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平成11年 熊野詣の帰路はJR鈍行列車の旅


平成11年9月のことだった

八木から新宮行の日本最長路線バスに乗って熊野古道を楽しみ、熊野本宮大社を参拝した後、湯の峰温泉で一泊した。

そして翌日は鉄道でゆっくり帰ることになり、新宮駅に出た。

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新宮発12:25の普通列車紀伊田辺行に乗車

下車する白浜到着が15:17なので3時間ほどの鈍行列車の旅である

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この当時の亀山行は、まだキハ58が現役だった

2両編成というのが少し寂しいが・・・

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2番線には、普通の特急「くろしお」と区別され「スーパーくろしお」と呼ばれていたパノラマウインドのクロ380形が・・・

サイドボディにはなにかのラッピングされているようだが、詳細不明

思うに、南紀・熊野地域で平成11年4月29日から9月19日にかけて行われている「南紀熊野体験博」に関するものではなかろうか

19990912新宮からの帰路885-2

よく見れば、1枚目の新宮駅にも博覧会の横断幕が掲げられていた

こんな地方博が開催されていることはつゆ知らず、熊野古道を歩き、熊野本宮大社を参詣していたのだった

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串本駅では、3番線に上り新宮行の臨時列車が入ってきた

特別デザインのDE10-1152が牽引する「きのくにSEASIDE号」だ
スハフ12 128 + オハ25 57 + オハ12 228 + オハフ13 27という4輌編成

これは、南紀熊野体験博の宣伝を兼ねて、串本・新宮間に運行された観光列車

この時はここまで来ないと見られないレアな列車だったが、博覧会の終了後は、天王寺・白浜間などで臨時運転されていたようだ。

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途中の古座駅では長い間停車するので、途中下車して駅舎の写真を撮影する

これも一つのお決まり事だ

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古座駅では、上り特急「くろしお」との行き違いでしばし停車

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また別の駅では、新宮を後に出発した下り特急「オーシャンアロー」が追い越すため、ここでもしばらく停車

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そして和深駅でも長い間行き違い待ち

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この駅からは海岸が近く、ホームからは名勝「枯木灘」が一望できるので、心地よい海風に当たりながら、乗客の多くはその景観を楽しんでいる。

こういう楽しみは鈍行ならでは

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その後も別の駅では上り特急「オーシャンアロー」との行き違い待ちがあり、15:17に白浜到着

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白浜からは15:59発の京橋行の臨時快速「レジャー号」で一気に大阪市内に戻る

一気といっても乗り換えがないだけで、所要時間は3時間半ほどかかるのだが・・・笑



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令和5年12月 芸術の島「直島」を訪ねて(その2)



前回からの続き・・・

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1992年に開業した安藤忠雄設計のベネッセハウスミュージアムにやってきた。

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添乗員曰く、「10分で出てくる人もあれば、1~2時間楽しむ人もいる。」

かなり好みの分かれる施設らしい

確かに直線と曲線、フロアの形状を多用した建築物としても面白い

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広い空間に置かれたネオン管の点滅する作品は、

ブルース・ナウマン作の 「100生きて死ね」1984年

静かな空間で作品から投げかけられるメッセージを受け取るのがいいらしい

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リチャード・ロング 「瀬戸内海の流木の円」1997年 直島を歩いて集めた流木らしい

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ジョナサン・ボロフスキー「3人のおしゃべりする人」1986年

顎を動かしながら、何やらペチャクチャ言ってました・・・


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絵から飛び出したような・・・ジェニファー・バーレット「黄色と黒のボート」1985年


造形豊かな建物に包まれた現代美術作品を鑑賞するとともに写真の被写体としても面白く接することができた。


この後、直島の中心地となる町役場がある本村地域で展開されている「家プロジェクト」なるものを見学に向かう・・・

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直島町役場 芸術の町を標榜するに値する、大変凝った意匠の町役場だ。

作者は、石井和紘

彼は、直島町役場を、4階建ての鉄筋コンクリート造ながら、伝統的な和風建築を装わせた。

左右非対称の不思議な屋根を持った外観は、京都・西本願寺にある飛雲閣を模したものらしい。

まあ、そういわれれば・・・・

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町役場の裏側も「なんだこれは?」と思わせるデザインである。

日本各地の名建築がもっている日本建築の特徴部分を集めてきたとのこと。



さてさて、町中を見ていこう・・・

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普段の民家前に置かれた大きな立看板に驚くとともに、下の何げなアトリエ風な建物もデザイン力高し。

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令和5年12月 芸術の島「直島」を訪ねて(その1)



家内が直島にある草間彌生のカボチャを見に行きたいと常々語るので、某日帰りツアーに参加した

直島は瀬戸内に浮かぶ島

現在はアートの島として脚光を浴びているが、近くにありながらなかなか行きにくいところにある

行政地区は香川県に属するが岡山からの方が近く、生活圏は岡山に属する

よって今回も新大阪から岡山まで新幹線を利用し宇野からフェリーで渡る



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令和5年12月16日新大阪午前7時40分発のこだま841号に乗車

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嬉しいことに車輛は500系 乗車するのは久しぶりだ

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仕方がないが歳月の経過による汚れが見受けられる

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指定席は2席2席のグリーン仕様

岡山まで十分時間があるのでゆっくり朝ビールを楽しむ

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岡山から観光バスで宇野までやってきたが、宇野駅がヘンなことになっている!

これもアートの一端か・・・

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 (参考) 10年前の平成25年1月訪問時の宇野駅前  

この当時もそれなりにアートしてたが・・・

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改札からホームを望む みどりの窓口もなくなって、寂しい無人駅になっていた

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今日は強風のため備讃瀬戸線が運休しているようだ

海が荒れると直島にあるカボチャのオブジェが、損傷を免れるため撤去されると聞いていたので、心中穏やかではなくなる


フェリーの出航まで時間があるのでパトロール・・・

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港の方に向かうと面白い作品があった

廃品を使ったオブシェ “宇野のチヌ”

消費社会への警鐘でもあろうが、色使いが素晴らしい

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帝国海軍の錨をアートにした作品 “舟底の記憶”

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昭和48年4月 南海・上町線で住吉公園へ


昭和48年4月22日(日)のことだった

学校では新学期が始まり、クラブ活動もスタートした

この日、仲良しの同級生のお宅に招かれたので、天王寺駅前から南海・上町線の住吉公園行きに乗車する

この当時、この路線は南海電鉄が経営していた

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当時の天王寺駅前 (昭和48年6月17日撮影)

右側には、大和銀行・安田信託銀行・住友信託銀行

左側には、三菱銀行・山一證券などの看板が見えるが・・・50年後には、名称ばかりではなくその存在をも含めて一変しているとは誰一人思わなかっただろう



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北畠電停を出発した時、電車の後部座席から、すれ違ったモ306を撮影

これはモノクロフィルムをカラー化したものだが、北畠電停って、こんなにうら寂しいところだったかなあ

雨上がりという状態もあるのか、なにやら昭和20年代後半のような写真が撮れた!

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これもカラー化したもの

住吉の交差点を通過する際のジョイント音が楽しかった

ストライプの信号機は、いつの間にか見なくなってしまった

(平成18年9月に愛知銀行半田支店前で見たのが最後かなあ・・・)

天王寺方面の停留所はここにあったが、終点の住吉公園とはほんの目と鼻の先

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住吉公園駅から徒歩僅かで閑静な住宅地となる

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そこに友人の自宅があるのだが、今日は本宅の方に招かれた

高塀に囲まれた純木造建築で庭木や池がある立派な邸宅である

2階の座敷から撮影したものだが、モノクロをカラー化したため、白いサツキが咲いていたことが判った

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本日の目的は、お座敷レイアウトの運転会

普段は中央に絨毯が敷かれてあるところ、HOレールを広げるために隅に丸められている

お手数おかけしてすみません!

