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昭和51年 北海道修学旅行(その3)

(前回からのつづき)

昭和51年6月16日

白老ではポロトコタンを見学した。
アイヌの民族楽器ムックリを買ったものの、まともに音が出ないと嘆いている同級生に、シンプルな民族楽器がそんなに簡単に奏でられるはずがないと冷笑を投げる。

そんな状況を尻目に、団体行動を早々に離脱して白老駅付近の線路際でカメラを構える。

1976北海道修学旅行170-1


白老駅を出る堂々6連の臨時列車

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室蘭本線の白老駅

1976北海道修学旅行171-2

上記写真の拡大 昭和9年築の木造駅舎は昭和62年に取壊されることとなる。

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1976北海道修学旅行173-1

特急おおとり

1976北海道修学旅行174-1

室蘭本線 北吉原駅

面白いデザインの駅舎だなあと思いシャッターを切ったもの。

調べると、昭和40年に隣接する大昭和製紙が、従業員の通勤のため、建設費全額負担で建築したものらしい。

どおりでデザインが国鉄臭くない訳だ!

1976北海道修学旅行179-1

函館行き普通240列車 長万部付近

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函館本線・大沼公園駅

これも大沼公園を散策している団体行動に離反して、国鉄の駅に出向いたものである。

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大沼公園駅に停車中の急行「宗谷」

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昭和51年 北海道修学旅行(その2)



(前回からのつづき)

1976北海道修学旅行148-1

昭和51年6月14日 夕食前の休憩時間を利用して、仲間3人で網走湖畔のホテルを抜け出し、近くの石北本線・呼人駅をパトロールする。

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網走行普通列車563Dがやってくる時刻に間に合うよう駅に向かったのだ。

タブレット交換をしている一瞬を狙った。

1976北海道修学旅行149-0-1



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翌朝の網走駅・・・縦書きの駅名板(※)をもつ堂々たる木造駅舎だったが、惜しくも翌年建替えられてしまった。

※縦書きの駅名板には網走刑務所から出所してくる元受刑者が、もう二度と「横道に反れないように」という願いが込められている。


1976北海道修学旅行152-1

件の網走刑務所はこの橋の向こうにある。残念ながら修学旅行の見学ルートには入っていなかった。

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釧網本線・藻琴駅  
サビサビの屋根が、いいね!

駅舎の後ろの客車列車は、網走行普通632列車

ここは、開拓民の入植地における交通の便を図るために建設された“東藻琴村営鉄道”の藻琴線が奥地に伸びていたが、昭和40年には全廃された。

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こちらは藻琴駅の半分にも満たないサイズの“北浜駅”

鉄道模型のシーナリーとして是非採用したい、実に魅力的な駅舎だ!
白い前栽柵もその魅力を増している。

この駅舎をバスの車窓から見た同級生からは、思わず歓声が上がった。
京阪電車の北浜駅を知るものにとって、その大いなるギャップに驚いたのかもしれない。

「オホーツク海に一番近い駅・海岸まで20メートル」と標語とともに、
愛すべき駅であることは、ここが多くの映画やテレビのロケ地として使われていることからも知れる。

現在もこの駅舎は健在であるが、窓枠等にアルミサッシが用いられ、残念ながら、この写真のような風情はない。


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昭和51年 北海道修学旅行(その1)

昭和51年6月9日から6月17日まで、高校の修学旅行で北海道を初めて旅行した。

すでに国鉄のSLは全廃した後であったが、旅行途中に撮影した鉄道写真を改めて見直すと、今とは異なる景色が見受けられるので、そのいくつかをアップしようと思った次第である。

往路は、敦賀から新日本海フェリーで小樽に上陸。

1976北海道修学旅行177-1

そこからは北海道中央バスの観光バスで道東に向かう。

小樽築港では廃車体のSL群を眺めて、鉄道ファンの友達と、「来るのが少し遅かった!」と嘆いたものだ。

1976北海道修学旅行131-1

バスの車窓から撮った最初の一枚がこれ。函館本線・大麻駅
現在は札幌近郊の大きな住宅地になっているようだが、この時は寂しい無人駅のように感じた。

1976北海道修学旅行132-1

711系は、昭和42年に函館本線電化事業と並行して開発された徹底した耐寒耐雪機能を考慮した初の北海道向け国鉄電車である。
これも彼の地でなければお目にかかれない電車となれば、自然とカメラが向けられるというものである。

