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Kodakの名玉 Ektar 47mm f2


ドイツKodak社が戦前の1934年から戦中・戦後にかけて製造した大衆向け35mmカメラに
Retina(レチナ:網膜)という名称を付された名カメラがある。その種類が多く形状もバリエーションがあるため、愛好者は多い。

我が家のコレクションの中では、そのRetina族(姉妹シリーズのRetinetteを含む)が、オリジナルをはじめとしていつのまにか一大集団を形成している。



このとおり・・・蛇腹を有するスプリングカメラなので、前ブタを閉じるとコンパクトになり嵩張らないためか、こんな数になってしまった。同じものは一つもない。


以前にも、本ブログでオリジナルの#117レチナ#119を紹介した事があった。

今回は、その中でレンズに米国のEastman Kodak Co.Rochester,N.Y.との銘があるKodakの名玉Ektar 47mm f2を装備したレチナⅡ型 #011を取り上げたい。

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これは、1946-1949年にかけて製造されたモデルで、終戦直後のレチナⅡ型となる。このⅡ型には、レンズがシュナイダー社のクセノン50mmf2とローデンシュトック社のヘリゴン50mmf2のほかに、コダック社オリジナルのエクター47mmf2が装着されているものがある。

エクターの名称は、Eastman Kodak Co.の頭文字EKにレンズの一般的接尾語ARを付けてEKTARとした造語で、Kodak社の並々ならぬ力の入れようが感じられるフラッグシップレンズである。

奇しくも、私がクラシックカメラの泥沼に入る端緒となったカメラがこのレチナⅡ#011である。

蛇腹を備えたクラシックないでたちであり、閉じればコンパクトになり、しかも写りがすばらしい。最初に手に入れた個体は、レンズがシュナイダー社のクセノン50mmf2付であったが、それは売却してしまったので今は手許にない。

今回の対象は、その甘美な蟻地獄にどっぷり浸かった数年後に入手したエクター47mmf2付である。

フイルムを入れて撮影すると、エクターは、クセノンと比べより濃厚な発色をするので不思議なレンズだと思っていた。

世間的には、このレンズは、今でもコレクターズアイテムとなって高価に取引されている、米国のカードンに装着されているレンズと同じで、4群6枚変形ガウス型のレンズ構成をもち、レチナの中でも特に人気のある個体である。

しかし、このボディの不具合か、巻き上げ中にフイルムのスプロケットが巻き上げ爪から外れてシャッターチャージができなくなり、その後の撮影に問題を起こすことが度々あり、使う気が失せたカメラとなっていた。

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そこでこの度、意を決して、レチナの筐体から、レンズとシャッターマウントを取り外して、SONY-α7で利用できるようにM42マウントにすべく移植手術を実施した。

文字で表すとすんなり移植ができたように見えるが、実はシャッターマウントの取り外しに何週間も悪戦苦闘した。

シャッターマウントの取り外しには、まず後玉を取り外す必要があるが、それがどうにもこうにも全く動かない。

ネジがかなりきつく締められているようだ。

最終的には、後玉を包んでいる金属鏡胴のエッジに三角ヤスリで慎重に切れ込みを入れて、そこにカニ目レンチを立てて回転させるという、強硬手段に出た。

何日も悩んでいたが、ようやく外れた。

この時、外れた嬉しさに思わず家内に「苦労していたレンズがようやく外れたよ!」と喜色満面で報告したが、思えば無意味なことをしたものだ。

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そこからはスムーズにことが運んだ。 

内部のレンズシャッターユニットは、必要がないので取り外し、絞り羽根のみを残した。

本来のカメラの形態をとどめない加工というのは、本当に心苦しいが、使わないカメラより換骨奪胎した使うレンズにしてやったほうがエクターも喜んでいるだろうと・・・勝手な解釈をして納得している。


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ピント合わせは、M42マウントのヘリコイドをかましてあるので、無限遠から、何ら問題はない。

前玉をみると、井戸底をのぞくような濃いブルーのコーティングが、怪しさを醸し出している。

なにやらレンズの製造年である1946年のアメリカ的な描写を予感させる。


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手許にあった32mm径のAgfa社のかぶせフードがぴったりである。

逆光のシーンについては、レンズにコーティングがあるのであまり心配はしていないが、これで逆光への対応がより手厚くなった。

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謎のレンズ Carl Zeiss Jena Tessar 4cm f:3.5