当時は、我が家でも同じような光景が繰り返されていた

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当時、彼も私も寝台電車の581系とディーゼル特急のキハ82系のHO車輛を所有していたので、ともに連結して長大編成を楽しもう!ということで、本日の訪問となった


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平成11年3月 阪急梅田のシャンデリアで35mmレンズ撮り比べ 


なんだかやと呟きながらライカのレンズを買い足していくと、いつの間にか同じ焦点距離のレンズが何本も集まってくる。

そんな折、これは撮り比べをすべきだと思い立ち、いい場所はないかと考えた。

昼間でもレンズの性質が出やすい光源がある場所・・・そうだ、阪急梅田駅のシャンデリアのあるコンコースがあるではないか!と思いつき、平成11年3月13日(土)実行に移す。

今回はライカマウントの35mmレンズの撮り比べである

ボディはLeicaM3に持参したレンズは、SUMMILUX 35mmf1.4および SUMMICRON 35mmf2.0ならびにCONICA HEXANON 35mmf2.0と、 SUMMARON 35mmf3.5の4本

そしてフイルムは、外式のリバーサルフイルムKodachrome64(KR)

当時は軽い気持ちで臨んだ単なる試写に過ぎないが、今ではもう見ることが叶わない場所で、しかも今では現像できない追憶のポジフィルムを用いて何枚も撮影していることを考えると、Blogでアップしてもそれなりに意味あることと思料したので、抽出して何枚かアップすることとした。

Leica SUMMILUX 35mmf1.4
DSC02733-2.jpg DSC02740ズミルクス-2

くせ玉といわれる“SUMMILUX 35mmf1.4”だが、非常に魅力的なレンズだ。最近では安価なレンズでも非球面レンズを用いて性能をアップしているが、これはその真逆を行くレンズ。

絞れば忽ちシャープさを見せてくれるが、開放近くでは何とも言えない滲みが横溢してソフトレンズのようになる

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f3.5 1/10  暗い建物内において、ISO64のフイルムで、しかも手持ちではこれが限界

人の動きは感じられるが室内の意匠は、シャープに写っている

873ズミルクスf14-1

f1.4 1/50 絞り開放値の写り ジワリとした滲みが楽しめる

下記は右隅のアップ 

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Leica SUMMICRON 35mmf2.0

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次は、伝説のSUMMICRON 35mmf2.0の1stモデル いわゆる8枚玉

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f3.5 1/10  何ら破綻のない美しい描写である  

周辺の光量不足が少し見られるが、これも味わいの一つか・・・  

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f2.0 1/25 周辺部は、開放値では少し甘くなるが、全然問題なし。

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CONICA HEXANON 35mmf2.0
DSC02736-2.jpg DSC02737ヘキサノン-2

和製ズミクロンと呼ばれていたコニカのHEXANON 35mmf2.0
販売当初は本数が少なく手に入れることができなかったが、しばらくしてイトウビル地階の本町カメラさんで発見して直ちに購入

フードとレンズキャップはCONTAXのGシリーズのモノがサイズぴったりなので、ずっと愛用している
スタイルも純正のモノよりこちらのほうがかなり佳い


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f3.5 1/10 新しいレンズだけあって、大変美しい描写だ。

シャープさにおいては、SUMMICRON1stを上回っているように感じる

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f2.0 1/25 開放でもシャンデリアの基盤部分の描写はしっかりしている 

下記のとおり、伊藤忠太デザインの壁面の表現も見事である

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Leica SUMMARON 35mmf3.5
DSC02735-2.jpg DSC02738ズマロン-2

最後にLマウントの暗い35mmレンズSUMMARONの登場である

これは、エルマーの35mm同様に、小型で嵩張らないのが魅力的なレンズである。

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f3.5 1/10  このレンズ開放値がf3.5なので、それ以上明るくしたくともできない

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私のようなアマチュア写真家にはこれで十分では・・・と思い知らされる



(参考)

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昭和7年の開設当時は、趣が異なる照明器具が取り付けられていたようだ

「2023.11.23 阪急梅田新駅開業50周年記念写真パネル展」から

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昭和48年7月 無煙化の報ありて  (その2亀山)


昭和48年7月16日のつづき・・・

柘植から普通列車で11:27亀山到着

鈴鹿川の河川敷から紀勢本線の列車を狙う (紫のポイントの場所)

鈴鹿川の亀山方の土手には蠟燭型の「カメヤマローソク」の大看板がそびえていたと記憶している

Google-マップ-2-1



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亀山着13:57貨物1892列車 

貨車の中に白い冷蔵車や、木造有蓋車が混じっていて見飽きない

しかし、足回りが隠れる位置でシャッターを押すとは、まだまだ技量が足らない!

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昭和48年は、伊勢神宮の式年遷宮の年やったんや・・・

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亀山13:57発の鳥羽行下り普通列車

当時の普通列車は、キハ55をキハ35が挟むというこんなチグハグ編成は当たり前だった


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亀山14:27到着の上り急行「紀州2号」

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亀山14:31発 下り急行「くまの・紀州3号」 

グリーン車以外は非冷房なのがよく判る

京都からの「くまの」と名古屋からの「紀州3号」が亀山で連結され、串本19:22到着までのロングラン

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本日のハイライトがやってきた!

C57110(亀)が牽引する826列車 この旅客列車があと2か月で消滅するのだ
思えば普通料金だけでSL牽引の列車に乗れることは、現在の狂騒ぶりと比べるとまさにパラダイスだった。

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終着駅間際なので、煙の量を求めるのは無理だった

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昭和48年7月 無煙化の報ありて  (その1柘植)



昭和48年7月16日のことだった


少し前に、参宮線が9月末で無煙化になり、SL(C57)が客車列車を牽引する姿も見られなくなるとの報道を得た。

それでは最後の撮影に行かねば・・・となり、この日も愛用のNikonFを携えて天王寺8:27発の急行“かすが”の乗客となる。

このまま亀山まで行ってしまうと時間的にはやや早いので、柘植駅で途中下車して撮影することとした。

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途中、通過駅の島ケ原では、待避線で停車中のD51831が牽引する龍華発稲沢行貨物1292列車を追い越す

急行かすがキハ58の車窓からのワンショット (非冷房車ならではの迅速なカメラワーク)

この当時の鉄道ダイヤは、旅客優先だったので、とにかく貨物列車は虐げられていた。
この貨物列車も、駅々で追い越されるものだから、早暁4:35に龍華を出発したが、亀山には12:47到着。
そこから先は、DD51が牽引することになるが、終着駅の稲沢到着は何時になるやら・・・


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当時のバイブル「SLダイヤ情報」

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当時はこの本を携帯して、往く先々で駅スタンプを押して楽しんでいたようだ。

DISCOVER⇒JAPANの文字も懐かしい

青塗りがD51831牽引の1292列車のダイアである

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柘植駅到着の18分後には、京都を9:20に発った草津線経由の鳥羽行急行「志摩1号」がやってきた。

柘植到着10:25

このルートだと京都から鳥羽まで急行で3時間を要する。
しかし、当時、近鉄電車を利用すると、京都から鳥羽まで「近鉄直通特急」で2時間30分。

運賃で両者を比較すると・・・

国鉄 運賃630円 急行料金200円 合計830円
近鉄 運賃740円 特急料金400円 合計1,140円

速くて冷房車指定席の近鉄か、遅いし非冷房だが300円安価な国鉄か・・・
当時の駅弁一つくらいの差である。

さて、どっちを採るかな

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(参考)同年5月に購入した柘植駅の中村屋幕ノ内弁当 金300円也



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この時間帯の柘植駅は何かと気忙しい

急行志摩と入れ替わるように、D51882牽引の百済行荷物41列車が、奈良を目指して出発した

この列車奈良から先は、機関車が交代しDD51が受け持つ

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D51882は、デフレクター(除煙板)に優美な“月と鹿”の飾りつけがあり、関西線では最も人気のあるカマだった。

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柘植駐泊所のC58312(亀)


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小型の機関車であるC58のボディーに集煙装置と重油タンクを載せるとかなり精悍な容姿となる。

磨き上げられた観光列車の機関車ではなく、煤煙にまみれた働く現役機関車そのものである。

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亀山からの貨物783列車の後補機として柘植に9:16到着したのち切り離され、駐泊所にて暫し休息

そののち、信楽線の貨物牽引のため10:26単機回送として草津線を北上していく。

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貴生川では転車台がないため、信楽線で正位置に就くには柘植からはバック運転で向かわなくてはならない。

ご苦労様です

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柘植駅発11:13の普通列車で亀山に向かうが、まだ改札は始まらない・・・(つづく)



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トロリーポール時代の叡電を撮影したモノクロフイルムのカラー化


