昭和48年 年末の向日町運転所

昔のネガをデジタルスキャンしてみた。今から40年前のカラーネガだ。

同一フイルムメーカーのものでもその経年変化の状態は様々で、時にスキャンに骨が折れるものがある。当時の現像薬剤の違いによるものか、適正露出でないものがスキャンしにくいのか・・・不思議に感じつつデジタルスキャンを進めている。

今回はその当時国鉄向日町運転所を訪問したときの様子である。

昭和48年12月13日(木)それも夕刻になってから訪問しているようで、光線状態はあまりよくないようである。

どういう経緯で訪れたのかは思い出せないが、中学校の期末試験の最終日、半ドンで下校するので悪童に誘われパトロールしたのかもしれない。

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北陸線の急行列車はさほど珍しくもないので、これはカメラテストに過ぎない。

しかし、よく見ると急行「立山」の初期の大形ヘッドマークをつけてるようだ。

(しかし今になってみれば、何気ない風景も記録しておく重要性はひしひしと感じている。)


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いつもブルートレインの牽引機がこのように肩を寄せ合って待機している姿は、見慣れた向日町の景色であった。

EF58が20系を牽引する寝台特急「あかつき」と「彗星」はうんざりするほど運行して、写欲がそがれるほどだった。

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その傍らを新型特急の「雷鳥」が軽快に下っていった。

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昭和55年 関東鉄道・常総線・水海道機関区訪問記(前編)

今日は、懐かしい話題をひとつ提供いたしましょう・・・



昭和55年当時非電化の最大私鉄といえば、この関東鉄道であった。

その中でも常総線の車輌基地である水海道車庫は最大勢力であり実に多彩な車輌を見ることが出来た。

関東鉄道の他の路線はすでに当ブログにてご紹介済みである。


昭和55年3月31日 旧関東鉄道・筑波線(筑波鉄道・筑波線)コチラ

昭和55年3月31日 旧関東鉄道・鉾田線(鹿島鉄道・鉾田線)コチラ

昭和55年5月11日 関東鉄道・竜ヶ崎線コチラ


他の路線はこのように随分前に記事にしていたが、常総線だけは何故か掲載するのをためらっていた感がある。

なぜなら車輌紹介に終始しているようで、一部のマニア以外には面白くなかろうと考えていた節があるからだ。

しかし、この路線を紹介しないままでは関東鉄道の全路線を制覇したことにならないし、30年以上経過して改めてネガを見直してみると、現在では見ることができないユニークな顔立ちの車輌が数多く存在する事が確認できた。

思い立ったが吉日・・・遅ればせながら本日記事としてアップすることとした。




昭和55年5月11日快晴の常総線・水海道(みつかいどう)を訪問する。

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水海道駅にて キハ614+キハ613+キハ501

非電化区間は、架線ポールがないため駅構内もすっきり広く感じられる。

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上記の列車を後方に入れてのワンショット  右は元電車であったキサハ66ほか


さてさて、車庫内を見学に向かう・・・

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純木造の機関区事務所にて許可を得て車庫内を撮影して回ることに・・・


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今になって思うことだが・・・こういうシーンは、知らない間にその姿を消してしまった。


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昭和62年国鉄民営化直前の湖北の鉄道風景

昭和62年2月17日 仕事で彦根・長浜に行った際、彦根駅でたむろする近江鉄道車両を撮影したもの

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彦根駅の連絡橋の上からは、近江鉄道の賑やかな車両たちが確認できるため、訪問毎に要チェックポイントになっている。

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右からモユニ11とモユニ10 

モユニ10は、昭和3年川崎造船所製の西武鉄道モハ232が前身

地方私鉄では、郵便荷物車は、貴重な存在だったが、3年前の昭和59年1月末をもって鉄道郵便輸送が廃止されたことからこれらの車両は用途を失ない、構内でひがな一日甲羅干という体をなしていた。