ファジー・コレクションの玉手箱の底には、出自のよく判らないレンズがいくつかある。

 Carl Zeiss Jena Tessar 4cm f:3.5 もその一つである。

いつ頃我が家にやってきたのか、何故あるのかもオーナー自ら失念してしまっている。

小さいながらも名玉テッサーであるし、少しのネジ式のヘリコイド (ピント合わせのためレンズを前後する機能) もあるので、M42マウントのボディキャップに移植すれば、面白いレンズになるかもしれないと思って買ったような気がするが、定かではない。

ところがこのレンズがなかなかの曲者である。

フランジバック (レンズからフイルムまでの距離) が40.5mmしかなく、ミラー式一眼レフには利用不可能であることが判った。

それであればライカマウントに改造して、ヘリコイドがあるので目測で距離を測って利用するしかない。

しかしかなり面倒な作業となるため、そのままマイボックスの底に埋もれてしまっていたのかも知れない。



・・・・ところが時代は流れ、“小箱の肥やし”の状況は一変した。



SONYからミラーを使わない一眼レフが誕生し、我が家もそれを導入したことによって、ふたたび謎のレンズが陽を見る日がやってきた。

SONYのEマウントのフランジバックは18mmなので、あと22.5mmのスペースを何とかすれば利用できるのではなかろうか・・・と閃いたわけである。

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幸い、手許のヘリコイド群のなかに18~28mmのヘリコイドがあるので、それをかましてみれば上手くいくような気がした。

試しにレンズを当ててファインダーをのぞくと、ギリギリ無限遠が出た!

これで普通のレンズとして使えると判断するや否や、改造にとりかかる。

この改造は簡単な工作で済んだ。

プラスチックのM42のボディキャップに後ろ玉が入るだけの円形の穴をドリルで開けて、あとは座金にある3箇所の止めネジでボディキャップに取り付けるだけである。

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(M42のボディキャップに取り付けた改造後の状態)

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(裏面の状態)




ところで、このレンズがもともとどんなカメラについていたものかが判らなかった。

Zeissなので、いい加減なカメラにはついていなかったはずである。

レンズのシリアルナンバーは、53万代なので、製造年月は、1922年(大正11年)頃である。

今から95年前のレンズということになる。

この当時の4cmの焦点距離ともなれば、アトム判やベスト半截判などの小型カメラしかない。

あれこれ専門誌を探したり、クラシックカメラ専科のツアイス特集なども漁ってみたが、ヒットなし。

もはや手詰まりかと思われたが、試しにシンプルな項目で、インターネット検索をしてみたところ、思わぬところで発見できた。

ずっと写真機を探していたので発見できなかったが、これは一般的なカメラではなく、映画撮影用の35mmシネカメラレンズであることが判った。


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1926年にはツアイス・イコン社に統合される前のドレスデンにあるイカ社のキノモ(ICA-KINOMO)に取り付けられていたレンズである。製造時期もぴったりと合う。

時計針のようなヘリコイド指針は動画撮影のピントあわせ機能用であった。

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Kodak Signet 35 試写

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平成8年4月2日

 1週間前に25,000円で購入した中古カメラ・コダックのシグネット35の試写をしたく、仕事の出張毎にカバンに忍ばせて意気揚々と出かけた。

フイルムは、リバーサルフイルムであるフジクロームプロビア100(RDⅡ)をはりこんだ。

ところで、このカメラは、米国イーストマン・コダック社が1951年に発売開始した、35mmカメラである。
風貌が似ているということで、一部ではミッキーマウスのカメラなどと呼称されていたように、愛すべき外観ではあるが、極めてまじめなカメラである。

その証左として、軍用といわれたミリタリーカメラまで存在する。しかし兵士が戦場でこのコンパクトなカメラで現況報告していたと考えると、やはり用途が違うようで笑ってしまう。

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このカメラの名声は、その装着しているレンズによることが大なりと思う。
装着されているコダック・エクター44mm f3.5レンズは3群4枚のテッサータイプながら、開放から高解像で、発色もコントラストもすばらしく、その写りの良さは現在でも充分通用する。

そもそも「フイルム会社のレンズはよく写る。」というが、フジフイルムのフジノンや、コニカのヘキサノンはもちろんのこと、コダックのエクターも素晴らしいレンズの出来となっている。

そして、コダックのレンズに付した2桁のアルファベットは製造年を示している。

   C A M E R O S I T Y
   1 2 3 45 6 7 89 0   

この対照表に照合すれば、このレンズはRRなので、1955年製しいうことになる。


ただ、シャッタースピードが1/25、1/50、1/100、1/300の4段階しかなく、貧弱な感じがするが、気持ちを割り切れば、これだけあれば充分な気もする。

しかし、実際取り扱ってみると、赤ちゃんのくしゃみのようなクシュン!というシャッター音には癒されこそすれ、不愉快ではない。

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裏ブタには、スライドさせて使用する簡易露出計がある。
モノクロやカラーネガならばこれでもいいが、リバーサルとなると不安が募る。
インジケータには、コダクロームの表示があるが、これでは無理でしょう・・・

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ドピーカンの早春の桑名・長良川河口堰・・・1/300 f11  

絞ってはいるものの、これだけのシャープ・コントラストは素晴らしい!