手許に昭和49年4月7日京福電鉄の叡山線・修学院車庫を訪問した際のモノクロネガがある。

昨今のモノクロフイルムをカラー化する技術は目を見張るものがあるので、一つ試みた。

半世紀前のモノクロフイルムをカラーに転換する作業は、とても心弾むものであるが、色彩を強調すると、不自然な感じになるので、控えめの彩色に止めた。

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伝説のデナ1型の車体であるが、修学院車庫の道路わきに置いてあるので見学は容易だった。

現役時代に撮影することは叶わなかったが、こうして優美な車体だけでも目にすることができ感激も一入。

窓の上隅に曲線がつけられている意匠が優雅であり、この後の形式となるデナ21型より両端のRが大きく、南海の玉電に似た古典車両の特徴を備えていて極めて魅力的である。

デナ1型は、大正14年の叡山線開業に際して6両が製造されたが、昭和39年にデナ500形導入により全車廃車された。

この車両は、いわゆる“だるまさん”として物置・休憩所として利用されていた

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昭和29年から順次2両で1ユニット固定編成化されたと資料にあるが、それを裏付けるように、反対妻面は貫通扉が設けられている。

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右側の工事用車両は、訪問した日の僅か2か月前(昭和49年2月)に登場したばかりのデト1000形車両(1001号車)

廃車になった京都市電600形車両の制御器や台車を利用して作られている。

昭和53年には、集電装置をトロリーポールからZパンタに交換されているが、今でも現役である。

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車庫内のデナ500形は、阪神電車からの移籍車である。

昭和3年から4年にかけて阪神831形として製造された車輛だが、昭和39年以降叡山線に入線している。

その際には、パンタグラフからトロリーポールに改造されている。



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これはまた別の日、昭和50年10月に鞍馬線を訪問した際の写真

当時は2両で1ユニットを編成して運行していたと記憶していたが、こうして単行での運行もあったようだ。


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元田中にあった京都市電との交差点

叡電のトロリーポールと市電のビューゲルとが交叉する架線部分は、複雑な構造となっているが、何ともいえない機能美を有していた。


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これは、文頭と同じ昭和49年4月7日に八瀬遊園で撮影した「カラー写真」

これが本来の色調である

今となっては、その日は最初からカラーネガを使うべきだったと思うが、当時のカラーネガは高価(20枚撮りが430円でモノクロの約2倍の価格)だったし、そのプリント代も1枚50円と破格だったから、小遣いをもらう中学生の身分としてはモノクロフイルムを使うのが相応だった。

50年前のことなので確証はないが、この日は、修学院車庫でモノクロフイルムが切れたので、八瀬遊園に向かう叡電の車中でフイルムを交換したようだ。その際、八瀬遊園では桜をバックにすると考え、カラーフィルムを奮発したのかもしれない。

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しかし、到着した八瀬遊園は小雨交じりで肌寒く、あてにしていたホーム脇の桜は、つぼみ膨らむ程度で、目論見が外れたようだ。



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近江鉄道全線乗り歩き(その4)



(前回からの続き)

令和5年5月3日の近江鉄道全線乗り歩きも終盤となった


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本線の終着駅、貴生川駅には、14:14到着

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ここは、JR草津線と信楽高原鐵道と近江鉄道とが交わる交通の要衝だが、駅前は閑散としている。
乗り換え客はあっても下車する人は少ないようだ。


50年前に訪問した際の貴生川駅は、地方のローカル色漂う小駅だった

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(S48.2.2撮影)

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同構内を望む・・・後方の架線が見えるのが近江鉄道線である。(S48.2.2撮影)


・・・昔話はそれくらいにして・・・



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壁面にはイラスト・・・信楽のタヌキと甲賀の忍者か。山伏君は、近くに飯道山の修験道があるためだろう

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やっつけ仕事か、行灯式標識が重なっていて見にくい。 もう少し工夫できなかったのだろうか・・・

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「ICカード非対応」とわざわざ表記しなければならないほど、ICカード利用者が増えているということであろう。

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非電化のホームは、信楽高原鐵道線である。



・・・ここで、もうひとつ昔話を・・・

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40年ほど前の同じ場所にはこんな車輛が停車していた (S59.7.31撮影)

たくましい現役の気動車である面構えを見せる信楽行き529列車・・・キハ5826+キハ58651・・・もちろん非冷房車
大事故の起こる前の穏やかな夏の昼下がりだった




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一方、近江鉄道のホームは、このような島式ホームとなっている

しかし、40年前は、下記のような向かい合わせの相対式ホームだった (S59.7.31撮影)

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(閑話休題)

14:28発の“おーぃお茶”電車で八日市駅に向かう

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八日市駅には15:11到着

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彼の地の中心駅だけあって駅前も開け賑やかである

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駅舎の2階には「近江鉄道ミュージアム」なるものがある。入館無料

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展示品は見慣れたものが多かった

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構内の900形901編成・・・これは“あかね号”塗装というらしい

万葉歌で額田王が「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」と詠んだ場所がご当地の蒲生野であることに由来しているとか

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こちらは近江鉄道100形電車  ともに近江鉄道とご縁の深い西武鉄道からやってきた

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15:38発の800形電車“近江十景とれいん”でとなりの「新八日市駅」に向かう

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この「新八日市駅」を訪問することは、鉄道愛好家の聖地巡礼といえるものである・・・

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近江鉄道全線乗り歩き(その3)



令和5年5月3日、前回から続き・・・

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高宮12:02の電車に乗車  いわゆる“赤電”という車輛である

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豊郷には、12:11到着

何やらチャラい駅名板だと思っていたら、ここはアニメ・ケイオンの聖地らしい。

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左側の高架は東海道新幹線である

町中が静かなだけに、新幹線の通過音が気になって仕方がない

許容範囲の雑音かもしれないが、通勤電車並みに頻発する轟音は、地域の住民の方々には迷惑なことと推察する

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この駅もコミュニティハウスと称している

この駅で下車した訳は、徒歩8分ほどの距離にある「豊郷小学校旧校舎群」※を訪問するためである

※「豊里小学校」は別の場所で現存しているため上記のような表記が正しいようだ


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昭和12年築のウィリアム・メレル・ヴォーリズの名建築である

一時期、取壊しの危機にあったが、現在では保存解放され、地域住民活動の用途に提供されている


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白亜のシンメトリーの建物は、大阪市立大学の本館(旧制大阪商科大学本館)を彷彿とさせる


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小学校の前栽代わりに噴水付きの大きな円形池・・・鯉は登竜門を意味しているのは分かるが噴水付きとは豪勢である

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登録有形文化財(建築物)のプレートに敬意を表しながら玄関から入館する・・・


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近江鉄道全線乗り歩き(その2)

(前回からのつづき)

近江鉄道の旅はつづく

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多賀大社への乗換駅「高宮」には、10:02到着

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この駅は、歴史ある駅ではあるが、純然たる駅舎ではなく、地域のコミュニティーセンターとしての役割を持っている

これからの地方鉄道の在り方の一つとして評価されうるものと考える

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改札口へは、この通路を通る 

高い跨線橋を渡る手間がなく便利なのだ

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・・・現在の基準で考えると、コチラの方がバリアフリーなのかもしれない

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明治31年当時のプラットホームの遺構を見せる断面を発見!

