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令和5年12月 芸術の島「直島」を訪ねて(その2)



前回からの続き・・・

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1992年に開業した安藤忠雄設計のベネッセハウスミュージアムにやってきた。

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添乗員曰く、「10分で出てくる人もあれば、1~2時間楽しむ人もいる。」

かなり好みの分かれる施設らしい

確かに直線と曲線、フロアの形状を多用した建築物としても面白い

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広い空間に置かれたネオン管の点滅する作品は、

ブルース・ナウマン作の 「100生きて死ね」1984年

静かな空間で作品から投げかけられるメッセージを受け取るのがいいらしい

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リチャード・ロング 「瀬戸内海の流木の円」1997年 直島を歩いて集めた流木らしい

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ジョナサン・ボロフスキー「3人のおしゃべりする人」1986年

顎を動かしながら、何やらペチャクチャ言ってました・・・


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絵から飛び出したような・・・ジェニファー・バーレット「黄色と黒のボート」1985年


造形豊かな建物に包まれた現代美術作品を鑑賞するとともに写真の被写体としても面白く接することができた。


この後、直島の中心地となる町役場がある本村地域で展開されている「家プロジェクト」なるものを見学に向かう・・・

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直島町役場 芸術の町を標榜するに値する、大変凝った意匠の町役場だ。

作者は、石井和紘

彼は、直島町役場を、4階建ての鉄筋コンクリート造ながら、伝統的な和風建築を装わせた。

左右非対称の不思議な屋根を持った外観は、京都・西本願寺にある飛雲閣を模したものらしい。

まあ、そういわれれば・・・・

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町役場の裏側も「なんだこれは?」と思わせるデザインである。

日本各地の名建築がもっている日本建築の特徴部分を集めてきたとのこと。



さてさて、町中を見ていこう・・・

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普段の民家前に置かれた大きな立看板に驚くとともに、下の何げなアトリエ風な建物もデザイン力高し。

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令和5年12月 芸術の島「直島」を訪ねて(その1)



家内が直島にある草間彌生のカボチャを見に行きたいと常々語るので、某日帰りツアーに参加した

直島は瀬戸内に浮かぶ島

現在はアートの島として脚光を浴びているが、近くにありながらなかなか行きにくいところにある

行政地区は香川県に属するが岡山からの方が近く、生活圏は岡山に属する

よって今回も新大阪から岡山まで新幹線を利用し宇野からフェリーで渡る



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令和5年12月16日新大阪午前7時40分発のこだま841号に乗車

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嬉しいことに車輛は500系 乗車するのは久しぶりだ

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仕方がないが歳月の経過による汚れが見受けられる

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指定席は2席2席のグリーン仕様

岡山まで十分時間があるのでゆっくり朝ビールを楽しむ

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岡山から観光バスで宇野までやってきたが、宇野駅がヘンなことになっている!

これもアートの一端か・・・

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 (参考) 10年前の平成25年1月訪問時の宇野駅前  

この当時もそれなりにアートしてたが・・・

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改札からホームを望む みどりの窓口もなくなって、寂しい無人駅になっていた

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今日は強風のため備讃瀬戸線が運休しているようだ

海が荒れると直島にあるカボチャのオブジェが、損傷を免れるため撤去されると聞いていたので、心中穏やかではなくなる


フェリーの出航まで時間があるのでパトロール・・・

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港の方に向かうと面白い作品があった

廃品を使ったオブシェ “宇野のチヌ”

消費社会への警鐘でもあろうが、色使いが素晴らしい

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帝国海軍の錨をアートにした作品 “舟底の記憶”

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令和5年3月 北陸新幹線・白山総合車両所見学(その後)


(前回からのつづき)

北陸新幹線・白山総合車両所の見学が終われば、とりあえず砺波市にあるホテルに向かう

これからは富山のご当地見学となる

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夕食は海の幸が美味だったので、地酒をいただく。 若鶴という銘柄でのどごしが良い

夕食の後、五箇山の合掌の里に出掛ける

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山深いところなので、まだまだ残雪が豊かである

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合掌造りの民家の中で地元の民謡を鑑賞

「といちんさ節」と定番の「こきりこ節」

そのほかに地元の昔話などを聴いて、かの地の文化に触れるのも吉なり

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翌日はバスで富山観光

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まずは酒蔵巡り・・・

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若鶴酒造にお邪魔する

おやっ・・? どこか見たような名前だと思ったが・・・昨夜呑んだ地酒のメーカーだった!