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かに三昧の湯村温泉へ

国鉄が民営化される直前だった昭和62年2月7日

年に2回あった職場の慰安旅行で、今回は但馬の湯村温泉に行くことに・・・目的は、云わずと知れたる“温泉とカニ”なり。

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朝の大阪駅のお馴染みさん・・・長野からの夜間急行「ちくま」


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新しく登場した特急北近畿3号城崎行きに乗車 

大阪駅9:05発である。

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クロハ481-301

この当時、普通車とグリーン車との合造車(クロハ)は珍しいものだった。

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東武鉄道・鬼怒川温泉駅

昭和61年11月3日 会津地方への1泊2日の職場の慰安旅行に出かける。

その際撮影したリバーサルフイルムがあったのでスキャンしてみた。

しかしスリーブではなくマウントしたものだったため、わずかのスキャンにも随分時間を要してしまった。


東武鉄道148-1

さてさて、これは昭和57年に開業した東北新幹線に、ようやく初乗車した際のもの。郡山駅でのワンショット。

思えばJR移行直前のものとなった。

ここより会津観光のツアーバスであちこち観光地をめぐり・・・

東武鉄道156-1

整備されたばかりで、これから観光地として名乗りを上げようとする大内宿では、こんなことしたり・・・

東武鉄道157-1

・・・ということで、今日のお宿は、磐梯熱海のホテル一力

宿での写真は、今のようなデジタルカメラでないのでほとんど撮っていない。撮っていても人物中心なのでここには掲載できないのだ。

とにかく広く立派な庭園に面した1階客室で、そこから下駄履きで紅葉の盛りに彩られた広い庭園に出られた思い出がある。

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オリエント・エクスプレス '88 (その3)

前回(その2)からのつづき・・・

オリエント急行139-1

S63.11.23 大阪駅3番ホームに停車中のオリエント・エクスプレス '88

編成は、EF8167(酒)牽引によるオニ231+スタッフ車+荷物車+食堂車+プルマン+バーサロン車+寝台車×6+マニ502236の13両編成である。


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オリエント急行138-1

オリエント急行142-1

寝台車の連結面

左“CARROZZA CON LETTI”(伊表記)

右“SLEEPING CAR”(英表記)

ステップ扉の楕円窓が微妙に異なる。それぞれ作られた時代が異なることが窺われる。

とにかく・・・ため息が漏れそうな造形美である。

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オリエント・エクスプレス '88 (その2)

前回(その1)からのつづき・・・

昭和63年11月23日の日記から・・・

“来日中のオリエント急行が大阪駅での最後の公開展示をなすことを知り、昔取った杵柄よろしくNikonFを携えて、午前9時過ぎに大阪駅へ。係員に聞けば、午前9時46分下り3番ホームに入線との事・・・”

“ホームにて中高生時代を想いださせる少年達に交じってイベント列車を撮る“

“恥ずかしくもありまた嬉しくもあり。”


オリエント急行126-1

“ついにそのときがやってきた!”

“13両編成のオリエント急行の姿が見えたと思うと、たちまち滑るが如く入線してきた。そのさまを引き付けて、さらにひきつけて、その瞬間震える手でシャッターレリーズを押し切った。カシャリ!”
 
“この瞬間が堪らない。緊張感の高まりと一瞬に賭ける意気込み。これだからこの趣味がやめられない。今日はもう二度と来日することはないであろう同列車を隅々まで愉しまん”

 



オリエント急行127-1


オリエント急行129-1

3・4番線ホームは、関係者以外立ち入り禁止なのだ。

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これは、当日ホームで貰った「日立オリエント・エクスプレス 観覧記念ガイドブック」である。

 これから登場する車輌の説明にはこれがあって助かった・・・四半世紀後に役立つとは・・・なんでも取っておくものである♪

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オリエント・エクスプレス '88  (その1)

昭和63年11月23日(祝)

 フジテレビジョン開局30周年、JRグループ発足一周年記念事業として、フジテレビ・JR東日本主導のもと、各国政府・鉄道各者の協力により、NIOEの車両を利用してパリ→東京間でORIENT EXPRESS'88が運行された。