1976北海道修学旅行134-1

ED76も本州では見られない電気機関車である。
D型電機というのに中央に補助輪を装備しているため、E型電機のような長い車体をもっている。幌向附近にて

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岩見沢の手前にある上幌向(かみほろむい)駅。北海道の駅舎らしい造作だった。
入口のガラスに中央バスの紅白のボディカラーが映り込んでいるのがご愛敬。

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旭川に近い神居古潭駅(かむいこたんえき)は昭和44年函館本線の付け替えにより廃止になった駅
「カムイコタン」という北海道らしい響きをもつ駅には強く惹かれるものがあった。



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昭和48年 年末の向日町運転所

昔のネガをデジタルスキャンしてみた。今から40年前のカラーネガだ。

同一フイルムメーカーのものでもその経年変化の状態は様々で、時にスキャンに骨が折れるものがある。当時の現像薬剤の違いによるものか、適正露出でないものがスキャンしにくいのか・・・不思議に感じつつデジタルスキャンを進めている。

今回はその当時国鉄向日町運転所を訪問したときの様子である。

昭和48年12月13日(木)それも夕刻になってから訪問しているようで、光線状態はあまりよくないようである。

どういう経緯で訪れたのかは思い出せないが、中学校の期末試験の最終日、半ドンで下校するので悪童に誘われパトロールしたのかもしれない。

19731213向日町101-1

北陸線の急行列車はさほど珍しくもないので、これはカメラテストに過ぎない。

しかし、よく見ると急行「立山」の初期の大形ヘッドマークをつけてるようだ。

(しかし今になってみれば、何気ない風景も記録しておく重要性はひしひしと感じている。)


19731213向日町103-1

いつもブルートレインの牽引機がこのように肩を寄せ合って待機している姿は、見慣れた向日町の景色であった。

EF58が20系を牽引する寝台特急「あかつき」と「彗星」はうんざりするほど運行して、写欲がそがれるほどだった。

19731213向日町104-1

その傍らを新型特急の「雷鳥」が軽快に下っていった。

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昭和55年 関東鉄道・常総線・水海道機関区訪問記(後編)

(前回からのつづき)


昭和55年5月現在の常総線は、キハ07の改造車両のほかにも、かなり特異な面々が在籍していた。

19800510茨城交通・日立電鉄205-1

これは、キクハ1形の1号。

本来電車であった小田急のクハ1650形を昭和44年に譲受けた車輌である。(H1廃車)

19800510茨城交通・日立電鉄206-1

反対側の風情を見てもやはり出自が電車であることは隠せないような感じがしてならない。

19800511関東鉄道・常総線603-1

これはキクハ4号車である。元小田急クハ1653で1号車と同時期にやってきた。(S59廃車)

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昭和55年 関東鉄道・常総線・水海道機関区訪問記(前編)

今日は、懐かしい話題をひとつ提供いたしましょう・・・



昭和55年当時非電化の最大私鉄といえば、この関東鉄道であった。

その中でも常総線の車輌基地である水海道車庫は最大勢力であり実に多彩な車輌を見ることが出来た。

関東鉄道の他の路線はすでに当ブログにてご紹介済みである。


昭和55年3月31日 旧関東鉄道・筑波線(筑波鉄道・筑波線)コチラ

昭和55年3月31日 旧関東鉄道・鉾田線(鹿島鉄道・鉾田線)コチラ

昭和55年5月11日 関東鉄道・竜ヶ崎線コチラ


他の路線はこのように随分前に記事にしていたが、常総線だけは何故か掲載するのをためらっていた感がある。

なぜなら車輌紹介に終始しているようで、一部のマニア以外には面白くなかろうと考えていた節があるからだ。

しかし、この路線を紹介しないままでは関東鉄道の全路線を制覇したことにならないし、30年以上経過して改めてネガを見直してみると、現在では見ることができないユニークな顔立ちの車輌が数多く存在する事が確認できた。

