平成7年 ふたたび“SL北びわこ号”にトライ

平成7年8月19日に運転を開始した“SL北びわこ号”であったが、初日につづき1週間後の8月26日に再び米原に向かった。

前回はロケーション不足に泣かされたので、今回は沿線の状態を把握しての捲土重来である。

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この当時、JR京都駅は駅本屋の建て替えの真っ最中。

ホームから京都中央郵便局が見えていた貴重なワンショットなり。


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今見ると、全く何処だか分からない風情である。



とまれかくまれ、米原駅到着

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リバーサルフィルムを使って撮影した牽引機C56160 

ジャドゥー部分と照り返し部分の陰翳が実に美しい。

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客車はおなじみの12系

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こちらは、カラーネガフィルムでの撮影 

この子供達も今では立派な大人になっていることだろう・・・


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北陸線の普通列車車内では、熱心にスケッチする年配の方もいて、いかに関西におけるSL走行が待ちわびたものであるのかの証左といえる。

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肥薩線めぐりの旅(その6) SL人吉

5回シリーズで続けてきた「肥薩線めぐりの旅」もこれが最終回

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平成28年8月20日 人吉市内観光を終えて今回は人吉駅からスタートする。

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人吉駅の構内には、立派な石造りの機関庫がある。肥薩線開業直後の明治44年築である。

下りの「SL人吉」を牽引した58654の休憩場所でもある。

妻面が覆い屋根のためよくわからないが、入口は3連のアーチ型となっている。

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SL人吉が推進運転で駅ホームに入線していく。

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隣の車庫の長さと列車を比べると、その車庫は、機関車1輌+客車3輌がすっぽり納められるほどの規模をもっていることがわかる。

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14:38発熊本行きの“SL人吉”に乗車 (SL人吉号とは言わないことに注意!)

本日のこの上り便は、夏休みの土曜日だけあって満席札止めとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その5) 球磨川の温泉地「人吉」

前回からのつづき

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平成28年8月20日13:30 人吉駅からレンタサイクルで相良氏の城下町に飛び出した。

電動アシスト付ママチャリなので楽チンであるが、気温35度快晴の下ではやや辛い。

はやく一っ風呂浴びたいものだ!

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レトロの極みといわれた昭和初期の銭湯の様子を今に伝える「新温泉」や

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大正築の最古参の「堤温泉」の佇まいを確認した後・・・

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熊本県最南端の裁判所をチェックし・・・

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裁判所あるところには、検察・法務局の存在もあるので、新築なったお洒落な人吉法務総合庁舎も確認!

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人吉城郭のほとりの球磨川支流「胸川」で川遊びする親子連れの姿に、いまだ変わらぬ日本の夏景色を見て嬉しくなる。

因みに城下町人吉球磨を治めた相良(さがら)氏は鎌倉初期から江戸時代の終わりまで700年治世した氏柄である。
球磨での相良家の歴史は、源頼朝の命により遠江国より下向して来ることがはじまる。
以後、戦国の世を乗り切り、豊臣秀吉、徳川氏からも所領を安堵され、明治維新まで命脈を保った。
そのように、相良家は長きにわった所領を守り抜いた全国的には稀有な大名である。

そして、彼の地は明治2年の版籍奉還により人吉県となり、その後八代県に合併され人吉藩は消滅した。


それはさておき・・・人吉城址に近い人吉温泉「元湯」に到着

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肥薩線めぐりの旅(その4) 鉄道の聖地“矢岳越え”

前回からのつづき

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平成28年8月20日(土)肥薩線の吉松から人吉に向けて、いよいよ日本屈指の山線「矢岳越え」に挑む

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今回の行程(ブルーのライン)

吉松からは11:49発の「しんぺい2号」に乗車

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今までの磨墨が如き「はやとの風」とは異なり、これからは、眞田の赤備えの如き「しんぺい号」である。

この上り列車「しんぺい号」は、鉄道開通当時の鉄道院総裁の後藤新平から名づけられた。
因みに下り列車は「いさぶろう号」である。当時の官鉄を管掌していた逓信大臣・山縣伊三郎からとられた。

その訳は・・・

肥薩線の矢岳第一トンネルは、矢岳駅と真幸駅の間にあり、矢岳駅を出て最初のトンネルである。
明治42年11月21日に開通した、全長2,096メートルのこのトンネルは、肥薩線で最も長いトンネルとして知られている。
また、南側へ向けて25パーミルの下りの片勾配となっている。この勾配と、人里離れた山奥ということもあり、資材搬入の便の困難さ、そして水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、工事はかなり難航した。この工事は、現在の青函トンネル工事に匹敵する大工事だったと言われている。

トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられている。これらの言葉を繋げて読むことにより、「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味である。

これらの揮毫がなされるほどの国家を挙げての大工事であった訳だ。

この二人にあやかって名づけられたのが「しんぺい号」であり「いさぶろう号」である。



今から思えば、鉄道路線は、険しい山岳コースより海側のルート(現鹿児島本線)のほうが安全安価に仕上がる気がするが、明治時代の陸軍が、海側ルートは外国から狙われて危険であるとして鉄道敷設に強く反対したからこうなった。

現鹿児島本線の開通は肥薩線開通から18年後の昭和2年になる。

明治の軍人は薩摩人が多かったが、幕末の薩英戦争の影に怯えていたのだろうか?