正式名称は"HITACHIカルチャースペシャル・ORIENT EXPRESS'88"


思えば、あの憧れのオリエント急行の車輌が、シベリア鉄道を経由して極東の島国に渡り、日本全国を走り回るという話を耳にしたのは、どれくらい前のことであったか。

その当時は、日本の国力は絶好調ではあったが、この手の眉唾物は、テツ仲間に多く、また夢のような話をしている趣味人の戯言と耳を貸さなかった。

「そもそも、どうやって運んでくるの?」「レールの幅が違うから理論的に走行できない!」「連結器も全部取り替えるのか?」「だいたい定期運用車輌を貸し出せば、本来の運行に差し障るし・・・」

などの素人でも実現不可能と思っていた夢物語が、数々の難問を全て解決して・・・・ついに実現したのだった。

オリエント急行138-1


この日が大阪駅に現れる最終日ということであり、しかも祝日ということもあって、マイカメラのNikonFに望遠や広角レンズを携えて、いそいそと出向く。

「この日を逃すと一生オリエント急行を目にすることはないだろう・・・」という思いをもちながら。




午前9時には大阪駅に到着

オリエント・エクスプレスの到着までには、少し時間があるので、去来する列車を撮影する。

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昭和62年4月1日新会社JR発足

昭和62年4月1日紆余曲折を経て、日本国有鉄道の民営化として新会社JR6社が発足した。

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ちょうどその日の朝、ラッキーなことに新幹線出張の日だったので、乗る列車の時刻より随分はやく新大阪駅に向かい、東京発の1番列車を待ち構えた。

新大阪駅の在来線からの乗り換えコンコースには☆JR西日本・東海・・・本日スタート☆の電光掲示の文字が躍る!


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デモ列車“ひかり1号”博多行きが新大阪駅に到着したが、100系新幹線のトンガリ鼻に“よろしくJR”のベタシールが貼ってあるだけだった。

これが0系のダンゴ鼻であればもう少し美しいのでは・・・と思ったのは小生だけだっただろうか?

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それでも、ホーム上の乗客の受けは上々の様子だ。

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昭和61年11月1日福知山線複線電化開業出発式

大阪・新三田間の複線工事と、大阪・城崎間の電化工事を進めていた国鉄がその工事をついに完成させ、昭和61年11月1日大阪駅1番線で「福知山線複線電化開業」と題して、L特急“北近畿”の出発式が盛大に行われた。

19861101福知山線電化開業093-1

19861101福知山線電化開業095-1

特急の先頭部分は大変な人出だったが、式典を後ろからながめるこの場所は、さほどでもなく小生のような一般人でも立ち入ることが許されていた。

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19861101福知山線電化開業092-1

午前8時ちょうど、1番列車として特急“北近畿1号”が出発した。


・・・福知山線が便利になったが、その反面、鉄道ファンとして面白みを失った朝だった。


  1日1回 ぽちっとね♪

雪の城崎・西村屋城崎グランドホテルにて

昭和61年2月志賀直哉のように怪我をしたわけではないが、カニが美味い時期なので、城崎温泉に湯治にでかけた。

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(明治44年の鉄道地図)  「八鹿」を「やをか」とする興味深い表記も見受けられる。


志賀直哉が訪れた大正2年では、すでに福知山?和田山が開通しているので、山陰線経由で向かったことだろう。

われわれは、このときは姫路経由の特急“はまかぜ”を利用したように記憶している。


泊まった旅館は、温泉街の一番奥にある“西村屋城崎グランドホテル”(現:西村屋ホテル招月庭)である。

ここは、繁華街から遠く離れて近くに見るべきものはないなあ。と思っていたらホテルの非常階段から「絶景」が見えたのだ。

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上り特急“あさしお14号”


こうなるとどうもいけない!

