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“天空”に乗って高野山まいり(後編)

(前回からのつづき)

令和3年10月24日天空に乗って高野山にやってきた。

今年は暖かい日が続いているため、高野山の紅葉は遅れている。
例年ならば見頃なはずだが・・・

ここで、愛すべきレンズであるライツ・ズミルクス35mmf1.4の撮り比べをしてみよう。

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↑:f1.4開放  ↓:f5.6  

絞ると極めてシャープな描写となるが、解放の滲みがとても良い味となっている。
ソフトレンズとはまた違う描写と感じる。

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↑:f1.4開放  ↓:f5.6 

壇上伽藍にある御社(みやしろ)の鳥居より1枚 
上の方が何か御座すような雰囲気が漂い神々しい感じがする。

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高野山縁起では、唐で習得した真言密教の道場となる地を求める弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人が現れ、弘法大師を高野山へ導いたと伝えられている。この狩人こそ丹生都比売大神の御子である高野御子大神が化身された姿であり、丹生都比売大神よりご神領である高野山を借受け高野山に根本道場を開いた弘法大師は、丹生都比売大神と高野御子大神に深く感謝し、高野山の守護神(明神)として、山内の壇上伽藍に御社(みやしろ)を建てお祀りしたのだ。(丹生都比売神社HPより)

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↑:f1.4開放  ↓:f5.6

登録有形文化財に登録されている高野山霊宝館 夕暮れの高野山はまた別の姿を見せてくれる。
この霊宝館にも入館したが、国宝が数多く展示されていて、それもガラス越しではなく、中には息がかかる程の距離で鑑賞することができるがあることにとても驚く。

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これは、ヘクトール7.3cmの撮り比べ

奥之院参道にある空挺部隊の慰霊碑 
「空の神兵」といいわれた陸軍の落下傘部隊から自衛隊空挺団に至る物故者を祀っている。

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↑:f1.9開放  ↓:f5.6

この石碑に刻された「空」の字が只ならぬ気配を漂わせているので撮影する。
きっと弘法大師の筆跡を写したものだと思って撮影していると、隣で掃除をしていた男性に「これは弘法大師の風信帖の字ですわ」と教えてくれた。
なるほど。だからオーラを感じていたのかと一人納得していたが、帰宅後調べてみると弘法大師の「勧頂記」からの字だった(笑)

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↑:f1.9開放  ↓:f5.6

奥之院一の橋 聖域の入口 
今回は中の橋から参拝したが、本来はここから参詣すべきだと思う。 

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“天空”に乗って高野山まいり(前編)

阪急交通社は、時々面白いツアーを提供してくれる。

コロナ感染症の影響で、間引き運転となっている南海の特急ラピート車輛を貸し切りにして、南海高野線を橋本まで運行するというツアーがあった。

目にしたとたん、即決で申し込んだが、催行日であるR3.1.17は緊急事態宣言発令中だったため、ツアーは中止となった。

その後、夏になってからも同じツアーが用意されたので、R3.8.21の催行日で申し込んだが、それも同じ理由により中止となった。

全くもって極悪非道のコロナウヰルスである。


もうラピートはいい加減いや気がさして来たので、R3.10.24の“天空”に乗れるツアーに鞍替えした。
“天空”は人気の列車だけに座席の確保が難しいのだが、ツアーであれば心配ない。

こちらもコロナの状況が心配だったが、緊急事態宣言はR3.9.30に解除されたため、なんとか実施された。


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本日のカメラのお供は、下記のラインナップ

Biogon21mmf4.5(左)・・・Zeissの一眼レフであるブルズアイ用に作られたものをライカマウントに改造したレアもの

Hektor7.3cmf1.9(中)・・・名玉と謳わる戦前の中望遠

Summilux35mmf1.4/2nd (右)・・・数あるライツのレンズの中でも特にお気に入りの広角


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Biogon21mmf4.5は、周辺光量がドラマチックに落ちる。
中央の主題がクローズアップされるので嫌いではない・・・というか好ましい。

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ここからは山岳鉄道区間となる。
急勾配と急カーブの連続で並の車輛だと登れない。南海でも17m級の中型車両のみが稼働している。

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“天空”は前の2両だけで、後ろの2両は自由席車輛となっている。通常はこのような4両編成で運行されている。

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1号車のモハ2258形2258 左側の乗降扉は改造され、展望窓となっている。

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2号車のモハ2208形2208 こちらの左側の乗降扉は常に開いた状態で展望デッキとなっている。

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平成10年 高松・玉藻城を巡るコトデン


平成10年6月3日高松出張の際に、高松城(玉藻城)に立ち寄る。

この城は、瀬戸内海に面して堀には海水が引き込まれており、本格的な海城となっている。

その城跡からコトデン撮影を試みる。

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二の丸(右)と天守台(左)の間に架かる鞘橋から高松築港駅を望む

小型車の2両編成がちょうど収まるスペースである。

後の白い建物は、コトデン琴電グループが経営していた高松グランドホテル。
このビルは高松琴平電気鉄道の本社ビルも兼ねており、駅舎の一部にもなっていたが、高松市街地再開発により当駅の移転が決定したため、このビルは一足早く撤去された。
しかし、諸般の理由からその計画はとん挫し、令和の現在では緑地帯となっている。

次の2ショットは天守台から南西方向を撮影

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玉藻城の天守は、四国一立派なものだったが、老朽化により明治17年に解体された。
もし現存すれば存在感たっぷりな名跡となったであろうと考えると残念でならない。

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内堀が水鏡となって美しいワンショット

海水の堀には養殖のタイが放たれていると聞く


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平成10年 仮駅舎時代の高松駅


平成10年6月3日仕事で高松に向かう。

新大阪からは山陽新幹線であっという間に岡山到着

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平成4年から登場した新幹線3世代目の300系もこの時は現役だった。
しかし、この300系は、高速化を最優先させるための軽量化が仇となり、車内の騒音が増加し、振動も大きく居住性は良くなかった。

確かに乗車した際の印象としては、“ペラペラ”な感じがした。

そういった悪評の下、平成24年には姿を消すことになり、100系と同様短命に終わった。

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その300系に代わるものとして、この2年前の平成8年から登場した500系は、近未来的な秀麗な姿から人気の車輛である。
JR西日本が開発設計した唯一の新幹線車輛としても貴重な存在だ。



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高松駅ではブルートレイン瀬戸号を見ることができる。

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ブルトレとしては最終形式となる24系25形は、その金帯が特別感を醸し出している。

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昼間は、用事がないので機関車とともにのんびり休んでいる。


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高松駅から出て構内を望む

建て替え中の高松駅構内は、ただ広い空間があるだけだ。
目の前の「高松駅前」のバス停が空虚に感じる。

平成9年12月に港頭地区再開発に伴い、3代目駅舎の使用を終了し、12月20日より仮駅舎に移転した。

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こちらが仮駅舎
2階建ての簡素なものである。管区代表駅としての存在感はない。

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こちらが以前の3代目駅舎 この猥雑さがターミナル駅としての存在感を示していた。


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しかし・・・仮駅舎の中には、こんなポスターが・・・・



  お知らせ

寝台特急「瀬戸号」の立席特急券発売終了のお知らせ

高松~東京間を運転している寝台特急「瀬戸号」は、7月10日(金)出発分より寝台が全て個室の寝台特急「サンライズ瀬戸号」に生まれ変わります。これに伴いまして高松~岡山間で実施しておりました立席特急券での瀬戸号への乗車の取扱いを終了いたしますので、他の列車のご利用をお願いいたします。

JR四国 高松駅長




果たして、ブルトレ瀬戸号の見納めとなった今回の高松出張であった。


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80系臨時快速 “近江路”


昭和48年5月3日(祝)ぶらりと京都に出掛ける。

国鉄東海道線で、京都駅に到着すると、見慣れない80系6連が停車していた。
前面には“快速 近江路”のトレインマークを掲げている。

この当時でも京阪神で80系を目にすることはなかったので、慌てて一枚収める。

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詳細不明な列車なので、帰宅後時刻表で調べた。

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下りは、名古屋発8:02、京都着10:35の9431Mの臨時快速列車である。
5月27日までの休日運転とある。