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先頭車の3号車からキハ47-8159+キハ47-9082+キハ140-2125の3輌編成である。

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強度の点は問題ないのであろうか?と、心配になるほどフリースペース部分が大胆にカットされている。


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「はやとの風」と異なりスタンディングタイプのフリースペースとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その3) 鉄道の町吉松へ

前回からのつづき

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今回の旅程(ブルーのライン)


平成28年8月20日(土) 霧島温泉で英気を養ったあと、丸尾温泉バス停留所からJR霧島温泉駅に戻る。

この10:01発のバスを逃すと13時までないので、油断ならない。

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霧島温泉からは10:41発の特急「はやとき風2号」に乗車するが、やってきた列車がこの駅で5分停車

停車中は、ホームでは、乗客にお茶が振舞われ、地元の特産物販売の即席市場となる。

この特急は自由席ならば300円の支払いで済む。この列車も混雑とは無縁のローカル列車であった。


10:48大隅横川駅着 ここでは6分の停車である。

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どうやらこの地における昔の基準的な駅舎構造は、駅舎の出入り口を端に設けて、庇を深く角の周りをL字型に配するもののようだ。


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この駅も嘉例川駅同様、明治36年築 

改札の梁にその証拠を見つけた。 鉄道の財産標である。

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駅本屋 明治36年1月築・・・確認! 日本に風雲急を告げる日露開戦の前年である。

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機銃掃射の痕跡に当時の町の規模を推量していると・・・

アテンダントの打ち鳴らす鐘に我を戻し、車内に戻る。

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ラウンジコーナーで自撮したものだが、偶然稼働中のアテンダントが写り込んだ。

彼女たちは実によく働きます。

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肥薩線めぐりの旅(その2) はやとの風で霧島温泉へ

前回からのつづき

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H28.8.19 いよいよ大人の夏休みのスタートである。

昔の鹿児島本線であった山岳ルートの肥薩線(明治42年開通)は私にとって未踏路線だ。

(註)湾岸ルートの現鹿児島本線は、昭和2年10月17日の湯浦駅から水俣駅までの開通より海岸線周りの八代駅から鹿児島駅までが全通することによって誕生した。それまでは現肥薩線が鹿児島本線を名乗っており、鹿児島・宮崎への大動脈だった。

この機会にぜひ訪れてみたいと考えた。

おまけに霧島温泉で一泊すればなお素晴らしいではないか・・・と。

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午前中の仕事では紆余曲折があったが、奮闘努力の結果・・・なんとか鹿児島中央13:23発の特急「はやとの風4号」に間に合った。

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本日の旅程表(ブルーのライン)

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在来線の普通列車に並ぶ女子高校生の列をカメラ片手に「ごめんなさい」と告げて横切り、テンション上げてホームを駆け巡っていたビジネスマン姿のオヤジは私でした。

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そりや、頻繁に来られない場所ですしね。

おまけに初めて乗るデザイナーズ特急となればテンションも上がりますよ!!!

1号車(キハ147-1045)+2号車(キハ47-8092) というあっさりとした2両編成の観光特急列車である。
 
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1号車キハ147-1045の車内 重厚なつくりで国鉄時代の車内イメージを色濃く伝える装飾

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2号車キハ47-8092の車内 淡い色合いで軽快な感じがする車内装飾

中央にフリースペースがあり、とにかくJR西日本には見られない意匠の車輌に、一期一会で楽しまなくては・・・

金曜日の午後ということもあってか、車内は空席が目立つ。

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定時の出発の後、鹿児島駅を過ぎれば、左手に磯庭園、右の窓からは錦江湾と桜島を楽しむ

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次の竜ケ水駅には、何やら意味ありげな石碑がホームに鎮座していた。

平成5年に発生した8月豪雨で駅舎および周辺地域は甚大な被害を受けており、その際の乗員乗客脱出劇は、さまざまなドキュメンタリー番組で取り上げられた。

被災時の有名なエピソードとして、停車中の車両を堤防代わりにして乗客を避難させた乗務員の話がある。
被災したのは西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)行の普通列車(キハ200-1007)で、竜ケ水駅に停車中に鹿児島駅方面の線路が土砂崩れで通行不能となった。運転士は国分方面へ引き返そうとしたが、いつまでたっても指令室の許可が下りず、交渉中に国分方面の線路も遮断され立ち往生してしまった。このとき土石流の危険を感じた運転士が、自らの判断で崩れそうな箇所に、あえて列車を停車させ、乗客のいない車両を堤防代わりにして乗客を避難させた。この好判断により乗客は土石流発生直前に避難することができた。ただし、乗務員の指示を無視して列車内に留まった乗客3人は死亡した。(ウィキペディアより)

その災害復旧記念碑である。


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島津の歴史とかかる出来事に思いを馳せながら、一方では車内のアテンダントにオーダーして、地元の地ビール「SATSUMA GOLD」を持ってきてもらった。

こういうのは逃すわけには行かない。

ところが瓶ビールとプラコップの組み合わせだった。

座席のテーブルは、ディーゼル車輌の横揺れに耐えるほどのものではなく、表面はツルツル。両手を離して写真撮影できたのが奇跡のようなお話。

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車内検札の際に手渡された記念乗車証・・・ミヤマキリシマと対照的な漆黒の「はやとの風」が印象的である。

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隼人から肥薩線に入り、車窓から霧島連峰の山々を楽しんでいると、14:13九州最古の木造駅舎である嘉例川(かれいがわ)駅に到着。

観光列車ならではの嬉しいことに、5分の停車時間があり、乗客は自由に下車して駅の外にも出られるのだ。(そもそも無人駅ではあるが。)

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鉄道だけではなく、自動車でこの駅に立ち寄る観光客も数多くいる。彼の地の人気スポットである。

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開業100周年の記念碑が、平成15年に建立されているので、まさしく明治36年開業である。

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ホームのベンチの高さが、当時の日本国民の身の丈を忍ばせている。

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さて、から~ん・から~んとアテンダントの打ち鳴らす出発のベルが聞こえてきたので車内へと戻ろう。

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肥薩線めぐりの旅 (その1) いざ薩摩へ

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平成28年8月18日翌日の鹿児島における仕事のため、前夜のさくら573号で大阪を発つ

新大阪18時59分発で鹿児島中央には23時07分着 

たっぷり4時間あるので夕食をとりながら、だらだらと一人居酒屋状態

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箱寿司と白ワインの組み合わせもなかなかイケル!