部屋に備え置きの時刻表をチェックして、許す限り撮影を試みた。

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上り福知山行き普通526列車

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昭和60年 旧友と越中・信濃に遊ぶ

昭和60年9月14日大学の友達たちと2泊3日の旅行に出かける。
金沢・富山をめぐり、黒四ルートで長野入りして中央線で帰ってくるというコース。

途中立ち寄る都市で頑張っている同級生を呼び出して、旧友を温めるとともにご当地の案内をしてもらうという作戦である。


19850914富山・長野旅行181-1

これは、出発の朝、大阪駅11番線の西端のホームに電留線があり、そこに留置されていたEF58150

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プレートにある「インポート・エキスプレス・大阪」とは、梅田コンテナヤード跡で催されていた、個人輸入推進の展示会のようなものではなかったと記憶しているが、まったく興味がなかったので出向くことはなかった。

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金沢駅の風景・・・下り特急“雷鳥13号”

高架を目前にして広い構内のレールが剥がされ、寂しい光景となっていた。奥のほうには43系客車の姿も見える。

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昭和58年はじめての大井川鉄道

昭和58年10月17日東京の帰り、はじめて大井川鉄道に立ち寄った。

東海道線金谷駅から千頭(せんず)に向かう。

19831017大井川鉄道126-1

金谷駅・大井川鉄道線


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大井川鉄道線の終着駅・千頭駅構内


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B6が好きでここで出会えたことに喜びを感じていたが、この車両はこの後ホマレの運命を辿ることとなる。

「昭和51年静態保存に切り替え、千頭駅や金谷駅構内で展示・保存されていたが、平成4年産業考古学会より産業遺産として認められた。そして翌平成5年日本工業大学技術博物館において動態保存されることとなった。」

jyouk_15.jpg(同大学ホームページより)

【略歴】

明治24年 イギリス・ダブス社で製造され、日本鉄道が輸入

昭和 3年 西濃鉄道に移籍

昭和45年 廃車。大井川鉄道が譲渡を受け、日本のSLの動態保存の先駆けとして千頭-川根両国駅間を運転

昭和51年 静態保存に切り替え、千頭駅や金谷駅構内で展示・保存

平成 4年 産業考古学会より産業遺産として認められる

平成 5年 学校法人日本工業大学・技術博物館で動態保存


19831017大井川鉄道139-1

千頭駅は、昭和30年代風の地方ターミナル駅の雰囲気を色濃く残していて好感が持てる。

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昭和57年晩秋 福知山線寸景

前回の続き・・・昭和57年11月3日武田尾のパトロールを終え、場所を移動する。

19821103福知山線・武田尾009-1


武田尾駅で特急“まつかぜ”の通過を待って、車中の人となる。

19821103福知山線・武田尾016-1


福知山線・三田から3駅北になる藍本駅に降立つ。しかし駅前には、数件の農家が並ぶのみと極めて寂しい。
中心となる集落は、駅から離れたところにあるのだろう。

(この駅も昭和61年の電化工事とともに簡易な駅舎に建替えられた。)


19821103福知山線・武田尾017-1

周囲には純然たる農村風景が広がる。 上り快速3422列車・・・場内進行!


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昭和57年 福知山線・武田尾駅界隈をパトロール

昭和57年11月3日、秋の武田尾を満喫しようと、イバさんとともにパトロールすることに。

この当時は、福知山線の新線は完成しておらず、武庫川にそってクネクネと上流に至る純然たるローカル線だった。

19821103福知山線・武田尾001-1

武田尾駅を出発する大阪発米子行き普通723列車 

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茶色や青色の客車が混ぜこぜ・・・2輌目にはナハフ11?1の姿も

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上部の大きなトンネルは、新たな福知山線の経路となる。

隧道開口部には昭和61年11月1日新しい武田尾駅が開設されることになるが、まだ4年も先のことだ。

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これは、新線開通後の地図 旧の武田尾駅は、バス停()武田尾のところにあった。

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日本鉄道旅行地図帳(9号)新潮社より

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昭和59年 電化直前の国鉄奈良線訪問

前回は、昭和59年7月末日の国鉄・奈良線の京都駅の様子を掲載した。

そして今回の内容は、昭和59年9月21日、電化完成の10日前、同線を訪れた時の様子。


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クハ104-501+クモハ105-501

奈良駅構内では“試運転”の表示を掲げた電車の姿が見受けられ、いよいよその時を迎えるという雰囲気が満ち溢れていた。

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クハ104-508 + クモハ105-508 + クハ105-5 + クモハ105-512