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上りは、京都発14:43、名古屋着17:06の9434Mである。

1日1往復だけの臨時列車なので、ホリディ快速という区分けになると思われるが、名古屋・京都を直接結ぶ列車は急行“比叡”くらいだったので、普通列車としては貴重な存在である。

車輛は大垣区のものと思われるが、当時80系は、中央線・飯田線へと移籍が進んでいたので、大垣区の最後の80系編成かもしれない。

また、撮影した同年6月には、使用車輛が80系から113系に置き換えられたとの情報もあるので、この日の撮影は終焉間近ななものの可能性がある。


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時刻表を見ていて気付いたが、この当時“SL白鷺号”が京都・姫路間を運行している。
昭和51年9月4日京阪100年号による人身事故が発生するまで、京阪神では、このようなSL運転が度々運転されていた。
この事故以来、京阪神でのSL運転はご法度となり、平成7年8月19日に米原・木ノ本間における“SL北びわこ号”の運転開始まで待たねばならなかった。

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下りホームのEF58牽引の荷物列車
当時は頻繁に登場する珍しくもない荷物列車であったが、何故か写真に収めている。

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ライカM6の軍艦部装飾


以前から気になっていたことがある。
手許にあるライカM6のカメラのトップカバーいわゆる軍艦部がのっぺりしていて寂しい。

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ドイツのライツに送れば、M3のような彫刻をしてくれるとか耳にしたことがあるが、そこまでして・・・と思い現在に至っている。

もう手許に来てから何十年にもなるので、何を今更・・・という感じだが、内心では今でも何とかしたいという気持ちがある。

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下の画像のように手許のM3の軍艦部にはライカの筆記体が美麗に刻されている。

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そんな折、いくつかのインターネット記事に、M3の軍艦部をデジカメで撮影して、それをプリンターで透明のラベルシートに写し取り、大きさを整えて軍艦部に張り付ける技法を紹介していた。

ほほーっ!・・・・これならカメラを傷つけることはないし、失敗してもすぐに元に戻せる。しかも出費も僅かだ。

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こんな便利なものが売られている。
透明なラベルシートでその上に印刷できるという代物。

さっそく梅田・ヨドバシに出掛ける。

広い用紙売り場では見つけられず、店員に尋ねて、ようやく購入する。
ほかに種類がないのかと探したが、これ1種類のみだった。


さっそくやってみたが、夕食後の軽作業で済んだ。

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上が、プリントした透明シートを張ったM6、下がオリジナルのM3

サイズがやや大きいのと、文字幅が少し太いようだが、アピール度はアップしている。
寂しいトップカバーが華麗になった。
シートが貼ってあるので軍艦部の傷防止にも役立ちそうだ。

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さてと・・・あとは、フイルムを詰めて出掛けるばかりだが、コロナ禍により不要不急の外出は自粛されているため、
室内での愛玩にとどまるのが何とも無念。




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試し刷りしたほうは、捨てるのも惜しいので、スマホの裏面に貼ってみた。

副産物として・・・ライカスマホの誕生である(笑)



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サンライズエクスプレス 新型285系車輛展示会(大阪駅)


平成10年5月23日大阪駅で、同年7月から運行開始となる新型特急寝台電車“サンライズ瀬戸・出雲”285系車輛のお披露目があった。

大阪駅での新車お披露目は、ほんとうに久しぶりだったので、高揚感をもって出かけた。

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正午の時点で、すでにホーム上には、同輩の姿が多く見受けられた。

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実際の運用となると、真昼の大阪駅でこの車輛を見ることは、まずあり得ないことである。
よって、大阪駅の風景とともに撮影し、記録しておくことも大切である。

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285系は、7輌で1編成を形成する。
よって、東京・岡山間は、サンライズ瀬戸と出雲が連結されるので2編成14輌での運転となる。

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クハネ285-4(岡山側)

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平成10年3月 奈良・氷室社の枝垂桜



前回からのつづき・・・

陽光に誘われて奈良公園を散策する。

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大仏殿と桜のコラボも期間が短いだけに、出会えば撮っておくべき一枚

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春日社の参道は長く続くが、桜の大きな古木が多いためか、枝が石燈籠の高さのもの少ないないような気がする。

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桜だけではなく、青い芽を吹き、春風にそよぐ柳の枝も注目に値する。

これは三月堂の前で撮影したものだが、現在は残念ながら、この柳の木は見当たらない。


つぎに国立博物館の北にある氷室神社に移動し、奈良の春を告げる「奈良の一番桜」を拝見

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この四脚門前の枝垂桜は、奈良市内のその他のソメイヨシノと比べ、比較的咲く時期が早いため「奈良の一番桜」などと呼ばれて、多くの観光客を集めている。

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手の届くところまで垂れ下がった枝垂れが何とも素晴らしく、息をのむ美しさである。

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樹齢約400年にもなるエドヒガン系の春日野の在来種里桜が見せる、この艶やかな姿にどれだけの人々が癒されてきただろうか。

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しかし、撮影した平成10年から二十余年を経た令和3年の今日、400年の樹齢を重ねる桜は、近年は「古樹」となって、残念ながら樹勢が衰える傾向にあり、往年の姿は偲ぶしかない。

歳月は人を待たずというが、人だけではなく森羅万象に当てはまる。

しかし、老いたるとはいえ、持てる精力を振り絞って今年も花をつけた古樹は、これまた見事なものである。



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平成10年3月奈良町フォト散歩


平成10年3月29日(日)のことだった。

奈良の奈良町あたりをふらりと訪れてみたくなり、CONTAXに交換レンズを数本お供にJRに飛び乗った。

環状線からは大和路快速ならば、乗り換えなしで一気に奈良に・・・

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地上駅時代の奈良駅構内

クラシックな軒飾りのホーム屋根と複雑な構造の跨線橋部分に今更ながらに気が付いたのか、一枚収めている。

またよく見ると、安全性を担保するため、階段の傾斜が設置当時より緩やかなものに改修されているのが、見て取れる。

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1番線は、桜井線のホーム。
ロングランの和歌山行普通列車が入線していた。

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南都・奈良を象徴するJR奈良駅本屋(昭和9年築)・・・九輪・水煙を冠した寺院風建築で、実に奈良らしいデザインだと思う。

奈良駅の高架工事のため、このあと平成15年9月に2代目駅舎としての役目を終え、曳家工法で18m移動されたのち奈良総合観光案内所として使用されている。

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奈良町は観光名所でもあるので、このような案内板が用意されている。

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古い家並みの残る地域は、そこだけゆっくり時間が流れているように感じる。

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御霊神社の狛犬は、なかなか厳つい顔立ちをしてござる。
しかし、これがなかなか「足止めの狛犬」として霊験あらたかな有り難い狛犬さんらしい。

前足のミサンガのような紐は、参拝者がくくりつけたもので、行方不明者が見つかりますように・・・子供が家に落ち着きますように・・・とのおまじないとのことである。

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しかし、いきなりこんなバドワイザーが目の前に現れて驚かされる。

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奈良町の家並の軒先には、「身代わり申(さる)」がよく吊るされている。

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この庚申堂の神様のお使いなのだ。

庚申の夜には、三尸の虫が天帝に悪口を伝えさせないために寝ずの番をしていたというが、地域のコミュニティとしての役割が大きかったのではないかと私は思っている。

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南都の銘酒「春鹿」の醸造元もこの町にある。

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春先の陽気と、ソメイヨシノに誘われて、春日社の方に足を進る。

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   つづく・・・



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平成10年4月 春うらら・・・Minolta CLE 試写


平成10年4月4日 Leicaのレンズが使えるコンパクトカメラであるミノルタCLEを手に入れたので、その試写を兼ねて春うららの町中をフォト散歩する。

フイルムは、1年前に発売されたばかりのリバーサルのフジクロームアスティア100(RAP, ISO 100/21)を使った。
レンズは、Leitz Summitar 5cmF2