こういう鉄道考古学も楽しい

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多賀大社線のホームは、本線と無理やり平行にせず、斜めの接続となっている

よってホームは三角形・・・・土地利用に制限がなかったであろうと思わせる設計である

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駅の構内の全景を望むとこんな具合だ  (α7+Super Angulon21mmf3.4)

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この鉄道は自転車の持ち込みもOK

跨線橋のある駅が少ないのも奏功しているのかもしれない・・・

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終点の多賀大社駅 10:14到着

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なんだ?この駅名板は・・・・と思ったら、

台湾の鉄道「萬華駅」との姉妹提携の証とか

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しかし、台湾の注音記号「ボポモフォ」は初見でした・・全くわかりません

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本来の駅名板もありました

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この駅もコミュニティセンターとして、空きスペースで観光案内や地元の物産販売の用に提供されている

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駅前にある石大鳥居は、昭和13年7月に道修町の小西久兵衛が寄進したもの

小西ボンドの小西儀助さんとは別人物

道修町から薬業で立身し、教育界に尽力した人のようだ

小西は船場商人の典型例と言える人物で、質素倹約・物を大切にするが、皇室を尊び敬神崇祖の念は篤く、神社仏閣には多額の寄進をしていて、この石鳥居もその一つ

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近江鉄道全線乗り歩き(その1)

 
 令和4年10月16日、近江鉄道が「全線無料デイ」を実施したところ、大変な人出となった。
近江鉄道によれば当日の推定利用人数は約38,000人。これは普段の利用者数(定期外)の約12倍に相当し、積み残しも多く発生した。

 一日乗り放題切符は900円で購入できるので、大人の楽しみ方とすれば、普段の休日を利用してゆったりとローカル線を楽しんだ方がよいと考え、翌年の黄金週間である令和5年5月3日に全線制覇を実行に移した。

Screenshot-2023-07-08-at-15-51-59-路線図・各駅のご案内|近江鉄道
                                            (近江鉄道HPより)
一旦米原まで新快速で出向き、そこからスタートである。

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自動出札機も自動改札もないシンプルな近江鉄道米原駅

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有人窓口で、迷わず「1ディスマイルチケット」を購入 これで全線乗り降り御免となる


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ほぼ1時間に1本のペース 平日も土日もあまり違いがない

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8:35発の電車に乗る 車内はチラホラと乗客が見受けられる

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米原から二つ目の鳥居本で下車 8:42

ここでは、近江鉄道随一の瀟洒な駅舎を楽しみたい

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次の列車まで1時間あるため、少し歩いて反対列車の走行写真を撮影することとした。

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新幹線と水かがみ・・・近江鉄道と上手くタイミングが合えばいいのだが・・・

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やはり・・・世の中そんなに甘くない

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草茫々の引き込み線のように見えるが、これが近江鉄道本線である。


さてさて、駅に戻ってゆっくりと駅舎を堪能したい・・・・

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昭和50年 加悦鉄道訪問記(その2)


前回からのつづき・・・

昭和50年11月23日雨の丹後半島宮津線

丹後山田から5.7kmの旅程・・・17分間のキハ08旅を堪能したのち加悦駅到着

乗車しての感想だが、自重があるためか、エンジンが脆弱なためか、加速は良いものではなく、ノロノロと動き出す感じだった。

また5.7kmを17分間かかっているが、途中の駅が5か所あるため、その停車時間を加味しても時速24km程度にしかならない。


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木製の改札口からホームを見返ると、なんとも滋味深き寸景があった

社章は、親会社である日本冶金工業と同一のもの

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なにげに「日本冶金・ナス流し台」の広告があるところが憎い

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駅舎は、大正15年の開通以来のもので、当時の殷賑ぶりが偲ばれる

駅舎とは別棟でトイレ棟を配する典型的な駅舎配置である

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客車にディーゼルエンジンを載せた変わり者であるが、妻面をみるとそれが強く感じられる。元車はオハ62

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向かって左側に、客車をデーゼルカーに改造した苗穂工場のプレートが見える

右側には、日本国有鉄道と盛岡工場のプレートだ

盛岡工場は、元車であるオハ62の製造工場(といっても新造ではなく大正時代の木造客車ナハ22000系を鋼体化させた改造ではあるが・・・)

詳細はこうなっている

大正11年汽車会社製のナハ24972を、昭和30年盛岡工場で鋼体化してオハ62-130とし、さらに昭和37年苗穂工場で気動車改造してキハ40-3とし、昭和41年にはキハ08-3に改番したのだった

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もともと決して軽くはないオハ級客車の床下に、このような大きなエンジンを搭載すれば、自重38.9tにもなるのも理解できる。

客車の重量では、「ス」…37.5~42.5トン未満に該当し、スハと呼称されるものにあたる



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さてさて、加悦駅の構内をパトロールしなくては・・・


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まずは、加悦の社宝ともいうべき2号機関車にご挨拶せねば・・・

この機関車は、明治7年、阪神間の鉄道開業に際してイギリスから輸入された4輌の機関車のうちの1輌である。

鉄道院時代には123号と称していた。

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1号機関車は、鉄道博物館で丁重に保管されているが、こちらは青天で、ほぼ現役時代のままの状態である。

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雨天で下回りが暗かったためか、ストロボを焚いた

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実にシンプルな足回りである。

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ヘンな改造がなされていないところが何とも嬉しい

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しかし雨に打たれている姿を見るにつけ、このままの状態でいいのか?と、この時は疑問に思ったものだった。



後日譚ではあるが、同機は、平成17年6月9日、その機関車台帳とともに国の重要文化財に指定されたのである。

めでたしめでたし!

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後の小型客車は、ハブ2

大正5年に伊賀鉄道で製造されたものを、昭和2年に加悦鉄道が譲り受けた一般客車


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昭和50年 加悦鉄道訪問記(その1)


昭和50年11月23日親友のイバさんと一緒に加悦(かや)鉄道を訪ねることにした。

基本的に優等列車を使わない鉄道旅なので、あらかじめのタイムテーブルは必須である。

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まずは、丹後半島にある加悦鉄道の位置と、そこへの行き方を確認する。

※ 色を付けたラインが今回の経路となる

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実家のコレクションの中に同月の大型時刻表があるので、47年ぶりにページを披いて経路を追ってみた。



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京都6:46発の列車に乗車する必要がある。
これに乗らないと日帰りは難しくなる。

これは、福知山行のディーゼル列車である。当時の山陰本線は旧型客車列車がまだまだ多かったが、この列車はディーゼル列車なので大いに落胆したものだった。このスジは、2年ほど前は、京都を出発して綾部からは敦賀に抜ける客車921列車だった。

大阪からは福知山線で豊岡を経由して向かう方法もあるが、京都から西舞鶴を経由して行くほうが1時間以上早く到着できることが分かった。

もっとも同じラインをかっ飛ばす京都8:52発の特急あさしお1号に乗れば、もっと早く目的地に着けそうな気がするが、天橋立で追いついて、そこからは丹後山田までは同じ列車に乗ることとなる。

よって、特急料金を浮かせるために2時間早起きをした次第である。

大阪駅から京都に向かう東海道線は、まだ快速のない時間帯なので、大阪発5:45発の普通列車に乗車

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もちろん大阪駅からその列車に乗るためには、大阪環状線は始発列車でなければならなかった。


さてさて、京都から予定の列車には乗車できたが、一切写真がない。
よほどディーゼル列車に興味が湧かなかったのであろう。

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綾部で乗り換えて舞鶴線を行く。


ここからは敦賀行の客車935列車だった。もともと京都発の921列車だったものが綾部発に短縮されたようだ。

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綾部では遅めの朝食として駅弁購入 当日の包み紙がコレクションに残っていた

当時の400円弁当はそこそこ上等な部類だった

西舞鶴には9:35到着



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広いヤードを有する西舞鶴駅

左端の客車が乗ってきた935列車、その右側は急行丹波3号

この日のお供は、NikonF +Nikkor-S Auto 5.8cm F1.4+NEOPANSS

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豊岡から宮津線を経由してきた急行丹波3号大阪行きを見送る

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この列車、天橋立から宮津線を経由して西舞鶴に向かい、そこから折り返して舞鶴線で綾部に行き、さらに山陰本線で福知山まで戻り、折り返して大阪に向かう変わり種のスイッチバック列車だった。

まるで、天橋立や宮津のお客を大阪まで直接届けるのが目的であるかのような運行をする列車だった

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令和5年3月 北陸新幹線・白山総合車両所見学(その後)


(前回からのつづき)

北陸新幹線・白山総合車両所の見学が終われば、とりあえず砺波市にあるホテルに向かう

これからは富山のご当地見学となる

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夕食は海の幸が美味だったので、地酒をいただく。 若鶴という銘柄でのどごしが良い

夕食の後、五箇山の合掌の里に出掛ける

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山深いところなので、まだまだ残雪が豊かである

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合掌造りの民家の中で地元の民謡を鑑賞

「といちんさ節」と定番の「こきりこ節」

そのほかに地元の昔話などを聴いて、かの地の文化に触れるのも吉なり

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翌日はバスで富山観光

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まずは酒蔵巡り・・・

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若鶴酒造にお邪魔する

おやっ・・? どこか見たような名前だと思ったが・・・昨夜呑んだ地酒のメーカーだった!