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9時48分発京都行き 636D  キハ35-122 + キハ36-31


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当時の時刻表をアップしてみた。  縦書き表示も懐かしい♪


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電化を前に、最後のお勤めのような哀れな姿を見せるキハ36?31
 

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昭和59年真夏の昼下り・・・国鉄&近江鉄道貴生川駅

これは、昭和59年7月31日仕事で訪れた近江鉄道の貴生川駅でのスナップショット。


19840731近江鉄道・貴生川092-1

いきなり出会ったのは、この夏の特別仕立ての“昆虫列車”

カバンの中に常に忍ばせているOLYMPUS?XAをおもむろに取り出してパチリ!




前面バリアをスライドさせることでスイッチONになるのがスマート。コンパクトながら二重像合致式のピントあわせができるのか嬉しい。

(このカメラは、大学時代ほとんど毎日持ち歩いていたもので、仕事に就いてもしばらくは常に携帯していたが・・・今は、稼動されることもなくタンスの肥やし状態となっている。)




この“昆虫列車”の車内には多賀神社の写真や“襟巻きトカゲ”のぬいぐるみが飾ってあるという珍妙な電車である。

正面に足のないテントウ虫を配するのは、ちょっと不気味だ!

(平成の時代からするとラッピング車輌は珍しくもないが、当時はこれでも驚きをもって迎えられた奇抜な車輌なのだ。)

19840731近江鉄道・貴生川093-<br />1

モハ131-クハ1214

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これが本来の近江鉄道の電車スタイルである。モハ132+クハ1215か?


これらの車輌は、外観は比較的新しく見えるが、出自を辿れば大正時代の車輌となる。

元車は、西武クハ1203・1204である。いずれも木造ダブルルーフだった車輌である。

モハは1925年(大正14年)汽車会社製造。クハは池袋 - 所沢電化開業にあわせて1922年(大正11年)に製造の梅鉢鉄工所製となっている。


19840731近江鉄道・貴生川096-1

近江鉄道線から跨線橋を渡って国鉄線ホームに移って来る。


当時は国鉄の草津線と信楽線の乗換え駅ナリ。

往時C58の貨物列車を狙って訪問したのが懐かしく思い出される。

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たくましい現役の気動車である面構えを見せる信楽行き529列車・・・キハ5826+キハ58651・・・もちろん非冷房車

真夏の熱気を増大しそうなディーゼルのアイドリング音が、気だるく響く昼下がり


あの大事故“信楽高原鐵道列車衝突事故”が発生する7年前の穏やかな姿である。



乗換え客の姿もほとんど見受けられない、長閑そのものの国鉄ローカル線乗り換え駅なり。


草津を経由して京都に戻る。

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いつものように奈良線のホームではキハ35がカラカラとアイドリング音を響かせていたが、程なくして非冷房の単に日陰でしかない車輌が、轟音を響かせて出発した。

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新幹線ホームとローカル線との妙な対比を楽しめる一角だ。

しかし、この2ヵ月後には奈良線電化完成のために見られなくなる光景でもあった。






 1日1回 ぽちっとね♪  




昭和58年カラーネガ拾遺集

昭和58年5月のネガを見ると、仕事の合間に撮影した鉄道写真が何枚か出てきた。

わざわざ撮影目的で出かけたものではないので、いい加減なものではあるが、当時の様子が閉じ込められているので、少し記事にしてみた。(いわゆる小ネタ集)


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撮影の2カ月前に登場したばかりの京阪6000系 (守口市駅にて)

従来の京阪本線の車輌とは一線を画すデザインを持っていたためか、こうして新車にもカメラを向けていたようだ。

この当時は専ら普通列車としての運用だった。(現在では特急として活躍中)


加山雄三が登場する、ナショナルエアコン“楽園”の広告も懐かしい。



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京阪・枚方市駅

地下通路と跨線橋で各ホームをつなぐ地上駅であったが、かなりくたびれた感じが漂う駅だった。




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現在(平成22年9月)の様子。駅前のバスターミナルは、そのままだ。

昭和63年5月に京阪本線上り線が高架になったのだが、この高架駅の姿しか記憶にない人にとっては、昔の姿に何を感じるだろうか?