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つぼみ固しの桜 1/100 f11  

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旧ソ連製レンズ RUSSAR MR-2 試写(続編)

前回、旧ソ連製レンズのルサール20mm F5.6の試写レポートを載せたが、その後もこのレンズが気に入ったのか、暫くあちこちに連れ出している。

超広角レンズのルサールを使った鉄道関連の写真をまとめてアップしてみたい。


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デハ70系73号車 昭和18年製造 平成12年廃車   (平成7年10月3日東急世田谷線松陰神社前)

この日は、大阪から東京出張。 まだまだ暑さの残る一日だった。

渋谷から東急田園都市線で三軒茶屋に行き、そこから路面電車のような世田谷線に乗車

この線は、もともと玉川電気鉄道の支線として敷設された歴史があるので玉電とゲージが同じである1372mm。

馬車鉄道の軌道幅であったいわゆる“馬車軌間”を採用している。

今では、東京都電・京王線・東急世田谷線と函館市電だけだ。

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車内の様子はルサールの効果がいかんなく発揮されている。

窓は全開にして、扇風機がグルグル回つて生暖かい空気を攪拌してゐる・・・昭和の風情が残っていた。

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デハ150系 151号車 昭和39年製造 平成13年廃車 

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松陰神社前での用事を済ませた後、府中に向い、その後なぜかJR中央線の武蔵小金井駅で下車している。
きっと中古カメラ店めぐりでもしていたんだろう。

この南口にある緑色の三角屋根が特徴の駅舎は、停車場に昇格して以来の由緒ある建物だったが、高架化工事に伴い平成21年に解体された。

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新橋駅日比谷口前交差点で夜景にトライしている。

露出計のないカメラで夜景を撮影するのはかなり難しいが、ISO400のフイムル感度に助けられたようだ。

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しかし、サラ金のネオンサインの何と多いことか・・・

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旧ソ連レンズ RUSSAR MR-2 試写

平成7年頃の話ではあるが、ライカをいじっいてると、ついついレンズの数が増える。ライカのLマウント(ネジ式マウント)に装着できるレンズの数が星の数ほどもあり、ドイツや、日本の西側諸国の製造品だけではなく、東側の旧ソ連製のものも存在するからだ。

ソ連は、第二次世界大戦直後、ドイツから優秀な光学技術を有する人材を多数連れ帰った。そしてソ連独自のカメラやレンズの作成に努めてきた。

よってソ連製のレンズには優秀なものが見受けられる。そのひとつが、このレンズだ。

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旧ソ連レンズ ルサール(RUSSAR MR-2) 20mm f5.6

レンジファインダーのカメラには広角レンズが扱いやすいが、28mm以上はよく見受けられるが、それより短い焦点距離のレンズは極端に少なかった。

ライツにはホロゴン18mmという名玉が存在するが、希少価値から天文学的な値段がつけられている。またツアイスにもビオゴン21mmという名玉があるが、それもおいそれとは手の出せない価格となっている。

しかしこのルサールは、ライツ・ホロゴンと同じようなドーム型レンズを前後に配した構成ながら非常に安価に購入することができる。

平成7年9月26日、大阪市内の中古カメラ店でようやく見つけた。上代は26,000円也

ソ連製レンズは、そもそも個体差が大きいので当りハズレがあるが、この値段だとハズレたとしても我慢ができる範囲である。

しかし、このレンズ平成15年に手放してしまったので、手許にない。(因みに36,000円で売却できた。)

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同じようなイメージを再現するために、装着したバルナックライカのライツIIIbに同じようなサイズのCanon25mmを並べてみる。ともにマウントの後ろが出っ張った非レトロフォーカスタイプで、外に向かっての出っ張りが少ないパンケーキレンズとなっている。

そして、ライツのファインダーは50mmなので外付けの21mmファインダーを載せて写る範囲を確認することとなる。

ルサールの20mm純正ファインダーというものが存在はするが、非常に不細工なものゆえ、傑作のひとつライツの21mmレンズファインダーを選択する。20mmも21mmも写る範囲はさほど変わらないと割り切って使うのが精神衛生上よろしい。

