた。

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とりあえず、乗り換えの間に無事にスタートできたことを互いに祝う! 8:10

次の新快速は、先ほどの窮屈がウソのようなゆったりとした車内・・・座席にも座れ姫路着 9:18

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昼食には早いが、乗り換えの時間も30分ほどあるので、姫路名物のまねき食品「えきそば」を食す 360円

姫路を通るときには素通りし難い寄り道処である。


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姫新線のホームから姫路城が額縁つきで望める場所があった。今まで気づかなかったなあ・・・

姫新線の播磨新宮行きに乗車 9:46

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車輌は平成21年から運用が始まったキハ127系(キハ127-1005)

ほぼ座席は埋まったが、心配するほどの混雑ではなかった。

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さよなら梅小路蒸気機関車館・・・義経号記念運転

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昭和49年に開館した梅小路蒸気機関車館が平成27年8月30日をもって閉館する。

新しい“京都鉄道博物館”に生まれ変わるための積極的閉鎖ではあるが、慣れ親しんだ“梅小路蒸気機関車館”の名称が消えてしまうことは一抹の寂しさを憶える。

閉館を記念して鉄道記念物の“義経号”の自走シーンが8月22日23日の二日間だけ公開されることがホームページに掲載されたので、そうなると出掛けない訳にはいかない。

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快晴の8月22日(土)開館時刻より早めに訪れたがすでに長蛇の列。

皆さん閉館を惜しんでの訪問なのか、義経が目的なのか・・・

並んでいる途中、横に建設中の新博物館のゲートが開いた・・・

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車輌の設置もかなり進んでいるようだ。

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          こんな硬券の記念入場券をいただきました。


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おとなびパスひとり旅(温泉津~倉吉)

(前回からのつづき)

温泉津温泉の街中をパトロールした後、本日のお宿「輝雲荘」に戻る。

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この宿にも源泉掛け流しのお風呂がある。

これは「甍の湯」と呼ばれる半露天風呂 地元特産の福光石(淡青緑色)を敷いた石風呂
涼風がそよぐ中、壁のない2面から町並みの甍が望める。

大解放の露天風呂ではないところに楚々とした味わいがあってよろし・・・


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夕食は、昔ながらのスタイルである部屋食・・・仲居さんには、ひとり客で申し訳なかった!

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レンコ鯛・・・小ぶりの鯛で、ここの名物。塩焼きが美味

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地酒 “開春”・・・温泉津の浜にある若林酒造のもの。 地産地消のレアものに出会うのも旅の楽しみ。

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・・・ただ、一人では広すぎる部屋である。


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TVの天気予報・・・地元の天気予報を見るのも楽しみのひとつだ。

大阪・東京も併せて載せているところに島根の悲哀を感じる。



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夕食後、灯の点った町並みを散歩する。

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薬師湯入り口のステンドグラスも夜にならないと実力が発揮できない。

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たまに自動車の通行がある程度で、そぞろ歩きの当事客には一人も出会わなかった。

また、居酒屋はあったが、射的場などの遊技場は全くない静かな温泉街である。

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薬師湯・旧館の内部は、こんなギャラリーになっていたのだ・・・



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おとなびパスひとり旅(温泉津温泉・薬師湯)

・・・前回からのつづき

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平成27年7月10日 初訪問した島根の温泉津(ゆのつ)温泉は、レトロな温泉街だった。

メインストリートを囲む宿屋の建物も古き良きイメージ漂ういい感じのものである。

また道路も極めて狭隘で、普通自動車の対向が精一杯だ。送迎自動車の窓から見たときも、かなり狭く感じたものだった。

さもありなん。ここは、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されるほどの古風な温泉街なのだ。


また、この温泉地は、男はつらいよの第13回「寅次郎恋やつれ」の舞台となっている。左側の後楽さんは、寅さんが泊まったお宿

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この薬師湯に入ることが、今回の旅の主たる目的である。(この温泉がとにかく凄いのだ!)

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時刻が早かったせいか、貸しきり状態なので、脱衣所の撮影もできた。

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そのこだわりの温泉であるこの薬師湯は、日本温泉協会の天然温泉の審査で、山陰で唯一最高評価の「オール5」を受けた100%本物のかけ流し湯温泉である。

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ホマレの温泉利用証の拡大がコレ   

左下サイコロの目がオール5の満点なのだ!