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この踏切の北西には、街道筋の石碑があるが、それは今も残されてある。

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右 倉治滝・・・交野の倉治にあるこの附近では一番大きな「源氏の滝」のことだろう。
落差約17.5メートル。昔は修験者の修業の場であった。


左 京六里、八幡(やわた)ニ里




この当時本線が高架工事中ではあったが、交野線の高架化は少し遅れた。

交野線ホームに入線する600系(昭和57年夏撮影)

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昭和58年3月湖西・堅田に江若鉄道の遺構を発見!

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昭和58年3月 国鉄・湖西線の堅田駅に立つ


ここ堅田は、琵琶湖畔には浮御堂があり、近江八景のひとつ“堅田落雁 ”として古来よりの名所である。

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また東海道線から遠く離れた堅田の風景は、国文学者の大和田建樹により、鉄道唱歌東海道編の43番にも読み込まれている。

堅田におつる雁がねの たえまに響く三井の鐘

      夕くれさむき唐崎の 松には雨のかかるらん




また、堅田は、“かたた”と濁らずに発音する。

そして訪れた年から遡ること14年前の昭和44年までは、ここに「江若鉄道」が走っていたところでもある。

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日本鉄道旅行地図帳(第9号・関西2)より

国鉄堅田駅から国道に沿って南下したところには、その遺構の一つが残っていた。

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「本堅田」とバスの停留所として利用されているようだが、もとの江若鉄道・堅田駅(大正12年開業・昭和44年廃止)である。

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反対側に回ってみると、線路は剥がされているといえ、低いホームがそのまま残っている。


その近くの江若バスの整備場を覗くと、懐かしいボンネットバスが残っていた。

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ナンバープレートは取り外され哀れな姿だが、湖西の山岳地区を走り回っていた車輌のようだ。

※この車輛は、昭和55年2月に登録抹消されて、平成4年に福山自動車時計博物館がを引き取り、修復して平成5年9月に再生したものかもしれない。
そうだとすると、平成6年7月より北塩原村から依頼を受けられた磐梯東都バスが毎年春季?秋季に運用している桧原湖周遊レトロバスとして活躍しているものかもね♪


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堅田というところは面白いものが残っているなあ♪と感心しながらフォト散策を続けた。





 1日1回 ぽちっとね♪  


昭和58年“サロンカーなにわ” お披露目展示会

昭和58年9月10日今後数多く製造されることになるジョイフルトレインの嚆矢ともいうべき“サロンカーなにわ”のお披露目が国鉄・大阪駅の3番ホームで13:55?16:40の間、なされるということを新聞で知り、土曜日の半ドンののち、立ち寄る。

当時の不爾日記によれば「我、数日前より新聞にて識りたれば、かくも珍しき事、屡なるはあるまじき事なれば、職場より写真機を肩に携えていざ参らむと、正午過ぎより彼のステンショへ馳せ参じたり。」とある。

これは、東京鉄道管理局が豪華列車「サロンエクスプレス東京」を作ったことに対する大阪鉄道管理局が仕立てた対抗車輌である。


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梅田の大歩道橋の上から進入の様子を撮ろうとカメラを構えた。

(この頃の歩道橋の上空にはまだまだ広い空間があったのだ。)


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EF56に牽引されて、入線してきた。

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よく見るとバックの大阪鉄道管理局の正面には「サロンカーなにわ誕生」の垂れ幕が掛かっている。