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九州線に入れば、車内販売で芋焼酎を販売しているのは、前回学習済みなので、欠かさず注文・・・九州新幹線サマサマなり。

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23時すぎの鹿児島中央駅新幹線構内 誰もいな~い

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水陸両用観光バス“ダックツアー”体験記

鉄道ネタが続くので、一服の清涼剤として、日本初の水陸両用観光バス“ダックツアー”を利用したときの様子のレポート。

平成28年7月16日(土)職能団体の支部活動としての日帰り旅行に参加した。

いつも職場の前を観光客を載せて通過するこのバスの事はよく知っていたが、乗るのは初めてだ。

身近なツアーだけに、こんな企画がなければ、利用することもなかったであろう。

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八軒家浜から出発し、御堂筋を南下し、本町通りを東行し、上町筋を北に行き桜ノ宮から大川に入って天満橋界隈を一周して帰ってくるという1時間30分のコース。

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この水陸両用車輌を利用したツアー企画については、運行スタート時の企画から実施できるまでには、様々な行政法規の壁が存在し、その実現までに一つ一つクリアーするについて大変な苦労をしたと以前TV番組で報じていた。

そういう苦労があったことを思いつつ、前のタラップから乗車

車内にはトイレがなく、飲食禁止 よってビールは乗車前にいただき、トイレも済ませました。

因みに、この特殊車輌は1台しかなく、故障すればツアーは中止となる。

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大型バスの様な運転席の脇にあるのが、船舶用の操縦機器

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この車輌には窓ガラスがないので、雨天のときは、雨合羽を着用しての乗車となるらしいが、今日はその心配はなさそうだ。
しかし、差し込む夏の日差しは窓側席の人にとっては辛いかもしれない。

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平成7年8月 コトデン紀行(その2)

(前回からのつづき)

琴電高松築港駅から瓦町まで琴平線に乗車し、そこから志度線に乗り換え

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元京浜急行の“名車”であるデハ230形のコトデン29号車がやってきた

貫通扉に改造されているが、特大のフロントガラスがオリジナルの雰囲気を留めている。

コトデン29←京急デハ275←東急デハ5275←京浜電鉄デ90
1936年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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駅ビル工事中の瓦町駅に入線した志度線車輌の後部にはコトデン30号車

元京急デハ266←東急デハ5266←京浜電鉄デ81
1932年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

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フロントのアップをスーパーイコンタで撮影

シル・ヘッダーのリベットと裾部のアンチクライマーが戦前の車輌であることを物語っている。
惜しむらくは、前照灯がシールドビームになっているところ

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とにかく車窓が大きく、窓枠が細いため、車内が明るい。ガラス張りの車輌のようだ。

妻板にも大窓があることがその効果を増している。(30号車)

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立派な鉄道ファンになるんだよ・・・・

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平成7年8月 コトデン紀行(その1)

平成7年8月20日(日)

昨日の土曜日はSL北びわこ号と名鉄揖斐線を訪れたというのに、翌日も午前5時半に目覚めて、昨日同様「青春18切符」を利用して旅に出た。


今日は、高松からコトデンを見学しようと思い、大阪駅を発った。


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早朝から真夏の強烈な陽光が差し込んでいた。 大阪駅


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岡山支社管内の「マスカット色」クハ103-227ほか4連 (スーパーイコンタで撮影)

姫路駅の電留線では、糸崎からやってきた車輌が見られた。

当時僅かながら姫路-糸崎のロングランを受け持つ普通列車があったが、こんな車輌では、さすがに通しで乗ってみたいとは思わない。


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EF65-1127 金光臨の12系を牽引 姫路駅

金光教の祭礼があるのか、団体の臨時列車が入線してきた。臨時列車だけにダイヤがわからないので、旅の途中に出会うと何やら得をした気がする。


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6連の「スーパーはくと」が鳥取を目指してやってきた。

この車輌を見ると、開通当時阪神大震災のため迂回ルートの運用に回されていた時の光景が目に浮かぶ。

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マリンライナー クロ212-1 高松

本四備讃線ができたため、岡山から容易に高松にやって来られる。まさに人に翼の汽車の恩である。

後方には、これも瀬戸大橋のおかげで、従来は宇野止まりだったが高松まで延伸した寝台特急「瀬戸」


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スハ25-301(スーパーイコンタで撮影)

この日は、途中にパンタグラフを載せた変り種車輌のスハ25を連結していた。

この車輌は、「瀬戸」用ラウンジカーとして改造されたもので、電源を取るためのパンタグラフがついている。

パンタグラフつきの客車としては、カニ22が有名だったが、昭和48年当時ではすでに「耳なし芳一」のような哀れな姿しか見たことがなかった。

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S48.8大阪駅

スハ25のその後は・・・「瀬戸」は電車化されたため、「あさかぜ」に転用されたが、平成17年3月の「あさかぜ」廃止により運用を離脱し、平成20年までに全車廃車となって形式消滅した。

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平成7年 名鉄揖斐線探訪

平成7年8月19日SL北びわこ号の始発下りを撮影した後、最終上りの時刻までかなりあるので、足を伸ばして岐阜までやってきた。

目的は、名鉄揖斐線で活躍中の大正15年生まれのオールドタイマーモ510形に会うため。
その運行は全く予備知識としてはないため、ぶっつけ本番である。

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これは新岐阜駅前(現:岐阜駅)だろう。後ろの新岐阜百貨店が目印となるが、現在では存在しない。

車輌は、名鉄岐阜市内線のモ550形551 元北陸鉄道金沢市内線のモハ2000形(昭和25年製)

岐阜市内線は、平成17年4月1日に廃止された。


揖斐線を進んでいくと・・・いきなりだが、政田駅でモ510形514と遭遇!・・・初お目見え

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半円形の先端部分の5枚窓がなんとも優雅である。側面戸袋の丸窓も典雅なり。

御年70歳なれど、元気にご活躍のようでなにより!