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城端線の油田(あぶらでん)駅のすぐ隣

油田(あぶらでん)と聞くと、新潟のように石油が湧いていたのかな?と思ってしまうが、

コチラは、行灯の油の原料である菜種の栽培地だったことが名前の由来らしい

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もちろん日本酒を製造しているが、少し変わったところが北陸唯一のウイスキーメーカーでもあるというところだ。

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ここがウイスキーを造っている三郎丸蒸留所

瀟洒な木造の蒸留所である

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梁の上に何やらおわす

ネズミや鳥などの害獣からウイスキーの原料である大麦を守る為に蒸留所で飼われる守り神「ウイスキーキャット」である

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ミズナラの樽もあった

ミズナラはこのように原酒が染み出してくるらしい

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こちらの銘柄は「サンシャインウイスキー」

関西では目にすることはないが、かの地では普段使いの洋酒という。

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世界的にも珍しい鋳型製ポットスチルらしい

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こちらは試飲コーナー

日本酒とウイスキーどちらも試飲できるのが嬉しい

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三郎丸蒸留所の限定販売のウイスキーがあったので、お買い上げ

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昭和54年 国鉄時代の山陰本線駅巡り


昭和54年、大学の夏季休暇で帰省していたころのお話

親友のイバさんを誘ってドライブがてら山陰本線を見に行こうということになって、マイカーで颯爽と出掛けた。

昭和54年8月14日 夏の盛りの暑い日であった。

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なぜか最初に茨木に立ち寄っている。
何か用事があったと思うが、45年前のことなのでいくら考えても思い出せない・・・仕方ないね。

この写真は、駐車場からであろうか、阪急茨木市駅の端を撮影したワンショットである。
よく見ると地上駅時代の阪急茨木市駅だった。

この頃はまだ非冷房車が普通列車として使われていたようだ・・・車内は蒸し風呂状態 ?


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さてさて、本題に入ろう・・・

山陰本線の起点である京都駅の次はこの丹波口駅

がらんとした飾り気のない駅だったが、梅小路蒸気機関車館の最寄り駅なのでよく利用したものだった。

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次は二条駅

出雲の大社駅同様、御殿造りの堂々たる駅舎である。もともと明治37年6月築の京都鉄道の本社屋でもあった。

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駅の高架工事により平成9年には梅小路蒸気機関車館の玄関建物として移築された。

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(参考)移築された後の梅小路蒸気機関車館の建屋(2012年10月撮影)


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二条駅の次は花園駅 京都市内とは思えない小規模な駅だった。

当時は国鉄時代。

もちろん円町駅も太秦駅も存在しなかった。

花園駅の次は嵯峨駅だが、ドライブウエイとの関係から立ち寄っていない。

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(参考) この写真は、昭和50年5月当時の嵯峨駅・・・明治を髣髴とする瀟洒なデザインが素晴らしく、何度も訪れた。
     山陰本線で最も好きな駅舎だった

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ドライブウエイを登り、ようやく保津峡駅が俯瞰できた。

真夏の昼下がりなのであまり眺望が良くない

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鉄橋を渡るのはキハ47だろうか・・・

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これはキハ58の編成なので、急行丹後あたりか・・・

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雲海列車利用!天空の竹田城跡探訪


令和4年の秋のことだった。

コロナウイルスの収束がまだまだ見えてこない中、阪急交通社から、天空の城“竹田城跡”の雲海を特別列車を仕立てて見に行くというツアーが売り出された。

ただし、参加者は、ワクチン3回接種またはPCR検査陰性証明書の提出者に限る

雲海は天気に左右され当たりはずれがあるものの、夜行の貸切り列車で行くというのも魅力なので、申し込んでみた。

往路は、令和4年11月26日(土)大阪発22:10のこうのとり27号である。

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中央コンコースで集合した後3番ホームに向かう

土曜日のこの時刻だと人影も少ない

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環状線ホームからもゆったりとした雰囲気が伝わってくる

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定刻とおり特急こうのとり27号が入線

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但し、後ろの3両分が特別仕立て「団体専用」であり、それに乗り込む。

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切符はこれだ。 2枚で1人分・・・1人で2座席をゆったり使える仕組みである。