思い立ったが吉日・・・遅ればせながら本日記事としてアップすることとした。




昭和55年5月11日快晴の常総線・水海道(みつかいどう)を訪問する。

19800511関東鉄道・常総線608-1

水海道駅にて キハ614+キハ613+キハ501

非電化区間は、架線ポールがないため駅構内もすっきり広く感じられる。

19800511関東鉄道・常総線606-1

上記の列車を後方に入れてのワンショット  右は元電車であったキサハ66ほか


さてさて、車庫内を見学に向かう・・・

19800511関東鉄道・常総線600-1

純木造の機関区事務所にて許可を得て車庫内を撮影して回ることに・・・


19800511関東鉄道・常総線616-1

今になって思うことだが・・・こういうシーンは、知らない間にその姿を消してしまった。


19800511関東鉄道・常総線615-1

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昭和62年国鉄民営化直前の湖北の鉄道風景

昭和62年2月17日 仕事で彦根・長浜に行った際、彦根駅でたむろする近江鉄道車両を撮影したもの

19870207彦根068-1

彦根駅の連絡橋の上からは、近江鉄道の賑やかな車両たちが確認できるため、訪問毎に要チェックポイントになっている。

19870207彦根065-1

右からモユニ11とモユニ10 

モユニ10は、昭和3年川崎造船所製の西武鉄道モハ232が前身

地方私鉄では、郵便荷物車は、貴重な存在だったが、3年前の昭和59年1月末をもって鉄道郵便輸送が廃止されたことからこれらの車両は用途を失ない、構内でひがな一日甲羅干という体をなしていた。

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かに三昧の湯村温泉へ

国鉄が民営化される直前だった昭和62年2月7日

年に2回あった職場の慰安旅行で、今回は但馬の湯村温泉に行くことに・・・目的は、云わずと知れたる“温泉とカニ”なり。

19870207城崎048-1

朝の大阪駅のお馴染みさん・・・長野からの夜間急行「ちくま」


19870207城崎049-1

新しく登場した特急北近畿3号城崎行きに乗車 

大阪駅9:05発である。

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クロハ481-301

この当時、普通車とグリーン車との合造車(クロハ)は珍しいものだった。

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東武鉄道・鬼怒川温泉駅

昭和61年11月3日 会津地方への1泊2日の職場の慰安旅行に出かける。

その際撮影したリバーサルフイルムがあったのでスキャンしてみた。

しかしスリーブではなくマウントしたものだったため、わずかのスキャンにも随分時間を要してしまった。


東武鉄道148-1

さてさて、これは昭和57年に開業した東北新幹線に、ようやく初乗車した際のもの。郡山駅でのワンショット。

思えばJR移行直前のものとなった。

ここより会津観光のツアーバスであちこち観光地をめぐり・・・

東武鉄道156-1

整備されたばかりで、これから観光地として名乗りを上げようとする大内宿では、こんなことしたり・・・

東武鉄道157-1

・・・ということで、今日のお宿は、磐梯熱海のホテル一力

宿での写真は、今のようなデジタルカメラでないのでほとんど撮っていない。撮っていても人物中心なのでここには掲載できないのだ。

とにかく広く立派な庭園に面した1階客室で、そこから下駄履きで紅葉の盛りに彩られた広い庭園に出られた思い出がある。

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オリエント・エクスプレス '88 (その3)

前回(その2)からのつづき・・・

オリエント急行139-1

S63.11.23 大阪駅3番ホームに停車中のオリエント・エクスプレス '88

編成は、EF8167(酒)牽引によるオニ231+スタッフ車+荷物車+食堂車+プルマン+バーサロン車+寝台車×6+マニ502236の13両編成である。


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オリエント急行138-1

オリエント急行142-1

寝台車の連結面

左“CARROZZA CON LETTI”(伊表記)

右“SLEEPING CAR”(英表記)

ステップ扉の楕円窓が微妙に異なる。それぞれ作られた時代が異なることが窺われる。

とにかく・・・ため息が漏れそうな造形美である。

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オリエント・エクスプレス '88 (その2)

前回(その1)からのつづき・・・

昭和63年11月23日の日記から・・・

“来日中のオリエント急行が大阪駅での最後の公開展示をなすことを知り、昔取った杵柄よろしくNikonFを携えて、午前9時過ぎに大阪駅へ。係員に聞けば、午前9時46分下り3番ホームに入線との事・・・”

“ホームにて中高生時代を想いださせる少年達に交じってイベント列車を撮る“

“恥ずかしくもありまた嬉しくもあり。”


オリエント急行126-1

“ついにそのときがやってきた!”

“13両編成のオリエント急行の姿が見えたと思うと、たちまち滑るが如く入線してきた。そのさまを引き付けて、さらにひきつけて、その瞬間震える手でシャッターレリーズを押し切った。カシャリ!”
 
