JR貨物 浪速駅
- Mon
- 07:00
- ∇鐵道ほとがら帖/平成編 - ├平成8年-平成10年
平成8年5月11日大阪市港区福崎にあるJR貨物・浪速駅とその周辺をフォト散歩に出掛けた。
その時のネガをデジタルスキャンしてみた。
しかし何故かこのネガ、同時代のネガと比べて劣化がひどく黄変してしまっている。DPEが現像時に処理ミスをしたのかもしれない。
せっかくLeicaM6+Summarit5cmf1.5といういで立ちだったのに残念至極
アルバムに貼った当時のプリントを参考に、PhotoShopで色合いの修復を試みたが、本来の色調に戻っていないことをご理解いただきたい。



港のスイッチャーのDB25もこの当時数を減らし、このDB25-4とDB25-2だけとなっていた。

今日は、DD51-836のチキ(レール輸送貨車)を牽引しての出番はあるのだろうか。
最近は単機運行ばかりが目立っていたが・・・

H8.4.13臨港貨物線・市岡附近 DD51-835 (ペルケオⅡ)
その時のネガをデジタルスキャンしてみた。
しかし何故かこのネガ、同時代のネガと比べて劣化がひどく黄変してしまっている。DPEが現像時に処理ミスをしたのかもしれない。
せっかくLeicaM6+Summarit5cmf1.5といういで立ちだったのに残念至極
アルバムに貼った当時のプリントを参考に、PhotoShopで色合いの修復を試みたが、本来の色調に戻っていないことをご理解いただきたい。



港のスイッチャーのDB25もこの当時数を減らし、このDB25-4とDB25-2だけとなっていた。

今日は、DD51-836のチキ(レール輸送貨車)を牽引しての出番はあるのだろうか。
最近は単機運行ばかりが目立っていたが・・・

H8.4.13臨港貨物線・市岡附近 DD51-835 (ペルケオⅡ)
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完成直後の“なみはや大橋”と浪速駅のJR東日本E127系
平成7年3月18日のことだった。
港区と大正区を結ぶ“なみはや大橋”が、昭和52年の着工以来18年の歳月を経て、平成7年2月に完成したと聞いたので、さっそくその1ヵ月後にパトロールに出かけた。

地下鉄中央線「朝潮橋」駅の北側では巨大な「大阪プール」が建設の真っ最中である。
地下鉄の駅から八幡屋方面に向かう。

地下鉄中央線・朝潮橋南側のみなと通から大阪港方面を望む

(参考)平成26年の様子・・・歩道橋や中央緑地帯ができているのと、街路樹が大きくなっているのに20年の歳月を感じる。

そこから道なりに西に進むと、下町の庶民の胃袋を養ってきた、なんでも安い八幡屋市場に出る。

昭和36年に地下鉄が開通した当時は、こんな風情であった、
・・・すっかり変わったような・・・余り変わってないような

八幡屋市場の周囲を沿うように進むと、それはあった。

猛烈な急勾配がつづく“なみはや大橋”である。これが自動車専用道路なら、驚くには値しないが、自転車や徒歩でも渡れるというのがミソ
(注)平成24年になって島根と鳥取とをむすぶ江島大橋が「べた踏み坂」としてダイハツのCMで紹介されているが、実はこちらの方が勾配はキツイらしい。
港区と大正区を結ぶ“なみはや大橋”が、昭和52年の着工以来18年の歳月を経て、平成7年2月に完成したと聞いたので、さっそくその1ヵ月後にパトロールに出かけた。

地下鉄中央線「朝潮橋」駅の北側では巨大な「大阪プール」が建設の真っ最中である。
地下鉄の駅から八幡屋方面に向かう。

地下鉄中央線・朝潮橋南側のみなと通から大阪港方面を望む

(参考)平成26年の様子・・・歩道橋や中央緑地帯ができているのと、街路樹が大きくなっているのに20年の歳月を感じる。

そこから道なりに西に進むと、下町の庶民の胃袋を養ってきた、なんでも安い八幡屋市場に出る。

昭和36年に地下鉄が開通した当時は、こんな風情であった、
・・・すっかり変わったような・・・余り変わってないような

八幡屋市場の周囲を沿うように進むと、それはあった。

猛烈な急勾配がつづく“なみはや大橋”である。これが自動車専用道路なら、驚くには値しないが、自転車や徒歩でも渡れるというのがミソ
(注)平成24年になって島根と鳥取とをむすぶ江島大橋が「べた踏み坂」としてダイハツのCMで紹介されているが、実はこちらの方が勾配はキツイらしい。
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平成6年 桜島線から浪速駅へパトロール
- Mon
- 07:00
- ∇鐵道ほとがら帖/平成編 - ├平成6年-平成7年
前回からのつづき
平成6年6月に桜島をパトロールして港区に天保山渡船で渡る。

その渡船場まえには、何とも風情のある食堂があった。
その名称は“渡船場食堂” 白い暖簾が清清しいね。
さて、今も健在かは、確認していない。

桜島から港区の天保山へは、渡船を利用する。
良く見ると天保山岸壁には、大型客船が到着しているが、そのバックが現在とは異なる。

あの大観覧車が見当たらない!それもそのはず、大観覧車はその後3年を経て建築されたのだ。

うつぼがエクトプラズムを吐くの図?・・・この混沌とした絵が好きだった。
今ではこの風景は見られない。
大観覧車の北側半分がが写り込むし、うつぼも消えた。
平成6年6月に桜島をパトロールして港区に天保山渡船で渡る。

その渡船場まえには、何とも風情のある食堂があった。
その名称は“渡船場食堂” 白い暖簾が清清しいね。
さて、今も健在かは、確認していない。

桜島から港区の天保山へは、渡船を利用する。
良く見ると天保山岸壁には、大型客船が到着しているが、そのバックが現在とは異なる。

あの大観覧車が見当たらない!それもそのはず、大観覧車はその後3年を経て建築されたのだ。

うつぼがエクトプラズムを吐くの図?・・・この混沌とした絵が好きだった。
今ではこの風景は見られない。
大観覧車の北側半分がが写り込むし、うつぼも消えた。
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