こうのとり27号は福知山止まりだが、後ろの3両は切り離されそのまま和田山まで「雲海特別列車」として臨時運行される。

JR西日本もなかなか融通が利くではないか

福知山23:51に到着の後、和田山着が4:50ということなので、どう時間を潰すのかと思っていたら、なんてことはない、福知山駅のホームに4時過ぎまで停車したままだった。

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車内は減光され薄暗いなか乗客はしばし仮眠をとることとなる。アイマスクと耳栓があれば熟睡できる。

4:10過ぎにようやく列車が動き出した。福知山から和田山まではノンストップでの未明列車を楽しむ

真っ暗な和田山駅に4:50到着し、マイクロバスに分乗して雲海に浮かぶ竹田城が見られるという立雲峡に向かう。

山の上の展望台まで急な坂道を懐中電灯の明かりを頼りに昇る

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まだ町灯りがともる日の出前の6時に到着したが、どんよりとした曇天が広がる
こういう日は雲海は難しいのではなかろうか

あさご市のポータルサイトには、雲海が出やすい条件として下記の3点が挙げられていた。
1、前日の夜から明け方の気温が低くなり、日中に向けて暖かくなる寒暖差が10℃以上ある日
1、当日の朝の天気が良く、風がない日
1、前日の日中が温かく、湿度も高い

残念ながら、どうやら今回はどれにも該当していないような・・・

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6時半頃の様子 竹田城跡の小山の後ろには少し雲が広がっているが、雲海というには憚られる。

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7時頃まで粘ってみたが、この程度の雲量にとどまった。

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あさご市のポータルサイトの雲海情報では、11/27は「出ない場合も」の予想だったが、結果は「うっすら」となった。

この程度が「うっすら」になるようだ。まあ「出てない」よりマシと納得させる。

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「最高の雲海」だとこんな具合となるらしい・・・・立雲峡のふもとにあった残念だった人のための“ご親切な立看板”より


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アップして城跡の小山を撮ると右下に播但線竹田駅に到着した普通列車の姿があった。

右下のアップ写真
   ↓
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朝来山の登山道案内・・・結構急な坂道が続くので甘く見てはならない。

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自動車路も狭くうねっているため、大型バスは乗り入れられない。
このマイクロバス3台に分乗してやってきた。

麓の道路わきにはずらりと自家用車が止まっていた。人気のほどが知れる。


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竹田の町の案内図

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東京スカイツリー 定点撮影


令和4年11月19日(土)

昨日は東京で会合があり大いに気炎を吐いた後、赤坂で一泊したが、翌日は予定がないのでどこをパトロールしようかと考えた。

天気も上々なので、東京スカイツリーに上ってみようと思い立った。

東京スカイツリーは、完成したのが平成24年2月29日なので、すでに満10年を経ているが、上ってみるのは、実はこれが初めて!

完成の2年前にあたる平成22年7月30日に工事中の姿を見学したことがあったがその時の様子と少し比較してみたい。


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10時がオープンなので、朝一のチケットをあらかじめネット購入したが、天望デッキ+天望回廊セット券は大人1名3,100円とそれなりの価格である。

家族4人で訪れるとお父さんそれなりの散財だなあとしみじみ感慨に浸る。

4階入口フロアのエレベータ乗り場は大変な人出だ。土曜日なので親子連れだけではなく、外国からの訪問客も目立つ。

平成24年5月の開業当時は如何ばかりだったのかと想像に難くない。

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北十間川にかかる京成橋からの景色


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同じ場所からの12年前の景色 スカイツリーはまだまだ成長途中“ネギ坊主”状態


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分速600mのエレベータで天望デッキに・・・地上350mからの景色を楽しむ

北方を望むと隅田川とスカイツリーの影で、イの字になった。

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さらにエレベータで100m上部にある天望回廊に上る

そこからの同方向の景色 さすがに地上450メートルからの展望は凄い

しかし、天気が良くなければ全く意味のないものになっていただろう

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足許を走る東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)もこのとおり


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天望回廊からの景色をたっぷり楽しんだ後、天望デッキに戻ると、足元が竦む「ガラス床」があった。

東京タワーにも同じものがあったが、タワーのお決まりのコーナーなのかもしれない。




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北十間川の対岸から見上げる東京スカイツリー

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12年前の同場所からの様子

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タワーの高さはまだ398m 

この後、天望回廊と電波塔部分が伸びて634mとなる





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道沿いのマンションの下は、12年前は、露店のダンゴ屋が出ていたが・・・