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城端線の油田(あぶらでん)駅のすぐ隣

油田(あぶらでん)と聞くと、新潟のように石油が湧いていたのかな?と思ってしまうが、

コチラは、行灯の油の原料である菜種の栽培地だったことが名前の由来らしい

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もちろん日本酒を製造しているが、少し変わったところが北陸唯一のウイスキーメーカーでもあるというところだ。

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ここがウイスキーを造っている三郎丸蒸留所

瀟洒な木造の蒸留所である

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梁の上に何やらおわす

ネズミや鳥などの害獣からウイスキーの原料である大麦を守る為に蒸留所で飼われる守り神「ウイスキーキャット」である

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ミズナラの樽もあった

ミズナラはこのように原酒が染み出してくるらしい

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こちらの銘柄は「サンシャインウイスキー」

関西では目にすることはないが、かの地では普段使いの洋酒という。

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世界的にも珍しい鋳型製ポットスチルらしい

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こちらは試飲コーナー

日本酒とウイスキーどちらも試飲できるのが嬉しい

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三郎丸蒸留所の限定販売のウイスキーがあったので、お買い上げ

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令和5年3月 北陸新幹線・白山総合車両所見学


Screenshot-2023-03-25-at-09-59-30-おとなび200万人突破記念│おとなび:JRおでかけネット


おとなび会員が200万人を突破した記念として、1回限りで令和5年3月4日~5日の1泊2日のパックツアーが発売された。
その目玉は、北陸新幹線の未成線を新幹線に乗って白山総合車両所を見学するというものだ。

もちろんおとなび会員だし、珍しい企画ものと思い、アクセスしてみた。
たまたま、その土日は空いていたので予約すると、すんなり確保できた。

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令和5年3月4日(土)8:30 大阪駅の11番ホームには駅員総出で歓迎ムード満点


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サンダーバート1編成が仕立てられ、すべてこのツアー客というから大層なものだ。

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8:56発の団体専用サンダーバードが入線してきた

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“団体”という方向幕が珍しいのか、大阪駅に限らず、新大阪・京都などでは多くの鉄道ファンにカメラを向けられた。
おとなび入会資格がない若者ばかりだった。

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いつもの鉄道旅だと、出発するや否や麦酒缶の栓をプシュッ!と開くのだが、今回ばかりは禁酒なのだ。

白山総合車両所が工場扱いなので、酒気帯びの人は立ち入り禁止というキマリとか・・・

六角精児と同じ“呑み鉄”の小生は残念無念。

しばしお茶で濁す

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こんなファイルくれました

名車500系も色々いじられて可哀想な気がしてくる・・・

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普段のサンダーバードでは稼働していない車内販売がやってきた。

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新幹線敦賀延伸記念グッズの先行販売とな・・・商魂たくまし!

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福井・石川・富山の北陸3県の銘菓セットとコーヒーをいただきました。\600-

少しずつ味わえるのが吉なり。

年齢層の高いおとなび会員にはとても好評だった。

また、切符をデザインしたマスキングテープがオマケで付いてきた。

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12:32金沢到着  金沢駅でこの車輛を見るのもあと僅か・・・

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在来線ホームから新幹線ホームに向かう

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これから回送列車に乗って、→のない方向に進ままし

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こんなパンフもいただきました

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遅めの昼食が配られた

金沢大友楼の特製弁当らしい  お茶はやはり加賀棒茶 

ビールが飲めないのが無念なり

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新幹線は高架なのでやはり見える景色が在来線と異なる 白山の山並みもよく見える

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北陸新幹線の未成線からも分かれて、いよいよ白山総合車両所到着



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八枚玉ズミクロン散歩


ライツ社の数あるレンズの中でもこのSUMMICRON35mmF2ほど信仰対象ともいえるものはない。

特に1960年代の第1世代のものは、“ドイツ写真機工業界の至宝”ともいう写真家もいるほどである。

甘美なライカ沼にはまったライカ信者は、一生に一度は所有したいと思うレンズである。

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レンズ構成はこのような手間のかかったものとなっていて、通称“八枚玉”などと呼ばれている。

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カナダ製とドイツ・ウエッツラー製のものがあるが、我が家のものは後者

レンズのマウントがM型なので、通常の使い方はこのようにM型ライカにつけて利用する

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しかし、マウントの横の小さなネジを緩めるとMマウントの袴が取れて、ねじ式のLマウントが現れる。
よって、昔ながらのバルナツク・ライカにも装着できる優れモノなのだ

しかし、写真のようなライカIgにLマウントズミクロンをつけてライカビットを装着したものは、自宅での空打ち専用にて、とても戸外撮影に持ち出す勇気はない・・・ファインダーのない怪しいカメラだし、なぜか尻尾が生えてるし・・・

手許のレンズは、平成10年の暮れに大阪の中古カメラ店で並品として¥158,000-で購入したものだが、令和の現在では価格が暴騰していると聞く。


購入すると試写したくなるのが人間の性で、年が明けた平成11年1月10日にミノルタCLEに装着して見慣れた町並みをズミクロンとともに散歩した

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モノクロだといつも歩いている町並みも違って見えてくるのが面白い

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大阪府庁新別館のエントランス  冬の柔らかい斜光が美しい

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奇抜なデザインが出迎えてくれる

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北館と南館とをつなぐピロティー屋根もユニークである

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2階のベランダでは意外な先客に出会った

私のようなヒマ人でも上がってこれるのだから、ワンちゃんがいてもおかしくはない

大阪城公園をねぐらにしているのか、パトロールお疲れ様です

少しヒマ人にお付き合いをいただいた

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大阪府庁の本館をバックに、垂乳根の老犬の凛とした肖像が撮れた




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昭和54年 国鉄時代の山陰本線駅巡り


昭和54年、大学の夏季休暇で帰省していたころのお話

親友のイバさんを誘ってドライブがてら山陰本線を見に行こうということになって、マイカーで颯爽と出掛けた。

昭和54年8月14日 夏の盛りの暑い日であった。

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なぜか最初に茨木に立ち寄っている。
何か用事があったと思うが、45年前のことなのでいくら考えても思い出せない・・・仕方ないね。

この写真は、駐車場からであろうか、阪急茨木市駅の端を撮影したワンショットである。
よく見ると地上駅時代の阪急茨木市駅だった。

この頃はまだ非冷房車が普通列車として使われていたようだ・・・車内は蒸し風呂状態 ?


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さてさて、本題に入ろう・・・

山陰本線の起点である京都駅の次はこの丹波口駅

がらんとした飾り気のない駅だったが、梅小路蒸気機関車館の最寄り駅なのでよく利用したものだった。

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次は二条駅

出雲の大社駅同様、御殿造りの堂々たる駅舎である。もともと明治37年6月築の京都鉄道の本社屋でもあった。

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駅の高架工事により平成9年には梅小路蒸気機関車館の玄関建物として移築された。

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(参考)移築された後の梅小路蒸気機関車館の建屋(2012年10月撮影)


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二条駅の次は花園駅 京都市内とは思えない小規模な駅だった。

当時は国鉄時代。

もちろん円町駅も太秦駅も存在しなかった。

花園駅の次は嵯峨駅だが、ドライブウエイとの関係から立ち寄っていない。

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(参考) この写真は、昭和50年5月当時の嵯峨駅・・・明治を髣髴とする瀟洒なデザインが素晴らしく、何度も訪れた。
     山陰本線で最も好きな駅舎だった

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ドライブウエイを登り、ようやく保津峡駅が俯瞰できた。

真夏の昼下がりなのであまり眺望が良くない

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鉄橋を渡るのはキハ47だろうか・・・

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これはキハ58の編成なので、急行丹後あたりか・・・

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雲海列車利用!天空の竹田城跡探訪


令和4年の秋のことだった。

コロナウイルスの収束がまだまだ見えてこない中、阪急交通社から、天空の城“竹田城跡”の雲海を特別列車を仕立てて見に行くというツアーが売り出された。

ただし、参加者は、ワクチン3回接種またはPCR検査陰性証明書の提出者に限る

雲海は天気に左右され当たりはずれがあるものの、夜行の貸切り列車で行くというのも魅力なので、申し込んでみた。

往路は、令和4年11月26日(土)大阪発22:10のこうのとり27号である。

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中央コンコースで集合した後3番ホームに向かう

土曜日のこの時刻だと人影も少ない

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環状線ホームからもゆったりとした雰囲気が伝わってくる

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定刻とおり特急こうのとり27号が入線

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但し、後ろの3両分が特別仕立て「団体専用」であり、それに乗り込む。