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谷汲線との分岐駅「黒野」で下車

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名鉄市内線との直通列車である左側モ770形と揖斐線・谷汲線を専ら走る右側モ750形

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左が本揖斐方面、右が谷汲方面となる。

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黒野駅には電留線がある。モ510形がここで休んでいるかと思っていたが、空振りに終わった。




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平成7.8.19 SL北びわこ号 運転初日

昭和51年9月4日京阪100年号の人身事故により、SLの牽引する臨時列車はご法度となっていた関西地域であったが、それから19年の長きを経て漸く平成7年8月19日から米原・木ノ本間にC56160(梅)牽引のSL北びわこ号が走り出すとの報に接した。

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よって、用意万端の上、満を持して当日湖北へと出向いた。お盆明けの暑い日だった。

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米原駅跨線橋内の掲示板

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長浜駅にて  この歓迎看板には実行委員会の名が見える。 よって地元の熱心な働きかけがあってこその運行実現だったことが容易に推察できる。 ご苦労様でした。

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しかし撮影ポイントがわからないため、田村駅で下車して沿線から撮影することにした。

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“食パン電車”と揶揄された419系もこの当時は元気一杯活躍中だった。

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ボンネットの485系特急“加越” 

米原駅 - 金沢駅・富山駅間を結んでいたエル特急であったが、特急“しらさぎ”と変わりないため平成15年には“しらさぎ”に一本化された。

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ついに本命の登場・・・SLの走行写真を撮るのは・・・・本当に何年ぶりだろうか

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初日だけあって運転手の対応も頗るよろしい。

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大阪臨港線(浪速貨物線)の今昔

平成7年といえば、クラシックカメラに興味を持ち始めた頃だった。

KodakのLetinaやZeissのSuper-Ikontaで遊んでいるうちはよかったが、
Leicaに手を出したのが間違いだった。ドイツのLeicaは、無尽蔵ともいえるライカマウントのレンズが交換ができる万能カメラであり、古きよきドイツ工業製品の精華ともいうべき金属製カメラの甘美なる魅力の泥沼に陥るのに時間はかからなかった。

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Leicaコレクション第1号であるⅢCとズミター5cm

新たに手に入れた古典カメラは、愛でるだけではなく、あちこち持ち歩きたくなるのは当然であり、この日も地元のパトロールへと出かけた。

お手軽な大阪臨港線(浪速貨物線)を撮影して回ったが、その20年前のネガを見つめていると、平成28年現在の風景とは何か解からないが空気感が違うような気持ちが湧いてきたので、昨今のデジカメを持ち出して20年の時間と空気の違いを比べてみたいと思う。

前回の記事に登場したSuper-IkontaやContaxで撮影した写真もあるが、その時間の経過を並べてみたい。

まずは、当時の地図にて撮影場所のチェック

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大阪臨港線の歴史は古く、今宮から大阪港まで昭和3年には臨海貨物を扱う貨物線として誕生した。そして、その路線の一部を使って昭和36年に大阪環状線が大正・弁天町・西九条の間を新しく路線を敷設することによりループ状の環状線となったわけである。

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浪速駅構内

大阪環状線は、今ではなくてはならない大阪の大動脈となっているが、一方その礎ともいうべき大阪臨港線は、湾岸荷役の衰退と貨物輸送手段の変化により、徐々にその活躍の場は少なくなっていったが、平成7年当時では、1日2本の運用となっていた。浪速駅 10:52発と16:20着だけであった。それも休日は運休だった。

しかし特筆すべきは、それだけ運用が減っても廃止にならなかったのは、鉄道レールの輸送が挙げられる。JR西日本管内で使用されるすべてのレールが、高松のレール製造工場から船便でここ大阪港まで運ばれ、ここからは鉄路によりレール運搬貨車(チキ)で運び各地に配るという大切な使命があったからだ。

しかし、その役目もついに終焉を迎え、平成16年には休止路線となり2年後には廃止された。

また、その線路周辺には臨海風景としてなかなか味わい深い被写体が点在していた。

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なみはや大橋の大正区側を望む・・・いまでは橋のたもとにブルーとイエローの
IKEAの建物が存在感をアピールしている。


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歴史を刻む倉庫群・・・重厚な鉄製扉が魅力的である。


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“たばこのむな”ではなく“たばこのめぬ”の表示・・・“のめぬ”の方が、一切例外を認めない感じがして上から目線で威圧的である。 今は普段では見られない表現だ。



その1日2便しかない消え行く臨港貨物線の姿を追ってみた。



①福栄橋西詰から東を向く
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Super-Ikonta

大きなハンマーの音が聞こえてきそうな純然たる工場地帯だった。

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平成28年の姿


②福栄橋東詰から西を向く
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Super-Ikonta

クレーンや建設工事機材が台船に乗って出番を待っている姿がいつもの風景だった。

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スーパーイコンタをお供に・・・天下茶屋パトロール

平成7年7月新たにファジー・コレクションに加わった1938年ドイツ製ツアイスのスーパーイコンタⅢの試写を兼ねて、天下茶屋界隈をパトロールする。

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このカメラは、分類ではスプリングカメラに属するが、ドレーカイル式のピントあわせ装置を備え、同種の中では最高品である。

レンズの横に飛び出た腕木単目のドレーカイル方式の説明は、本機を手にすればその精緻な光学装置に驚嘆するばかりであるが、文書にすると絶対に理解できない代物である。

アマチュアには、この半分の大きさのセミ・イコンタが好まれたが、イコンタがもつ6×9cmのビックサイズはプロに好まれ、この傾向は1970代まで続いた。

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左側の35mmフイルムではなく、右にある細長いサイズの裏紙のついたプローニ判のフイルムを使う。