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今ではお洒落なカフェになっていた




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追憶・・・昭和の土浦市内


以前本ブログで、昭和56年12月14日常磐線土浦駅が建替工事のために閉鎖された様子を「軍艦駅・土浦」として紹介したことがあった。

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この朝に閉鎖された軍艦駅とよばれた土浦駅本屋

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しかし、同じネガを調べているといろいろと同じ日に撮った昭和の土浦市内の様子が残っていたので、41年ほど前のネガだがスキャンしてみた。

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土浦は、重要文化財指定の土浦第一高等学校本館があるなど、由緒ある建物が多く残る地域である。

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茨城県の史跡となっている土浦城の太鼓櫓門は、もちろん令和の今でも現存しているが、この時と比べて綺麗に修復されている。

19811214土浦市内610-1土浦市川口一丁目

川口1丁目の変則的な交差点にある装飾を多用した近代建物の「武蔵屋」さん
右側のアーケード部分が店舗の入口

また通りの向かい側に見える幟の小網屋さんは、土浦を代表する百貨店だった


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少し拡大してみる

大きな筑波山と霞ヶ浦の伝統的漁である帆引き網を絵柄にした看板が印象的だった
名物のうなぎ・わかさぎの販売するお店である

あれから41年・・・もう建替られているだろうと思っていたが、下記のように令和の時代も現役のようで嬉しくなる

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周囲の風景はすっかり変わってしまったようだ


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令和4年 黄金週間の家族旅行・倉敷


令和4年5月4日家族で岡山・倉敷美観地区を訪れる

私はもう何度も足を運んでいるが、家人の中には初めてという者もいるので黄金週間の後半を利用して出かける

長い間コロナで自粛生活を強いられていたため、家族そろっての旅行は数年ぶりである

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新大阪からは、九州新幹線・みずほ605号を利用する

幸い僅かに指定席が空いていたため座席を確保することができた

これもコロナ禍による国民の旅行離れの証左か・・・

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九州新幹線だけに、西九州新幹線の広告がデカデカと掲げてある

今年の9月23日“かもめ”がデビューする


このポスターを見ていると、カモメというよりシロクマに見えてくる・笑

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九州新幹線 博多駅 - 新八代駅間が開業したのが平成23年3月12日だった

前日に発生した東日本大震災により開通のお祝いイベントは悉く中止となり寂しい出発となった

「泣くな くまモン!」 とどこかで呟いた記憶がある


西九州新幹線の開業はそんなことのないよう祈りたい

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本日のお供カメラ

令和の景色を92年前のライカ I に見せてやりたくて、モノクロフイルムを入れて久しぶりに持ち出した

一方のGRはコンパクトで優秀なカメラである

28mmの画角は、私にとっては生理的に好ましいもののようで、何かにつけて持ち出している


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こんなことをしているうちに岡山到着

ここからは“たくあん電車”で在来線を往く

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ほどなく倉敷到着

水島臨海のホームを望むが、余り面白そうな車輛ではない

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下りの特急“やくも”を見送る

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国鉄色に戻したリバイバルやくもがやってくるという息子からの情報により、しばらくホームで待ち構え鉄分補充

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懐かしいというより、見慣れた感覚しか湧いてこない

昭和人の悲しさか・・・・

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サイドビューも181系のようなボンネット型だと萌えるのだが、381系の簡易型では普通なイメージしかない

極めて冷静沈着

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令和4年春分の奈良散歩(その2)


前回からのつづき・・・

般若寺から少し南に下ると、本日のポイントのひとつである旧奈良監獄に出た。

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明治41年築の五大監獄のひとつ

現在まで当時の建築様式がよく残っており、今では国の重要文化財となっている。

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とりわけこの表門が美しい佇まいをしている。

両脇を支える円塔といい、エントランス上部のアーチ型の意匠といい、威圧的な感じがしない。

黙ってみれば、ディズニーランドにあっても違和感のない華やかな煉瓦造りのエントランスである。

とても刑務所の正門とは思えない。

実は塀の内側から見た表門の反対側のデザインは、これとは全く異なり権威的な雰囲気が漂っている。

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表門の奥行きは、このようにほとんどない。

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戦後は少年刑務所として使われていたが、それも平成29年3月31日に重要文化財に指定されるとともに廃庁

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そして平成29年9月1日をもって拘置支所としての役目も終える。


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表門の隙間から内部を覗くと、正面には本館が望める。

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廃庁となったこの場所は、星野リゾートが開発することになっていたので、どれだけ工事が進んでいるのか見たいと思って来たが、まだ工事には着工していないようだ。

令和4年に開業予定であったが、コロナ禍のためか延期されて令和6年頃に、監獄史料館やホテルなどの複合施設としてリニューアルされるらしい。

さて予定通りに進むのだろうか?