“この瞬間が堪らない。緊張感の高まりと一瞬に賭ける意気込み。これだからこの趣味がやめられない。今日はもう二度と来日することはないであろう同列車を隅々まで愉しまん”

 



オリエント急行127-1


オリエント急行129-1

3・4番線ホームは、関係者以外立ち入り禁止なのだ。

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これは、当日ホームで貰った「日立オリエント・エクスプレス 観覧記念ガイドブック」である。

 これから登場する車輌の説明にはこれがあって助かった・・・四半世紀後に役立つとは・・・なんでも取っておくものである♪

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オリエント・エクスプレス '88  (その1)

昭和63年11月23日(祝)

 フジテレビジョン開局30周年、JRグループ発足一周年記念事業として、フジテレビ・JR東日本主導のもと、各国政府・鉄道各者の協力により、NIOEの車両を利用してパリ→東京間でORIENT EXPRESS'88が運行された。

正式名称は"HITACHIカルチャースペシャル・ORIENT EXPRESS'88"


思えば、あの憧れのオリエント急行の車輌が、シベリア鉄道を経由して極東の島国に渡り、日本全国を走り回るという話を耳にしたのは、どれくらい前のことであったか。

その当時は、日本の国力は絶好調ではあったが、この手の眉唾物は、テツ仲間に多く、また夢のような話をしている趣味人の戯言と耳を貸さなかった。

「そもそも、どうやって運んでくるの?」「レールの幅が違うから理論的に走行できない!」「連結器も全部取り替えるのか?」「だいたい定期運用車輌を貸し出せば、本来の運行に差し障るし・・・」

などの素人でも実現不可能と思っていた夢物語が、数々の難問を全て解決して・・・・ついに実現したのだった。

オリエント急行138-1


この日が大阪駅に現れる最終日ということであり、しかも祝日ということもあって、マイカメラのNikonFに望遠や広角レンズを携えて、いそいそと出向く。

「この日を逃すと一生オリエント急行を目にすることはないだろう・・・」という思いをもちながら。




午前9時には大阪駅に到着

オリエント・エクスプレスの到着までには、少し時間があるので、去来する列車を撮影する。

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昭和62年4月1日新会社JR発足

昭和62年4月1日紆余曲折を経て、日本国有鉄道の民営化として新会社JR6社が発足した。

19870217米原075-1

ちょうどその日の朝、ラッキーなことに新幹線出張の日だったので、乗る列車の時刻より随分はやく新大阪駅に向かい、東京発の1番列車を待ち構えた。

新大阪駅の在来線からの乗り換えコンコースには☆JR西日本・東海・・・本日スタート☆の電光掲示の文字が躍る!


19870401JR発足078-1

デモ列車“ひかり1号”博多行きが新大阪駅に到着したが、100系新幹線のトンガリ鼻に“よろしくJR”のベタシールが貼ってあるだけだった。

これが0系のダンゴ鼻であればもう少し美しいのでは・・・と思ったのは小生だけだっただろうか?

19870401JR発足078-2

それでも、ホーム上の乗客の受けは上々の様子だ。

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昭和61年11月1日福知山線複線電化開業出発式

大阪・新三田間の複線工事と、大阪・城崎間の電化工事を進めていた国鉄がその工事をついに完成させ、昭和61年11月1日大阪駅1番線で「福知山線複線電化開業」と題して、L特急“北近畿”の出発式が盛大に行われた。

19861101福知山線電化開業093-1

19861101福知山線電化開業095-1

特急の先頭部分は大変な人出だったが、式典を後ろからながめるこの場所は、さほどでもなく小生のような一般人でも立ち入ることが許されていた。

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19861101福知山線電化開業092-1

午前8時ちょうど、1番列車として特急“北近畿1号”が出発した。


・・・福知山線が便利になったが、その反面、鉄道ファンとして面白みを失った朝だった。


  1日1回 ぽちっとね♪

雪の城崎・西村屋城崎グランドホテルにて

昭和61年2月志賀直哉のように怪我をしたわけではないが、カニが美味い時期なので、城崎温泉に湯治にでかけた。

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(明治44年の鉄道地図)  「八鹿」を「やをか」とする興味深い表記も見受けられる。


志賀直哉が訪れた大正2年では、すでに福知山?和田山が開通しているので、山陰線経由で向かったことだろう。

われわれは、このときは姫路経由の特急“はまかぜ”を利用したように記憶している。


泊まった旅館は、温泉街の一番奥にある“西村屋城崎グランドホテル”(現:西村屋ホテル招月庭)である。

ここは、繁華街から遠く離れて近くに見るべきものはないなあ。と思っていたらホテルの非常階段から「絶景」が見えたのだ。

19860200城崎041-1

上り特急“あさしお14号”


こうなるとどうもいけない!