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梅田の大陸橋の上から東側の扇町方面を望む

斜めのプロミスの看板がユニークだったが、これから10年後の過払金返還訴訟により会社ごと傾いてしまった。
富国生命ビルも阪急百貨店も建替えになり、この20年でここからの風景もずいぶん変わってしまった。

↓R3.3.13撮影
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この写真を見ると阪急百貨店の南端の歩道を通行する人がずいぶん多い。
現在はこの歩道を歩くメリットはないので、人影は少ない。

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阪神百貨店の御堂筋側から北を望む
20年たっても観覧車と行先案内板は健在である。

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このあたりの歩道拡張により全く同じ位置ではないが、当時の写真と見比べて同方向を撮影する。



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JR西日本/灘駅訪問

東海道本線の新快速に乗ると、いつも車窓からの眺めを楽しむ。
大阪から神戸に向う時には、四季によりその姿を変える六甲の山並みは外せない。
そのうち三ノ宮が近づいてくるといつも気になっていた駅がある。

灘(なだ)駅である。

クラシックないでたちのホームと端正な佇まいの駅舎が、いつも目の前を通過していた。

その周辺の駅は、開発だの高架だのと、駅ビルになって随分つまらないモノになってしまったが、そんな中で、この駅はピカ一に輝いていた。

一度訪問しなければ・・・と思いつつ、灘で下車する用事がなく、いつも新快速で通過する年月が続いていた。

平成10年1月31日午後から神戸で会合が予定されていたが、その前に用事はないが灘駅を訪問してみようと思いつき実行に移した。(このあたりは尊敬する百閒先生の教えに忠実である。)

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この日のお供は、ミノルタのTC-1
ズボンのポケットにも収まる超小型のボディーに名玉G-ROKKOR28mmf3.5の組合せが、スナツプショットには最高である。


六甲道と三ノ宮の間の駅なので、快速と普通列車を乗り継いでやってきた。

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くすんだ暗い色合いが多い鉄道のホームであるが、ここは、アイボリーを基調とした軽快な装いである。

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しかし、何といっても鉄骨木造の跨線橋に描かれた駅名板!
戦前ではどの駅でも定番となっていたので、昔は地方の駅ではよく見受けたものだが、昨今は目にすることはめっきりなくなった。

跨線橋の昇り口に設えてある木造の手摺もいい感じである。

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跨線橋の通路部分 よく見るとまっすぐではなく途中で折れている。
鉄道省仕様の典型的なものだ。
木造の壁面は上部をガラス窓ではなく開放部としてあるが、目の位置より少し高いので、ここから列車を撮影しようとしてもカメラを上手く構えられない。鉄道ファン泣かせの意匠である。

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駅本屋の改札内スペース
アールデコ調の古き良きデザインである。
軒飾りもそのままなのが嬉しいね。

今は柵がして花が飾ってあるが、昔はここから各ホームに繋がっていた通路だったと思われる。

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改札の外から同じ方向を見る。行きかう列車も見えて開放的な空間となっている。

駅名の「なだ」の文字が崩壊しているのが残念。

改札横の“Jスルー”ってなんだ?と思ったが、JRの自動改札機のことだった。
平成10年度にはJR京都線・JR神戸線にも設置されたので、訪問した時は、設置の直後といったところか。

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駅本屋から入口方向を見る。
反対側と同じ意匠が施されている。

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駅の入り口にアーチ状の窓を配したデザインは、戦前の駅舎に多く見受けられた。

香川の琴平駅、東京の国立駅、昔の前橋駅なんかもそうだった。




瀟洒な佇まいの灘駅舎は、昭和9年の建築で阪神間では最も古い駅だったが、惜しまれつつ平成19年に取壊された。



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Kodak Retina #117


平成9年のある日、阪急梅田駅の1階広場にあった河原写真機店のウインドーに美麗な
オリジナルRetinaが売り出されていた。

オリジナルRetina#117は、LeicaやContaxの高級路線ではなく、ドイツコダックが1934年12月に大衆向けに発売した最初の35mmカメラである。

クラシックカメラというのは、珍品を見つけても直ぐに買わずに、心静かになるまで待つべきだというのが私の信念である。
(場合によっては、かなり怪しい信念ではあるが・・・)

よって、しばらくは羨望のまなざしで、前を通るたびに眺めていた。

しかし、募る思いがそうさせたのか、年末の賞与が入ったため、平成10年1月10日思い切って買い求めた。

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オリジナル・レチナ(Retina#117)が我が家にやってきた!

手許のレチナ族ではレチナII、レチナIIICに続く3台目であるが、レチナ愛好者にとって一番最初に発売されたオリジナルレチナは、信仰の対象であり、ありがたい・かたじけないもので、お守りのような存在なのだ。


因みにこのカメラの販売と同時にコダックが発売を開始したパトローネ入りの35mmフイルムは、発売当初は“for Retina”としてレチナ専用だったが、もちろん、LeicaやContaxにも使用可能なため、ほどなく“for Retina,Leica,Contax”と記され、21世紀に至るフイルムのスタイルを樹立したところが、ものずごくえらい。
このフイルムの登場は、大衆カメラ“Retina”の登場より遥かに大事件であった。

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フイルムのことはさておき、この#117を嚆矢として、そのあとレチナシリーズは、1970年代まで製造され、姉妹機のレチネッテ族を含むと50種類ものカメラを擁する大所帯となる。

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レンズ部分とボディはジャバラで繋がれているため、使用時はこのような形状だが、閉じればペタンコになるところが最大の魅力である。

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蓋にある“KODAK”の銘あるスタンドを立てておいた姿が、正式なスタイルである。
また、黒塗りボディーに怪しく輝くニッケルの組合せは、クラシックカメラの王道ともいうべき装いである。

レンズは、シュナイダー・クセナー5cm f3.5・・・テッサー型の3群4枚 よく写るレンズである。

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そして、注目すべきは、このカメラケースである。

上蓋部分にRetinaのインボスがあるのでオリジナルケースではないかと思われる。
「思われる」というのは、いろいろ資料を調査しても確証の得られるものが見当たらないからだ。
しかし、インターネットの画像検索すると、海外であるが、同ケースとともに写る#117の画像があるので、オリジナルではないかと考える。

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ケース入れると、このように少しも隙間なく、ぴったり収まる・・・このぴったり感がたまらない!

外装の傷や、擦り切れた内側生地の様子を見ると、とにかく持ち主に長年愛されてきた幸せな写真機であることがわかる。




写真機を買うと、とにかく試写してみたくなるのが人情である。

平成10年1月31日快晴
満を持してフイルムはFUJI-REALA(ISO100)を装填してフォト散歩に出かけた。

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無限遠ではなく、近距離にピントを合わせてみる。
もちろん距離は目測であるが、絞りがf11なのでピントをはずすことはない。
カラーの再現性も問題はない。
 
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金属質な真新しい交番も撮影する。1/100 f11
快晴であれば1絞りオーバーではあるが、ネガフイルムのラティチュード(寛容性)のおかげで神経質になる必要はない。
距離計や露出計からの呪縛から解き放たれたような爽快な気分すら感じる。

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天保山マーケットプレースのウインドーショッピング 1/100 f11

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明暗差の大きな被写体でも明部が白飛びすることなく、暗部もつぶれにくいようだ。

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あえて、太陽を入れて真逆光でも撮影してみた。
右側にゴーストが出ているが、レンズ構成がシンプルなのであまり気にならない。味わい程度のものである。

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マーケットプレースの内部 1/50 f3.5
絞り開放での写りが見てみたかったが、これだけのコントラストがあれば問題ない。

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意地悪なモザイク模様の床面を撮ったがよく再現されていると思う。 1/50 f3.5

過去にもこのカメラを紹介した記事があるが、撮影したネガが出てきたので作例を含めて再掲した。




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平成9年 鉄道アラカルト



平成9年に撮りためたネガ・ポジのうち、チラホラと鉄道ネタが写っているものを集めてアップしてみた。

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大阪臨港線の浪速駅構内(平成9年11月撮)
御用済みとなった貨車が最期の時を迎えようとしている。手前に積まれた切断された車輪が何とも痛々しい。

