おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その3)

前回からのつづき

立山黒部アルペンルートを越えて、本日のお宿は、安曇野

DSC06911-1.jpg

エントランスは、ゴルフ場のクラブハウスのような“穂高ビューホテル”

DSC06912-1.jpg

快適な環境が提供された。

“おとなび”頑張りましたね。

DSC06915-1.jpg

DSC06890-1.jpg

ルームキーは、定番のクリスタルキー
(ホテルのキーもそれぞれ特徴があって面白いので、できるだけ撮っておくようにしている。)

IMG_20170729_184610681-1.jpg

私は、もちろんビールだが、子どもたちは、これを自販機で買ってきた。
「冨より健康」と言い切るところが、清々しい松田牛乳である。

IMG_20170729_192331071-1.jpg

一風呂浴びた後は、お楽しみの夕食である。

普通の夕食より軽めだったのは、“おとなび”の構成年齢を考えたものかもしれないね。
日ごろ食べすぎ傾向なので、少なめでもOKですよ。

IMG_20170729_192339224-1.jpg

こういった、HOTAKAの地ビールとか・・・

IMG_20170729_193638282-1.jpg

地酒を楽しめたら、それで満足なのだ!




それなりに温泉などを楽しんだ後、爆睡すれば翌朝となる。

今日も天気は良くないが、高原ホテルの朝霧に包まれて散歩するのも悪くない。
亜熱帯の大阪のことを思えば、涼しいだけでご馳走である。

DSC06922-1.jpg

DSC06896-1.jpg

星空広場というだけに、天気がよければ満点の星が楽しめるのであろうが、昨夜はクローズの館内掲示があった。
この天気では致し方ない。

DSC06897-1.jpg

もうすぐ8月というのに、こちらでは紫陽花が見ごろである。

DSC06900-1.jpg

同じところを露出と絞りを変えて撮ってみたら、かなり雰囲気の違うものになった。

IMG_20170909_205423232_HDR.jpg

やはり Leitz SUMMILUX35mm f1.4 は面白いレンズである。

DSC06908-1.jpg

[More...]

関連記事
スポンサーサイト

おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その2)

(前回からのつづき)

H29.7.29(土)

ケーブル立山から黒四ダムを経て扇沢までいろいろな乗り物を経て行くと一人当たり8,290円必要である。
個人旅行であれば、大変な負担となるところだが、ツアーなので、その点は気楽なものだ。

DSC06819-1jpg.jpg

ケーブル立山駅から美女平に標高差500メートルの斜面を登っていく。

DSC06820-1.jpg

美女平から室堂までは立山高原バスに乗る。ここから標高差1,500メートルを約50分かけて登っていく。
相変わらず天気が悪い。今にも雨がふってきそうな霧の中を進む。
晴天もいいが、避暑に来ているので、涼しい天気は有り難い。

名所の称名滝もホワイトアウトで見えず。
まあ、以前来た時に見たから別にかまわない・・・などと負け惜しみをいう。

DSC06821-1.jpg

弥陀ヶ原を経て室堂に到着すると、7月末というのに、「雪の大谷」の残景が見られた。

室堂の標高は、2,450メートルである。

IMG_20170729_142858175-1.jpg

乗換の待ち時間を利用して戸外に出てみる。


DSC06829-1.jpg
見晴台からの現実・・・・

20170819094713_00001-1.jpg

ここからは、こんな風景が見えるはずだった。
パンフレットの「ヤッホー!立山」の文字が、イラッと来る。

DSC06827-1.jpg

最も標高の高いところにある湧き水という「立山玉殿の湧水」の清冽を味わう。
こちらは天気は関係ない。

[More...]

関連記事

おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その1)

JR西日本のシニア向け旅行クラブ「おとなび」からは、ウェブでいろいろな旅行プランの案内がある。

そんな中で、目に留まったツアー旅行があった。

平成29年7月29日(土)・30日(日)に催行される「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」である。

50歳からをたのしむ大人の旅クラブ20おとなび20Club20DISCOV1-1

私は数回訪れたことがあるルートであるが、以前から中学生の長男から立山黒部アルペンルートに行きたいとの要望があった。個人的に行くと結構費用がかかるし、日程調整が難しいと考えていたところに、このプランが提示された。
まさに渡りに舟というわけだ。

20170819142940_00001-1.jpg

「おとなび」は50歳以上が入会資格となるので、このツアーも年齢層が高そうだが、予想通り初日の大阪駅で集まった34名の面々を見るとシニアのカップルがほとんど。中高生を含む家族旅行は我々だけだった。

IMG_20170819_201826801.jpg

ツアー旅行は、団体行動なので、勝手な振る舞いは厳禁であるが、ツアコンの指示に従っていればいいので、個人旅行のような気配りする苦労はないのがありがたい。

そしてこれは、年齢層の高いツアーなので華やかさはないが、良識を持った方々による落ち着いた旅が出来るようにも感じた次第である。(注:これは実際のところ、最後まで裏切られることはなかった。)


さてさて・・・

DSC06781-1.jpg

大阪駅7:40発のサンダーバード5号 この最後尾の12号車に乗車


IMG_20170729_073712039-1.jpg

朝食は、車中にて・・・旅の定石として、とりあへず飲み始めました。

DSC06785-1.jpg

武生駅で福井鉄道の車輌を見る。どれも新型の低床型(路面電車形)車両「F1000形」だ。(ペットボトルじゃま!)

[More...]

関連記事

Kodak Signet 35 試写

IMG_20170722_112209372-1.jpg

平成8年4月2日

 1週間前に25,000円で購入した中古カメラ・コダックのシグネット35の試写をしたく、仕事の出張毎にカバンに忍ばせて意気揚々と出かけた。

フイルムは、リバーサルフイルムであるフジクロームプロビア100(RDⅡ)をはりこんだ。

ところで、このカメラは、米国イーストマン・コダック社が1951年に発売開始した、35mmカメラである。
風貌が似ているということで、一部ではミッキーマウスのカメラなどと呼称されていたように、愛すべき外観ではあるが、極めてまじめなカメラである。

その証左として、軍用といわれたミリタリーカメラまで存在する。しかし兵士が戦場でこのコンパクトなカメラで現況報告していたと考えると、やはり用途が違うようで笑ってしまう。

IMG_20170722_112232357-1.jpg

このカメラの名声は、その装着しているレンズによることが大なりと思う。
装着されているコダック・エクター44mm f3.5レンズは3群4枚のテッサータイプながら、開放から高解像で、発色もコントラストもすばらしく、その写りの良さは現在でも充分通用する。

そもそも「フイルム会社のレンズはよく写る。」というが、フジフイルムのフジノンや、コニカのヘキサノンはもちろんのこと、コダックのエクターも素晴らしいレンズの出来となっている。

そして、コダックのレンズに付した2桁のアルファベットは製造年を示している。

   C A M E R O S I T Y
   1 2 3 45 6 7 89 0   

この対照表に照合すれば、このレンズはRRなので、1955年製しいうことになる。


ただ、シャッタースピードが1/25、1/50、1/100、1/300の4段階しかなく、貧弱な感じがするが、気持ちを割り切れば、これだけあれば充分な気もする。

しかし、実際取り扱ってみると、赤ちゃんのくしゃみのようなクシュン!というシャッター音には癒されこそすれ、不愉快ではない。

IMG_20170722_112319565-1.jpg

裏ブタには、スライドさせて使用する簡易露出計がある。
モノクロやカラーネガならばこれでもいいが、リバーサルとなると不安が募る。
インジケータには、コダクロームの表示があるが、これでは無理でしょう・・・

19960402桑名ほか998-1

ドピーカンの早春の桑名・長良川河口堰・・・1/300 f11  

絞ってはいるものの、これだけのシャープ・コントラストは素晴らしい!


19960402桑名ほか999-1

つぼみ固しの桜 1/100 f11  

[More...]