部屋に備え置きの時刻表をチェックして、許す限り撮影を試みた。

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上り福知山行き普通526列車

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昭和60年 旧友と越中・信濃に遊ぶ

昭和60年9月14日大学の友達たちと2泊3日の旅行に出かける。
金沢・富山をめぐり、黒四ルートで長野入りして中央線で帰ってくるというコース。

途中立ち寄る都市で頑張っている同級生を呼び出して、旧友を温めるとともにご当地の案内をしてもらうという作戦である。


19850914富山・長野旅行181-1

これは、出発の朝、大阪駅11番線の西端のホームに電留線があり、そこに留置されていたEF58150

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プレートにある「インポート・エキスプレス・大阪」とは、梅田コンテナヤード跡で催されていた、個人輸入推進の展示会のようなものではなかったと記憶しているが、まったく興味がなかったので出向くことはなかった。

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金沢駅の風景・・・下り特急“雷鳥13号”

高架を目前にして広い構内のレールが剥がされ、寂しい光景となっていた。奥のほうには43系客車の姿も見える。

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昭和58年はじめての大井川鉄道

昭和58年10月17日東京の帰り、はじめて大井川鉄道に立ち寄った。

東海道線金谷駅から千頭(せんず)に向かう。

19831017大井川鉄道126-1

金谷駅・大井川鉄道線


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大井川鉄道線の終着駅・千頭駅構内


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B6が好きでここで出会えたことに喜びを感じていたが、この車両はこの後ホマレの運命を辿ることとなる。

「昭和51年静態保存に切り替え、千頭駅や金谷駅構内で展示・保存されていたが、平成4年産業考古学会より産業遺産として認められた。そして翌平成5年日本工業大学技術博物館において動態保存されることとなった。」

jyouk_15.jpg(同大学ホームページより)

【略歴】

明治24年 イギリス・ダブス社で製造され、日本鉄道が輸入

昭和 3年 西濃鉄道に移籍

昭和45年 廃車。大井川鉄道が譲渡を受け、日本のSLの動態保存の先駆けとして千頭-川根両国駅間を運転

昭和51年 静態保存に切り替え、千頭駅や金谷駅構内で展示・保存

平成 4年 産業考古学会より産業遺産として認められる

平成 5年 学校法人日本工業大学・技術博物館で動態保存


19831017大井川鉄道139-1

千頭駅は、昭和30年代風の地方ターミナル駅の雰囲気を色濃く残していて好感が持てる。

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昭和57年晩秋 福知山線寸景

前回の続き・・・昭和57年11月3日武田尾のパトロールを終え、場所を移動する。

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武田尾駅で特急“まつかぜ”の通過を待って、車中の人となる。

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福知山線・三田から3駅北になる藍本駅に降立つ。しかし駅前には、数件の農家が並ぶのみと極めて寂しい。
中心となる集落は、駅から離れたところにあるのだろう。

(この駅も昭和61年の電化工事とともに簡易な駅舎に建替えられた。)


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周囲には純然たる農村風景が広がる。 上り快速3422列車・・・場内進行!


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昭和57年 福知山線・武田尾駅界隈をパトロール

昭和57年11月3日、秋の武田尾を満喫しようと、イバさんとともにパトロールすることに。

この当時は、福知山線の新線は完成しておらず、武庫川にそってクネクネと上流に至る純然たるローカル線だった。

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武田尾駅を出発する大阪発米子行き普通723列車 

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茶色や青色の客車が混ぜこぜ・・・2輌目にはナハフ11?1の姿も

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上部の大きなトンネルは、新たな福知山線の経路となる。

隧道開口部には昭和61年11月1日新しい武田尾駅が開設されることになるが、まだ4年も先のことだ。

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これは、新線開通後の地図 旧の武田尾駅は、バス停()武田尾のところにあった。