車掌車ヨ8000のデッキの腰板に塗られた白線は、手動ブレーキが設置された側の目印である。

まだまだ使えそうな感じだが、走行中の貨物列車を眺めても、車掌車を連結しているものは見なくなった。

貨物列車の牽引機関車のブレーキ性能が向上したことと、列車防護無線装置および鉄道無線装置の整備がなされたため、昭和60年のダイヤ改正により、貨物列車の車掌車が廃止された。それにより余剰となった車掌車が廃車となったのだ。

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この時期でも2軸の無蓋貨車トラ45000形を見ることは稀だったので、写真に収める。
トラ149195+トラ148306

左側のトラ149195は、この後神戸に移動となった情報があるが、ほどなく廃車になったようだ。

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カメラは、コニカ Pearl II にブロー二判のポジフィルムを入れた。
レンズはヘキサーなのでその写りは折り紙付きである。

ポジフィルムは比較的経年劣化が少なく、スキャンするときも助かった。



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名古屋駅の中央西線ホーム 後ろには建設中の駅本屋が見える。(平成9年4月12日撮)
特急“しなの”に乗って野沢温泉に向かう。友人の結婚式に参列するためである。

使用カメラは、CONTAX T2

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「飯山線色」というべきキハ52(長野駅にて)
各車両は青とアイボリーホワイトで塗装、正面と側面には橙・山吹色・黄の三色ストライプが入っている。

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構内には、「長野五輪まであと300日」のポスターが貼ってあった。

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キハ58も飯山線色である。(戸狩野沢温泉駅にて)
雪国の春らしい陽光が心地よかったことを記憶している。




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平成8年に彗星のごとく登場したJR西日本の500系新幹線だったが、平成9年の7月以降に量産されるまでは1編成しかなく、しかも走行区間は山陽新幹線のみで、新大阪駅 - 博多駅間の定期1往復と臨時1往復だけだった。
よって、なかなか乗車する機会に恵まれなかった。

平成9年3月24日に福岡出張の際、ようやくその乗車の機会を得た。
初めて300km/hを体験する。

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先鋭的な先頭車だけではなく、ロケットのような円筒ボディーに新しい息吹を感じる。

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デザインを重視したその特徴的な円筒形ボディのため、A席E席は窓が覆いかぶさってくるような感じがあり、やや窮屈な感じがしたものだった。


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平成9年冬の叡電


平成9年も暮れようとしていた12月13日久しぶりに叡電鞍馬線を訪問した。

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時雨の鞍馬駅に立つと、デナ21のカットモデルが出迎えてくれた。
廃車後の平成7年8月に保存されたらしいが、世紀の名車だけにカットモデルは辛い。





(ポール時代の現役の姿はコチラ)
窓のアールが雅びな風情を漂わす叡山線を代表する車輛である




紅葉には少し早い貴船口でデナ21を撮影 (ともにS48.11.3撮影)

平成6年に終焉を迎えたデナ21の最晩年の様子は、コチラ



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鞍馬駅の構内には、今年の10月に登場した900系きららの就行記念に発売された「叡電サブレ」なるものが販売されていた。
このサブレは、柔らかく割れやすいが、味覚は上々とのことだった。

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現在もパッケージを変えて販売中とか・・・息の長い商品となったようだ

しかしバックに写り込んでいるフジフイルムの自動販売機が何とも懐かしい。
観光地にやって来て、ふとカメラのフイルムカウンターを見るとあと僅か・・・と青ざめた観光客が胸をなでおろすサービスである。

また、後ろの「比叡山人口スキー場」は、暖冬とスキー人口の減少により、この後程なく平成13年のシーズンの冬期営業を最後に閉鎖となった。

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貴船近くの喫茶店に置かれた砂糖ステック入れ・・・造形が面白かったので一枚撮る。

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901 - 902号車の編成は平成9年10月4日に竣工したばかりだったが、この機会に出会えるとはラッキー至極!
(貴船口にて)

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この車輛は、眺望を重視し、乗ること自体が目的となる電車をコンセプトに、平面ガラスを多用し、車体の上半分のほとんどがガラスで構成されるデザインが採用された。

眺望が開ける方向については座席を窓向けに配し、これだけでも話題となりうる電車であった。

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乗車したのは、12月だったため紅葉はなかったが、乗車客は少なく車内の様子も堪能できた。
900系きららデビューの広告もこの時ならではである。

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斜めにずらりと配された平面ガラスをみていると、自然と「ドイツ国鉄ET91形電車」通称ガラス電車を思い起こさせる。



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寄り道するところがあったので、元田中で下車し、きららを見送る。

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自宅には、貴船の喫茶店で購入した手作りの香炉が残った。


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不要不急の一泊旅・・・第1回 粟倉温泉

平成8年の秋のことだった。

いつも顔を突き合わしている同職の勉強会仲間たちと、一度旅行に出かけようか・・・という意見が飛び出し、いわゆる不要不急の一泊旅を実行することとなった。

目的地は、岡山の西粟倉村にある名も知れない「あわくら温泉元湯」
そこは、仲間の一人が考えてくれた。他の者は、どんなところかも大した気にかけずに即時OK


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平成8年11月30日(土)大阪駅で集合し、新快速で山陽道を下る。

姫路駅では、「但馬カニ」のトレインマークをつけた臨時列車に遭遇

正式名称は「味めぐり但馬号」というらしいが、、日によって牽引機が様々、そして客車も14系やジョイフルトレインとかカラフルな編成をとっていた。播但線経由だと、ここで牽引機関車の交代となる。

地上駅時代の姫路駅が懐かしい。

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上郡から智頭急行線に乗り換え

こちらは1両編成の各駅停車・・・ゆっくりと北上していく

もう一人参加者がいるが、母校の大学アメフトの試合を応援してから追いかけるということで、ここにはいない。

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2年前の平成6年12月に開通した鉄道なので道床は、まだまだきれいな状態である。

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あわくら温泉駅前は、繁華街の町並みを形成しているわけではなく、うらびれた田舎町である。

宿屋の送迎自動車に乗って宿泊地へと向かう。
現在は、宿泊地の旅館は建替えられスマートなものになっているようだが、この当時は隙間風が寒い古い宿屋だった。
よって、詳細は割愛。

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夜になっても氷雨が降っていたが、翌朝は快晴。しかし雪景色となっていた。寒かったはずだわ・・・


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高架駅のあわくら温泉駅から来た道を戻る。

この車輛は、イベント用の1両(HOT3521・宝くじ号)

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車輛基地のある大原駅

HOT3500形車輛は、全部で10輌製造された。
形式称号のHOTは、智頭急行の沿線である兵庫県、岡山県、鳥取県をローマ字表記した際のそれぞれの頭文字を並べたものである。
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宮本武蔵駅で下車する。

人名が駅名になっている駅は珍しいが、これが第1号ではない。
同じ岡山県の伯備線には、昭和3年開業の方谷駅がある。これは、地元のに貢献した山田方谷から名づけられたもの。

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しかし、姓と名が駅名ズバリになっているのは、この宮本武蔵駅と、平成11年に開業することとなる井原鉄道の吉備真備(きびのまきび)駅くらいだろう。

これらすべて岡山県というのが面白い。

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晩秋の美作(みまさか)の風景を愛でながら、地元の英雄である宮本武蔵(美作時代は、新免武蔵)の記念館などを見学して、再び車中の人となる。

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日曜日の昼下がりというのにほぼ貸し切り状態の車内であった。

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JRのキハ181型の京都行上り特急「はくと」の通過風景をながめつつ、佐用に向かう。

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佐用からは、JR姫新線で姫路に行くことにする。

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姫路色のキハ58系5500番台とともにセルフポートレート