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ネガを比べてみると、35mmに比べて圧倒的なサイズの大きさを誇る。これは、今で言うところのデジタルカメラの受像子の大きさの違いと同様の効果がある。

昔はレンズの性能をカバーするため大きなサイズが求められたが、名レンズのテッサーを搭載したスーパーイコンタともなれば、大きく引き伸ばす必要のあるプロ写真にとっては、35mm判より重用された。

そして、スプリングカメラの特徴として、折りたたむとコンパクトになることから山岳写真家には特に愛好された。

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これは同サイズの六曜社・8年型パールにおけるカメラとフイルムの様子。極めてシンプルにして完全なるアナログ仕様である。

この六曜社・8年型パールは、以前にも記事にしたことがあった

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この日は、恵美須町から阪堺電車で天下茶屋に向かった。

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平成7年6月 阪神淡路大震災から復旧した阪急・阪神電車

今年も1月17日が巡ってきた。

阪神淡路大震災から21年が経過し、あの日の体験者も相対的に少なくなったことと、その後発生した東日本大震災の影響もあり、その記憶の風化が心配されるようになった。

中心部の神戸市内における住民の40パーセントが震災を知らない世代らしい。

震災当日の様子の記事は・・・コチラ

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無残な姿となった三宮の神戸阪急ビル東館「阪急会館」 H7.1.30撮影

そんな今日の状況下であの震災を忘れないために、今回は、手許の写真を基に、震災の甚大な被害から見事復旧した阪急電鉄と阪神電鉄の姿を振り返ってみたい。





平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災から5ヶ月ほど経過したある日、途絶していた阪急神戸線、阪神本線が懸命の復旧作業によりようやく開通した。

『通常では2年から3年が必要であるといわれた甚大な被害を受けた鉄道の復旧作業を、僅か半年足らずで完遂させたことは、鉄道会社、建設会社の方々の並々ならぬ努力のたまものであることには相違ない.。しかし、その作業に献身的な協力・並々ならぬ忍耐を惜しまなかった沿線市民の復旧に対する大きな思いが、奇跡のスピード復旧の大きな推進力になったと聞いている。』


そのとき、仕事の途中で数枚の写真を撮っているので、並べて掲載してみたい。

阪急梅田駅・・・6/12の神戸線全線復旧を祝うプレートが取り付けられた。
H7.5.31撮影

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阪急・茨木市駅の構内で見つけた告知ポスター・・・それぞれ内容がわかるように拡大してみた。

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(その1)

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(その2)

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(その3)

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茨木市駅を通過する特急列車・・・すべての特急車輌の先頭に復旧プレートが取り付けてあった。

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【阪急電鉄の震災復旧一覧】
  平成7年 1月17日 阪神・淡路大震災で各線に被害。
  1月23日までに京都本線、宝塚本線、神戸本線の一部などで運転再開。
  2月5日 今津線が全線復旧。
  3月1日 甲陽線が全線復旧。
  3月11日 伊丹線が新伊丹 - 伊丹(仮駅)間で運行再開。
  6月12日 神戸本線が全線復旧。


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北海道青森紀行(その5)はやぶさ編

前回からのつづき

酸ヶ湯から新青森まで戻ってきた。

ここからは新幹線を利用して帰阪するのだが、仙台~新青森はこれが初乗車区間となる・・・ワクワク

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ガラス張りの本屋が現代的な新青森駅

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駅前の案内図には、新幹線の新青森以北は、点線で表示されているが、これも来春まで。

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青森ねぶたのミニチュアや棟方志功の羅漢像図などを掲げて地元をアピールしているが、函館有斗まで延伸すると青森は一通過点になってしまうようで、歓迎しているのか、嘆いているのかよくわからなくて、何とも切なくてならない。

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改札上部の案内板は、函館方面を表示するスペースが準備されているが、今だ利用されていないのだが・・・

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改札内の番線表示を見ると、11番線から14番線の4ホームを、それぞれフル活用しているようだ。


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北海道青森紀行(その4)青森酸ヶ湯編

(前回からのつづき)


平成27年10月1日午前6時19分寝台急行「はまなす」は定刻どおり青森駅に到着した。

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この列車は、ビジネスで利用する人が多いために、新幹線接続として、普通列車・新青森行きがすぐの連絡である。

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「急行はまなす」とは、ここでお別れ(残念ながら、これが今生の別れとなろう・・・)

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昔は、この線路の先には青函連絡船が待っていたのだが・・・

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今から37年前(昭和53年8月)の青森駅。

大学のサイクリング部の合宿で訪れた時のモノ・・・駅舎も随分変ったが、撮影者も随分変ったねぇ・・・

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JRと青い森鉄道が同居している駅本屋

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青い森鉄道とJR大湊線の路線図・・・大都市の路線図を見慣れていると、なんとも寂しく感じてしまう。

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北海道青森紀行(その3)すすきのはまなす編

前回からのつづき・・・

平成27年9月30日東奔西走の一日が終わり、日が暮れた札幌に戻ってきた。

札幌駅では稚内行きの特急スーパー宗谷3号が出発のときを待っていた。昨日、札幌に到着したときに出会った同じ特急である。

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17:49に札幌を発ち、終着の稚内に到着するのが22:56である。 

約5時間のロングランとなるが、261系新型車輌だけに乗り心地はよくなっているのだろう・・・

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しかしまだまだ本日の予定は終わらない。


まずは、すすきので北海道の幸を堪能することとしよう・・・

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この地には既知の店がないので、日本全国に詳しいスーパー国家公務員の太郎さんに事前に教えてもらったお店「味処 まつ田」に向かう。

地下鉄のすすきの駅から近い店ですぐに見つかった。このビルの2階だ

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太郎さんからは、マスターに値段を言って、おまかせで・・・といえば美味いモンが食べられると聞いていたので、ビギナーとしてはそのとおりに。

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いろいろな種類のウニウニウニ・・・それぞれ微妙に味が違う。

こうしてシンプルにして食べるとその違いがよく分る。ウニ好きにはたまらない一品である。

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北海道の珍しい海の幸が満載! 魚の名前を聞いたが、初めてのものばかりなので再現不可!