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日本鉄道旅行地図帳(9号)新潮社より

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昭和59年秋 京都駅1番線ホーム

昭和59年の秋、京都に行くことがあった。

目的地は、五条壬生川なのだが、京阪五条からバスというラインもあるが、山陰本線・丹波口駅から歩くという選択肢もある。

今回は後者を選択する。



19840921奈良線・宇治駅108-1

京都駅の山陰線ホームは、東海道線のホームより一層旅情豊かな空間を提供していた。

というのも、W型のトラスに支えられた上屋は、通行するには高すぎる程であり、通路には売店などの障害物が少ないため、非常にゆったりとした空間を旅行者に与えていたからだ。


※もちろん、駅ビルの改築により現在では見ることは出来ない。

(現在では、大阪・交通科学博物館構内でこの骨組みを使って展示スペースが作られているので、今でも実体験できる。)



写真を少し拡大してみよう・・・

19840921奈良線・宇治駅108-2

この9時08分発の米子行き普通835列車に乗車。たった一駅であるが、山陰線の客車列車に乗れることは嬉しい。

駅弁の販売台車を改造したような臨時出札所が懐かしい。特別特急券・普通急行券という文字が窺える。


1975山陰線531-1

(参考)京都駅1番線の山陰線ホームの西端からの風景(S50.5.2)


19840921奈良線・宇治駅109-1

京都を出発し、梅小路機関区の手前で大きく右にカーヴするが、そこからは、同機関区の様子が一望できる。

この日はC612は元気に黒煙を上げていた。


19840921奈良線・宇治駅109-2

また目を遠方に転ずれば、新参者のEF62の姿に交じって、寝台特急“出雲”のトレインマークを付けたEF56を見つけることが出来た。



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梅小路と分かれると程なくして「丹波口」に到着・・・時刻は9時13分。僅か4分の列車旅である。

ここでこの列車ともお別れ。



因みにこの普通列車、終着駅の米子には19時19分に到着する。

要するに全区間を乗車すると普通切符だけで10時間に及ぶ客車列車の旅が楽しめるということだ。

(平成のテツ事情から考えれば“パラダイス”のような列車である。)





 1日1回 ぽちっとね♪  

昭和59年 電化直前の国鉄奈良線訪問

前回は、昭和59年7月末日の国鉄・奈良線の京都駅の様子を掲載した。

そして今回の内容は、昭和59年9月21日、電化完成の10日前、同線を訪れた時の様子。


19840921奈良線・宇治駅100-1

クハ104-501+クモハ105-501

奈良駅構内では“試運転”の表示を掲げた電車の姿が見受けられ、いよいよその時を迎えるという雰囲気が満ち溢れていた。

19840921奈良線・宇治駅101-1

クハ104-508 + クモハ105-508 + クハ105-5 + クモハ105-512


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9時48分発京都行き 636D  キハ35-122 + キハ36-31


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当時の時刻表をアップしてみた。  縦書き表示も懐かしい♪


19840921奈良線・宇治駅102-1

電化を前に、最後のお勤めのような哀れな姿を見せるキハ36?31
 

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昭和59年真夏の昼下り・・・国鉄&近江鉄道貴生川駅

これは、昭和59年7月31日仕事で訪れた近江鉄道の貴生川駅でのスナップショット。


19840731近江鉄道・貴生川092-1

いきなり出会ったのは、この夏の特別仕立ての“昆虫列車”

カバンの中に常に忍ばせているOLYMPUS?XAをおもむろに取り出してパチリ!




前面バリアをスライドさせることでスイッチONになるのがスマート。コンパクトながら二重像合致式のピントあわせができるのか嬉しい。

(このカメラは、大学時代ほとんど毎日持ち歩いていたもので、仕事に就いてもしばらくは常に携帯していたが・・・今は、稼動されることもなくタンスの肥やし状態となっている。)




この“昆虫列車”の車内には多賀神社の写真や“襟巻きトカゲ”のぬいぐるみが飾ってあるという珍妙な電車である。

正面に足のないテントウ虫を配するのは、ちょっと不気味だ!

(平成の時代からするとラッピング車輌は珍しくもないが、当時はこれでも驚きをもって迎えられた奇抜な車輌なのだ。)

19840731近江鉄道・貴生川093-<br />1

モハ131-クハ1214

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これが本来の近江鉄道の電車スタイルである。モハ132+クハ1215か?