そして、焦点距離に応じて外付けファインダーを交換するという、この面倒くさい手順が、なにより楽しいのである。

よってレンズだけでなく、そのレンズの焦点距離に応じた外付けファインダーも手許にゴロゴロすることとなる。




新しい(古い)レンズを手に入れるとすぐに使いたくなるのが人情というもので、購入した次の日に松山への出張が入った。

やったー!とばかりに、カバンには、仕事の書類とともに、ライツIIIcとルサールを入れて、平成7年9月27日早暁、ラピートで関空へ向かった。

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東洋現像所とトーヨープリント・・・ネガ袋を視る!

今まで撮り貯めた鉄道写真のネガはすべて年月ごとに区分して保管してあるが、昭和57年に撮った写真のネガ現像は、すべて東洋現像所(現:イマジカ)でお願いしているようだ。

どこのDPEに依頼したのか、いくら考えても思い出せないのだが、すっきりと統一されたネガ袋とKodakのエンブレムは美しい。

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当時はデジタルカメラなんてものはカケラすら存在しなかったから、撮影したその場では、インスタント写真でもない限りは、撮影結果は分からなかった。

従って、上手く撮れたと思っていても、あくまで自分が思っているだけで確証がない。

そして、帰り道に写真屋さんに撮影済みのフイルムが入ったパトローネを持っていって、現像・焼付けをしてもらうのだが、この出来上がるまでの数日間がなんとも落ち着かない。

出来上がる予定日には真っ先にお店に立ち寄って楽しみにしていたプリントを手にするわけだが、とにかく早く出来上がりがどんな具合か見たいので、ドキドキしながら歩きながらプリントをめくって見ていたことを思い出す。

予想外の出来に満足することもあったが、それより落胆するほうがはるかに多かった(笑)

数日待って、心の中で山のように大きくなっていたその期待感が、ガラガラと音を立てて崩れ去るときの感覚は、またなんともいえない悲しさと諦念感を孕んでいた。

こういう出来上がるまでの数日をワクワクしながら待つとともに出来上がりを見たときの喜び(ほとんどが悲しみ)を味わえるのが銀塩写真のもつ醍醐味ではなかっただろうか。






小西六のサクラカーは、こんなオレンジがコーポレート・カラーで、肌色が美しい発色するなどと言われていた。

またハーフサイズは、フイルム代が節約されて嬉しかったが、逆にプリント代が高くつき、お小遣いを逼迫させたものだった。(この当時カラープリントはE判で1枚50円くらいだったと記憶している。)

“昭和46年の記事「柳生号」より”




フジカラーのネガ袋では百恵ちゃんが微笑んでいたこともあったね♪(過去記事から再掲)


青の発色が綺麗だとされるフジカラーは、ネガ袋も緑が基調だった。




そんなカラーネガフイルムから、今後もその当時の様子などを見て行きたい。





 1日1回 ぽちっとね♪  

ライカ鉄道写真全集 第8巻 西尾克三郎

今年3月20日に待望の「ライカ鉄道写真全集 第8巻」がついに・・・というより突然発売された!

プレス・アイゼンバーンさん 驚かさないでくださいよ!

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ライカ鉄道写真全集 第8巻 定価:7980円(本体7600円)


まだかまだか・・・とその発売を待ち焦がれて、頻繁に書店をパトロールしているときには、発刊せずに、こちらがちょっと気を抜いた間に発売するなんて・・・

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クラシックカメラのジャバラ再生について(2)

前回からのつづき・・・


ナベル社に、新しい蛇腹を作ってもらうには、正確な寸法を指定用紙に記入しなければならない。

まず8年型パールから蛇腹をはずす。

シャッターマウントは4つのねじで台座から取り外すことが出来るので、苦もなくできる。

しかし、手前のボディー側は、接着剤でベタリと貼り付けてあるので、簡単にはいかない。

手許にリムーバーがあったので、それを張り合わせ箇所に垂らして暫く置くことに・・・。

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そうすると70年前の接着剤がゆるんで来た。

程なくして完全に取り外すことができ、これならなんとか寸法が計測できそうだ。

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ただ、かなりのヘタリがあるので、寸法が測りにくい。中央と端とでは長さが異なる。う?ん困ったなあ。