関連記事

平成8年2月18日“タンゴ・ディスカバリー”お披露目

平成8年2月18日大阪駅の3番線で新型車両“タンゴ・ディスカバリー”のお披露目をするというので、久しぶりにCONTAX+DistagonT*18mmF4ほかを携えて出かける。

19960218タンゴディスカバリ-944-1

西口にはそれ専用改札が用意されていた。入場券は不要。

19960218タンゴディスカバリ-925-1

入場時にはこのような記念票が配布された。

19960218タンゴディスカバリ996-1

19960218タンゴディスカバリ997-1

この年の3月から山陰本線の園部駅 - 綾部駅間、北近畿タンゴ鉄道の宮福線全線、宮津線宮津駅 - 天橋立駅間の電化されることに伴うダイヤ改正により、新大阪駅 - 久美浜駅間を運転する列車として新登場した車輌である。

19960218タンゴディスカバリ-932-1

3番線ホームでは何らかの祝典があったらしいが、すでに終わった後。

19960218タンゴディスカバリ-926-1

丸いボール状の先頭部分は、かなりユニークなものだった。南海のラピートに刺激されたものではなかろうか?

19960218タンゴディスカバリ-927-1

JR西日本のキャンペーンガール・ミス ウエストも登場してました。気合が入ってます。

19960218タンゴディスカバリ-928-1

車内は、参加者が多いため、こんな写真しか撮れなかった。(個人情報を消すのも大変だ!)

19960218タンゴディスカバリ-941-1

2番線ホームに移動して撮影する。まだまだ見学者はつづく・・・

19960218タンゴディスカバリ-940-1

2輌がワンセットなので、2輌目と3輌目との連結部分は、こんな感じになる。かなりユニークなフォルムである!

19960218タンゴディスカバリ-942-1

19960218タンゴディスカバリ-938-1

この列車であるが、平成11年10月に舞鶴線が電化したことにより、京都駅発着の特急として運転されてることとなり、大阪駅に姿を見せることはなくなった。 京都駅発着として運転していた「タンゴエクスプローラー」の車両転換であった。

そして平成23年3月12日のダイヤ改正で「まいづる」「はしだて」に統合されて廃止された。(Wikipediaより)


19960218タンゴディスカバリ994-1


19960218タンゴディスカバリ995-1

[More...]

関連記事

平成7年冬の橋本・下市口風景

平成7年12月15日仕事で和歌山県の橋本に行く。

遊びなら大阪からJRを使ってゆっくり行くのだが、仕事なので当然の如く南海高野線を利用する。

橋本駅は、南海とJRが相互乗り入れしているが、駅舎は一つで大きな跨線橋で互いに連絡してあるだけで、その区分けは曖昧なものになっていた。

19951203港区散歩874-1

19951203港区散歩869-1

列車は橋本で一部が切り離され、急勾配の高野鉄道線を登っていく。

この年の9月から、南海高野線ズームカーの増解結実施駅が三日市町から橋本駅に変更になったのだ。

19951203港区散歩875-1

大正4年に開業した橋本駅には、このクラシックな跨線橋が名物となっている。

19951203港区散歩875-2
南海線ホームの支柱は鋳物製で、大正10年10月 梅鉢工場製との銘あり

19951203港区散歩868-1


一方、JRホームのそれには・・・

19951203港区散歩873-1

大正元年9月鉄道院との銘があった。


19951203港区散歩872-1

50パーミルの高野線山岳路線用に開発された21001系“ズームカー” 

姿かたちの良い車輌だったが、ギア比が山岳用に設定してあるので、とにかく走行音が大きい車輌だった。転用されていった他の私鉄では未だに健在ではあるが、親元の南海電鉄では平成9年にその姿を消した。

19951203港区散歩867-1

また、橋本駅の構内には、こんな大型の車庫があった。

その経歴はよくわからないが、知らない間になくなってしまった。

[More...]

関連記事

平成7年 こだま号グリーン車で熱海へ・・・

平成7年11月11日、年一回の職場の慰安旅行として熱海に向かった。

19951111熱海旅行829-1

JR大阪駅から新大阪まで在来線で行き、新大阪から新幹線に乗るのだが、熱海に止まる列車は少ない。

目的は、熱海の「あたみ石亭」で骨休めすることだから、急ぐことは全くないので、「こだま」で向かうことになった。

新大阪9:36発東京行こだま410号に乗車・・・慰安旅行だから、座席はもちろんグリーン車(8号車)である。

19951111熱海旅行833-1

0系新幹線のグリーン車も20年後の今見るとかなりレトロな雰囲気である。

Leica3C+Russar20mm



19951111熱海旅行834-1

枕カバーのほか肘置きカバーが備えられているのが、嬉しいね!

19951111熱海旅行838-1

お昼は、法隆寺・川田の豪華な松花堂弁当である。これなら酒が進むというものだ。





その車窓からどんなものを撮影していたかというと・・・

19951111熱海旅行830-1

京都手前の梅小路あたりに待機するキハ181・・・特急「あさしお」として運用するのだろう


19951111熱海旅行831-1

建替え工事真っ只中のJR京都駅本屋


19951111熱海旅行832-1

↑名古屋付近で名鉄や、↓豊橋でEF58などを車窓から撮影している。

19951111熱海旅行835-1

[More...]

関連記事

平成7年 特急“TSUBAME”乗車記

平成7年11月9日再度鹿児島に出張した際、前回は空路で帰阪したが、今回は時間に余裕があったので、陸路を選ぶ。

憧れの特急“つばめ”を始発の西鹿児島から終着の博多まで乗車した。

西鹿児島12:10発の特急つばめ14号である。

19951109ツバメ乗車822-1

西鹿児島駅の在来線ホームを横切るように新幹線ホームがその姿を見せようとしている。
新八代~鹿児島中央の開業は、平成16年3月13日なので、その9年前の姿だ。

R9950338-1.jpg

19951109ツバメ乗車823-1jpg

クモロ787-2 先頭車のサイドビューは直線的な輪郭で、とても精悍なものとなっている。

19951109ツバメ乗車824-1

そのサイドには、歴史と伝統の名列車“TSUBAME”の表示が大書されている。

19951109ツバメ乗車814-1


19951109ツバメ乗車813-1

サハシ787形のセミコンパートメントで4席×6室が配置されていた。

19951109ツバメ乗車815-1

正方形の窓も、この車輌を特徴付けている。

[More...]

関連記事

平成7年 追憶の西鹿児島駅

19951031鹿児島771-1

こんな時代もありました。

ブルートレインの後ろには建設中の新幹線ホームが見えている。

これは平成7年10月31日に仕事で鹿児島を訪れた時に撮影したもの。

19951031鹿児島780-1

そして、JR西鹿児島駅の駅舎はこんな感じの平家建だった

左端にTSUBAMEの看板が・・・787系が導入され脚光を浴びていた頃ではなかったか。

19951031鹿児島780-2

19951031鹿児島781-1

対面の西鹿児島駅前風景



R0023966-1.jpg

現在の鹿児島中央駅・・・もう面影は全然ない 同じ場所だとは全く考えられない。

[More...]

関連記事

金沢偕行社の遺構

1488576346194.jpg

平成29年2月16日大阪発13:12の特急サンダーバードで金沢を訪れる。

兼六園の近くにある訪問先に出向いたのが午後4時という夕刻であったが、5時過ぎには用件が終わったので、近くにある行きたかった場所を訪問することにした。

旧帝国陸軍の第九師団に属する金沢偕行社の遺構である。

大阪偕行社の跡地を母校にする由縁により、機会があれば全国の存在する偕行社の遺構を行脚している。

過去に、岡山偕行社善通寺偕行社を訪問したが、ようやく今回は、金沢偕行社を訪問することができた。

R9950314-1.jpg

夕方も17時を過ぎていたので撮影が厳しいかと思っていたが、周囲の空間が奏功してコントラストを抑えたいい雰囲気で撮影することができた。

護国神社の境内に接する金沢能楽堂の敷地内にそれはあった。

R9950294-1.jpg

明治31年築 登録有形文化財

R9950309-1jpg.jpg


R9950294-2.jpg

意匠を凝らした屋根部分や避雷針も見るべきところと思われる。

R9950296-1.jpg

残念ながら入館はできなかったが、正面玄関は、奥まったところにあり、両側が区分された部屋になっていることが推察される。

R9950302-1.jpg

R9950312-1jpg.jpg

偕行社は、陸軍将校倶楽部としての性格を持つので、館内は広い会合スペースを必要とする。

よって、階段や廊下部分は、広間を相殺しないような配置にする必要がある。

今はなき豊橋偕行社は入口を突出した形状にして2階への階段室を兼ねることにより2階部分を大会議室に使えるようにしていた。

R9950300-1.jpg

こちらは、正面部分にはそういったスペースはなさそうだ。

余り厚みのない建物かと後ろに回ってみると、少し小振りな後陣部分が現れた。

R9950299-1.jpg

そして正面の真後ろには扉が配置されている。

実はこの続きに講堂があったが、現在はカットされている。

となれば、正面から建物内部を通ったこの部分に階段室がありここで反転する形で2階に上る構造になっているのであろう。

後陣部分の窓の位置が1偕と2階との間にあることから階段の踊り場部分であると推察できる。

R9950311-1.jpg

窓下の通気孔には、五芒星が今でも残っていて、これが帝国陸軍の遺構であることを如実に表している。

[More...]