右側のシシャモの造りは、特に珍しい。この時季の2~3週間しか食べられないものらしい。

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アワビの煮付にサッポロクラシック・・・満足度高いです!

もちろんこの後、燗酒もグビグビやりました。とにかく何を食べても美味い。大満足の酒肴でありました。

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この他にも数品いただいて、〆のごはんが、コレ・・・画像を受験生の息子に送ってやると、カンカンになって怒っていたとか・・・笑



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北海道青森紀行(その2)小樽市総合博物館編

(前回の続き)

小樽の街中を歩いて、小樽総合博物館にやってきた。

ここは、昔、北海道鉄道博物館と呼ばれていたところ。

鉄道以外の資料もまとめて総合博物館と名称を変更したが、内容は鉄道一色といっても過言ではない。

昭和55年に訪問して以来35年ぶりとなるので、その変化が気になるところだ。

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(これは退出時撮影したものだが、構成上ここで掲載する。)

まずは、入り口すぐに鎮座したお宝の「しづか」号拝見。

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テンダのしづかの文字が左書きだが、義経・弁慶は右書きとの統一や如何に?

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しづか号のうしろに展示されていた一等客車「い1号」の内部・・床中央部の穴は、タンツポである。

タンツボについては、過去の記事にまとめてあるので、そちらをご参考のこと。


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二重屋根の明かり窓のところの換気口枠にもみやびな細工が施されている。 ともに鉄道記念物に指定されている。

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(S55.10訪問時の写真・・・鷹取から義経号を持ってきて、しづか号とランデブーしたときの様子 この当時から見ると後ろの車庫に煙突の有無の違いがうかがわれる。)



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35年前にはいなかったレールバス「キハ03」・・・愛すべき小型デイーゼルカーである。

北海道や九州の僻地で運転していたので現役時代は見たことがない。廃車後、旭川車両所に保存されていたものが移管されたようだ。

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明治28年の国産第2号機となる7150形大勝号・・・現存の国産機関車としては最も古いものである。もちろん鉄道記念物なり

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国指定の重要文化財の手宮機関庫も、このように内部は鉄骨で補強されている。

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北海道青森紀行(その1)札幌・小樽編

平成27年9月29日(火)

伊丹空港から15:00発の日本航空2009便で札幌に向かう。

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北海道に行くのは、何年ぶりだろうか・・・最後はバブル期の職場旅行だったので、20年ほどは確実に経っていることだろう。

・・・仕事をそつなく終えた後は、あそこに行って・・・あそこで食べて・・・と

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そんなことを考えながら搭乗機の整備中にガソリンが切れたので少しだけ給油。

ご当地に行けば、サッポロクラシックが待っているのでお湿り程度に・・・




新千歳からJRで札幌に向かったが、17:40に到着した札幌駅は冷たい雨が降っていた。

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亞熱帶の大阪から来た者としては、冷蔵庫の中に頭を突っ込んだような感覚に陥る。

遥か北方の遠国に来た心地である。

隣のホームでは、17:49発の稚内行き特急「スーパー宗谷3号」261系が出発を待っている。

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関西では類を見ない車両デザインなので、自ずとカメラを向けてしまう。

この特急の走行距離は396.2kmに及び、これは現在の日本で運行されている気動車特急で一番長いものである。


この日は、クライアントと夕食をともにして、札幌ラーメンで〆る。

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独特の味噌味が美味なり。

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岡山・真庭へのぶらり旅(その4)

前回からのつづき

平成27年9月6日(日) 美作三湯のひとつ湯原温泉で一泊した翌日は、雨の音で目覚めた。

夜中もよく降っていたようだ。

マラソンランナーのフクちゃんは、朝5時に起きて暗闇の中、8キロほど走ってきた。幸い雨には会わなかったらしい。

帰りのバス便を調べると・・・湯原温泉9:22のバスに乗らないと次便は13:06になってしまう。

よって6時半には起床して朝風呂を楽しんだ後は朝食タイム

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大飲した翌朝は、胃の腑に優しいシンプルな食材が嬉しいね。お粥もありがたい。

さきほど湯上りにビールを飲んだため、食卓にはビールはなし。

ホテルを立つ時、温泉でゆでた玉子をお土産にいただき車中の人に・・・

中国勝山には、10:00に到着 JRの津山行きまで40分あるので、勝山の城下町をぶらり散策

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古くは出雲街道の要衝として繁栄していた城下町・勝山。昔から鉱山経営で蓄財した藩である。

白壁や格子窓の古い町並みが残ることから、昭和60年に岡山県初となる「町並み保存地区」に指定された。

各建物の軒先にオリジナルの暖簾が掲げられることから「のれんのある風景」としても有名なところである。

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古い日本建築には、暖簾がぴったりだが・・・こんな洋風建築にもそれはあった。

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教会に暖簾?・・・なにやらミスマッチな感じもするが、クラシック建築なので、和洋折衷的な明治・大正期の建築を見ている気分である。

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こんな含蓄のある看板を掲げたタバコ屋さんもあった・・・灰になるまで判らないか!


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川岸の屋敷から河原に降りる石段のふもとまで水が来ている。

昨夜の雨は、旭川にも影響しているようだ・・・後ほど判るが、実はこれが我々の旅程にも影響することとなるのだ!