まあ昔のカメラなので、そう厳密にしなくても何とかなると思い、長さを特定し、用紙に記入した。

会社には、用紙と併せて実物も添付して送った。



数日後、設計図面が出来上がって送られてきた。

ジャバラ設計図007-3


その立派な図面に精密機械を見るような思いがする。


内容OKの回答をして、代金+送料の振込みを済ませ、製作に取り掛ってもらった。

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クラシックカメラのジャバラ再生について(1)

思えば・・・平成21年の暮れのことだった。


会議が終わった後、仲間で、いつものように居酒屋で盃を傾けていた時のお話。

酔いが回ってきた頃からF(ファジー)とS(仲良しグループの女性)との趣味の話に入ってきた頃の・・・何とも不思議な会話





F:「私は戦前のクラシックカメラを集めては、廃棄直前のようなモノを修理して最新のフイルムを入れてやってですね・・・現代社会の様子を撮影してそのカメラを驚かせてやるのが趣味なんですよ♪」

S:「ヘェー」

F:「ところが・・・多少の修理ならば何とか出来る自信はあるのですが、手許にあるカメラ「小西六(六櫻社)8年型パール」というカメラのジャバラがボロボロになって、撮影に適さないんですよ。」

  「小さなピンホールの一つや二つは塞ぐことが出来るのですが、一旦補修しても、いざ撮影の段になるとまた光漏れがあるという繰り返しでお手上げ状態なのです。」

  「レンズがヘキサーという良いものを装備しているだけに、このまま棚の肥やしにしてしまうのは、つくづく勿体なくて残念で・・・(泣)」

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(ジャバラがお手上げ状態の「六櫻社8年型パール」ヘキサー11.5cm f4.5付 昭和11年製)


S:「カメラのジャバラが具合悪いんですか・・・?」

F:「そうです。当時のカメラは個体差があるようで、大正・明治期のジャバラでも完璧なものもあるのですが、手許のこのカメラはダメでした。ジャバラさえ取替えてやれば完全に復活できる自信があるんですけどなあ?」

S:「それなら新しいジャバラが手に入ればOKですよね。」

F:「そうなんですが、今時新品のジャバラなんてないですから・・・ヤフーオークションなどで同形式でジャバラの状態のいいものをゲットして取り替えようかと画策してるんですが・・・これだれの古い機種となると出品自体なかなかなくてね・・・」

S:「私、ジャバラを作っている会社知ってますよ♪

F:「ええっ。何ですって・・・ジャバラのメーカーを・・・」

S:「はい♪」

F:「あの?。肩こりがひどいのでいい医者を知らないか?という問いかけに回答はあっても、クラシックカメラのジャバラが具合悪いので困っている・・・の問いに即座にクリーンヒットする回答があるなんて・・・1万人に問いかけても絶対100パーセント『知らな?い』と答えますよ・・・ホントですか?」

S:「でもジャバラって、昔の写真機についていて伸び縮みするアコーディオンみたいなモノですよね。」

F:「まあ?なんということでしょう♪・・・是非ご紹介ください!」

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徳國製寫眞機 Ikonta 異聞

本日はクラシック・カメラの一大勢力であるツアイス・イコンの話題をひとつ。


1926年にドイツのカメラメーカーであるツアイス・イコンが誕生した経緯から始めてみよう。

第一次世界大戦後の敗戦国ドイツに於ける、目を蔽うような大インフレは、歴史の教科書にも載るくらいの大きな出来事だった。

1923年6月30日現在は1$=100万マルクだったが・・・

同じ年の8月13日には、1億マルクになり10月9日に10億マルク、11月15日には4兆2000億マルクになった。

このような状況のものとでは、一日も早く通貨を品物に替えておく必要があった。
そこでドイツ国民は、こぞってカメラを買い求めた。

一家に1台あれば贅沢と言われた頃のカメラである。それを何台も何台も買い求めた。このインフレに対応し、後で換金し易く、貯蔵性に優れていて、かさばらないものとしてカメラに人気が集中した。

従って、このインフレにもかかわらずドイツのカメラメーカーは超多忙を極めた。大メーカーはもとより弱小メーカーでも製造するその端から品物が売れたのだった。

しかし、インフレが収束すると、国民はこぞって手許のカメラを手放しだした。一気に数多くのカメラが市場に溢れたため、値崩れを起こした。そして国民の家庭には一生使っても使い切れないほどの台数のカメラがあったものだから、カメラメーカーのカメラが全く売れなくなった。

こうしてドイツのカメラ界に壊滅的な大不況が訪れた。

生産を増大していた頃の生産体制の肥大・借金の増大などのツケが一気にその会社を苦しめることとなった。

そこでドイツのカメラメーカーは大合併して生き残りを賭けることとした。

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そうして1926年にドレスデンで誕生したのが、Zeiss Ikon(ツアイス・イコン)社である。