関連記事

旧ソ連製レンズ RUSSAR MR-2 試写(続編)

前回、旧ソ連製レンズのルサール20mm F5.6の試写レポートを載せたが、その後もこのレンズが気に入ったのか、暫くあちこちに連れ出している。

超広角レンズのルサールを使った鉄道関連の写真をまとめてアップしてみたい。


19951004世田谷ほか749-1

デハ70系73号車 昭和18年製造 平成12年廃車   (平成7年10月3日東急世田谷線松陰神社前)

この日は、大阪から東京出張。 まだまだ暑さの残る一日だった。

渋谷から東急田園都市線で三軒茶屋に行き、そこから路面電車のような世田谷線に乗車

この線は、もともと玉川電気鉄道の支線として敷設された歴史があるので玉電とゲージが同じである1372mm。

馬車鉄道の軌道幅であったいわゆる“馬車軌間”を採用している。

今では、東京都電・京王線・東急世田谷線と函館市電だけだ。

19951004世田谷ほか750-1

車内の様子はルサールの効果がいかんなく発揮されている。

窓は全開にして、扇風機がグルグル回つて生暖かい空気を攪拌してゐる・・・昭和の風情が残っていた。

19951004世田谷ほか751-1

19951004世田谷ほか748-1

デハ150系 151号車 昭和39年製造 平成13年廃車 

19951004世田谷ほか752-1

松陰神社前での用事を済ませた後、府中に向い、その後なぜかJR中央線の武蔵小金井駅で下車している。
きっと中古カメラ店めぐりでもしていたんだろう。

この南口にある緑色の三角屋根が特徴の駅舎は、停車場に昇格して以来の由緒ある建物だったが、高架化工事に伴い平成21年に解体された。

19951004世田谷ほか753-1

新橋駅日比谷口前交差点で夜景にトライしている。

露出計のないカメラで夜景を撮影するのはかなり難しいが、ISO400のフイムル感度に助けられたようだ。

19951004世田谷ほか754-1

しかし、サラ金のネオンサインの何と多いことか・・・

[More...]

関連記事

旧ソ連レンズ RUSSAR MR-2 試写

平成7年頃の話ではあるが、ライカをいじっいてると、ついついレンズの数が増える。ライカのLマウント(ネジ式マウント)に装着できるレンズの数が星の数ほどもあり、ドイツや、日本の西側諸国の製造品だけではなく、東側の旧ソ連製のものも存在するからだ。

ソ連は、第二次世界大戦直後、ドイツから優秀な光学技術を有する人材を多数連れ帰った。そしてソ連独自のカメラやレンズの作成に努めてきた。

よってソ連製のレンズには優秀なものが見受けられる。そのひとつが、このレンズだ。

1484382147214-1.jpg
旧ソ連レンズ ルサール(RUSSAR MR-2) 20mm f5.6

レンジファインダーのカメラには広角レンズが扱いやすいが、28mm以上はよく見受けられるが、それより短い焦点距離のレンズは極端に少なかった。

ライツにはホロゴン18mmという名玉が存在するが、希少価値から天文学的な値段がつけられている。またツアイスにもビオゴン21mmという名玉があるが、それもおいそれとは手の出せない価格となっている。

しかしこのルサールは、ライツ・ホロゴンと同じようなドーム型レンズを前後に配した構成ながら非常に安価に購入することができる。

平成7年9月26日、大阪市内の中古カメラ店でようやく見つけた。上代は26,000円也

ソ連製レンズは、そもそも個体差が大きいので当りハズレがあるが、この値段だとハズレたとしても我慢ができる範囲である。

しかし、このレンズ平成15年に手放してしまったので、手許にない。(因みに36,000円で売却できた。)

R9950283-1.jpg

同じようなイメージを再現するために、装着したバルナックライカのライツIIIbに同じようなサイズのCanon25mmを並べてみる。ともにマウントの後ろが出っ張った非レトロフォーカスタイプで、外に向かっての出っ張りが少ないパンケーキレンズとなっている。

そして、ライツのファインダーは50mmなので外付けの21mmファインダーを載せて写る範囲を確認することとなる。

ルサールの20mm純正ファインダーというものが存在はするが、非常に不細工なものゆえ、傑作のひとつライツの21mmレンズファインダーを選択する。20mmも21mmも写る範囲はさほど変わらないと割り切って使うのが精神衛生上よろしい。

そして、焦点距離に応じて外付けファインダーを交換するという、この面倒くさい手順が、なにより楽しいのである。

よってレンズだけでなく、そのレンズの焦点距離に応じた外付けファインダーも手許にゴロゴロすることとなる。




新しい(古い)レンズを手に入れるとすぐに使いたくなるのが人情というもので、購入した次の日に松山への出張が入った。

やったー!とばかりに、カバンには、仕事の書類とともに、ライツIIIcとルサールを入れて、平成7年9月27日早暁、ラピートで関空へ向かった。

[More...]

関連記事

平成7年 名鉄揖斐線モ510形再訪

平成7年8月26日厳しい暑さの下、再び名鉄揖斐線を訪れた。

1週間前にも訪問したが、オールドタイマーのモ510に逢いたくて、また岐阜に向かった。

19950826北びわこ号・岐阜649-1

尻毛駅で下車して、伊自良川鉄橋付近の築堤で走行写真を狙ってみる。

19950826北びわこ号・岐阜650-1

これも古豪のモ750形だ。吊掛けモーター音を轟かせてやってきた。

19950826北びわこ号・岐阜652-1
ここは、足回りにさえぎるものがなく、車輌の全体がよく見えて、走行写真を撮るには良い撮影場所である。

19950826北びわこ号・岐阜653-1

少し流し撮りなども試してみた。

19950826北びわこ号・岐阜655-1

雲が湧く夏らしい風景が撮れたが、とにかく暑い。

帽子はかぶっているが、よくこの真夏の炎天下で粘ったものだ。

19950826北びわこ号・岐阜656-1

モ770形 このラッピングカーは、「ブルーライナー・ミニ」

ボディのデザインは、犬山の明治村・リトルワールド・モンキーセンターをイメージしたものだ。

平成6年の名古屋鉄道創業100周年を記念して運行された本線の「ブルーライナー」に準じたもので、岐阜市内線・揖斐線で平成9年まで限定運転された電車である。

[More...]

関連記事

平成7年夏 米原彦根寸描

平成7年8月26日湖北に“SL北びわこ号”を撮影した際に、米原近郊で撮ったネガが残っていた。
それなりに時代を感じさせるものとなっていたので、併せて掲載してみた。

19950826北びわこ号・岐阜673-1

米原付近の東海道新幹線では、まだまだO系が現役だった。
しかしわざわざ写真に撮っているところを考えると、この当時でも数少なくなっていたのかもしれない。

※2輌目の窓ガラスは広窓だ。この頃はまだ広窓車が残っていたのか!(20年後に気付いた)

19950826北びわこ号・岐阜674-1


19950826北びわこ号・岐阜670-1

特急“加越”は、湖西線経由の“雷鳥”と区別するため、米原駅 - 金沢駅・富山駅間で昭和50年から運転されていた列車であった。
この当時は、頻繁にその姿を見ることが出来た。しかし、名古屋と北陸を繋ぐ“しらさぎ”と同区間を走るため平成15年に“しらさぎ”に統合されてその姿を消した。

19950826北びわこ号・岐阜671-1
JR東海の117系は珍しいものではなかったが、当時は雨樋に1本、窓下に太帯と細帯各1本の計3本のオレンジ帯が入っていた。その後、平成11年頃より塗り分けが変更され、側面帯が窓下1本に簡略化された。
これはその初期の塗り分けバージョンである。
平成26年1月にはJR東海の117系は全廃となった。

19950826北びわこ号・岐阜672-1

EF81は今でも目にする長命な機関車である。
この35号機は昭和44年に日本海縦貫線貨物列車増発用を名目として、製造されたものだ。平成21年3月廃車

19950826北びわこ号・岐阜703-1

余り美しい姿ではないが、ホロ付の特急“しなの”は珍しい クロ381-5

[More...]