実は、この1泊旅行が契機となって、この後も毎年1回9月初めの土日曜日を利用して同じメンバーで1泊旅行をすることになった。

そしてそれが、飽きることなく毎年確実に実行され、平成27年には、なんと20回を数えることになろうとは、お釈迦様でも知らぬ仏のお富さんである。

平成27年の第20回の様子は・・・コチラ




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近鉄名阪特急80000系“ひのとり”初乗車


平成2年8月4日(火)仕事の関係で四日市に出掛けることとなった。

大阪から四日市に鉄道で行くには、JRの関西本線でゆっくり行くか、近鉄特急でシャーッと行くか、新幹線で名古屋に出て近鉄で戻るか、いろいろと手段がある。

そこで、今回の仕事の内容を勘案すると、近鉄特急でシャーッと行くことにした。

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大阪難波駅にて・・・往年の名車30000系ビスタカーも、新型特急車両の登場によりその地位が危うくなってきた。



四日市での時刻には少々早いが、今年3月に登場した名阪特急80000系“ひのとり”に乗車したく、大阪難波発7:00の“ひのとり1号”のプレミアム席を予約する。

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ワインレッドの重厚な車体は、近年の近鉄カラーのなかでは出色のものだ。
しかし、地下ホームでは、この艶ありボディーにあれこれと映り込むのが難点である。

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乗車すべき6号車は、最後尾車両である。

この車両は、初乗車なのでやはりドキドキする。

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両端の1号車と6号車は座席が上部にあるハイデッカー車輛となっているので入口デッキとは段差がある。
同じくハイデッカーの“しまかぜ”には車内販売と車いす用のリフトが備え付けられていたが、この車両には見受けられない。

“しまかぜ”は観光用、“ひのとり”はビジネス用と割り切った仕様となっているのだろうか。

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また、壁面にコインロッカーが設置してあるのはユニーク。これなら安心して座席でくつろげる。
新幹線が大型荷物スペースを座席後方に設置したのとは、趣きが異なる。

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また、挽きたてコーヒーの自動販売機が設置してあるが、白湯は無料で提供される。
そしておつまみ類も自動販売機で販売されている。

コーヒーは1杯200円だが、横には両替機もあるので安心である。

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記念すべき最初の指定席6号車3A席をパシャリ!

仕様は、“しまかぜ”の座席と一緒のような気がする。
座席のうしろにバックシェルがあるので、リクライニングを利かしても後ろの座席に影響しない仕組みとなっている。

また、前後の座席スペースは1,300mmもあり、JR東日本の新幹線「はやぶさ」の特別座席「グランクラス」と同等である。
グランクラスの乗りごごちを味わえると考えると、プレミアム料金なんて安いものだ。

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収納されているテーブルを広げれば使いやすい大きさである。新幹線のテーブルより使いやすい気がする。

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洗面スペースは、直線で構成されたシンプルな現代的なもので好感が持てる。

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5号車の普通指定席をのぞいてみた。
特筆すべきことだが、プレミアム席だけではなく普通座席にもバックシェルを配備している。
これは、“ひのとり”が最初に配備したものである。

しかし・・・新型コロナウイルスの影響でガラガラである。

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プレミアム席は、好事家しか利用しないものなのか?・・・プレミアムカーは、それ以上に空席が目立つ。

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せっかくなので、HINOTORIコーヒーをいただく。

あまり売れていないのか、香りが少なく、やや不満。コンビニコーヒーの方が美味である。

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後方の展望席からの様子・・・立ち位置ではこのような風景だが、座席からだともう少し目線が下がる。

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8:22定刻で津に到着。四日市には停車しないので、ここで下車する。


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古い家並みの残る町~奈良・五條ぶらり旅



山櫻古典寫眞機同好會のメンバーから、「久しぶりに何処か撮影旅行に行きませんか。」というメッセージがLINEのグループ欄にアップされた。

夏の暑い時なのでハードなスケジュールはご免蒙りたいと考えていたが、なりゆきで私が段取りすることになり、奈良の五條には古い町並みが残っているし酒蔵もあるので組織員の嗜好にピッタリということで、7月25日(土)の日帰り旅行を計画した。



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近鉄阿倍野橋9:10発の吉野行特急の指定席を確保する。吉野口までの1時間は朝麦酒で乾杯!吉野口からはJR和歌山線で五条に入る。

その予定だった。

いつもなら天神祭りの当日はじりじりとした夏空が広がるものなのだが、今年は要領が違った。
梅雨明けの遅れている近畿地方では、前日夜には近畿中南部に豪雨があり、何かいやな予感がしていた。
案の上、当日の早朝、意気地のないJR西日本は、早々に和歌山線の高田・橋本間を始発からその運転を休止してしまった。

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近鉄は動いているが、その先の移動手段を絶たれてしまった。近鉄の下市口まで足を伸ばして、そこからタクシーを飛ばすという手もあったが、組織員にLINEで連絡したところ、複数者から「それなら自家用車出しましょうか」とのありがたい申し出あり。

運転者は、終始お酒が飲めないことになるので誠に申し訳なかったが、なんとか足の手配ができて良かった。

本来7月23日に東京五輪が開催し、なにやかやと沸き立っているはずの4連休だったが、それが憎きコロナ禍により延期となったため、こちらとしては、もしこの計画が中止となれば、その無聊を慰めるものもなくつまらない休日となってしまうところだった。

集合場所を阿倍野橋から谷町六丁目に変更し、予定通り出発進行。
N氏から提供していただいたトヨタ・アルファードの快適な乗り心地を味わいつつ五条に向かう。

途中何度か大雨に出会うが、目的地到着時には霧雨程度の小康状態となる。

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五條の新町通りにある源兵衛に11:00からのランチコースを予約していたが、遅れることなく、かつ早すぎず絶妙のタイミングで到着する。

五條 源兵衛は、五條の野菜を中心としたミシュラン☆のレストランである。

日ごろから血液どろどろのメンバーたちには、体が喜ぶ野菜だけのコース料理(@3,500-)を予約していた。お酒は別である。

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江戸時代の商家を利用した店舗の中に入ると、落ち着いた雰囲気の中、静かにピアノソナタが流れていた。

店主で料理長でもある中谷暁人さんによるコース料理の説明を受けた後、我々はビール、ドライバー殿はノンアルコールビールで乾杯してコース料理がスタートした。

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食前酒ならぬさっぱりとした食前酢で胃を整える

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地産のもち米団子のお椀 上には緑鮮やかな様々な野菜が乗っている。黄色い花をつけた極小キュウリもある

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湯葉に包まれた正体不明の香草が出てきた。 

目をつぶって咀嚼すると牡蠣の味がしますよ。とのことだったので、果たして教示通り反芻すると驚いたことに、生ガキの如き磯臭い風味が漂った。不思議な香草である。

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提供される野菜のサンプルが山盛りになってテーブル上に置かれた。

恥ずかしながら、いかに野菜の知識がないかが暴露される瞬間でもある。
あまり聞きなれない野菜の説明が続く。しかし「グラスに入っているのはホップではないですか?」との問いに「そうです」との回答あり・・・やれやれ少しは面目を保つ

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野菜だけの天婦羅盛り合わせ  

手前の赤いトマトの天婦羅のうしろの大きい一品は、カボチャの花である。
芋の天婦羅も数個あるため、しっかり食べ応えあり。

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ビールはほどほどにして、地酒に移る

左は、店主こだわりの野迫川 村おこしプロジェクトにより醸造された「伯母子岳」・・・しっかりとしたガツンとくる味わいで野菜料理との相性が良い。
中と右は、地元の酒蔵山本本家の松の友「十一代」・・・直汲みとは、無濾過の生原酒である。ともに軽やかな飲み口だが、右の大吟醸は少し発泡性を帯びて夏向きの逸品である。

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ウリやマメ、豆腐などを色々な味付けで調理した3品 地産池消よろしく地酒との相性も良く、盃がすすんで困る。

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止め椀は、五條米の上に針茗荷を乗せたものに、出汁をかけていただく。これも出汁の味わい深く出色の一品だった。

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葛菓子 葛の味が濃厚にして弾力のあるものにして、彼の地ならではの得難い風味。

すべて野菜尽しのコース料理だったが、思った以上に満腹感あり。おいしゅうございました。

日ごろの不摂生を洗い流すような、いわば薬膳料理のような感覚がしてならなかった。

少しだけ健康になった気がする。

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H8.12.11地下鉄・長堀鶴見緑地線/京橋・心斎橋間開通