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切符はこれだ。 2枚で1人分・・・1人で2座席をゆったり使える仕組みである。

こうのとり27号は福知山止まりだが、後ろの3両は切り離されそのまま和田山まで「雲海特別列車」として臨時運行される。

JR西日本もなかなか融通が利くではないか

福知山23:51に到着の後、和田山着が4:50ということなので、どう時間を潰すのかと思っていたら、なんてことはない、福知山駅のホームに4時過ぎまで停車したままだった。

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車内は減光され薄暗いなか乗客はしばし仮眠をとることとなる。アイマスクと耳栓があれば熟睡できる。

4:10過ぎにようやく列車が動き出した。福知山から和田山まではノンストップでの未明列車を楽しむ

真っ暗な和田山駅に4:50到着し、マイクロバスに分乗して雲海に浮かぶ竹田城が見られるという立雲峡に向かう。

山の上の展望台まで急な坂道を懐中電灯の明かりを頼りに昇る

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まだ町灯りがともる日の出前の6時に到着したが、どんよりとした曇天が広がる
こういう日は雲海は難しいのではなかろうか

あさご市のポータルサイトには、雲海が出やすい条件として下記の3点が挙げられていた。
1、前日の夜から明け方の気温が低くなり、日中に向けて暖かくなる寒暖差が10℃以上ある日
1、当日の朝の天気が良く、風がない日
1、前日の日中が温かく、湿度も高い

残念ながら、どうやら今回はどれにも該当していないような・・・

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6時半頃の様子 竹田城跡の小山の後ろには少し雲が広がっているが、雲海というには憚られる。

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7時頃まで粘ってみたが、この程度の雲量にとどまった。

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あさご市のポータルサイトの雲海情報では、11/27は「出ない場合も」の予想だったが、結果は「うっすら」となった。

この程度が「うっすら」になるようだ。まあ「出てない」よりマシと納得させる。

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「最高の雲海」だとこんな具合となるらしい・・・・立雲峡のふもとにあった残念だった人のための“ご親切な立看板”より


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アップして城跡の小山を撮ると右下に播但線竹田駅に到着した普通列車の姿があった。

右下のアップ写真
   ↓
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朝来山の登山道案内・・・結構急な坂道が続くので甘く見てはならない。

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自動車路も狭くうねっているため、大型バスは乗り入れられない。
このマイクロバス3台に分乗してやってきた。

麓の道路わきにはずらりと自家用車が止まっていた。人気のほどが知れる。


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竹田の町の案内図

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東京スカイツリー 定点撮影


令和4年11月19日(土)

昨日は東京で会合があり大いに気炎を吐いた後、赤坂で一泊したが、翌日は予定がないのでどこをパトロールしようかと考えた。

天気も上々なので、東京スカイツリーに上ってみようと思い立った。

東京スカイツリーは、完成したのが平成24年2月29日なので、すでに満10年を経ているが、上ってみるのは、実はこれが初めて!

完成の2年前にあたる平成22年7月30日に工事中の姿を見学したことがあったがその時の様子と少し比較してみたい。


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10時がオープンなので、朝一のチケットをあらかじめネット購入したが、天望デッキ+天望回廊セット券は大人1名3,100円とそれなりの価格である。

家族4人で訪れるとお父さんそれなりの散財だなあとしみじみ感慨に浸る。

4階入口フロアのエレベータ乗り場は大変な人出だ。土曜日なので親子連れだけではなく、外国からの訪問客も目立つ。

平成24年5月の開業当時は如何ばかりだったのかと想像に難くない。

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北十間川にかかる京成橋からの景色


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同じ場所からの12年前の景色 スカイツリーはまだまだ成長途中“ネギ坊主”状態


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分速600mのエレベータで天望デッキに・・・地上350mからの景色を楽しむ

北方を望むと隅田川とスカイツリーの影で、イの字になった。

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さらにエレベータで100m上部にある天望回廊に上る

そこからの同方向の景色 さすがに地上450メートルからの展望は凄い

しかし、天気が良くなければ全く意味のないものになっていただろう

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足許を走る東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)もこのとおり


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天望回廊からの景色をたっぷり楽しんだ後、天望デッキに戻ると、足元が竦む「ガラス床」があった。

東京タワーにも同じものがあったが、タワーのお決まりのコーナーなのかもしれない。




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北十間川の対岸から見上げる東京スカイツリー

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12年前の同場所からの様子

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タワーの高さはまだ398m 

この後、天望回廊と電波塔部分が伸びて634mとなる





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道沿いのマンションの下は、12年前は、露店のダンゴ屋が出ていたが・・・

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今ではお洒落なカフェになっていた




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鉄道開業150周年と“名建築で昼食を”



令和4年10月14日をもって、わが国の鉄道開業から150年となる

国民こぞって奉祝すべき記念日である

10月9日から東京に出張するので、用事のない時間には、鉄道開業150周年に因んだ聖地巡りをしてみようと思う


上りの新幹線で、車内販売員に缶ビールを注文するとコレが供された!

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実に幸先が良く気分も高揚するというものだ!

ヱビスビールは、鉄道の恩恵をたっぷりと享受しているからなあ

鉄道開業150年を祝わずにはおれないのであろう


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新橋駅前の“鉄道唱歌の碑”

鉄道開通85周年・大和田建樹の生誕100周年を記念して昭和32年に建てられた碑文であるが、150周年の今日眺めてみると、しみじみとした趣きがある


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ゆりかもめの新橋駅からペデストリアンを使って歩いていくと、この場所に出る

聖地と言えばココを外す訳にはいかない

旧新橋停車場

大切な史跡ながら、摩天楼囲まれて何やら肩身の狭そうな感じが漂う

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エントランスに立つ

この時はスマホのカメラしかなかったため、残念ながら両脇まで写せなかった

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これが開業当時の姿・・・比較するととても忠実に再現されていることが分かる


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12年前になるが、一度ここに訪問したことがあったが、その時は館内が休業日で立ち入られなかった

本日は日曜日ということもあり開館しているし、150周年の記念展示である“新橋停車場、開業!”を無料で見学できる

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建物内は多くの見学者が、数々の展示資料に見入っていた

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歩廊(プラットホーム)部分から見るとこんな具合だ・・・開業当時は下記のとおり

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追憶・・・昭和の土浦市内


以前本ブログで、昭和56年12月14日常磐線土浦駅が建替工事のために閉鎖された様子を「軍艦駅・土浦」として紹介したことがあった。

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この朝に閉鎖された軍艦駅とよばれた土浦駅本屋

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しかし、同じネガを調べているといろいろと同じ日に撮った昭和の土浦市内の様子が残っていたので、41年ほど前のネガだがスキャンしてみた。

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土浦は、重要文化財指定の土浦第一高等学校本館があるなど、由緒ある建物が多く残る地域である。

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茨城県の史跡となっている土浦城の太鼓櫓門は、もちろん令和の今でも現存しているが、この時と比べて綺麗に修復されている。

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川口1丁目の変則的な交差点にある装飾を多用した近代建物の「武蔵屋」さん
右側のアーケード部分が店舗の入口

また通りの向かい側に見える幟の小網屋さんは、土浦を代表する百貨店だった


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少し拡大してみる

大きな筑波山と霞ヶ浦の伝統的漁である帆引き網を絵柄にした看板が印象的だった
名物のうなぎ・わかさぎの販売するお店である

あれから41年・・・もう建替られているだろうと思っていたが、下記のように令和の時代も現役のようで嬉しくなる

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周囲の風景はすっかり変わってしまったようだ


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90年前のLeica Iで撮る至福


令和4年5月4日の倉敷へのお供として、GRとともにライカ Iを持ち出した。

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専門的なことを述べると、feet表示の近接の旧エルマー付なのだ

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露出とシャッタースピードを自分で決めて、さらに距離を合わせて一枚一枚撮る手順は、その脳内での作業がたくさんあるのでリハビリをしているような感じがする。

それが面倒と感じるか、楽しいと感じるか・・・私はもちろん後者である

このライカはフィート表示なので、便宜上、距離計をつけているが、これがないとフィートからメートルへの転換にさらに脳内作業が増える。


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このような快晴で無限遠の場合は、比較的楽な撮影である。
ISO100のフイルムの場合、f8 1/500 に合わせればいい