関連記事

平成7年 ふたたび“SL北びわこ号”にトライ

平成7年8月19日に運転を開始した“SL北びわこ号”であったが、初日につづき1週間後の8月26日に再び米原に向かった。

前回はロケーション不足に泣かされたので、今回は沿線の状態を把握しての捲土重来である。

19950826北びわこ号・岐阜636-1

この当時、JR京都駅は駅本屋の建て替えの真っ最中。

ホームから京都中央郵便局が見えていた貴重なワンショットなり。


19950826北びわこ号・岐阜637-1jpg

今見ると、全く何処だか分からない風情である。



とまれかくまれ、米原駅到着

19950826北びわこ号・岐阜639-1

リバーサルフィルムを使って撮影した牽引機C56160 

ジャドゥー部分と照り返し部分の陰翳が実に美しい。

19950826北びわこ号・岐阜640-1

客車はおなじみの12系

19950826北びわこ号・岐阜697-1

こちらは、カラーネガフィルムでの撮影 

この子供達も今では立派な大人になっていることだろう・・・


19950826北びわこ号・岐阜704-1

北陸線の普通列車車内では、熱心にスケッチする年配の方もいて、いかに関西におけるSL走行が待ちわびたものであるのかの証左といえる。

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅(その6) SL人吉

5回シリーズで続けてきた「肥薩線めぐりの旅」もこれが最終回

19950826北びわこ号・岐阜720-4

平成28年8月20日 人吉市内観光を終えて今回は人吉駅からスタートする。

R0030181-1.jpg

人吉駅の構内には、立派な石造りの機関庫がある。肥薩線開業直後の明治44年築である。

下りの「SL人吉」を牽引した58654の休憩場所でもある。

妻面が覆い屋根のためよくわからないが、入口は3連のアーチ型となっている。

R0030173-1.jpg


R0030175-1.jpg

SL人吉が推進運転で駅ホームに入線していく。

R0030177-1.jpg

隣の車庫の長さと列車を比べると、その車庫は、機関車1輌+客車3輌がすっぽり納められるほどの規模をもっていることがわかる。

R0030006 (2)-1

14:38発熊本行きの“SL人吉”に乗車 (SL人吉号とは言わないことに注意!)

本日のこの上り便は、夏休みの土曜日だけあって満席札止めとなっている。

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅(その5) 球磨川の温泉地「人吉」

前回からのつづき

R0030172-1_20161012063020b79.jpg

平成28年8月20日13:30 人吉駅からレンタサイクルで相良氏の城下町に飛び出した。

電動アシスト付ママチャリなので楽チンであるが、気温35度快晴の下ではやや辛い。

はやく一っ風呂浴びたいものだ!

R0030141-1jpg.jpg

レトロの極みといわれた昭和初期の銭湯の様子を今に伝える「新温泉」や

R0030144-1.jpg

大正築の最古参の「堤温泉」の佇まいを確認した後・・・

R0030145-1.jpg

熊本県最南端の裁判所をチェックし・・・

R0030146-1.jpg

裁判所あるところには、検察・法務局の存在もあるので、新築なったお洒落な人吉法務総合庁舎も確認!

R0030161-1.jpg

人吉城郭のほとりの球磨川支流「胸川」で川遊びする親子連れの姿に、いまだ変わらぬ日本の夏景色を見て嬉しくなる。

因みに城下町人吉球磨を治めた相良(さがら)氏は鎌倉初期から江戸時代の終わりまで700年治世した氏柄である。
球磨での相良家の歴史は、源頼朝の命により遠江国より下向して来ることがはじまる。
以後、戦国の世を乗り切り、豊臣秀吉、徳川氏からも所領を安堵され、明治維新まで命脈を保った。
そのように、相良家は長きにわった所領を守り抜いた全国的には稀有な大名である。

そして、彼の地は明治2年の版籍奉還により人吉県となり、その後八代県に合併され人吉藩は消滅した。


それはさておき・・・人吉城址に近い人吉温泉「元湯」に到着

R0030147-1.jpg

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅(その4) 鉄道の聖地“矢岳越え”

前回からのつづき

R0030005 (2)-1

平成28年8月20日(土)肥薩線の吉松から人吉に向けて、いよいよ日本屈指の山線「矢岳越え」に挑む

19950826北びわこ号・岐阜720-3

今回の行程(ブルーのライン)

吉松からは11:49発の「しんぺい2号」に乗車

R0030044-1.jpg

今までの磨墨が如き「はやとの風」とは異なり、これからは、眞田の赤備えの如き「しんぺい号」である。

この上り列車「しんぺい号」は、鉄道開通当時の鉄道院総裁の後藤新平から名づけられた。
因みに下り列車は「いさぶろう号」である。当時の官鉄を管掌していた逓信大臣・山縣伊三郎からとられた。

その訳は・・・

肥薩線の矢岳第一トンネルは、矢岳駅と真幸駅の間にあり、矢岳駅を出て最初のトンネルである。
明治42年11月21日に開通した、全長2,096メートルのこのトンネルは、肥薩線で最も長いトンネルとして知られている。
また、南側へ向けて25パーミルの下りの片勾配となっている。この勾配と、人里離れた山奥ということもあり、資材搬入の便の困難さ、そして水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、工事はかなり難航した。この工事は、現在の青函トンネル工事に匹敵する大工事だったと言われている。

トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられている。これらの言葉を繋げて読むことにより、「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味である。

これらの揮毫がなされるほどの国家を挙げての大工事であった訳だ。

この二人にあやかって名づけられたのが「しんぺい号」であり「いさぶろう号」である。



今から思えば、鉄道路線は、険しい山岳コースより海側のルート(現鹿児島本線)のほうが安全安価に仕上がる気がするが、明治時代の陸軍が、海側ルートは外国から狙われて危険であるとして鉄道敷設に強く反対したからこうなった。

現鹿児島本線の開通は肥薩線開通から18年後の昭和2年になる。

明治の軍人は薩摩人が多かったが、幕末の薩英戦争の影に怯えていたのだろうか?



R0030045-1.jpg

先頭車の3号車からキハ47-8159+キハ47-9082+キハ140-2125の3輌編成である。

R0030047-1.jpg

R0030049-1.jpg

強度の点は問題ないのであろうか?と、心配になるほどフリースペース部分が大胆にカットされている。


R0030052-1.jpg

「はやとの風」と異なりスタンディングタイプのフリースペースとなっている。

R0030053-1.jpg

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅(その3) 鉄道の町吉松へ

前回からのつづき

19950826北びわこ号・岐阜720-2

今回の旅程(ブルーのライン)


平成28年8月20日(土) 霧島温泉で英気を養ったあと、丸尾温泉バス停留所からJR霧島温泉駅に戻る。

この10:01発のバスを逃すと13時までないので、油断ならない。

R0030005-1.jpg

霧島温泉からは10:41発の特急「はやとき風2号」に乗車するが、やってきた列車がこの駅で5分停車

停車中は、ホームでは、乗客にお茶が振舞われ、地元の特産物販売の即席市場となる。

この特急は自由席ならば300円の支払いで済む。この列車も混雑とは無縁のローカル列車であった。


10:48大隅横川駅着 ここでは6分の停車である。

R0030007-1.jpg


R0030010-1.jpg

どうやらこの地における昔の基準的な駅舎構造は、駅舎の出入り口を端に設けて、庇を深く角の周りをL字型に配するもののようだ。


R0030011-1.jpg

この駅も嘉例川駅同様、明治36年築 

改札の梁にその証拠を見つけた。 鉄道の財産標である。

R0030011-2.jpg

駅本屋 明治36年1月築・・・確認! 日本に風雲急を告げる日露開戦の前年である。

R0030012-1.jpg

R0030013-1.jpg


R0030016-1.jpg


R0030018-1.jpg

機銃掃射の痕跡に当時の町の規模を推量していると・・・

アテンダントの打ち鳴らす鐘に我を戻し、車内に戻る。

R0030019-0-1_20160910205229d57.jpg

ラウンジコーナーで自撮したものだが、偶然稼働中のアテンダントが写り込んだ。

彼女たちは実によく働きます。

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅(その2) はやとの風で霧島温泉へ

前回からのつづき

20160819_131704(0)-101.jpg

H28.8.19 いよいよ大人の夏休みのスタートである。

昔の鹿児島本線であった山岳ルートの肥薩線(明治42年開通)は私にとって未踏路線だ。

(註)湾岸ルートの現鹿児島本線は、昭和2年10月17日の湯浦駅から水俣駅までの開通より海岸線周りの八代駅から鹿児島駅までが全通することによって誕生した。それまでは現肥薩線が鹿児島本線を名乗っており、鹿児島・宮崎への大動脈だった。

この機会にぜひ訪れてみたいと考えた。

おまけに霧島温泉で一泊すればなお素晴らしいではないか・・・と。

R0030004 (2)-1

午前中の仕事では紆余曲折があったが、奮闘努力の結果・・・なんとか鹿児島中央13:23発の特急「はやとの風4号」に間に合った。

19950826北びわこ号・岐阜720-1_edited-1

本日の旅程表(ブルーのライン)

R0029904-1.jpg

在来線の普通列車に並ぶ女子高校生の列をカメラ片手に「ごめんなさい」と告げて横切り、テンション上げてホームを駆け巡っていたビジネスマン姿のオヤジは私でした。

R0029902-1.jpg

そりや、頻繁に来られない場所ですしね。

おまけに初めて乗るデザイナーズ特急となればテンションも上がりますよ!!!