ようするに専門家が認めた文句なしの最高評価の天然温泉・・・これを楽しまない訳にはいかない。

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このトロトロ感は中途半端なく・・・すごい!お湯の含有物が析出して鍾乳石のような独特の景色を作り出している。

塩化物泉であるが、濁りが強く湯船の底は見えない。そしてやや熱めのお湯は、肌にじんじんと響くような感じがする。

2~3分浸っては休むを3回ほど繰り替えるだけで、体中から汗が噴出す。

普通の温泉より濃度が3倍から10倍も高いといわれる源泉掛け流しだけのことはある。

入浴前に水を飲むこと、長時間の入浴は禁忌と番台のお姉ちゃんに教わったのも・・・むべなるかな。


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おとなびパスひとり旅(博多→温泉津)

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平成27年7月10日祇園山笠で賑わう博多での仕事をさらりと終えた。

通常であればこのまま帰阪するはずだが、今日はウイークエンドで明日は土曜日ときては、道草の宿痾が騒ぎ出す。

実は今回の博多行きが決定してからその模索は始まっていた。

それは、JR西日本が発売していた期間限定切符「おとなびパス」を見つけたからである。

6/10~7/17の期間限定の上、おとなび会員になる50歳以上という利用制限があるが、2万円のチケットだがJR西日本線の全線が3日間連続乗り放題で、しかも特急グリーン車が4回まで利用できるというしろものである。

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通常、大阪~博多の新幹線往復だけでも3万円は越えるご時世、この信じられないような大盤振る舞いに、自ずと鉄道ファンの血が騒ぐというものだ。

あれこれルートを考えたが、1日目は九州新幹線さくらのグリーン車を使って博多入り、2日目はまじめに仕事をした後、新山口までさくらのグリーンを使い、新山口から特急スーパーおきを利用して山口線を経て山陰・温泉津の温泉で骨休め。3日目は山陰線を進み、倉吉からスーパーはくとのグリーン車で大阪へ戻るという、大名旅行を企画した。

首尾よく事が運べばいいが、どこかで時間が狂えば、前途多難となる。そのときの第2、第3のルート選びも事前に設定するのも旅行計画の楽しみの一つ・・・1粒で3度美味しいというわけだ。

さてさて・・・

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九州鉄道発祥の地

平成27年7月10日仕事で博多にやってきた。

博多駅界隈に面白い場所はないものかと探していたら、かなり貴重な鉄道遺産に出くわした!

九州鉄道発祥の地 の石碑である。

現在の博多駅から300メートル北西に進んだ公園(出来町公園)の中にそれはあった。

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つまり初代の博多駅は、ここにあったという訳である。

(石碑を囲むように据え付けられているSLの動輪は、C6118の第3動輪である。)


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鉄道遺産・阪急千里線神崎川橋梁訪問

平成27年5月3日鉄道遺産というべき阪急千里線の神崎川橋梁を訪問した。

理由は次のとおり・・・

明治9年に官営鉄道が大阪・向日町間を開業させたが、そのときの大阪・吹田間は今のルートとは異なっていた。

大阪を出れば、淀川を渡る直前から北東にずれ、今の水道記念館の中を突ききり、現在の阪急・崇禅寺あたりから阪急の路線となり淡路・下新庄を経てJRと立体交差している場所から現在のJRの路線となっていた。

つまり阪急の崇禅寺から吹田の手前までは鉄道黎明期の官営鉄道の路線だったというわけだ。

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(吹田市史より)

大正2年に鉄道院が、吹田操車場新設工事により大阪・吹田の路線を現在のものに変更したため、上記の区間は廃止された。

しかし大正10年に北大阪電鉄が、十三~豊津間を開業するに際してそれの払い下げを受けて利用することとなった。

その区間内にある神崎川橋梁の基礎に、今でも鉄道黎明期の遺産が残っていることは知っていたが、高架工事のためにその姿を消そうとしていたため、この際きちんと訪問しておこうと思い立った次第である。

まずは、下新庄駅から北に向かう。
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駅を出てから程なく神崎川に到着するが、その手前のレンガつくりの橋脚・・・味わいがあるものではあるが、北大阪電鉄時代のものと思われる。

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神崎川橋梁に出た。

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平成7年 蹴上浄水場のツツジと京阪・京津線

今からちょうど20年前の今日のことだった。

平成7年5月6日 京都・蹴上浄水場のツツジが見ごろとの報に接し、京阪京津線と一緒に撮れないか・・・という思いに突き起こされ、天気も上々、発作的にカメラバックを肩に京阪電車に飛び乗った。

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ところが、馳せる気持ちを挫くが如く、淀屋橋から乗った特急は、前方での何かのトラブルにより萱島駅で臨時停車。

こういうときは、扉は開けないのが常であるが、今回は扉が開き乗下車可能となった。

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珍しい現象なので・・・記念に一枚!

トラブルで予定時刻よりかなり遅れたが、無事に蹴上に到着。

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さてさて浄水場のツツジをバックに京津線をどう撮るか?

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午前中は、逆光気味なので絵にするのが難しい。

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順光で撮ろうとすると国道を東に上った位置から撮影することになるが、自動車の交通量が多く、すっきりとした写真を撮るのが、これはこれで難しい。

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地下鉄サリン事件と「かえ~るボックス」

平成7年は阪神淡路大震災とともに、世間を震撼とさせた地下鉄サリン事件(H7.3.20)が発生した年である。

その事件の余波として、その後しばらくの間、国内の公共交通のゴミ箱が撤去されたり封鎖されたりしたことがあった。

毒物・爆発物等の危険物を設置させないようするための予防措置である。


大阪市交通局もその例外ではなかった。

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地下鉄朝潮橋ホーム・・・この頃は種類別のゴミ箱ではなく投入口は一つだけだった。

新聞雑誌用のゴミ箱は、これとは別に大きな駅に限ってリサイクルの意味を含め「かえ~るボックス」が設置されていた。


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地下鉄本町(四つ橋線)ホーム・・・特別警戒実施中なのだ


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地下鉄天満橋ホーム・・・行き場のない空き缶は、勢いこのような状態となってしまう。

案内板の②松坂屋の文字も懐かしい。



なかでも哀れなのが、新聞雑誌用のカエル形大型回収箱「かえ~るボックス」だった!