約10社ほどのメーカーが統合したものと言われるが、大きな流れは、次の4大メーカーになる。

  イカ社(ドレスデン)
  ハインリヒ・エルネマン社(ドレスデン)
  C.P.ゲルツ光学研究所(ベルリン)
  コンテッサ・ネッテル社(シュツットガルト)


日本で言うと4大カメラメーカーが一度に合併したようなものだった。

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こうして、巨大企業となったZIESS・IKONが最初の自社ブランドとして1929年に製造販売したのが、Ikonta(イコンタ)と呼称されるこれらのカメラである。


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イコンが作ったカメラなのでイコンタらしいが、なにやら「いがみのゴンタ」を連想させる和風の名前に聞こえるのが楽しいカメラである。

もちろん今でもブローニ判フイルムを用いると普通に使える現役写真機だ。


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GR-DIGITALIIをドレスアップ

最近リコーからGR-DIGITALの最新バージョンDIGITALIIIが発売されたらしいが、売れ行きは如何であろうか。

GR-DIGITALIIのレンズの焦点距離は、28mm(35mmカメラ換算)の開放絞りF2.4

一方最新機のDIGITALIIIの方は、28mm(35mmカメラ換算)の開放絞りF1.9

解放値が少し明るくなったようだ。取っ掛かりとしては、この差をどうみるのかで触手が動くか否かという所ではないだろうか。

焦点距離が50mm以上のレンズであれば、この数値の違いは大きな魅力になる。開放値で撮れば被写体以外のバックが綺麗にぼけて主題が引き立つこととなる。

しかし、28mmのような広角レンズであれば、写っているものすべてにピントが合っているパンフォーカスになり易いので、コレくらいの数値の違いでは普段使いの用途においては歴然とした違いとして体感できないのではないだろうか。

勿論それ以外にも新機種ではバージョンアップされた箇所も数多くあるとは思うが、まだまだ高価だし、手許のGR-DIGITALIIの働きぶりに不満がないので、これからも買い換える予定はない。


ただ、オリンパス ペン E?P1のようなレンズ交換式の小型デジカメをRICOHが発売すれば話は別だが。


それはそうとして・・・


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手許のGR-DIGITALIIを費用をかけずにドレスアップしてやることとした。

(かかった費用 金210円也)


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今年の古典寫眞機同好會は・・・

8月の土曜日、ライカ先生のクリニックで恒例となった「古典寫眞機同好會」があった。

なんだかんだといいながら、もう8回目となっている。


去年のお題は、ハッセル祭りだったが、今年は“蛇腹の写真機”。

ジャバラなら大小問わずかなりの台数を所持しているので、持参するカメラの選択に苦慮する。

またジャバラカメラといっても数多くなると随分重くなるので、持ち歩ける程度の台数にしなければ・・・。


ライカ先生のクリニックで早速カメラ談義が始まる・・・ベルギーの白ビールであるヒューガルデン・ホワイトをグビグビやりながら。

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小生が持参したカメラは、左から・・・

1950年 コンテッサ35(独ツアイン・イコン)・・・戦後の最も美しいジャバラカメラとして

1924年 ルックスピコレット(独コンテッサ・ネッテル)・・・手許にある最も華奢なジャバラカメラとして

1936年 コダック・バンタム・スペシャル(米イーストマン・コダック)・・・戦前の最も美しいジャバラカメラとして

因みに、コダック・バンタム・スペシャルは、著名工業デザイナーのワルター・ドゥイン・テーグが手がけたバンタム版カメラの最高級機種で、アルミダイキャスト製黒エナメル塗ボディに9本の銀線を磨きだした流麗なスタイルを持ち、当時流行のアールデコ調を感じる気品あるものとなっていて、21世紀の現在においてもそのデザインは遜色がない。

もう一台は、中判のジャバラカメラ





1935年 パテント・エッツイ(独 カメラウエルクステーテン)・・・ジャバラの機能をとても上手に使い一番コンパクトになるカメラの代表として



畳み込むと、こんなにコンパクトに収納される。

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日本最古のカメラメーカー “堆錦(ついきん)カメラ”

平成21年7月5日まで、尼崎市総合文化センターで第9回上野彦馬賞のフォトコンテストをしているので前の日曜日に出かけてみた。

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このフォトコンテスト前回も訪れたのであるが、「上野彦馬賞」と冠するくらいなので、写真コンテストもさりながら、併設される古写真に関する展示がとても魅力的なのだ。