1号車(キハ147-1045)+2号車(キハ47-8092) というあっさりとした2両編成の観光特急列車である。
 
R0029922-1.jpg
1号車キハ147-1045の車内 重厚なつくりで国鉄時代の車内イメージを色濃く伝える装飾

R0029907-1.jpg
2号車キハ47-8092の車内 淡い色合いで軽快な感じがする車内装飾

中央にフリースペースがあり、とにかくJR西日本には見られない意匠の車輌に、一期一会で楽しまなくては・・・

金曜日の午後ということもあってか、車内は空席が目立つ。

R0029909-1.jpg

定時の出発の後、鹿児島駅を過ぎれば、左手に磯庭園、右の窓からは錦江湾と桜島を楽しむ

R0029910-1.jpg

次の竜ケ水駅には、何やら意味ありげな石碑がホームに鎮座していた。

平成5年に発生した8月豪雨で駅舎および周辺地域は甚大な被害を受けており、その際の乗員乗客脱出劇は、さまざまなドキュメンタリー番組で取り上げられた。

被災時の有名なエピソードとして、停車中の車両を堤防代わりにして乗客を避難させた乗務員の話がある。
被災したのは西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)行の普通列車(キハ200-1007)で、竜ケ水駅に停車中に鹿児島駅方面の線路が土砂崩れで通行不能となった。運転士は国分方面へ引き返そうとしたが、いつまでたっても指令室の許可が下りず、交渉中に国分方面の線路も遮断され立ち往生してしまった。このとき土石流の危険を感じた運転士が、自らの判断で崩れそうな箇所に、あえて列車を停車させ、乗客のいない車両を堤防代わりにして乗客を避難させた。この好判断により乗客は土石流発生直前に避難することができた。ただし、乗務員の指示を無視して列車内に留まった乗客3人は死亡した。(ウィキペディアより)

その災害復旧記念碑である。


20160819_134946-1.jpg

島津の歴史とかかる出来事に思いを馳せながら、一方では車内のアテンダントにオーダーして、地元の地ビール「SATSUMA GOLD」を持ってきてもらった。

こういうのは逃すわけには行かない。

ところが瓶ビールとプラコップの組み合わせだった。

座席のテーブルは、ディーゼル車輌の横揺れに耐えるほどのものではなく、表面はツルツル。両手を離して写真撮影できたのが奇跡のようなお話。

R0030001 (2)-1

車内検札の際に手渡された記念乗車証・・・ミヤマキリシマと対照的な漆黒の「はやとの風」が印象的である。

R0029914-1.jpg

隼人から肥薩線に入り、車窓から霧島連峰の山々を楽しんでいると、14:13九州最古の木造駅舎である嘉例川(かれいがわ)駅に到着。

観光列車ならではの嬉しいことに、5分の停車時間があり、乗客は自由に下車して駅の外にも出られるのだ。(そもそも無人駅ではあるが。)

R0029913-1.jpg

鉄道だけではなく、自動車でこの駅に立ち寄る観光客も数多くいる。彼の地の人気スポットである。

R0029917-1.jpg


R0029915-1.jpg

開業100周年の記念碑が、平成15年に建立されているので、まさしく明治36年開業である。

R0029920-1.jpg

ホームのベンチの高さが、当時の日本国民の身の丈を忍ばせている。

R0029918-1.jpg

さて、から~ん・から~んとアテンダントの打ち鳴らす出発のベルが聞こえてきたので車内へと戻ろう。

[More...]

関連記事

肥薩線めぐりの旅 (その1) いざ薩摩へ

1471901657996-1.jpg

平成28年8月18日翌日の鹿児島における仕事のため、前夜のさくら573号で大阪を発つ

新大阪18時59分発で鹿児島中央には23時07分着 

たっぷり4時間あるので夕食をとりながら、だらだらと一人居酒屋状態

1471901689632-1.jpg

1471901703431-1.jpg

箱寿司と白ワインの組み合わせもなかなかイケル!

1471901719448-1.jpg

九州線に入れば、車内販売で芋焼酎を販売しているのは、前回学習済みなので、欠かさず注文・・・九州新幹線サマサマなり。

20160818_231132-1.jpg

23時すぎの鹿児島中央駅新幹線構内 誰もいな~い

[More...]

関連記事

水陸両用観光バス“ダックツアー”体験記

鉄道ネタが続くので、一服の清涼剤として、日本初の水陸両用観光バス“ダックツアー”を利用したときの様子のレポート。

平成28年7月16日(土)職能団体の支部活動としての日帰り旅行に参加した。

いつも職場の前を観光客を載せて通過するこのバスの事はよく知っていたが、乗るのは初めてだ。

身近なツアーだけに、こんな企画がなければ、利用することもなかったであろう。

20160716_104443-1.jpg

八軒家浜から出発し、御堂筋を南下し、本町通りを東行し、上町筋を北に行き桜ノ宮から大川に入って天満橋界隈を一周して帰ってくるという1時間30分のコース。

20160716_105527-1.jpg

この水陸両用車輌を利用したツアー企画については、運行スタート時の企画から実施できるまでには、様々な行政法規の壁が存在し、その実現までに一つ一つクリアーするについて大変な苦労をしたと以前TV番組で報じていた。

そういう苦労があったことを思いつつ、前のタラップから乗車

車内にはトイレがなく、飲食禁止 よってビールは乗車前にいただき、トイレも済ませました。

因みに、この特殊車輌は1台しかなく、故障すればツアーは中止となる。

20160716_123329-1.jpg

大型バスの様な運転席の脇にあるのが、船舶用の操縦機器

20160716_111204-1.jpg

この車輌には窓ガラスがないので、雨天のときは、雨合羽を着用しての乗車となるらしいが、今日はその心配はなさそうだ。
しかし、差し込む夏の日差しは窓側席の人にとっては辛いかもしれない。

[More...]

関連記事

平成7年8月 コトデン紀行(その2)

(前回からのつづき)

琴電高松築港駅から瓦町まで琴平線に乗車し、そこから志度線に乗り換え

19950820四国コトデン618-1

元京浜急行の“名車”であるデハ230形のコトデン29号車がやってきた

貫通扉に改造されているが、特大のフロントガラスがオリジナルの雰囲気を留めている。

コトデン29←京急デハ275←東急デハ5275←京浜電鉄デ90
1936年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

19950820四国コトデン605-1

駅ビル工事中の瓦町駅に入線した志度線車輌の後部にはコトデン30号車

元京急デハ266←東急デハ5266←京浜電鉄デ81
1932年汽車製 1979年入線 2000年廃車(Wikipediaより)

19950820四国コトデン620-1

フロントのアップをスーパーイコンタで撮影

シル・ヘッダーのリベットと裾部のアンチクライマーが戦前の車輌であることを物語っている。
惜しむらくは、前照灯がシールドビームになっているところ

19950820四国コトデン607-1

とにかく車窓が大きく、窓枠が細いため、車内が明るい。ガラス張りの車輌のようだ。

妻板にも大窓があることがその効果を増している。(30号車)

19950820四国コトデン606-1

立派な鉄道ファンになるんだよ・・・・

[More...]