平成2年に開催された国際花と緑の博覧会(花博)会場へのアクセス路線として京橋・鶴見緑地間で開業した大阪地下鉄・鶴見緑地線だったが、平成8年12月11日には都心部に西伸し、京橋・心斎橋間が開通した。

その延伸をもって、同日名称も「長堀鶴見緑地線」に変更された。

平成9年2月になってから、新しく入手したCONTAXの超広角レンズDistagon18mm f4の性能テストを兼ねてパトロールに出掛けた。

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CONTAX Aria + Distagon 4/18

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「心斎橋駅」

後発組建設となる地下鉄路線のため、既存の路線より深部を走ることとなることから、他の地下鉄路線と交差する駅ではホームがかなり深い位置にある。
この駅も例外ではない。右側は、下りエスカレータであるが、ホームの上の階に繋がっている。
画面左側には、ホーム階から改札階まで繋がる、より長い上りエスカレータが用意されている。

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ホームの上階には、他の駅では見ないこのような天井の高い空間が用意されていて、その壁面には夕陽に染まる地上の心斎橋をモチーフとしたレリーフが取り付けられている。

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関空にいてるような近未来的なこの空間には、興味をそそられたが、実際のプロムナード的利用法は奏功しているのか疑問である。
しかし、18mmの超広角レンズの威力が発揮されたショットではある。

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ホームの壁面にも夜の心斎橋のガス灯が描かれている。(今でもガス灯は現役である。)

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日本初の鉄輪式リニアモーターミニ地下鉄である。

行き先の行灯表示には、「鶴見緑地」の用紙が貼付されているが、これには訳がある。
実は、この平成9年の8月には鶴見緑地の先に「門真南」駅が誕生するので、それを見越して門真南の表示を行灯に記載しているため、見えないように上から現在の終点の鶴見緑地の用紙を張り付けているのだ。

節約と言えばそうでが、なにやら貧乏くさい仕業でもある。

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「長堀橋駅」

目が覚めるようなブルーを基調としたホームである。
ここでも行先行灯に同様の処置がしてあるのが分かる。


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大阪偕行社附属小学校時代の本館・講堂の惜別会


平成8年の年末の頃だったか、母校の慣れ親しだ本館と講堂が建替えされるため、平成9年2月22日にその惜別会をしたいので参加してください。と追手門学院からご案内をいただいた。

古いもの大好き人間としては、万障繰り合わせてでも参加しなくてはと思い、厳寒の最中ではあったが、厚めのオーバーコートを着込んで出かけた。

そして記録データに残すには、必ず超広角レンズが必要ではないかと考え、
LeicaM6+ソ連製ルサール20mmといういで立ちで母校に乗り込んだ。

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瀟洒な2階建ての本館は、昭和7年製だった。

2階に増設された会議室では、同窓会組織の山櫻會の会議が開催され、何度か参加させていただいた思い出の場所である。

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玄関上に掲げられたこ校章は、“山に桜”だった。

母校の同窓会の「山櫻會」の名称もこれが謂れである。


古地図
大阪市都市計画図 和楽路屋製より

その当時はの陸軍施設は地図上では“山形”のMで表示されていたので、母校の出身母体を無言のうちにアピールしている校章であった。

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本館のエントラスは、あまり生徒や学生が近寄る場所ではなかったので、記憶に薄いが、写真にとると、右側の受付窓口は、高い位置にあり、来訪者にとっては敷居の高い感じを醸し出している。(写真には窓口は写っていないが、踏み台を設けているところから推して知るべし。)

方位図のような八芒星は、陸軍の五芒星とどういう関係があるのかわからないが、その床面の意匠とともに、重厚な木製扉に威厳を感じる。

2階には校長室があったが、歴代の校長は陸軍の将校が務めていた関係か、校長室にはサーベルを立てかける木製スタンドがあった。

後日談ではあるが、大平洋戦争時に憲兵をしていた人とお話をしていた際に、こんなことをうかがった。

「偕行社の酒保部は、学校の給品部のようなものだったが、そこで購入した軍刀は、すぐに折れるなどの二級品で、全く役に立たなかった」とのこどある。

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本館エントランスより南側を望む

隣にあった大阪偕行社の本館と同様に、入口の前には小さな築山が設けてあり、正面から直接内部が見えないような設計がしてあった。

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本館1階通路部分・・・いつも薄暗い雰囲気の場所だった。

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昭和7年完成当時の写真より


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当日配布されたパンフレットと記念の500円テレカ



そもそもこの建物は・・・

大正10年に出来上がった木造洋館の瀟洒な校舎が、昭和5年7月に漏電が原因として一夜にして焼失してしまったことによる建替え事業により出来上がったものだった。

その復興校舎として近代的な鉄筋コンクリート造3階建のものと、同じく鉄筋コンクリート造2階建ての本館を建築することとなった。

これに要する費用は、約30万円といわれ、火災保険金や入学時の保証金で14万円余は補えるが、残りの16万円は寄付に頼るしかなかった。しかし、卒業生や関係者だけでなく一般有志者の援助によりその金員の調達ができた。

この建設資金が、経営母体の偕行社や陸軍財政には一切関係なく調達されたことは、その後、終戦直後の学校存続問題時に大きなプラス要因になるのであった。

昭和6年末には、講堂・屋内体操場と教室が竣工し、本館も昭和7年8月に完成した。施工会社は、大阪・松村組である。
全館スチーム暖房、各教室に電話・ラジオの設備があり当時のモデルスクールという存在だった。

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平成9年12月18日大阪港テクノポート線開通

平成9年12月18日大阪市営地下鉄中央線の終着地であった大阪港駅からニュートラムの中ふ頭駅までが開通した。それは第3セクターの大阪港トランスポートシステムによるテクノポート線と称していた。

この路線の開通には、次のような理由があった。
大阪南港の埋立地に、新たな集客施設として大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC。現在の大阪府咲洲庁舎)やアジア太平洋トレードセンター(ATC)といったタワー型ビルや商業施設が開設されたが、鉄道による交通アクセスが大阪市交通局南港ポートタウン線(現在のOsaka Metro南港ポートタウン線。愛称ニュートラム)しかないという欠点があった。梅田や難波など市内中心部からは、大阪市営地下鉄四つ橋線(現在のOsaka Metro四つ橋線)を経由し住之江公園駅乗り換えでニュートラムを利用するしかなく遠回りで時間がかかるという不便さが災いし、バブル崩壊による不況も重なって企業誘致が思うように進まず空き地だらけなうえに、一度は南港に移転した企業の中には再び都心部へ戻ってしまった企業もあるという悪循環であった。その不便さを解消するために計画されたのが、大阪港駅と中ふ頭駅を結ぶ鉄道路線であった。(Wikipediaより)

その開通から5日後の12月23日(祝)に新駅のトレードセンター前駅とATCの様子などをパトロールしてきた。

その当時の様子をまとめるだけでなく、22年後となる令和2年の今日の様子と見比べてみたいと考え、R2.3.15新型コロナウイルス感染症で自粛ムードが高まっている最中訪れてみた。



※上の写真は、1997.12.23撮影、下の写真は2020.3.15同位置から撮影したものである。

(1)トレードセンター前駅の改札口
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(2)トレードセンター前駅連絡通路から北側を望む
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(3)同連絡橋からコスモスクエア駅発のニュートラム車輌を撮影
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(4)同連絡橋から南側のO's棟を望む
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(5)大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)の前を進むニュートラム
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平成9年 ハウステンボスと島原鉄道


平成9年10月11日 某団体の1泊2日の慰労会に参加して、長崎のハウステンボスに向かう。

伊丹から長崎へは、空路・日本エアシステム(JAS)を利用する。

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搭乗機には、kurosawaのサインがある。

その当時、映画監督の黒澤明がデザインしたMD-90が7機あったらしいが、これはその1機である。

平成14年の日本航空との経営統合により、このデザインは姿を消した。

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ハウステンボスは平成4年に開業したが、訪問するのはこれが初めてである。