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昭和57年国鉄宮津線・小浜線を巡って・・・

前回からのつづき・・・



豊岡からは、宮津線に入る。


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久美浜駅で特急“あさしお”と対向

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昭和57年播但線の旅

この年は、よく旅行に出かけているようだ。

大学を卒業して懐かしの関西に戻ってきたせいかもしれない。

この9月15日も播但線の客車列車に乗車するとともに宮津線・小浜線を経由する大回りループラインを楽しんでいる。

19820915播但・小浜・敦賀000-1


姫路を8時29分に発つ和田山行き629列車に乗車する。

DD511180が牽引する赤い客車オハ50系・・・オハフ50212+オハ5051+オハフ50214+オハ5062+オハ50154+オハフ50221という編成である。

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オハフ50212の車内

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昭和57年8月 野上電鉄日方駅構内

前回からのつづき・・・


日方駅構内のその他の車輌を見学する。


19820822野上電鉄006-1

車窓の上にある明かり窓がなんとも優美な・・・モハ101とモハ31 阪神時代の特徴をよく残している。



19820822野上電鉄013-1

モハ32は、旧阪神1141形モハ1151  

ルーツをたどれば大正時代の311形木造車になるが、昭和12年3月田中車輌で鋼体更新されたもの。

R0018429-1.jpg

これがモハ32の原型である阪神311形木造車・・・阪急1型に比べるとその面影はすっかりなくなっている。


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阪急・阪神の名車を求めて・・・野上電鉄

昭和57年当時、野上電鉄を代表する車輌といえば・・・

モハ23(旧阪急1)モハ24(旧阪神604)の2輌だろう。



日方駅に戻り、構内の車輌を見学していると、一両の定期列車が、吊り掛けモーター音を轟かせて構内に進行してきた。

19820822野上電鉄022-1

この車輌下回りに、台枠の歪みを修正するトラス棒を有することから、元車はかなり古く、木造車であったことが判る。

なんと出自は、小林一三説くところの「最も有望なる電車」である箕面有馬電鉄(現阪急電鉄)の1型車輌であって、木造からの鋼体化は昭和25年になされているが、製造年は明治43年まで遡る。



19820822野上電鉄025-1

(友情出演) 阪急正雀工場で保存されている箕面有馬電鉄1型(平成7年撮影)

19820822野上電鉄026-1

同車車内の様子(阪急・正雀工場にて) 二重屋根とすずらん型室内灯が優雅の極みだ!



19820822野上電鉄023-1

野上電鉄の写真に戻ると・・・

旧阪急モハ23が入線する日方駅

留置されたモハ31の車内の明かり窓の様子が、窓越しにわかる。

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昭和57年8月 野上電鉄を訪れて・・・

前回からのつづき・・・


和歌山市から新宮行き各駅停車128列車に乗車し、海南駅に到着した時刻が13:46

駅に隣接する野上電鉄に乗車するために下車する。駅から少し離れたところに、野上電鉄の始発駅である日方駅がある。


19820822野上電鉄011


19820822野上電鉄012-1

その近くには、同鉄道の本社建物があった・・・しかし何とクラシックな建物だろうか。
大正5年の開通当時からのものであろう。

19820822野上電鉄012-2

本社前のスバルもえ?感じ♪


まずは、一度終着駅の登山口まで乗ってみよう。

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昭和57年8月台風10号により水没した関西本線・王寺駅

昭和57年8月1日に上陸した台風10号は、日本各地に傷跡を残したが、奈良では1日から3日にかけての記録的な豪雨により大和川水系の葛下川が氾濫した。

このことにより国鉄・関西本線王寺駅も駅構内が水没し、電留線に留置していた車輌が床上浸水した。その泥水は、電気系統に著しいダメージを与え一度に101系車輌が60輌が被災し、内54輌が廃車となった。

19820822 野上電鉄0001-1
そのため急遽、淀川電車区からは101系6両が応援に参加。

また遠路、東京からは、応援車輌が運ばれて、関西本線では見ることがなかったカナリア色の101系車輌が稼動していた。

19820822 野上電鉄0002-1

これは、そんな昭和57年8月22日に訪れたときの様子。

道床には、20日前の泥水による冠水の痕跡がはっきりと残っている。

19820822 野上電鉄0003-1

扉の上の「関西線」の文字は、誤乗を避けるためたというが、カナリア色に慣れていない関西人にはどう映っただろうか?