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少し暗いと2~3段落とせばいい

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新緑のカエデのように少し手前のものにピントを合わそうとするとやや神経質になる
距離計を使ってもいいし、絞り込んで被写界深度を利用してピントを合わすか・・すべて撮影者にゆだねられている


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大原美術館の中庭にて
庫の壁面に見えるモザイクのようなデザインが、色彩を排除して端正な佇まいとなって、かえって美しい

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こういう明暗差が大きな被写体だと、カメラに内臓された露出計任せにすると読み誤る可能性があるが
露出計を使わないとそもそも惑わされないので気持ちがいい

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どうしても酒屋は撮ってしまう・・・一種の性(さが)である

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コロナ禍の行動制限が緩和された黄金週間は、来訪客多く、観光地もいつもの輝きが戻ってきたようだ。

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不思議なお店があった・・・カラーであれば分かったかもしれないがモノクロだとそれが謎になるのが面白い

神社仏閣の格子窓のように見えるが、何を商っているかというと、色とりどりのマスキングテープである

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令和4年 井笠鉄道記念館訪問


令和4年5月5日今年の黄金週間もこれで終りという日

倉敷からほど近い笠岡に向かった

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瀬戸内海に面する笠岡というと、生きている化石カブトガニで有名な場所

改札口でも展示してました

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左下の説明書

カブトガニは、 「カニ」 という名前が付けられていますが、 むしろカニよりもクモやサソリに近い動物です。
カブトガニの祖先を化石によってたどってみると、 古生代のカンブリア紀(約5億数千万年前) にその祖先型が出現し、 約2億年前に現在のような形態となりました。 このため 「生きている化石」として学問上貴重な動物とされています。
また、医学面においても血液内の血球成分が病人などの内毒素を検出する薬として大いに利用されています。
笠岡市においては、 昭和3年に生江浜 (おえはま) 海岸が国の天然記念物の指定を受けましたが、 その後の干拓によって干陸化したため、 昭和46年に神島水道を新たな指定地として手厚く保護しています。
しかし、 生息地が激減したため、 笠岡市は平成15年7月、 全国初のカブトガニ保護条例を施行し、絶滅を防ぐための保護対策の推進や市民意識の高揚を図っています。

と丁寧な説明書カタジケナイ、勉強させてもらいました

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コンクリート造り平家建の駅舎は昔のままだろう 

改札は北側しかないので線路の南側(海側)に出るには、東側の地下道を使うか、西側の高架道を行くしかない

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高架橋から笠岡駅を俯瞰する

長いホームが往時の山陽本線を走行する列車を偲ばせる

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この高架下に目的の井笠鉄道ジハ9が鎮座している

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名称は西ノ浜北児童遊園地というが、遊具らしきものはごく僅かで、メインはこのジハ9のみ

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24時間いつでも無料で見学利用できる

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車内も24時間自由に立入ることができる。

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運転席は、器具類は撤去されているが、当時のヨスガは感じられる。

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床下のエンジン部分はそのままの状態である。

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エンジンからのシャフトは、一軸の車輪にのみ繋がっている。

これでは大した馬力も出ないであろう・・・

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実は思い出すとこの場所には47年前の昭和50年に一度訪れている

山陽本線のトンネル付近で列車の撮影をしていたが、そのついでにココに訪れている

廃止から5年ほどの月日で、放置状態のジハにあまり興味がなかったのか一切写真がない

訪問したのは確かだったので、今回半世紀ぶりの忘れ物を確認しに来た気分である


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西ノ浜公園の隣接する場所に何ともレトロな建物が・・・

“住友肥料”の看板を掲げた和風商店と石炭セメントなどを扱う“関藤謙治商店”

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令和の時代からすっかり昭和へと逆戻りした気分・・・賑やかだった戦前の笠岡港が偲ばれる。

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つづいて街中をぶらつく・・・

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駅前の公園にポツンと多宝塔が建っている。隣は寺院のようだが、よそよそしく塀で分断されているため関係はなさそうだ。

何故公園に多宝塔だけが建っているのか、とても不思議。

帰宅後調べてみたら、遍照寺多宝塔というものらしい。

遍照寺は駅前土地区画整理事業によって移転しており、多宝塔だけがその場所に残されたようだ。

なぜ移築することができなかったのか?新しく与えられた区画整理地が狭かったためだろうか・・・?

しかし、Google地図で見ると現在の敷地はゆったりしているように見えるし、他の宇堂は解体移転してその他で再生しているようだ・・・多宝塔の完成記念に植えられた右横の大イチョウとの組み合わせを大切にして者なのか?

この塔は、慶長11年(1606年)の建立で、岡山県下の多宝塔建築の中では最も古いらしい。



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多宝塔の北側の道路を歩いていると、木造の瀟洒な建物が目に入ってきた。

こじんまりとして、凹凸のある造作も素晴らしい。手入れも行き届いているようだ。
こんな建物に出会えるとラッキー!と思わず叫んでしまう。

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日本基督教団笠岡教会という表札あり

明治26年(1893年)に完成した教会で、木造2階建て、桟瓦葺、白漆喰塗りとなっている。

笠岡を代表する明治洋風建築らしい。

事前学習なしに歩いて、たまたま見つけたものだったので、見過ごすと悔しい思いをするところだった。

笠岡侮りがたし!


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令和4年 黄金週間の家族旅行・倉敷


令和4年5月4日家族で岡山・倉敷美観地区を訪れる

私はもう何度も足を運んでいるが、家人の中には初めてという者もいるので黄金週間の後半を利用して出かける

長い間コロナで自粛生活を強いられていたため、家族そろっての旅行は数年ぶりである

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新大阪からは、九州新幹線・みずほ605号を利用する

幸い僅かに指定席が空いていたため座席を確保することができた

これもコロナ禍による国民の旅行離れの証左か・・・

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九州新幹線だけに、西九州新幹線の広告がデカデカと掲げてある

今年の9月23日“かもめ”がデビューする


このポスターを見ていると、カモメというよりシロクマに見えてくる・笑

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九州新幹線 博多駅 - 新八代駅間が開業したのが平成23年3月12日だった

前日に発生した東日本大震災により開通のお祝いイベントは悉く中止となり寂しい出発となった

「泣くな くまモン!」 とどこかで呟いた記憶がある


西九州新幹線の開業はそんなことのないよう祈りたい

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本日のお供カメラ

令和の景色を92年前のライカ I に見せてやりたくて、モノクロフイルムを入れて久しぶりに持ち出した

一方のGRはコンパクトで優秀なカメラである

28mmの画角は、私にとっては生理的に好ましいもののようで、何かにつけて持ち出している


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こんなことをしているうちに岡山到着

ここからは“たくあん電車”で在来線を往く

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ほどなく倉敷到着

水島臨海のホームを望むが、余り面白そうな車輛ではない

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下りの特急“やくも”を見送る

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国鉄色に戻したリバイバルやくもがやってくるという息子からの情報により、しばらくホームで待ち構え鉄分補充

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懐かしいというより、見慣れた感覚しか湧いてこない

昭和人の悲しさか・・・・

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サイドビューも181系のようなボンネット型だと萌えるのだが、381系の簡易型では普通なイメージしかない

極めて冷静沈着

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緊急事態宣言下の南海・汐見橋線パトロール

令和3年のゴールデンウイークは新型コロナウイルス感染症のため、大阪府では3度目となる緊急事態宣言が発令されていた。
緊急事態宣言も3度目ともなると、いい加減嫌気がさしてくる。

また、コロナとの付き合いも徐々にわかってきて、何が何でも家で待機!というイメージではなくなってきた。
3密を避ければ散歩もOKといった具合だ。

5月3日 天気のいい黄金週間に家で燻ぶっているのも情けない。
よって、SONY NEX-7をお供に、3密にならないフォト散歩として、都会のローカル線「南海高野線(汐見橋線)」を久しぶりにパトロールしてみた。

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汐見橋駅の外観が綺麗にペインティングされている。

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内部も再ペイントはされているが、ガランとした雰囲気は昔のままだ。

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(参考)平成5年9月の非自動化時代の改札口の様子


汐見橋から電車に乗らずに沿線を徒歩でパトロール

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30分に1本しかやってこない汐見橋線と環状線とのコラボ・・・タイミングよく撮れました!