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その向かいにあるのが現在の奈良少年鑑別所




さてさて、奈良監獄を見学したのちは、さらに南に進むと煉瓦建の小さな小屋があった。

変電所には小さすぎるし、ここには鉄道施設はないので、鉄道のランプ小屋でもなさそうだ。

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奈良市水道計量器室と表記のある建物(大正11年築)

こういう未知の建物に出会うのも街歩きの楽しいところだ。

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水道の水圧を測る装置がある場所とのこと。

以前は荒れた状態のまま放置されていたが、土木学会選奨の土木遺産と認定されたことを機に整備保存された。

めでたしめでたし!




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令和4年春分の奈良散歩(その1)



令和4年3月21日春分の日

天気が良いのでお気に入りのカメラをもって、ぶらり奈良散歩に出掛ける。

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阪神西九条駅から阪神なんば線で奈良まで一直線。便利になったものだとつくづく思う。

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本日のお供は、コニカの大口径準標準レンズ HEXANON (L) 60mm F1.2

このレンズは、1999年に800本限定で発売された今となっては幻のレンズ

そのレンズがなぜ私が持っているかというと、昔から小西六のパール愛好家としては、ヘキサーやヘキサノンという名前を見ると何故か物欲が湧いてくる。

このレンズも売り出す前からアンテナを張っていて、売り出されるや否やカメラ店に駆け込んだ次第である。
他にも限定モノのLマウントのヘキサノン35mmf2と沈胴ヘキサノン50mmf2.4などを愛用している。

この60mmも取得からすでに20年以上経過しているが大きくいので持ち出す機会が少なかった。

そもそも夜間撮影用のレンズであるので、開放値f1.2の描写を昼間に味わおうとすると、フイルムのカメラのLeicaではシャッタースピードが遅すぎて使えなかったこともその要因の一つである。

SONYα7であればシャッタースピードが最速1/8000とあるので、ISO感度を調整すれば日中でも開放値で描写を楽しめる。

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近鉄奈良駅から北側はあまり歩いた記憶がないので、今回はそちらの“奈良きたまち”地域に向かって進む。

ちょうど今年、国の登録有形文化財になった旧奈良警察署鍋屋連絡所である「きたまち案内所」をひとつ寿ぐついでもあった。
向いにある奈良女子大のデザインに合わせたような、洋風のデザインが特徴的で、近代巡査派出所の希少な遺構としての価値があるらしい。

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明治42年築の奈良女子大の正門と後方の本館・・・ともに国の重要文化財である。

奈良女子高等師範学校時代の雰囲気を濃厚に湛えている。実に素晴らしい造形である。

よく今まで残ってくれた、残してくれた。と感謝の気持ちでシャッターを切る。


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春うらら 佐保川沿いに進む (ヘキサノン60mmの開放値f1.2で撮影)



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さらに北に進むと、幻の“大仏鉄道”の黒髪山トンネル跡に出た。

現在は大きな“切り通し”となっているが、往時のトンネルは関西鉄道(かんせいてつどう)の社章がついた立派なレンガ建てのトンネルだった。

その社章が弁天町の交通科学博物館に保存されていた。(2009年撮影)

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これが実物だ。

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現在は京都の鉄道博物館に移動しているが、大切に保存されているのだろうか。


昭和41年までそのトンネルが残されていたとか・・・当時でも小型自動車が行きかうくらいで精々の隧道巾であったただろうと思われる。

現在の交通量を考えると取壊しも、やむなしか

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明治38年のワラヂヤの鉄道地図から

当時の関西線は奈良~木津~加茂ではなく奈良~大仏~加茂のルートだった。

この道を進めば加茂駅までの間にいくつか遺構があるようだが、今回はここまで。
これより東進して般若寺方面に向かう

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Pearl II と港町・神戸フォト散歩

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この頃は、小西六のセミ判カメラPearl IIがお気に入りだったようで、あちこちお供に連れ出している。