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岡山・真庭へのぶらり旅(その3)

(前回からのつづき)

湯原温泉のバス停に到着すると、ホテルの送迎バスが待っていた。

今日のお宿は、湯原温泉の一番奥まったところにあるホテル「八景

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川向に湯原温泉の名湯「砂湯」がある。

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通された客室からは、その砂湯が丸見え・・・入浴シーンが見放題というわけだ!

ここは混浴であるが、たまに女性の姿も見えるがほぼムームーのような湯浴衣を着用しての入浴

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入り口に「名泉砂湯」と彫られた石碑があるだけで、河原への坂道を下れば、即湯船・・・遮るものは何もない。

もちろん無料である。

われわれもタオル一枚で体験入浴 オープンな雰囲気になにやら解き放たれたような開放感が気持ちいい。

熊野川の川湯のような感じで、河原の砂地から温泉が湧いているものだ。


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砂湯を上がった後、浴衣に下駄履きで街中をぶらぶら・・・レトロな雰囲気の油屋旅館

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射的のお店もあったが、歓楽街といった雰囲気はない。

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夕刻の川霧が旅情をかきたてるねえ・・

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岡山・真庭へのぶらり旅(その2)

(前回からのつづき)

平成27年9月5日(土)今まで気にはなっていたが、場所柄なかなか訪問することが叶わなかったところに漸くやってきた。

明治40年築の遷喬尋常小学校である。

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辰野金吾設計の南海浜寺公園駅舎にも一脈通じるようなハーフチンバー様式のまことに瀟洒な木造建築である。

建築当時のご当地の林業盛んなバックボーンが偲ばれる堂々たる構造物で、今なお現存していることが奇跡のようでならない。

さらに、現実に自分自身の眼で見ること、接することができることが嬉しくてならない。

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館内には、平成11年の重要文化財指定書なるものもあった・・・こんな地模様の用紙が使われているのか!


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もらったパンフレットの表紙には、明治40年の開校式当時の写真がある・・・校庭部分は沼地だったようだ。

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生徒だけでなく、町中の人も一緒に写っている・・・当時の賑わいと住民たちの矜持が見る者の胸に迫ってくる写真である。

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岡山・真庭へのぶらり旅(その1)

毎年9月の第一土・日に実行している仲間内の不要不急旅が、今年も巡ってきた・・・今回は第20回目となる・・・

今回の目的地は、美作三湯の一つ「湯原温泉」である。

  ※昨年実施した第19回の竹原「マッサン」訪問の様子は、コチラ



平成27年9月5日(土)午前7時45分にJR大阪駅中央コンコース南側キヨスク前にて集合。

参加者は慣れたもので、皆さん5分前には集った。

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今回も往路は、「青春18切符」を利用する。

予定より1本前の下りの新快速に乗ったが、それが播州赤穂行きで、車内はすし詰め状態。

きっと18切符を利用して岡山方面に向かう乗客が多いと見える。

我々は姫路で乗り換え津山に向かうので、尼崎で下車し、一本後の新快速・姫路行きに乗り換えた。

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とりあえず、乗り換えの間に無事にスタートできたことを互いに祝う! 8:10

次の新快速は、先ほどの窮屈がウソのようなゆったりとした車内・・・座席にも座れ姫路着 9:18

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昼食には早いが、乗り換えの時間も30分ほどあるので、姫路名物のまねき食品「えきそば」を食す 360円

姫路を通るときには素通りし難い寄り道処である。


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姫新線のホームから姫路城が額縁つきで望める場所があった。今まで気づかなかったなあ・・・

姫新線の播磨新宮行きに乗車 9:46

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車輌は平成21年から運用が始まったキハ127系(キハ127-1005)

ほぼ座席は埋まったが、心配するほどの混雑ではなかった。

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さよなら梅小路蒸気機関車館・・・義経号記念運転

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昭和49年に開館した梅小路蒸気機関車館が平成27年8月30日をもって閉館する。

新しい“京都鉄道博物館”に生まれ変わるための積極的閉鎖ではあるが、慣れ親しんだ“梅小路蒸気機関車館”の名称が消えてしまうことは一抹の寂しさを憶える。

閉館を記念して鉄道記念物の“義経号”の自走シーンが8月22日23日の二日間だけ公開されることがホームページに掲載されたので、そうなると出掛けない訳にはいかない。

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快晴の8月22日(土)開館時刻より早めに訪れたがすでに長蛇の列。

皆さん閉館を惜しんでの訪問なのか、義経が目的なのか・・・

並んでいる途中、横に建設中の新博物館のゲートが開いた・・・

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車輌の設置もかなり進んでいるようだ。

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          こんな硬券の記念入場券をいただきました。


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おとなびパスひとり旅(温泉津~倉吉)

(前回からのつづき)

温泉津温泉の街中をパトロールした後、本日のお宿「輝雲荘」に戻る。

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この宿にも源泉掛け流しのお風呂がある。

これは「甍の湯」と呼ばれる半露天風呂 地元特産の福光石(淡青緑色)を敷いた石風呂
涼風がそよぐ中、壁のない2面から町並みの甍が望める。

大解放の露天風呂ではないところに楚々とした味わいがあってよろし・・・


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夕食は、昔ながらのスタイルである部屋食・・・仲居さんには、ひとり客で申し訳なかった!