これらの車輌は、外観は比較的新しく見えるが、出自を辿れば大正時代の車輌となる。

元車は、西武クハ1203・1204である。いずれも木造ダブルルーフだった車輌である。

モハは1925年(大正14年)汽車会社製造。クハは池袋 - 所沢電化開業にあわせて1922年(大正11年)に製造の梅鉢鉄工所製となっている。


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近江鉄道線から跨線橋を渡って国鉄線ホームに移って来る。


当時は国鉄の草津線と信楽線の乗換え駅ナリ。

往時C58の貨物列車を狙って訪問したのが懐かしく思い出される。

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たくましい現役の気動車である面構えを見せる信楽行き529列車・・・キハ5826+キハ58651・・・もちろん非冷房車

真夏の熱気を増大しそうなディーゼルのアイドリング音が、気だるく響く昼下がり


あの大事故“信楽高原鐵道列車衝突事故”が発生する7年前の穏やかな姿である。



乗換え客の姿もほとんど見受けられない、長閑そのものの国鉄ローカル線乗り換え駅なり。


草津を経由して京都に戻る。

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いつものように奈良線のホームではキハ35がカラカラとアイドリング音を響かせていたが、程なくして非冷房の単に日陰でしかない車輌が、轟音を響かせて出発した。

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新幹線ホームとローカル線との妙な対比を楽しめる一角だ。

しかし、この2ヵ月後には奈良線電化完成のために見られなくなる光景でもあった。






 1日1回 ぽちっとね♪  




昭和58年カラーネガ拾遺集

昭和58年5月のネガを見ると、仕事の合間に撮影した鉄道写真が何枚か出てきた。

わざわざ撮影目的で出かけたものではないので、いい加減なものではあるが、当時の様子が閉じ込められているので、少し記事にしてみた。(いわゆる小ネタ集)


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撮影の2カ月前に登場したばかりの京阪6000系 (守口市駅にて)

従来の京阪本線の車輌とは一線を画すデザインを持っていたためか、こうして新車にもカメラを向けていたようだ。

この当時は専ら普通列車としての運用だった。(現在では特急として活躍中)


加山雄三が登場する、ナショナルエアコン“楽園”の広告も懐かしい。



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京阪・枚方市駅

地下通路と跨線橋で各ホームをつなぐ地上駅であったが、かなりくたびれた感じが漂う駅だった。




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現在(平成22年9月)の様子。駅前のバスターミナルは、そのままだ。

昭和63年5月に京阪本線上り線が高架になったのだが、この高架駅の姿しか記憶にない人にとっては、昔の姿に何を感じるだろうか?


19830505天保山寸景・枚方市駅058-1

この踏切の北西には、街道筋の石碑があるが、それは今も残されてある。

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右 倉治滝・・・交野の倉治にあるこの附近では一番大きな「源氏の滝」のことだろう。
落差約17.5メートル。昔は修験者の修業の場であった。


左 京六里、八幡(やわた)ニ里




この当時本線が高架工事中ではあったが、交野線の高架化は少し遅れた。

交野線ホームに入線する600系(昭和57年夏撮影)

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昭和58年3月湖西・堅田に江若鉄道の遺構を発見!

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昭和58年3月 国鉄・湖西線の堅田駅に立つ


ここ堅田は、琵琶湖畔には浮御堂があり、近江八景のひとつ“堅田落雁 ”として古来よりの名所である。

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また東海道線から遠く離れた堅田の風景は、国文学者の大和田建樹により、鉄道唱歌東海道編の43番にも読み込まれている。

堅田におつる雁がねの たえまに響く三井の鐘

      夕くれさむき唐崎の 松には雨のかかるらん




また、堅田は、“かたた”と濁らずに発音する。

そして訪れた年から遡ること14年前の昭和44年までは、ここに「江若鉄道」が走っていたところでもある。

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日本鉄道旅行地図帳(第9号・関西2)より

国鉄堅田駅から国道に沿って南下したところには、その遺構の一つが残っていた。

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「本堅田」とバスの停留所として利用されているようだが、もとの江若鉄道・堅田駅(大正12年開業・昭和44年廃止)である。

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反対側に回ってみると、線路は剥がされているといえ、低いホームがそのまま残っている。


その近くの江若バスの整備場を覗くと、懐かしいボンネットバスが残っていた。

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ナンバープレートは取り外され哀れな姿だが、湖西の山岳地区を走り回っていた車輌のようだ。

※この車輛は、昭和55年2月に登録抹消されて、平成4年に福山自動車時計博物館がを引き取り、修復して平成5年9月に再生したものかもしれない。
そうだとすると、平成6年7月より北塩原村から依頼を受けられた磐梯東都バスが毎年春季?秋季に運用している桧原湖周遊レトロバスとして活躍しているものかもね♪