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以前「長崎オランダ村」には行ったことがあるので、その二番煎じくらいの意識でいた。

しかし、訪問し園内を散策するとその規模の大きさと手のかけ方の違いは、すぐに分かった。

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今日は園内を見て回り、飲み食いして、夜は花火を楽しむ。

しかし参加者は、明日もここに滞在するという。2日も居る必要がないと判断し、明日は単独行為を採ることにした。

ここから程なく訪問できる景勝地と言えば・・・「島原鉄道」である。

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(新潮社:日本鉄道旅行地図帳第12号より)

普賢岳の火砕流の悲劇が平成3年だった。その復旧した鉄道の様子も見てみたく諫早に向かうこととする。

主催者の了解を得て、翌日長崎空港で落ち合うことを約束して、鉄分補給行動に出る。

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JR大村線のハウステンボス駅は、同施設と同時に開業した駅である。

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このキハ58の列車には、「シーサイドライナー」という列車名が付されている。大村線の快速列車の愛称である。

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幻となった、700系東海道新幹線 LAST RUN 2020.3.8



令和2年3月8日は、平成11年に登場した新幹線700系車輛が、東海道新幹線区間から引退する日だった。

そこでJR東海は、令和2年2月12日(水)より、自社所有の700系車両(2編成)に、ヘッドマーク及びサイドステッカーによる車体装飾を行った。

車体装飾実施箇所として、ヘッドマーク は1、16号車、サイドステッカーは 1、5、9、15、16号車に施された。

ラストランの3/8東京発9:47の「のぞみ315号」の切符は34秒で売り切れたと報道されていたが、機会があれば、その日までに運行する700系に乗れる機会があれがいいのに・・・と考えていた。

さよらなの運転の最終期は、2/24、2/26、2/28の定期運用のほか、2/29、3/1の団体による貸し切り列車運用を経て3/8のラストランとなる計画である。

手帳とダイヤ表を見比べると、その車輛の運転日である2月26日に、たまたま東京に行く用事があったので、その帰りに利用することにした。時間帯もぴったりだ。

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東京17:23発新大阪行き「のぞみ397号」である。

しかも今となっては珍しい喫煙車の15号車に、あえて予約を入れる。

EX利用票のタバコのマークがその証拠である。

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定刻の10分ほど前に東京駅19番ホームに上がるが、16号車前は、すでにこの人だかり!

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老若男女を問わずカメラを向けている

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いまでは見慣れた「カモノハシ」と呼ばれたこのロングノーズもこの700系から採用された。

その後、N700系の増備につながり、既存N700系のA化改造とその機能アップが進行し、最近では鼻筋がより目立つN700Sが登場している。

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(参考1)令和2年1月16日に岐阜羽島駅で撮影したN700Sの試運転車輛
      後ろは、名鉄羽島線の電車


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(参考2)N700Sの試運転車輛



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700系C編成は、旧形式の「方向幕式行き先表示器」を採用している。

この後の形式からLED表示を採用することになり、新幹線史上、方向幕を搭載する車両は、この編成が最後となる。

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運転室ガラスにC54と表記してある。 C54編成 (大阪交番検査車両所)の列車であることがわかる。

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16号車のサイドステッカーは、こんな意匠である。

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令和2年“お正月四国堪能きっぷ”の旅 (その3)



(思へば、これが最終回)

令和2年1月3日の四国早回りも、残すは高知のパトロールだけとなる。

カツオの塩タタキとひらめいて、以前行ったことのある「ひろめ市場」を思い出した。
正月3日でも営業しているのかと心配したがネット検索ではOKとのこと。

時間も余裕があるので出向くことにした。

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市電で、はりまや橋まで行き、乗り換えすれば、「ひろめ市場」はある。

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黄昏時を過ぎた頃、現地に到着。

なんだろう。この人出の多さは・・・どんどん人が吸い込まれていくぞ。

これが正月3日の様子かいな?

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館内満席。土佐人の正月の過ごし方の一端を垣間見た思いがする。

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腰掛ける地が全くないので、仕方なく、お盆に乗せられた塩タタキを立ったまま食す羽目に・・・でも美味には違いない!

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時間に余裕がない旅行は、なんとも味気ないが、早々と高知駅に戻ってくると構内時計は、18:00を示していた。

18:36の特急「南海」岡山行は、何時に入線するかと駅員に問えなば、すでに入線済との返事

あなや!それでは拙者も・・・とホームに上る。




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令和2年“お正月四国堪能きっぷ”の旅 (その2)

(前回からのつづき)

令和2年1月3日「お正月四国堪能きっぷ」の早回り旅も佳境に入った。

四国の秘境と言われる予土線土佐大正駅に13:19到着

出発の13:47まで対向列車待ちで、而してトイレ休憩となる。

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ちょっと途中下車して駅前の風情を愉しまん

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駅舎は、林業の町をアピールしてか、木造の外観だ。

なんだか北海道に来たような錯覚を覚える。


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予土線全線開通記念碑が駅舎脇に鎮まっている。

全線開通は昭和49年3月1日とホント昨日のような出来事である。

宇和島から吉野生(よしのぶ)までは昭和8年までには宇和島線として開通していたが、その先の開通は、戦争を挟んで40年の月日を待たなければならなかった。

しかし、下記の大正14年の日本全国鉄道線路図(鉄道省発行)のものをみると、愛媛と高知を結ぶ鉄道はこのほか、松山 - 佐川間や宇和島 - 宿毛 - 中村間などが計画されていたが、実現したのは予土線だけである。

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赤の二本線は計画線 赤の太実線が鉄道省路線 紫の実線は私鉄路線

現在の四万十川は、上山川と表記されている。

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駅前の道路には、「国鉄 土佐大正駅」の案内板がそのまま現役!!!

少なくとも33年以上は、ずっとこのままだった・・・ということは住民は敢えて残しているということだ。

なんと素晴らしいことだろう!!

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ん・・・何とかしてください。

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駅前には窪川行の小型バスが止まっていた。駅の出札口はバスの発券場所も兼ねているようだ。

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予土線のサポーター募集のお知らせ

いろいろな手段で頑張っているようだが、下記のとおり、かくの如き本数の少ないダイヤでは旅人のスケジュールが組み辛い。

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出発時刻が近づいてきたのでホームに戻ると、反対側からド派手な対向列車がやってきた。

ホビートレインの一つである「海洋堂ホビートレイン」かっぱうようよ号である。

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外観は、清流で遊ぶカッパをイメージしたものであるらしい。

土佐大正駅に隣接する打井駅の近く(近くと言っても4km離れているが)には海洋堂かっぱ館がある。

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土佐大正駅に置かれたパンフレットより



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令和2年“お正月四国堪能きっぷ”の旅 (その1)

JR四国がお正月3ケ日限定の乗り放題切符を発売した。

令和2年の正月3ケ日のうち1日を指定しなければならないが、JR四国の特急・普通列車の自由席が乗り放題で¥2,020-と激安。
販売期間が短く、しかもネット販売に限るという面倒があるが、これは使わない手はない。

毎年の年始の挨拶に行った翌日に使おうと思いパソコンのボタンをポチる!