関連記事

平成7年8月 コトデン紀行(その1)

平成7年8月20日(日)

昨日の土曜日はSL北びわこ号と名鉄揖斐線を訪れたというのに、翌日も午前5時半に目覚めて、昨日同様「青春18切符」を利用して旅に出た。


今日は、高松からコトデンを見学しようと思い、大阪駅を発った。


19950820四国コトデン612-1 

早朝から真夏の強烈な陽光が差し込んでいた。 大阪駅


19950820四国コトデン613-1 
岡山支社管内の「マスカット色」クハ103-227ほか4連 (スーパーイコンタで撮影)

姫路駅の電留線では、糸崎からやってきた車輌が見られた。

当時僅かながら姫路-糸崎のロングランを受け持つ普通列車があったが、こんな車輌では、さすがに通しで乗ってみたいとは思わない。


19950820四国コトデン614-2 
EF65-1127 金光臨の12系を牽引 姫路駅

金光教の祭礼があるのか、団体の臨時列車が入線してきた。臨時列車だけにダイヤがわからないので、旅の途中に出会うと何やら得をした気がする。


19950820四国コトデン615-1 

6連の「スーパーはくと」が鳥取を目指してやってきた。

この車輌を見ると、開通当時阪神大震災のため迂回ルートの運用に回されていた時の光景が目に浮かぶ。

19950820四国コトデン616-1 

マリンライナー クロ212-1 高松

本四備讃線ができたため、岡山から容易に高松にやって来られる。まさに人に翼の汽車の恩である。

後方には、これも瀬戸大橋のおかげで、従来は宇野止まりだったが高松まで延伸した寝台特急「瀬戸」


19950820四国コトデン617-1 

 
スハ25-301(スーパーイコンタで撮影)

この日は、途中にパンタグラフを載せた変り種車輌のスハ25を連結していた。

この車輌は、「瀬戸」用ラウンジカーとして改造されたもので、電源を取るためのパンタグラフがついている。

パンタグラフつきの客車としては、カニ22が有名だったが、昭和48年当時ではすでに「耳なし芳一」のような哀れな姿しか見たことがなかった。

11500879.jpg
S48.8大阪駅

スハ25のその後は・・・「瀬戸」は電車化されたため、「あさかぜ」に転用されたが、平成17年3月の「あさかぜ」廃止により運用を離脱し、平成20年までに全車廃車となって形式消滅した。

[More...]

関連記事

平成7年 名鉄揖斐線探訪

平成7年8月19日SL北びわこ号の始発下りを撮影した後、最終上りの時刻までかなりあるので、足を伸ばして岐阜までやってきた。

目的は、名鉄揖斐線で活躍中の大正15年生まれのオールドタイマーモ510形に会うため。
その運行は全く予備知識としてはないため、ぶっつけ本番である。

19950819北びわこ号・岐阜546-1

これは新岐阜駅前(現:岐阜駅)だろう。後ろの新岐阜百貨店が目印となるが、現在では存在しない。

車輌は、名鉄岐阜市内線のモ550形551 元北陸鉄道金沢市内線のモハ2000形(昭和25年製)

岐阜市内線は、平成17年4月1日に廃止された。


揖斐線を進んでいくと・・・いきなりだが、政田駅でモ510形514と遭遇!・・・初お目見え

19950819北びわこ号・岐阜549-1

半円形の先端部分の5枚窓がなんとも優雅である。側面戸袋の丸窓も典雅なり。

御年70歳なれど、元気にご活躍のようでなにより!

19950819北びわこ号・岐阜559-1


谷汲線との分岐駅「黒野」で下車

19950819北びわこ号・岐阜552-1
名鉄市内線との直通列車である左側モ770形と揖斐線・谷汲線を専ら走る右側モ750形

19950819北びわこ号・岐阜550-1

左が本揖斐方面、右が谷汲方面となる。

19950819北びわこ号・岐阜551-1

19950819北びわこ号・岐阜558-1

黒野駅には電留線がある。モ510形がここで休んでいるかと思っていたが、空振りに終わった。




[More...]

関連記事

平成7.8.19 SL北びわこ号 運転初日

昭和51年9月4日京阪100年号の人身事故により、SLの牽引する臨時列車はご法度となっていた関西地域であったが、それから19年の長きを経て漸く平成7年8月19日から米原・木ノ本間にC56160(梅)牽引のSL北びわこ号が走り出すとの報に接した。

19950819北びわこ号・岐阜529-1

よって、用意万端の上、満を持して当日湖北へと出向いた。お盆明けの暑い日だった。

19950819北びわこ号・岐阜540-1
米原駅跨線橋内の掲示板

19950819北びわこ号・岐阜530-1
長浜駅にて  この歓迎看板には実行委員会の名が見える。 よって地元の熱心な働きかけがあってこその運行実現だったことが容易に推察できる。 ご苦労様でした。

19950819北びわこ号・岐阜537-1

しかし撮影ポイントがわからないため、田村駅で下車して沿線から撮影することにした。

19950819北びわこ号・岐阜532-1
“食パン電車”と揶揄された419系もこの当時は元気一杯活躍中だった。

19950819北びわこ号・岐阜533-1
ボンネットの485系特急“加越” 

米原駅 - 金沢駅・富山駅間を結んでいたエル特急であったが、特急“しらさぎ”と変わりないため平成15年には“しらさぎ”に一本化された。

19950819北びわこ号・岐阜534-1
ついに本命の登場・・・SLの走行写真を撮るのは・・・・本当に何年ぶりだろうか

19950819北びわこ号・岐阜535-1
初日だけあって運転手の対応も頗るよろしい。

19950819北びわこ号・岐阜538-1


[More...]

関連記事

大阪臨港線(浪速貨物線)の今昔

平成7年といえば、クラシックカメラに興味を持ち始めた頃だった。

KodakのLetinaやZeissのSuper-Ikontaで遊んでいるうちはよかったが、
Leicaに手を出したのが間違いだった。ドイツのLeicaは、無尽蔵ともいえるライカマウントのレンズが交換ができる万能カメラであり、古きよきドイツ工業製品の精華ともいうべき金属製カメラの甘美なる魅力の泥沼に陥るのに時間はかからなかった。

19950708457-1.jpg
Leicaコレクション第1号であるⅢCとズミター5cm

新たに手に入れた古典カメラは、愛でるだけではなく、あちこち持ち歩きたくなるのは当然であり、この日も地元のパトロールへと出かけた。

お手軽な大阪臨港線(浪速貨物線)を撮影して回ったが、その20年前のネガを見つめていると、平成28年現在の風景とは何か解からないが空気感が違うような気持ちが湧いてきたので、昨今のデジカメを持ち出して20年の時間と空気の違いを比べてみたいと思う。

前回の記事に登場したSuper-IkontaやContaxで撮影した写真もあるが、その時間の経過を並べてみたい。

まずは、当時の地図にて撮影場所のチェック

R0029577-2.jpg

大阪臨港線の歴史は古く、今宮から大阪港まで昭和3年には臨海貨物を扱う貨物線として誕生した。そして、その路線の一部を使って昭和36年に大阪環状線が大正・弁天町・西九条の間を新しく路線を敷設することによりループ状の環状線となったわけである。

19950805ライカ試写・臨港線517-1
浪速駅構内

大阪環状線は、今ではなくてはならない大阪の大動脈となっているが、一方その礎ともいうべき大阪臨港線は、湾岸荷役の衰退と貨物輸送手段の変化により、徐々にその活躍の場は少なくなっていったが、平成7年当時では、1日2本の運用となっていた。浪速駅 10:52発と16:20着だけであった。それも休日は運休だった。

しかし特筆すべきは、それだけ運用が減っても廃止にならなかったのは、鉄道レールの輸送が挙げられる。JR西日本管内で使用されるすべてのレールが、高松のレール製造工場から船便でここ大阪港まで運ばれ、ここからは鉄路によりレール運搬貨車(チキ)で運び各地に配るという大切な使命があったからだ。

しかし、その役目もついに終焉を迎え、平成16年には休止路線となり2年後には廃止された。

また、その線路周辺には臨海風景としてなかなか味わい深い被写体が点在していた。

19950805ライカ試写・臨港線522-1jpg
なみはや大橋の大正区側を望む・・・いまでは橋のたもとにブルーとイエローの
IKEAの建物が存在感をアピールしている。


19950805ライカ試写・臨港線524-1
歴史を刻む倉庫群・・・重厚な鉄製扉が魅力的である。


19950805ライカ試写・臨港線527-1
“たばこのむな”ではなく“たばこのめぬ”の表示・・・“のめぬ”の方が、一切例外を認めない感じがして上から目線で威圧的である。 今は普段では見られない表現だ。



その1日2便しかない消え行く臨港貨物線の姿を追ってみた。



①福栄橋西詰から東を向く
19950715天下茶屋ほか509-1
Super-Ikonta

大きなハンマーの音が聞こえてきそうな純然たる工場地帯だった。

R0029580-1.jpg
平成28年の姿


②福栄橋東詰から西を向く
19950715天下茶屋ほか502-1
Super-Ikonta

クレーンや建設工事機材が台船に乗って出番を待っている姿がいつもの風景だった。

R0029581-1.jpg

[More...]