前回は幕末写真の集大成だったが、今回は当時のカメラ「堆錦(ついきん)カメラ」が主役だった。

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ちょうど21日(日)14時から古カメラに造詣が深い東野進氏による「日本最古のカメラメーカー」と題した講演会があったので、それに併せるように会場を訪れた。

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気になる広告

梅田を徘徊すると、いつもこの広告に出くわすが、会う度に気になって仕方がない。

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キャッチコピーを読んでみると・・・

      「時代を超えて、あなたと輝く」

カメラの広告のように見えて仕方がないが、モデルがつけている宝飾アクセサリーの宣伝だ。


TIFFANYのお店が大阪駅前にあるので、その宣伝だが、広告のド真ん中のカメラが気になる。




そのカメラとは・・・

ボディーは、クロームに輝くフロントエプロンの処理と軍艦部に見えるシャッターダイヤルの大きさからライツが1950年から発売したベストセラーのライカIIIfに間違いなかろう。

即座にカメラは、Leicaであることはわかったが、そのレンズが問題なのだ。

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銀塩カメラは、昔のカメラか?

デジタルカメラに慣れている子供たちを、たまに銀塩カメラで撮影すると・・・、

すぐに「うまく撮れた?見せて、見せて?」とカメラのモニターを見に寄って来る。

「これはモニターのないカメラだよ」と説明すると、「なぜないの?」と来る。


  背中に冷たいものを感じ、悲しい気持ちになる一瞬だ。


・・・昔、二眼レフを覗いて、「どうして左右が逆に写っているの?」(※1)と尋ねられたのと同様に、もう銀塩カメラは昔のカメラなのか?

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(※1)知らない世代のために、ここで二眼レフの神秘を紹介しよう。
   上からのぞくと、ピントグラスに写った被写体は反転している。
   (友情参加 RolleiFlex 2.8D)
   

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ライツ35mmファインダー”WEISU”

久しぶりにライカねたをひとつ。

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ライカマウントのぺったんこのレンズElmar35mmf3.5には、メッキがクローム(左)とニッケル(右)のものがあるが、戦前のブラックペイントのボディにはニッケルのものが、とにもかくにも良く似合う。


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手許にあるニッケルエルマー3.5cmをひっくり返してみると、裏側の距離計連動カムが極厚な初期型で
「ヘビーカム」と呼ばれるレアもの。

手が込んでいて、古雅な風情がある。

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Carl Zeiss Planar 75mmf3.5

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これは、二眼レフのRolleiflex3.5fの装着レンズであるツアイスのプラナー75mmf3.5を取り出して一眼レフで使えるように加工してM42マウントに仕上げたもの。

どこの御仁がこんな荒業を思いついたか知るすべもないが、とある中古カメラ店で手に入れたもの。

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月刊「写真工業」おまえもか・・・

今年の月刊「写真工業」12月号を購入して最後のページを見て驚いた。

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今月号で休刊・・・つまり廃刊ということが記されていた。


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Rietzschel Clack(リーチェル・クラック)といふ冩眞機

手許に一台の古典写真機(クラシック・カメラ)がある。

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かなりの時代物だが、外革をふくめ状態は非常に良好。

またジャバラカメラなので折りたたむとこんな感じでペッタンコ。

とてもコンパクト。

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外革に丸くRietzschel’s CLACK Munchenとある。


このリーチェル・クラックというカメラ、今から4年前、平成16年12月2日に中古カメラ店でその美貌に一目惚れして買ったものだが・・・ライカやコンタックスと比べ、その氏素性が全くといっていいほど判らない。


そういうときには、文献漁りをするのもこの道の楽しみだが・・・

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古典写真機同好会?ハッセル祭りだ!

8月のとある日曜日、ライカ先生のクリニックで古典写真機同好会の例会があった。

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前回の会合では、ライツのフォコマートでモノクロ写真の焼付けを愉しんだ。


本日のお題は、6×6の雄「ハッセル・ブラッド」である。

構成員がそれぞれご自慢の愛機を持ち寄った。

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やはり、ハッセルには、白い鏡胴のレンズが似合うねえ。美しいねえ。


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Kodak Retina 幻の鏡玉 KODAK PUPILLAR

コダック社が発売した35mmカメラのRetina(レチナ)シリーズは、発売された期間も長く、その種類も豊富である。

またその折りみ可能なコンパクトさが愛らしく、またライカやコンタックスの様な高価なものではないので、お手軽なコレクションアイテムとなっている。

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以前コレクションからレチナの初期3種をご紹介したが、今回ご披露するものは、#126といわれるもの。