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平成7年大阪春景色(続)

(前回からのつづき)

大川端で春景色を楽しんだ後、阪急沿線にも足を伸ばす。

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崇禅寺・淡路間の桜並木は、どこも見頃を迎え、花見客で賑わっている。

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平成7年大阪春景色

阪神淡路大震災から程ない平成7年4月、いつものように春爛漫の季節は巡ってきた。

被災された方への支援活動が本格化していた頃でもあった。

平成7年4月8日ほかほか陽気に誘われて大川端をフォト散歩することに・・・

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造幣局の迎賓館である泉布観も桜の季節はこんな風景となる。 

明治村ではなく、明治初期の洋風建築が今でも現存しているのがありがたい。

内部の詳細はコチラ

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泉布観の隣の桜ノ宮公会堂も重厚な建物であるが、初代造幣局の正面玄関を移設したもの

初代の正面玄関といわれても、記憶に無い方のため当時の建物の全体像は下記のとおり

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正面エントランス部分が残されているのだが、当時のよすがを偲ぶには十分な遺構である。


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昭和5年に建築された桜宮橋・通称銀橋も重厚そのものの愛すべき橋梁である。

平成18年には、この左となりに新桜宮橋が敷設されダブル銀橋の姿を見ることができる。

旧銀橋が撤去されずに残された功績は大きい。

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平成27年初春阿房列車・・・四国鉄道文化館訪問(南館)

(前回からのつづき)

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伊予西条駅のぽっぽ橋を渡って、四国鉄道文化館の南館にやってきた。

建物前の広場には、平成19年に製造されたフリーゲージトレインの第二次試験車「GCT01-201」が鎮座している。

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これは、新幹線の標準軌道と在来線の狭軌軌道の異なるゲージを、車軸の長さを自動的に調整して直通運転できるようにした車輌である。

いかにJR四国が新幹線の導入に執着しているかが見て取れる証拠である。

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南側から見た北館・・・線路に隔たれた両館であるが、南側の広い区域を利用すれば一箇所にまとめることができるのでは・・・と考えてしまう。

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広場には、ライブスチーム用の線路が埋設されているが、そんなに頻繁に利用するものではないので、利用時のメンテナンスを考えると、そのときだけ敷設するような移動式のものでよかったのではなかろうか。(余計なお世話ではあるが・・・)

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平成27年初春阿房列車・・・四国鉄道文化館訪問(北館)

(前回からのつづき)

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平成27年1月3日伊予西条の四国鉄道文化館を訪問した。

正月三ケ日も通常開館しているのがエライ!!

十河信二記念館に並んだ北館と線路を渡った南館とに分かれている。

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入場は、南北2館の共通入場券で大人300円なり。

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北館は木造の立派な建造物であるが、床まで木造なので入り口でスリッパに履き替えなければならないのが残念である。  

どうも鉄道施設に土足禁止というのはなんともミスマッチな感じが否めない。

北館の展示車両は、0系新幹線先頭車(21-141)とDF50-1

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この0系新幹線先頭車は、広窓が特徴の前期型である。
平成12年に引退後はJR四国がJR西日本から譲り受け多度津工場で保存・展示してあったものである。

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オリジナルなものから改装されて、簡易リクライニングが装備された当時の座席が懐かしいが、1車輌すべてではなく半分に切断された形での保存・展示は些か痛々しい。

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平成27年初春阿房列車・・・豊浜から伊予西条へ

平成27年1月3日 

いつものように家内の実家にお年賀に伺った翌日は、ついものように気楽な一人旅を楽しむ。

昨年は、高松から宇高国道フェリーを経て帰阪したが、今年は西へと向かう。

午前10時半 今年も出発は、予讃線豊浜駅。 

今年の正月は極めて寒く、火の気のない無人駅の待合室は底冷えがする。

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10時42分の伊予西条行きの普通列車を待つ。

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下りの松山行き特急しおかぜ5号を見送った後、ゆっくりとしたスピードで、乗車すべき下り普通列車が長いホームに入線してきた。

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車両は7000系7020の単行列車。

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正月3日の午前中はこんな乗車率であろうか・・・1輌でも十分な乗車率である。

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車窓から穏やかな燧灘を眺めつつ列車は西へと走る。

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たおやかな瀬戸内海とは異なり、反対側の四国山地の石鎚山はすっかり雪化粧である。
年末の四国における大雪被害が思い出される。

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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

Author:ファジー



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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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また、記事のタイトルに☆がついているものは、mixiから移設した2005.12.15~2006.12.16の過去記事です。

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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