平成10年8月1日の暑い日も同様だった。
この日は海風に当たるべく神戸三宮から元町界隈をブラブラする。

(ここに掲載した写真は、すべてパールIIにブローニ判ネガフィルムであるFUJI NS160を装填して撮影したものである。)


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阪神淡路大震災の傷跡もようやく目にすることがなくなり、そこかしこに新しいビルや店舗が誕生している。

ここからまた新たな神戸の歴史を刻んでいくと思うと、それはそれでワクワクするものである。

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京町筋界隈は震災前、クラシックな重厚なビルが立ち並んでいたが、今ではカラフルな斬新なビルが目立つ

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前方にあさひ銀行の立て看板が・・・

りそな銀行に吸収され日没してしまったあさひ銀行。元の銀行は協和銀行と埼玉銀行だった。
その後、埼玉銀行部分は会社分割により埼玉りそな銀行として復活することになる。

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神戸大丸の回廊 オープンテラスが設けられ開放的な雰囲気が心地よい

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黄昏時になってから海岸エリアを訪問している。

神戸ハーバーランドの優美な信号塔はこの日も威容を誇っていた。
その周囲は遊園地として提供されていた。


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震災直後、天保山から遊覧船“サンタマリア”に揺られて到着した岸壁は、ガタガタだったが今では綺麗に修復されている。

その岸壁にレストランクルーズ船“コンチェルト”の姿が・・・以前は“シルフィード”という船名だった。

そして昔は大阪までやってきていたが、今は神戸のみで活躍しているようだ。

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かなり暗くなってからの手持ち撮影だが、シャッターは1/2くらいだったか。

ブレがないのは腕前のせいか、振動の少ないレンズシャッターのせいか、今となっては杳としてわからない。



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平成10年3月 奈良・氷室社の枝垂桜



前回からのつづき・・・

陽光に誘われて奈良公園を散策する。

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大仏殿と桜のコラボも期間が短いだけに、出会えば撮っておくべき一枚

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春日社の参道は長く続くが、桜の大きな古木が多いためか、枝が石燈籠の高さのもの少なくないような気がする。

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桜だけではなく、青い芽を吹き、春風にそよぐ柳の枝も注目に値する。

これは三月堂の前で撮影したものだが、現在は残念ながら、この柳の木は見当たらない。


つぎに国立博物館の北にある氷室神社に移動し、奈良の春を告げる「奈良の一番桜」を拝見

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この四脚門前の枝垂桜は、奈良市内のその他のソメイヨシノと比べ、比較的咲く時期が早いため「奈良の一番桜」などと呼ばれて、多くの観光客を集めている。

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手の届くところまで垂れ下がった枝垂れが何とも素晴らしく、息をのむ美しさである。

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樹齢約400年にもなるエドヒガン系の春日野の在来種里桜が見せる、この艶やかな姿にどれだけの人々が癒されてきただろうか。

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しかし、撮影した平成10年から二十余年を経た令和3年の今日、400年の樹齢を重ねる桜は、近年は「古樹」となって、残念ながら樹勢が衰える傾向にあり、往年の姿は偲ぶしかない。

歳月は人を待たずというが、人だけではなく森羅万象に当てはまる。

しかし、老いたるとはいえ、持てる精力を振り絞って今年も花をつけた古樹は、これまた見事なものである。



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平成10年3月奈良町フォト散歩


平成10年3月29日(日)のことだった。

奈良の奈良町あたりをふらりと訪れてみたくなり、CONTAXに交換レンズを数本お供にJRに飛び乗った。

環状線からは大和路快速ならば、乗り換えなしで一気に奈良に・・・

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地上駅時代の奈良駅構内

クラシックな軒飾りのホーム屋根と複雑な構造の跨線橋部分に今更ながらに気が付いたのか、一枚収めている。

またよく見ると、安全性を担保するため、階段の傾斜が設置当時より緩やかなものに改修されているのが、見て取れる。

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1番線は、桜井線のホーム。
ロングランの和歌山行普通列車が入線していた。

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南都・奈良を象徴するJR奈良駅本屋(昭和9年築)・・・九輪・水煙を冠した寺院風建築で、実に奈良らしいデザインだと思う。

奈良駅の高架工事のため、このあと平成15年9月に2代目駅舎としての役目を終え、曳家工法で18m移動されたのち奈良総合観光案内所として使用されている。

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奈良町は観光名所でもあるので、このような案内板が用意されている。