関連記事

スーパーイコンタをお供に・・・天下茶屋パトロール

平成7年7月新たにファジー・コレクションに加わった1938年ドイツ製ツアイスのスーパーイコンタⅢの試写を兼ねて、天下茶屋界隈をパトロールする。

19950708459-1.jpg

このカメラは、分類ではスプリングカメラに属するが、ドレーカイル式のピントあわせ装置を備え、同種の中では最高品である。

レンズの横に飛び出た腕木単目のドレーカイル方式の説明は、本機を手にすればその精緻な光学装置に驚嘆するばかりであるが、文書にすると絶対に理解できない代物である。

アマチュアには、この半分の大きさのセミ・イコンタが好まれたが、イコンタがもつ6×9cmのビックサイズはプロに好まれ、この傾向は1970代まで続いた。

R0029564-1.jpg

左側の35mmフイルムではなく、右にある細長いサイズの裏紙のついたプローニ判のフイルムを使う。

R0029567-1.jpg

ネガを比べてみると、35mmに比べて圧倒的なサイズの大きさを誇る。これは、今で言うところのデジタルカメラの受像子の大きさの違いと同様の効果がある。

昔はレンズの性能をカバーするため大きなサイズが求められたが、名レンズのテッサーを搭載したスーパーイコンタともなれば、大きく引き伸ばす必要のあるプロ写真にとっては、35mm判より重用された。

そして、スプリングカメラの特徴として、折りたたむとコンパクトになることから山岳写真家には特に愛好された。

R0029569-1.jpg

これは同サイズの六曜社・8年型パールにおけるカメラとフイルムの様子。極めてシンプルにして完全なるアナログ仕様である。

この六曜社・8年型パールは、以前にも記事にしたことがあった

19950708466-1.jpg

この日は、恵美須町から阪堺電車で天下茶屋に向かった。

19950708465-1.jpg

[More...]

関連記事

平成7年6月 阪神淡路大震災から復旧した阪急・阪神電車

今年も1月17日が巡ってきた。

阪神淡路大震災から21年が経過し、あの日の体験者も相対的に少なくなったことと、その後発生した東日本大震災の影響もあり、その記憶の風化が心配されるようになった。

中心部の神戸市内における住民の40パーセントが震災を知らない世代らしい。

震災当日の様子の記事は・・・コチラ

19950117阪神淡路大震災883-1

無残な姿となった三宮の神戸阪急ビル東館「阪急会館」 H7.1.30撮影

そんな今日の状況下であの震災を忘れないために、今回は、手許の写真を基に、震災の甚大な被害から見事復旧した阪急電鉄と阪神電鉄の姿を振り返ってみたい。





平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災から5ヶ月ほど経過したある日、途絶していた阪急神戸線、阪神本線が懸命の復旧作業によりようやく開通した。

『通常では2年から3年が必要であるといわれた甚大な被害を受けた鉄道の復旧作業を、僅か半年足らずで完遂させたことは、鉄道会社、建設会社の方々の並々ならぬ努力のたまものであることには相違ない.。しかし、その作業に献身的な協力・並々ならぬ忍耐を惜しまなかった沿線市民の復旧に対する大きな思いが、奇跡のスピード復旧の大きな推進力になったと聞いている。』


そのとき、仕事の途中で数枚の写真を撮っているので、並べて掲載してみたい。

阪急梅田駅・・・6/12の神戸線全線復旧を祝うプレートが取り付けられた。
H7.5.31撮影

19950531阪急復活ほか345-1


19950531阪急復活ほか340-0

阪急・茨木市駅の構内で見つけた告知ポスター・・・それぞれ内容がわかるように拡大してみた。

19950531阪急復活ほか340-1
(その1)

19950531阪急復活ほか340-2
(その2)

19950531阪急復活ほか340-3
(その3)

19950531阪急復活ほか346-1

茨木市駅を通過する特急列車・・・すべての特急車輌の先頭に復旧プレートが取り付けてあった。

19950531阪急復活ほか338-1

【阪急電鉄の震災復旧一覧】
  平成7年 1月17日 阪神・淡路大震災で各線に被害。
  1月23日までに京都本線、宝塚本線、神戸本線の一部などで運転再開。
  2月5日 今津線が全線復旧。
  3月1日 甲陽線が全線復旧。
  3月11日 伊丹線が新伊丹 - 伊丹(仮駅)間で運行再開。
  6月12日 神戸本線が全線復旧。


[More...]

関連記事

北海道青森紀行(その5)はやぶさ編

前回からのつづき

酸ヶ湯から新青森まで戻ってきた。

ここからは新幹線を利用して帰阪するのだが、仙台~新青森はこれが初乗車区間となる・・・ワクワク

11982573_442410115964763_1623740494_o-1.jpg

ガラス張りの本屋が現代的な新青森駅

12162938_442410082631433_1760916734_o-1.jpg

駅前の案内図には、新幹線の新青森以北は、点線で表示されているが、これも来春まで。

12116486_442410009298107_1428345397_o-1.jpg

青森ねぶたのミニチュアや棟方志功の羅漢像図などを掲げて地元をアピールしているが、函館有斗まで延伸すると青森は一通過点になってしまうようで、歓迎しているのか、嘆いているのかよくわからなくて、何とも切なくてならない。

12162885_442410002631441_1053553169_o-1.jpg


12116364_442410059298102_81397789_o-1.jpg

改札上部の案内板は、函館方面を表示するスペースが準備されているが、今だ利用されていないのだが・・・

12116303_442410035964771_1868483443_o-1.jpg

改札内の番線表示を見ると、11番線から14番線の4ホームを、それぞれフル活用しているようだ。


12162424_442410072631434_1799615979_o-1.jpg


[More...]

関連記事

汽笛一聲・阿房列車

ファジー

Author:ファジー



にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ

何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

What's New!

探し物はコチラ ノラや~

ファジー全輯

記事アクセス番付

サラサーテ“謎の呟き”

忘却來時道

木蓮や塀の外吹く俄風

本ブログアクセス總數

只今ノ閲覧者數

現在の閲覧者数:

♪鐵道ほとがら帖/昭和編

ファジー日記帖

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

直近ノ貴重ナル御意見

openclose

日没閉門 南山壽断章

蜀山人:世の中に人の来るこそうるさけ とはいふもののお前ではなし        

百鬼園:世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし       にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ

ファジー我儘帖


戦前の写真機と・・・ IMG_0399.jpg

DSC06017.jpg

汽車ポッポや・・・ 1973-11-3叡電149

昔の電車と・・・ 鴨東線061

由緒ある建物と・・・ DSC08821-1.jpg

古本や・・・
DSC03810.jpg

いにしえの文書・・・ DSC06596.jpg

79767587_49-1.jpg
などなど つまり往時を偲ぶ古色蒼然としたものが大好き。

・・・それとお酒
VIMG0013.jpg
洋酒と泡盛は、古酒ほどよろし・・・。   

 

麗らかや


-天気予報コム- -FC2-

ご注意

記事のタイトルに「 」がついているものは、so-netブログから移設した2006.11.1~2008.3.31の過去記事です。

また、記事のタイトルに☆がついているものは、mixiから移設した2005.12.15~2006.12.16の過去記事です。

記事・画像の無断転載、無断ダウンロードはご遠慮ください。

月別回想録

お便り投函箱

名前:
メール:
件名:
本文:

文楽みくじ

タグクラウドとサーチ

> tags
長野 ますすし 安曇野 わさび 北陸新幹線 室堂 立山黒部アルペンルート 黒四ダム 破砕帯 扇沢 立山駅 富山地鉄 アルペンルート 京阪3000系 コダック シグネット エクター タンゴ・デイスカバリー 味めぐりわかさ マヤ スロフ12 近鉄 跨線橋 橋本 下市口 東海道線 新幹線 石亭 熱海 グリーン ビュッフェ つばめ JR九州 西鹿児島 TSUBAME 鹿児島中央 偕行社 金沢 昭和 ソ連 ライカ ルサール 世田谷線 ラピート 関西空港 名鉄 揖斐線 モ770 モ510 モ750 米原 彦根 近江鉄道 北びわこ号 C56 SL 人吉 8620 赤うし弁当 ハチロク 温泉 熊本 阿蘇神社 しんぺい号 矢岳 大畑 真幸 肥薩線 はやとの風 C55 吉松 霧島温泉 鹿児島 九州新幹線 鹿児島市電 ダックツアー 水陸両用車 天満橋 八軒家 高松琴平電気鉄道 徳島線 高徳線 土讃線 コトデン 黒野駅 岐阜市内線 C56 Leica 臨港貨物線 阪堺線 スーパーイコンタ 天下茶屋 阪神淡路大震災 阪急電鉄 阪神電鉄 はやぶさ ハスカップ 青森 酸ヶ湯温泉 青函連絡船 混浴 JRバス すすきの はまなす 寝台車 小樽 鉄道 しずか 大勝 アイアンホース 札幌 湯原温泉 砂湯 八景 真庭市 遷喬小学校 久世 キハ127 姫新線 えきそば 梅小路 義経号 蒸気機関車 スーパーはくと サンライズ出雲 温泉津温泉 温泉津 薬師湯 スーパーおき 山口線 おとなびパス 博多 鉄道遺産 官営鉄道 明治 京阪電車 ツツジ 京津線 蹴上浄水場 地下鉄サリン事件 大阪地下鉄 平成7年 特別警戒実施中 阪急 大阪環状線 泉布観 造幣局 四国鉄道文化館 今治 しまなみ街道 カーバイド アセチレン EF52 交通科学博物館 P-6 デイ100 大震災 国鉄 向日町 神足 京阪 京都 三条通 蹴上 竹鶴 マッサン 竹原 尾道 かんぽの宿 白市 湯坂温泉 西条 くろんぼ 酒蔵 18切符 広島 なみはや大橋 浪速駅 臨港線 阪神電気鉄道 阪神電車 なんば駅 南海 貴志川線 タマ駅長 叡山電鉄 鞍馬 デナ21 南海高野線 木津川駅 阪堺電車 高松 万年筆 デルタ 連絡船 宇野 予讃線 豊浜 天保山 桜島 櫻島線 USJ 北港運河 曝涼展 流電 モハ52 あべの 明治屋 汽車会社 蒸気動車 リニア・鉄道館 角屋ホテル 長野電鉄 湯田中 屋代線 大阪国際空港 雀田 小郡 宇部 新山口 大和川橋梁 モ253 モ301 大阪 サントリーミュージアム テッサー コンタックス ヤシカ 汐見橋線 レディー・カガ 山代温泉 グランフロント大阪 ホワイトラベル 懐石 バー 本線 ズームカー 高野線 汐見橋 南海電鉄 機銃掃射 太平洋戦争の痕跡 福島 地下工事 大阪市電 保存 投書箱 吊り手 2階建て電車 花園橋 緑木車庫 市電保存館 キハ58 播但線 ロングシート だるま 日野駅 レールバス ボンネットバス キャブオーバーバス キハ7 西大寺鉄道 軽便鉄道 岡山 北陸本線 和倉温泉駅 金沢駅 福井駅 博物館 関西文化の日 丸窓電車 上田交通 C62 動画 梅小路蒸気機関車館 長崎駅 特急 スキー列車 シュプール号 沼津魚がし鮨 原鉄道模型博物館 薬師寺 橿原 今井町 奈良 藤原京 舞鶴 アテンダント 肉ジャガ 海上自衛隊 北近畿タンゴ鉄道 KTR ハクレイ酒造 山椒大夫 由良のと 丹後由良 玉川 久美浜 碧翠御苑 京丹後 観音寺 銭形 昭和レトロ 善通寺 梅干 気動車 関東鉄道 キハ07 梅田駅 大阪市 地下鉄 城東線 忍ヶ丘 四條畷 関西鉄道 片町線 桃山 桃谷 宮崎空港 宮崎駅 南宮崎 特急冨士 鉄橋 大淀川 宮崎 日豊本線 ジョイフルトレイン大分 試作B編成 試作車 A編成 B編成 土浦 戦車 武器学校 自衛隊 旧型客車 長浜 福知山線 湯村温泉 はまかぜ 北近畿 客車 寝台列車 フォトニュース 20系 こだま クロ151 壁面工事 大阪市営地下鉄 東武鉄道 きぬ 鬼怒川 けごん オリエント・エクスプレス '88 オリエント急行 大阪駅 プルマン マイテ49 エーデル丹後 謹告 大阪港 JR 城崎 富山 大井川鉄道 世界帆船まつり カメラ 亀岡 丹波 エレベータ 有馬温泉 神戸電鉄 X線駅名板 明知鉄道 岐阜 開運なんでも鑑定団 追手門学院 炎暑 筑豊 平成筑豊鉄道 直方市石炭記念館 直方 筑豊電鉄 春日大社 汐留 東京スカイツリー ビール 大阪ドーム 阪和線 紀勢本線 路面電車まつり 阪堺電鉄 写真展 北新地 四国中央市 阪神 野上電鉄 東大阪 熊野街道 四国 東洋現像所 地震 北海道 写真集 白髪橋 明治天皇 ローライ 大阪府 かにカニはまかぜ 城崎温泉 JR カニ クラシックカメラ 関西汽船 加古川線 大阪帝国ホテル 信越本線 東京 和歌山 みや乃 さよならSL南紀号 平成22年 上毛電鉄 D51伊賀号 関西本線 正月 大正 茨城 伊勢海老・魚料理 住吉大社 千葉 総武流山電鉄 大阪市交通局 阿倍野 田老町 岩手 仙台 障子 常磐線 小学校 境港 レトロ 鳥取 智頭急行 有馬 リコー ライツ アンプ 土用丑の日 切符 0系新幹線 第二次世界大戦 串かつ 大阪市営高速鉄道 四天王寺 重要文化財 神戸 大阪中央郵便局 ベスト判 YouTube 室内ゲーム SONY 九州 福井 仮株券 大阪臨港線 スイッチャー 福山 姫路駅 北九州 産業遺産 ニコン 水郡線 SL白鷺号 香住 伊予鉄 松山 讃岐 阪神甲子園線 最新大阪市街全図 厚木 米寿 西梅田 ローライフレックス 美協子ども展 仙台空港鉄道 仙台市電保存館 東京中央郵便局 雑誌 惜別 原爆 おおさか市営交通フェスティバル 木通 NHK連続テレビ小説 ホテル大阪ベイタワー 東武東上線 天皇 鉄道省 写真機 ドレッシング 鶴橋 上湯温泉 白浜 十津川温泉 奈良交通 浜寺公園 南海本線 登檣礼 パーティ 稲田朋美 ブログ 掛布 二眼レフ 大阪市立科学館 しおじ 猪苗代 奈良機関区 鉄道博物館 プラレール デジカメ 報道写真 淡路島 国産フイルム 小西六 大阪府庁 長崎 鉄道時計 QE2 黄綬褒章 倉敷 門司 九州鉄道記念館 京阪特急 播州赤穂 青蔵鉄道 0系新幹線 満鉄 えちぜん鉄道 大神神社 引越し 山陰 ポスター 青梅線 青梅鉄道公園 広島市電 ブラック イカリソース 学校 ディズニーリゾート 鉄道模型 恋道路 陶芸 ゲルツ フスマ 伊勢志摩 珍味 送別会 世界地図 こども 山陰鉄道 居酒屋 JR西日本 生駒 立ち飲み 華麗なる一族 誘導タイル キリン 一眼レフ てっちり 京橋 くじら肉 あじ平 祝勝会 忘年会 心斎橋大丸 子供 幼稚園 ブルートレイン 電車 大阪市営交通局 自転車 ワイン ホクトレンダー 古文書 ネコ B級グルメ 西宮 時計 suica 茗渓会 泉州 寝台急行 荒神橋 高射砲 液晶テレビ セントレア 半田 高山 信州 官報 AERO usj トマソン よいこのびいる 環状線 宝くじ そばや 香川

旅順入場式

blogram投票ボタン

長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ

ひめくり帖

RSSフィード

Copyright © ファジー