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香川の観音寺から予讃線で宇和島に行き、予土線経由で高知に出て、南風で岡山に帰るというルートを考えたが、なんとか1日に周遊できそうだ。

その計画は、令和2年1月3日午前8:19予讃線豊浜駅からスタートした。

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豊浜は無人駅なので、このままスルー

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8:19の普通列車観音寺行(7200系 7319+7219 )で、一旦観音寺まで行く。

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ワンマン運転の場合は、後ろの車輛は閉鎖するようだ。
以前は後ろの車輛も利用できたのだが・・・

経費の削減のためならいっそ単行にすればいいのにと思うが、車輛が片運転台のため2輛で1ユニットとなっているのでかくなる仕儀となっているのだ。

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観音寺からは、また逆戻りする。

8:27発の特急しおかぜで松山に向かう。

車内は最初はガラガラだったが、新居浜あたりから徐々に混雑し始めた。
松山には10:06到着。

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パトロールする間もなく同じ1番ホームから10:15発の宇和島行「特急宇和海」に乗車

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伊予大洲を過ぎて八幡浜に近づくと険峻に張り付くような集落が見受けられるようになる。

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八幡浜駅の本屋は、何か懐かしい風情を湛えている。

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昔の軍艦駅と言われた常磐線土浦駅を見る思いがする。

「のりかえ別府連絡」の案内が確認できるが、是非トライしてみたい航路である。


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宇和海が見えてきた。

この辺りは随分標高の高いところを走っているようだ。

まもなく終点の宇和島である。


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平成9年 福井鉄道訪問



(前回からのつづき)

平成9年8月9日 

新疋田のループでの撮影を終えたのち、敦賀より北陸本線を進ままし・・・

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何気ない風景に溶け込んでいたキハ58

小浜線の電化が平成15年なので、この当時は小浜線用として使われていたのだろう。

ローカル線の急行車輛としての存在感たっぷりだったが、いつの間にか淘汰されてしまった。

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ここからは、大阪から比較的近いところにあるにも拘らず、今まで訪問したことがなかった福井鉄道をトライする。




程なくしてJRの武生に到着。駅前を出てすぐ右側が福井鉄道・越前武生駅

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300形は、元静岡鉄道の車輌である。昭和41年製ながら外観を見るとそんなに古い車輌には見えない。

しかし、下の写真のように車内に入ると、それなりの時代を感じる。

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広告の日本火災はいわゆる老舗損保会社だったが、今では統合されてしまった。

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「デジタルツーカー」の広告車輛200形

デジタルツーカーとは、かつて存在した携帯電話事業者の一つで、現在のソフトバンクの前身企業の一つである。


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モハ142-2・142-1は、名古屋鉄道からやってきた。

昭和6年の日本車輛製なので、きっと吊り掛けモーターの轟音が聞こえただろうね。

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これは、3扉車なので、120形だろう。

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中央にチラリと姿が見えているのは、旧北陸鉄道金沢市内線の路面電車である560形562号と思われる。

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平成9年 新疋田の大カーブ


ある日、鉄トモのU君から新疋田のカーブに行きませんかと誘われた。

断る理由もなく、それを二つ返事でOKし、平成9年8月9日撮影旅行に出かけた。

(注)この日のネガは、なぜか状態が悪く、かなり黄変していた。スキャンの後、ソフトで復元を試みたが十分に回復できず、結果として見苦しいものが多いが、22年前のネガということを考えてご容赦くだされ。不爾

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新疋田駅で“食パン”電車から降りたのは、我々2人だけだった。


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駅から敦賀方面に少し歩いたところに撮影ポイント「南城踏切」がある。
ここが本日の目的地の一つ。

(その後、この場所は不良撮影者のために撮影禁止場所になったとか・・・残念なことである。)

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3輌ユニットの418形もこうして撮影すると、さすが出自は寝台電車。貫禄十分だ。

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この夏限定の臨時列車としてキハ65形で大阪 - 若狭高浜間を運行した急行「マリンわかさ」1号

列車名板がショボイのが残念!

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681系車輛の特急は平成9年3月22日のダイヤ改正で「スーパー雷鳥(サンダーバード)」から「サンダーバード」に改称された。

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平成9年4月6日 新京阪鉄道P-6 復活


平成9年4月4日毎日新聞「雑記帳」に、阪急で静態保存していたP-6が、走行できるように手入れされ、来る4月6日「春休みフェア」で正雀工場内を4半世紀ぶりに復活走行する。との記事が出た。

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ということで、雨天にもかかわらず見学に出掛けた。

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熱心なファンは私だけではなさそうだ。
女性・子供の姿も多く見受けられる・・・たぶん旦那や父親に付き合わされていると思われるが・・・

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実は、私はこの車輌は無骨で洗練されたところがないように感じられて、余り興味を抱かなかった。
戦前の鉄道省の設計による同系の車輌の方がずっとスマートだからだ。

平成7年に訪れた際にもこの車輛に乗ったりはしたが、それは自走できない状態だったようだ。

しかし、こうして走行が可能なまでに復活したことは、とにかくめでたい。
関係者のご尽力を讃えたいと思う。

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雨の中を疾走するP6

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令和元年 束の間の夏休み/箱根登山鉄道


令和元年8月23日(金)神奈川・湘南での仕事が昼過ぎに終わったため、ちょいと足を伸ばして箱根に向かうことにした。

“遅めの夏休み”のような気分である。


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JR東海道線で小田原まで行き、そこから箱根登山鉄道に乗り換える。

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小田急のホームに立つと、ちょうどROMANCE CAR EXEα(30000形) なる特急が入線してきた。

特急など端から乗るつもりがなかったが、ホームのアナウンスで、駅員が、終点の箱根湯本までなら200円の特急料金で乗車できると言っている。

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この悪魔の囁きに、あっさり負けて、特急の人となる・・・“はこね25号”快適なり!

13:40小田原を出発して僅か15分間の特急列車の旅である。

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先頭車の前の方に陣取るが、肝心の展望具合は、あまり良くないね。
運転席の器具類の位置が高いのと、ブラインドが降ろされているので、左側はほぼ視界ゼロ。右側は何とか開けている。

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小田原から箱根湯本までの区間は、箱根登山線だが、小田急車輌しか営業運転していない。
よって、こんな単線区間に、モスラのようなロマンスカーVSE(50000形)がのっそりと現れたりする。

この区間、以前は、標準軌の箱根登山鉄道車輌と、狭軌の小田急車輌が往来するため、レールが3本ある特殊な3線軌条となっていたが、今では箱根湯本と車庫のある入生田の間だけとなっている。

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14時前に箱根湯本駅到着

次の14:12発の強羅行きは、2両編成とあるので、旧型車輌のようだ・・・有難いねぇ!嬉しいねぇ!!

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やってきましたモハ1形104号車・・・箱根登山鉄道はこの車輌でなくっちゃ!

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乗客が下車して、新たなお客が乗り込むと、ほぼ満員状態。

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クーラーが付いていないと、小言をいう乗客がいたが、箱根の自然クーラーの方がよっぽど贅沢といえるのにね。

窓から入ってくる涼風が心地よいわ。

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いくつものスイッチバックと80パーミルの急勾配を登って、40分ほどかけて終点強羅に14:49到着

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せっかなので、14:53発の列車を見送ることに・・・この時刻山を降りる電車は空いているようだ。

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連接部分は、緊急時以外は通行止めとなっている。

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先頭車のモハ2型108号車は、黄色の窓枠とブルーのボディの旧塗装をイメージしたものとなっている。
正面から撮りたかったが、ホームがギリギリで撮れなかった。

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残念ながら見送る形となったが、旧型車の走行写真を撮ることができて満足なり。

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さて、一つの目的を達成したので、次のミッションである強羅温泉を楽しむことに向かう。

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昭和51年 北海道修学旅行(その3)

(前回からのつづき)

昭和51年6月16日

白老ではポロトコタンを見学した。
アイヌの民族楽器ムックリを買ったものの、まともに音が出ないと嘆いている同級生に、シンプルな民族楽器がそんなに簡単に奏でられるはずがないと冷笑を投げる。

そんな状況を尻目に、団体行動を早々に離脱して白老駅付近の線路際でカメラを構える。

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白老駅を出る堂々6連の臨時列車

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室蘭本線の白老駅

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上記写真の拡大 昭和9年築の木造駅舎は昭和62年に取壊されることとなる。

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特急おおとり

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室蘭本線 北吉原駅

面白いデザインの駅舎だなあと思いシャッターを切ったもの。

調べると、昭和40年に隣接する大昭和製紙が、従業員の通勤のため、建設費全額負担で建築したものらしい。

どおりでデザインが国鉄臭くない訳だ!

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函館行き普通240列車 長万部付近

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函館本線・大沼公園駅

これも大沼公園を散策している団体行動に離反して、国鉄の駅に出向いたものである。

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大沼公園駅に停車中の急行「宗谷」

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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

Author : Fuzzy




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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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また、記事のタイトルに☆がついているものは、mixiから移設した2005.12.15~2006.12.16の過去記事です。

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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