1936年3月から1937年10月にかけて約40,000台を製造したグループのものだ。

これだけ製造されていれば、別に珍しいものではないといえるが・・・さらあらず。

レンズが激レアものである。コダック・ピュピラー(KODAK・PUPILLAR)というもの。

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買っちゃいましたよ♪ EPSON “R-D1s”

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ライカマウントのレンズが使えるデジタルカメラ エプソンの“R-D1s”を入手した。

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報道写真傑作集とスピードグラフィック(その1)

先日、アサヒカメラ臨時増刊号として朝日新聞が毎年発刊していた「報道写真傑作集」の1951年から1959年までのもの計9冊を入手した。

表紙はこのようなもの。

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小西六創業100周年記念「さくらカラーN?100」

小西六写真工業(現在のコニカミノルタ)が明治6年4月に日本最古の写真業として小西屋六兵衛本店を開業してから昭和48年に100年を迎えた。

そのとき、昔のフイルムパッケージをイメージして、「さくらカラーN?100」20枚撮カラーフイルムを無料で配布したことがあった。

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お天気につられて・・・

4月中旬のお休みの日、うららかな春の陽光に誘われて、普段使わなくなった昔のコンデジ(CASIO EXILIM EX-S2)を手にしてお散歩に出かけた。

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このカメラ、2002年に買った我が家のデジカメ第1号機である。
これで、当初せっせとブログを作ってきた。


しかし、今となってはそのスペックは、陳腐なものとなってしまった。

200万画素しかなく、単焦点でズームは効かないし、マクロ機能もない。手ぶれ機能なんてとんでもない。

すでに、今頃の携帯電話のカメラに抜かされたかな?

ただ兎に角小型軽量なのがありがたい。こういうカメラは今後は生まれてこないんだろうか?




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ベストエキザクタ(B)

私の手元に、ベストエキザクタ(B)という写真機がある。

以前エキザクタバレックスIIaという西洋甲冑に似たカメラ(1960年製)を少しアップしたことがあったが、これはそのご先祖様にあたり1935年頃製造された一眼レフ。

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この黒塗りボディにニッケルの怪しい輝きには、敵いません。たちまち降参。

ライカやコンタックスもそうだが、戦前の黒塗りカメラはなぜこんなに美しいのだろうか。

じっと眺めているだけでも至福の時が流れる。

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ライカ IC

ひさしぶりにカメラの話題をひとつ・・・。


Leica IC は、1949年に登場したライツ社の特殊なカメラ。

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ドイツは第二次世界大戦終結時、またも敗戦国となったわけだが、連合国が光学技術の高さを知っているものだから、その生産をバックアップしたため、戦後もすぐにカメラの生産が開始された。

これはそんな中、顕微鏡撮影やドイツ郵政省の電話度数読み取り用に開発された特殊なカメラである。


よってファインダーがない。必要ないから省く・・・ドイツ的合理主義である。

シャッターボタンとシャッタースピードを調整するダイヤルと巻き上げノブがあるだけ。

この当時のものは、戦後の物資難で、メッキの状態の悪いものが多いが、この個体は極めて綺麗である。

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「Lマウント沈胴のNIKKOR-QC 1:3.5 f=5cm とHexar1:3.5 f=50mm 」

カメラの話題がご無沙汰だったので、ここらでひとつ・・・


 


ファジー所蔵のカメラレンズの中にちょっと変わったものが混じっている。


それは、NIKKOR-QC 1:3.5 f=5cm Nippon-Kogaku Tokyo とレンズ周りに書かれているライカLマウントの小さなレンズである。


同じような仕様の小西六(現コニカミノルタ)のHexar 1:3.5 f=50mm Konishiroku と並べてみる。



(左:Hexar 右: NIKKOR)

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「十三夜の月」

今年の10月23日は旧暦9月13日。いわゆる十三夜である。

日本古来の月見の宵なのだ。

すっきり晴れた秋の夜空にぽっかりとお月さんが顔を見せている。

今日は少し帰宅が早かったので、夕食を済ませて、ちょっとカメラをいじる。

キャノンのKISSデジタルにYASHICA REFLEX500mmf8+CONTAX Mutar?の重装備を仕立てて、お月様に対峙した。

約1600mmの望遠レンズに該当する。

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「CONTAXIIaで撮る夕暮れの公園」

 

自宅前の公園をふらりとフォト散歩する。

 


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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

Author:ファジー



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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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