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芦原町駅・・・相対式の簡単なホームがあるのみ

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令和4年春分の奈良散歩(その2)


前回からのつづき・・・

般若寺から少し南に下ると、本日のポイントのひとつである旧奈良監獄に出た。

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明治41年築の五大監獄のひとつ

現在まで当時の建築様式がよく残っており、今では国の重要文化財となっている。

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とりわけこの表門が美しい佇まいをしている。

両脇を支える円塔といい、エントランス上部のアーチ型の意匠といい、威圧的な感じがしない。

黙ってみれば、ディズニーランドにあっても違和感のない華やかな煉瓦造りのエントランスである。

とても刑務所の正門とは思えない。

実は塀の内側から見た表門の反対側のデザインは、これとは全く異なり権威的な雰囲気が漂っている。

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表門の奥行きは、このようにほとんどない。

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戦後は少年刑務所として使われていたが、それも平成29年3月31日に重要文化財に指定されるとともに廃庁

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そして平成29年9月1日をもって拘置支所としての役目も終える。


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表門の隙間から内部を覗くと、正面には本館が望める。

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廃庁となったこの場所は、星野リゾートが開発することになっていたので、どれだけ工事が進んでいるのか見たいと思って来たが、まだ工事には着工していないようだ。

令和4年に開業予定であったが、コロナ禍のためか延期されて令和6年頃に、監獄史料館やホテルなどの複合施設としてリニューアルされるらしい。

さて予定通りに進むのだろうか?


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その向かいにあるのが現在の奈良少年鑑別所




さてさて、奈良監獄を見学したのちは、さらに南に進むと煉瓦建の小さな小屋があった。

変電所には小さすぎるし、ここには鉄道施設はないので、鉄道のランプ小屋でもなさそうだ。

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奈良市水道計量器室と表記のある建物(大正11年築)

こういう未知の建物に出会うのも街歩きの楽しいところだ。

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水道の水圧を測る装置がある場所とのこと。

以前は荒れた状態のまま放置されていたが、土木学会選奨の土木遺産と認定されたことを機に整備保存された。

めでたしめでたし!




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令和4年春分の奈良散歩(その1)



令和4年3月21日春分の日

天気が良いのでお気に入りのカメラをもって、ぶらり奈良散歩に出掛ける。

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阪神西九条駅から阪神なんば線で奈良まで一直線。便利になったものだとつくづく思う。

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本日のお供は、コニカの大口径準標準レンズ HEXANON (L) 60mm F1.2

このレンズは、1999年に800本限定で発売された今となっては幻のレンズ

そのレンズがなぜ私が持っているかというと、昔から小西六のパール愛好家としては、ヘキサーやヘキサノンという名前を見ると何故か物欲が湧いてくる。

このレンズも売り出す前からアンテナを張っていて、売り出されるや否やカメラ店に駆け込んだ次第である。
他にも限定モノのLマウントのヘキサノン35mmf2と沈胴ヘキサノン50mmf2.4などを愛用している。

この60mmも取得からすでに20年以上経過しているが大きくいので持ち出す機会が少なかった。

そもそも夜間撮影用のレンズであるので、開放値f1.2の描写を昼間に味わおうとすると、フイルムのカメラのLeicaではシャッタースピードが遅すぎて使えなかったこともその要因の一つである。

SONYα7であればシャッタースピードが最速1/8000とあるので、ISO感度を調整すれば日中でも開放値で描写を楽しめる。

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近鉄奈良駅から北側はあまり歩いた記憶がないので、今回はそちらの“奈良きたまち”地域に向かって進む。

ちょうど今年、国の登録有形文化財になった旧奈良警察署鍋屋連絡所である「きたまち案内所」をひとつ寿ぐついでもあった。
向いにある奈良女子大のデザインに合わせたような、洋風のデザインが特徴的で、近代巡査派出所の希少な遺構としての価値があるらしい。

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明治42年築の奈良女子大の正門と後方の本館・・・ともに国の重要文化財である。

奈良女子高等師範学校時代の雰囲気を濃厚に湛えている。実に素晴らしい造形である。

よく今まで残ってくれた、残してくれた。と感謝の気持ちでシャッターを切る。


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春うらら 佐保川沿いに進む (ヘキサノン60mmの開放値f1.2で撮影)



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さらに北に進むと、幻の“大仏鉄道”の黒髪山トンネル跡に出た。

現在は大きな“切り通し”となっているが、往時のトンネルは関西鉄道(かんせいてつどう)の社章がついた立派なレンガ建てのトンネルだった。

その社章が弁天町の交通科学博物館に保存されていた。(2009年撮影)

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これが実物だ。

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現在は京都の鉄道博物館に移動しているが、大切に保存されているのだろうか。


昭和41年までそのトンネルが残されていたとか・・・当時でも小型自動車が行きかうくらいで精々の隧道巾であったただろうと思われる。

現在の交通量を考えると取壊しも、やむなしか

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明治38年のワラヂヤの鉄道地図から

当時の関西線は奈良~木津~加茂ではなく奈良~大仏~加茂のルートだった。

この道を進めば加茂駅までの間にいくつか遺構があるようだが、今回はここまで。
これより東進して般若寺方面に向かう

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平成10年 SuperAngulonと浜寺公園に遊ぶ

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平成10年にライカの超広角レンズ“スーパーアンギュロン21mmf3.4”を手に入れたので、何かにつけて持ち歩いている。
この当時21mmの画角は超広角だったため、その絵が楽しみでならなかった。

平成10年9月23日もM6+SuperAngulon21mmf3.4の組み合わせで、今回のフイルムはモノクロを装填して出かけた。

大阪南部に浜寺公園という景勝地があるが、そこへふらりとフォト散歩と洒落る

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浜寺公園に行くとなれば南海本線か阪堺電車である
時間に制限もあるではなし、気楽に阪堺電車でぶらり旅を決め込む

気の向くまま途中下車するのも一興なり

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姫松・帝塚山界隈は、昭和の風情がある町並みが残る地域であり、ファインダーの景色に事欠かない。


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帝塚山から浜寺公園に向かう・・・

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Pearl II と港町・神戸フォト散歩

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この頃は、小西六のセミ判カメラPearl IIがお気に入りだったようで、あちこちお供に連れ出している。


平成10年8月1日の暑い日も同様だった。
この日は海風に当たるべく神戸三宮から元町界隈をブラブラする。

(ここに掲載した写真は、すべてパールIIにブローニ判ネガフィルムであるFUJI NS160を装填して撮影したものである。)


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阪神淡路大震災の傷跡もようやく目にすることがなくなり、そこかしこに新しいビルや店舗が誕生している。

ここからまた新たな神戸の歴史を刻んでいくと思うと、それはそれでワクワクするものである。

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京町筋界隈は震災前、クラシックな重厚なビルが立ち並んでいたが、今ではカラフルな斬新なビルが目立つ

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前方にあさひ銀行の立て看板が・・・

りそな銀行に吸収され日没してしまったあさひ銀行。元の銀行は協和銀行と埼玉銀行だった。
その後、埼玉銀行部分は会社分割により埼玉りそな銀行として復活することになる。

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神戸大丸の回廊 オープンテラスが設けられ開放的な雰囲気が心地よい

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黄昏時になってから海岸エリアを訪問している。

神戸ハーバーランドの優美な信号塔はこの日も威容を誇っていた。
その周囲は遊園地として提供されていた。


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震災直後、天保山から遊覧船“サンタマリア”に揺られて到着した岸壁は、ガタガタだったが今では綺麗に修復されている。

その岸壁にレストランクルーズ船“コンチェルト”の姿が・・・以前は“シルフィード”という船名だった。

そして昔は大阪までやってきていたが、今は神戸のみで活躍しているようだ。

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かなり暗くなってからの手持ち撮影だが、シャッターは1/2くらいだったか。

ブレがないのは腕前のせいか、振動の少ないレンズシャッターのせいか、今となっては杳としてわからない。



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汽笛一聲・阿房列車

Fuzzy Studio

Author : Fuzzy Studio




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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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いにしへの文書・・・ DSC06596.jpg

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などなど つまり往時を偲ぶ古色蒼然としたものが大好き。

・・・それとお酒
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洋酒と泡盛は、古酒ほどよろし・・・   

 

ご注意

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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