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堅田というところは面白いものが残っているなあ♪と感心しながらフォト散策を続けた。





 1日1回 ぽちっとね♪  


昭和58年“サロンカーなにわ” お披露目展示会

昭和58年9月10日今後数多く製造されることになるジョイフルトレインの嚆矢ともいうべき“サロンカーなにわ”のお披露目が国鉄・大阪駅の3番ホームで13:55?16:40の間、なされるということを新聞で知り、土曜日の半ドンののち、立ち寄る。

当時の不爾日記によれば「我、数日前より新聞にて識りたれば、かくも珍しき事、屡なるはあるまじき事なれば、職場より写真機を肩に携えていざ参らむと、正午過ぎより彼のステンショへ馳せ参じたり。」とある。

これは、東京鉄道管理局が豪華列車「サロンエクスプレス東京」を作ったことに対する大阪鉄道管理局が仕立てた対抗車輌である。


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梅田の大歩道橋の上から進入の様子を撮ろうとカメラを構えた。

(この頃の歩道橋の上空にはまだまだ広い空間があったのだ。)


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EF56に牽引されて、入線してきた。

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よく見るとバックの大阪鉄道管理局の正面には「サロンカーなにわ誕生」の垂れ幕が掛かっている。

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昭和57年国鉄宮津線・小浜線を巡って・・・

前回からのつづき・・・



豊岡からは、宮津線に入る。


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久美浜駅で特急“あさしお”と対向

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昭和57年播但線の旅

この年は、よく旅行に出かけているようだ。

大学を卒業して懐かしの関西に戻ってきたせいかもしれない。

この9月15日も播但線の客車列車に乗車するとともに宮津線・小浜線を経由する大回りループラインを楽しんでいる。

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姫路を8時29分に発つ和田山行き629列車に乗車する。

DD511180が牽引する赤い客車オハ50系・・・オハフ50212+オハ5051+オハフ50214+オハ5062+オハ50154+オハフ50221という編成である。

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オハフ50212の車内

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昭和57年8月 野上電鉄日方駅構内

前回からのつづき・・・


日方駅構内のその他の車輌を見学する。


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車窓の上にある明かり窓がなんとも優美な・・・モハ101とモハ31 阪神時代の特徴をよく残している。



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モハ32は、旧阪神1141形モハ1151  

ルーツをたどれば大正時代の311形木造車になるが、昭和12年3月田中車輌で鋼体更新されたもの。

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これがモハ32の原型である阪神311形木造車・・・阪急1型に比べるとその面影はすっかりなくなっている。


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阪急・阪神の名車を求めて・・・野上電鉄

昭和57年当時、野上電鉄を代表する車輌といえば・・・

モハ23(旧阪急1)モハ24(旧阪神604)の2輌だろう。



日方駅に戻り、構内の車輌を見学していると、一両の定期列車が、吊り掛けモーター音を轟かせて構内に進行してきた。

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この車輌下回りに、台枠の歪みを修正するトラス棒を有することから、元車はかなり古く、木造車であったことが判る。

なんと出自は、小林一三説くところの「最も有望なる電車」である箕面有馬電鉄(現阪急電鉄)の1型車輌であって、木造からの鋼体化は昭和25年になされているが、製造年は明治43年まで遡る。



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(友情出演) 阪急正雀工場で保存されている箕面有馬電鉄1型(平成7年撮影)

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同車車内の様子(阪急・正雀工場にて) 二重屋根とすずらん型室内灯が優雅の極みだ!



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野上電鉄の写真に戻ると・・・

旧阪急モハ23が入線する日方駅

留置されたモハ31の車内の明かり窓の様子が、窓越しにわかる。

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昭和57年8月 野上電鉄を訪れて・・・

前回からのつづき・・・


和歌山市から新宮行き各駅停車128列車に乗車し、海南駅に到着した時刻が13:46

駅に隣接する野上電鉄に乗車するために下車する。駅から少し離れたところに、野上電鉄の始発駅である日方駅がある。


19820822野上電鉄011


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その近くには、同鉄道の本社建物があった・・・しかし何とクラシックな建物だろうか。
大正5年の開通当時からのものであろう。

19820822野上電鉄012-2

本社前のスバルもえ?感じ♪


まずは、一度終着駅の登山口まで乗ってみよう。

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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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