19820822 野上電鉄0003-2 首都圏からは廃車待ちの中原区の101系が54両転属してきた。

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昭和47年11月23日“汽車ポッポ南紀号”・・・補遺2

紀伊田辺での様子・・・線路敷きへの立入りがかなり認められていた。

当時の国鉄敷地というものはこんなものだったのかもしれない。

1972年 南紀号124-1

前方に雑然とした機関区の様子が望まれ、当時の賑わい振りがうかがえる。

1972年 南紀号125-1

木造の跨線橋の上からキハ82特急“くろしお”も撮影するが、屋根上のディテールがよく分かる。


【追記 2010.09.27】

先日、拙ブログの読者から、紀伊田辺駅・田辺機関区の現状写真を送っていただいた。
今の状態との対比も大切なことと思い、了解を得て転載する。

2010紀伊田辺駅・定点撮影

跨線橋が北側に移築された為ホーム上から機関区方面をみた風景

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昭和47年11月23日“汽車ポッポ南紀号”・・・補遺1

昭和47年11月23日“汽車ポッポ南紀号”が運転された。

天王寺?和歌山はED60で、和歌山以南は田辺区のC577が12形客車を牽引するというものだった。

3年前に一度ブログで記事にしたが、現在もう一度ネガをチェックすると、まだ掲載していないカットがあるとともに、働く国鉄マンの姿が随所に現れるので、もう一度アップしてみようと思う。


前回はハーフサイズをそのままでアップしていたが、今回はフルサイズで掲載するので、当時の雰囲気もより感じられるのでは・・・と思っている。




1972年 南紀号107-1

キハ81の写真は数多く撮っているが、不思議とカラー写真が少なく、これは、かなり古い時期でのワンショットではないだろうか。
右に見えるのがオースギ漢方ビルだから、天王寺を出発して間なしのところだろう。

またこの高架部分の架線トラス柱は、中央部分が太くなったエンタシス風の柱となっているのが分かる。

これは、阪和電鉄時代の遺構ではないだろうかと疑問が湧いたので調べてみた。

R0019112-1.jpg

昭和9年に撮影された阪和電鉄・美章園附近の写真には同じものが写っていた!


1972年 南紀号108-1

阪和線の高架駅・美章園駅・・・阪和線は、オレンジバーミリオンの旧型国電の最後の活躍地であった。


1972年 南紀号104-1


有人踏切の寸景・・・係員が大きなハンドルを回転させて踏み切りバーを上下させていた、なんとも昭和を凝縮したような風景である。鶴が丘?長居あたりの踏切ではないだろうか?

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昭和57年国鉄・多度津工場からの帰路

昭和57年9月12日国鉄・多度津工場で驚愕物件を見学した後は、ふたたび多度津駅に戻る。

駅への道すがら仲ノ町の交叉点で見つけた何とも味わいのある道しるべ・・・思わずシャッターを押した。

19820912高松・多度津022-1

右の石標は、駅への道しるべである。

きしやばという言葉の響きが明治の鉄道黎明期の雰囲気を伝えていて何とも興味深い♪

きしやば→汽車場→停車場(多度津駅)


また左の石標は、お遍路用だと思われる。

右はしくら道 すくことひら道 (右:箸蔵道 直進:金刀比羅道)である。

この写真では写っていない右側の面には、すくふなば(直進:船場)とある。多度津港は、瀬戸内航路の寄港地であったことがわかる。

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昭和57年国鉄・多度津工場見学

昭和57年9月12日初めて国鉄・多度津工場を見学する。

19820912高松・多度津018-1

19820912高松・多度津019-1

鉄道模型のパーツのような部品が並ぶ。 DF5031


19820912高松・多度津020-1
DE101

DE10のファーストナンバーも只今原型を止めないような分解ぶりである。

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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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