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レンコ鯛・・・小ぶりの鯛で、ここの名物。塩焼きが美味

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地酒 “開春”・・・温泉津の浜にある若林酒造のもの。 地産地消のレアものに出会うのも旅の楽しみ。

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・・・ただ、一人では広すぎる部屋である。


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TVの天気予報・・・地元の天気予報を見るのも楽しみのひとつだ。

大阪・東京も併せて載せているところに島根の悲哀を感じる。



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夕食後、灯の点った町並みを散歩する。

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薬師湯入り口のステンドグラスも夜にならないと実力が発揮できない。

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たまに自動車の通行がある程度で、そぞろ歩きの当事客には一人も出会わなかった。

また、居酒屋はあったが、射的場などの遊技場は全くない静かな温泉街である。

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薬師湯・旧館の内部は、こんなギャラリーになっていたのだ・・・



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おとなびパスひとり旅(温泉津温泉・薬師湯)

・・・前回からのつづき

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平成27年7月10日 初訪問した島根の温泉津(ゆのつ)温泉は、レトロな温泉街だった。

メインストリートを囲む宿屋の建物も古き良きイメージ漂ういい感じのものである。

また道路も極めて狭隘で、普通自動車の対向が精一杯だ。送迎自動車の窓から見たときも、かなり狭く感じたものだった。

さもありなん。ここは、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されるほどの古風な温泉街なのだ。


また、この温泉地は、男はつらいよの第13回「寅次郎恋やつれ」の舞台となっている。左側の後楽さんは、寅さんが泊まったお宿

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この薬師湯に入ることが、今回の旅の主たる目的である。(この温泉がとにかく凄いのだ!)

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時刻が早かったせいか、貸しきり状態なので、脱衣所の撮影もできた。

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そのこだわりの温泉であるこの薬師湯は、日本温泉協会の天然温泉の審査で、山陰で唯一最高評価の「オール5」を受けた100%本物のかけ流し湯温泉である。

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ホマレの温泉利用証の拡大がコレ   

左下サイコロの目がオール5の満点なのだ!

ようするに専門家が認めた文句なしの最高評価の天然温泉・・・これを楽しまない訳にはいかない。

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このトロトロ感は中途半端なく・・・すごい!お湯の含有物が析出して鍾乳石のような独特の景色を作り出している。

塩化物泉であるが、濁りが強く湯船の底は見えない。そしてやや熱めのお湯は、肌にじんじんと響くような感じがする。

2~3分浸っては休むを3回ほど繰り替えるだけで、体中から汗が噴出す。

普通の温泉より濃度が3倍から10倍も高いといわれる源泉掛け流しだけのことはある。

入浴前に水を飲むこと、長時間の入浴は禁忌と番台のお姉ちゃんに教わったのも・・・むべなるかな。


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おとなびパスひとり旅(博多→温泉津)

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平成27年7月10日祇園山笠で賑わう博多での仕事をさらりと終えた。

通常であればこのまま帰阪するはずだが、今日はウイークエンドで明日は土曜日ときては、道草の宿痾が騒ぎ出す。

実は今回の博多行きが決定してからその模索は始まっていた。

それは、JR西日本が発売していた期間限定切符「おとなびパス」を見つけたからである。

6/10~7/17の期間限定の上、おとなび会員になる50歳以上という利用制限があるが、2万円のチケットだがJR西日本線の全線が3日間連続乗り放題で、しかも特急グリーン車が4回まで利用できるというしろものである。

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通常、大阪~博多の新幹線往復だけでも3万円は越えるご時世、この信じられないような大盤振る舞いに、自ずと鉄道ファンの血が騒ぐというものだ。

あれこれルートを考えたが、1日目は九州新幹線さくらのグリーン車を使って博多入り、2日目はまじめに仕事をした後、新山口までさくらのグリーンを使い、新山口から特急スーパーおきを利用して山口線を経て山陰・温泉津の温泉で骨休め。3日目は山陰線を進み、倉吉からスーパーはくとのグリーン車で大阪へ戻るという、大名旅行を企画した。

首尾よく事が運べばいいが、どこかで時間が狂えば、前途多難となる。そのときの第2、第3のルート選びも事前に設定するのも旅行計画の楽しみの一つ・・・1粒で3度美味しいというわけだ。

さてさて・・・

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九州鉄道発祥の地

平成27年7月10日仕事で博多にやってきた。

博多駅界隈に面白い場所はないものかと探していたら、かなり貴重な鉄道遺産に出くわした!

九州鉄道発祥の地 の石碑である。

現在の博多駅から300メートル北西に進んだ公園(出来町公園)の中にそれはあった。

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つまり初代の博多駅は、ここにあったという訳である。

(石碑を囲むように据え付けられているSLの動輪は、C6118の第3動輪である。)


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鉄道遺産・阪急千里線神崎川橋梁訪問

平成27年5月3日鉄道遺産というべき阪急千里線の神崎川橋梁を訪問した。

理由は次のとおり・・・

明治9年に官営鉄道が大阪・向日町間を開業させたが、そのときの大阪・吹田間は今のルートとは異なっていた。

大阪を出れば、淀川を渡る直前から北東にずれ、今の水道記念館の中を突ききり、現在の阪急・崇禅寺あたりから阪急の路線となり淡路・下新庄を経てJRと立体交差している場所から現在のJRの路線となっていた。

つまり阪急の崇禅寺から吹田の手前までは鉄道黎明期の官営鉄道の路線だったというわけだ。

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(吹田市史より)

大正2年に鉄道院が、吹田操車場新設工事により大阪・吹田の路線を現在のものに変更したため、上記の区間は廃止された。

しかし大正10年に北大阪電鉄が、十三~豊津間を開業するに際してそれの払い下げを受けて利用することとなった。

その区間内にある神崎川橋梁の基礎に、今でも鉄道黎明期の遺産が残っていることは知っていたが、高架工事のためにその姿を消そうとしていたため、この際きちんと訪問しておこうと思い立った次第である。

まずは、下新庄駅から北に向かう。
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駅を出てから程なく神崎川に到着するが、その手前のレンガつくりの橋脚・・・味わいがあるものではあるが、北大阪電鉄時代のものと思われる。

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神崎川橋梁に出た。

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汽笛一聲・阿房列車

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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