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古い家並みの残る地域は、そこだけゆっくり時間が流れているように感じる。

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御霊神社の狛犬は、なかなか厳つい顔立ちをしてござる。
しかし、これがなかなか「足止めの狛犬」として霊験あらたかな有り難い狛犬さんらしい。

前足のミサンガのような紐は、参拝者がくくりつけたもので、行方不明者が見つかりますように・・・子供が家に落ち着きますように・・・とのおまじないとのことである。

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しかし、いきなりこんなバドワイザーが目の前に現れて驚かされる。

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奈良町の家並の軒先には、「身代わり申(さる)」がよく吊るされている。

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この庚申堂の神様のお使いなのだ。

庚申の夜には、三尸の虫が天帝に悪口を伝えさせないために寝ずの番をしていたというが、地域のコミュニティとしての役割が大きかったのではないかと私は思っている。

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南都の銘酒「春鹿」の醸造元もこの町にある。

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春先の陽気と、ソメイヨシノに誘われて、春日社の方に足を進る。

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   つづく・・・



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JR西日本/灘駅訪問

東海道本線の新快速に乗ると、いつも車窓からの眺めを楽しむ。
大阪から神戸に向う時には、四季によりその姿を変える六甲の山並みは外せない。
そのうち三ノ宮が近づいてくるといつも気になっていた駅がある。

灘(なだ)駅である。

クラシックないでたちのホームと端正な佇まいの駅舎が、いつも目の前を通過していた。

その周辺の駅は、開発だの高架だのと、駅ビルになって随分つまらないモノになってしまったが、そんな中で、この駅はピカ一に輝いていた。

一度訪問しなければ・・・と思いつつ、灘で下車する用事がなく、いつも新快速で通過する年月が続いていた。

平成10年1月31日午後から神戸で会合が予定されていたが、その前に用事はないが灘駅を訪問してみようと思いつき実行に移した。(このあたりは尊敬する百閒先生の教えに忠実である。)

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この日のお供は、ミノルタのTC-1
ズボンのポケットにも収まる超小型のボディーに名玉G-ROKKOR28mmf3.5の組合せが、スナツプショットには最高である。


六甲道と三ノ宮の間の駅なので、快速と普通列車を乗り継いでやってきた。

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くすんだ暗い色合いが多い鉄道のホームであるが、ここは、アイボリーを基調とした軽快な装いである。

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しかし、何といっても鉄骨木造の跨線橋に描かれた駅名板!
戦前ではどの駅でも定番となっていたので、昔は地方の駅ではよく見受けたものだが、昨今は目にすることはめっきりなくなった。

跨線橋の昇り口に設えてある木造の手摺もいい感じである。

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跨線橋の通路部分 よく見るとまっすぐではなく途中で折れている。
鉄道省仕様の典型的なものだ。
木造の壁面は上部をガラス窓ではなく開放部としてあるが、目の位置より少し高いので、ここから列車を撮影しようとしてもカメラを上手く構えられない。鉄道ファン泣かせの意匠である。

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駅本屋の改札内スペース
アールデコ調の古き良きデザインである。
軒飾りもそのままなのが嬉しいね。

今は柵がして花が飾ってあるが、昔はここから各ホームに繋がっていた通路だったと思われる。

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改札の外から同じ方向を見る。行きかう列車も見えて開放的な空間となっている。

駅名の「なだ」の文字が崩壊しているのが残念。

改札横の“Jスルー”ってなんだ?と思ったが、JRの自動改札機のことだった。
平成10年度にはJR京都線・JR神戸線にも設置されたので、訪問した時は、設置の直後といったところか。

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駅本屋から入口方向を見る。
反対側と同じ意匠が施されている。

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駅の入り口にアーチ状の窓を配したデザインは、戦前の駅舎に多く見受けられた。

香川の琴平駅、東京の国立駅、昔の前橋駅なんかもそうだった。




瀟洒な佇まいの灘駅舎は、昭和9年の建築で阪神間では最も古い駅だったが、惜しまれつつ平成19年に取壊された。



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古い家並みの残る町~奈良・五條ぶらり旅



山櫻古典寫眞機同好會のメンバーから、「久しぶりに何処か撮影旅行に行きませんか。」というメッセージがLINEのグループ欄にアップされた。

夏の暑い時なのでハードなスケジュールはご免蒙りたいと考えていたが、なりゆきで私が段取りすることになり、奈良の五條には古い町並みが残っているし酒蔵もあるので組織員の嗜好にピッタリということで、7月25日(土)の日帰り旅行を計画した。



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近鉄阿倍野橋9:10発の吉野行特急の指定席を確保する。吉野口までの1時間は朝麦酒で乾杯!吉野口からはJR和歌山線で五条に入る。

その予定だった。

いつもなら天神祭りの当日はじりじりとした夏空が広がるものなのだが、今年は要領が違った。
梅雨明けの遅れている近畿地方では、前日夜には近畿中南部に豪雨があり、何かいやな予感がしていた。
案の上、当日の早朝、意気地のないJR西日本は、早々に和歌山線の高田・橋本間を始発からその運転を休止してしまった。

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近鉄は動いているが、その先の移動手段を絶たれてしまった。近鉄の下市口まで足を伸ばして、そこからタクシーを飛ばすという手もあったが、組織員にLINEで連絡したところ、複数者から「それなら自家用車出しましょうか」とのありがたい申し出あり。

運転者は、終始お酒が飲めないことになるので誠に申し訳なかったが、なんとか足の手配ができて良かった。

本来7月23日に東京五輪が開催し、なにやかやと沸き立っているはずの4連休だったが、それが憎きコロナ禍により延期となったため、こちらとしては、もしこの計画が中止となれば、その無聊を慰めるものもなくつまらない休日となってしまうところだった。

集合場所を阿倍野橋から谷町六丁目に変更し、予定通り出発進行。
N氏から提供していただいたトヨタ・アルファードの快適な乗り心地を味わいつつ五条に向かう。

途中何度か大雨に出会うが、目的地到着時には霧雨程度の小康状態となる。

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五條の新町通りにある源兵衛に11:00からのランチコースを予約していたが、遅れることなく、かつ早すぎず絶妙のタイミングで到着する。

五條 源兵衛は、五條の野菜を中心としたミシュラン☆のレストランである。

日ごろから血液どろどろのメンバーたちには、体が喜ぶ野菜だけのコース料理(@3,500-)を予約していた。お酒は別である。

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江戸時代の商家を利用した店舗の中に入ると、落ち着いた雰囲気の中、静かにピアノソナタが流れていた。

店主で料理長でもある中谷暁人さんによるコース料理の説明を受けた後、我々はビール、ドライバー殿はノンアルコールビールで乾杯してコース料理がスタートした。

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食前酒ならぬさっぱりとした食前酢で胃を整える

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地産のもち米団子のお椀 上には緑鮮やかな様々な野菜が乗っている。黄色い花をつけた極小キュウリもある

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湯葉に包まれた正体不明の香草が出てきた。 

目をつぶって咀嚼すると牡蠣の味がしますよ。とのことだったので、果たして教示通り反芻すると驚いたことに、生ガキの如き磯臭い風味が漂った。不思議な香草である。

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提供される野菜のサンプルが山盛りになってテーブル上に置かれた。

恥ずかしながら、いかに野菜の知識がないかが暴露される瞬間でもある。
あまり聞きなれない野菜の説明が続く。しかし「グラスに入っているのはホップではないですか?」との問いに「そうです」との回答あり・・・やれやれ少しは面目を保つ

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野菜だけの天婦羅盛り合わせ  

手前の赤いトマトの天婦羅のうしろの大きい一品は、カボチャの花である。
芋の天婦羅も数個あるため、しっかり食べ応えあり。

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ビールはほどほどにして、地酒に移る

左は、店主こだわりの野迫川 村おこしプロジェクトにより醸造された「伯母子岳」・・・しっかりとしたガツンとくる味わいで野菜料理との相性が良い。
中と右は、地元の酒蔵山本本家の松の友「十一代」・・・直汲みとは、無濾過の生原酒である。ともに軽やかな飲み口だが、右の大吟醸は少し発泡性を帯びて夏向きの逸品である。

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ウリやマメ、豆腐などを色々な味付けで調理した3品 地産池消よろしく地酒との相性も良く、盃がすすんで困る。

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止め椀は、五條米の上に針茗荷を乗せたものに、出汁をかけていただく。これも出汁の味わい深く出色の一品だった。

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葛菓子 葛の味が濃厚にして弾力のあるものにして、彼の地ならではの得難い風味。

すべて野菜尽しのコース料理だったが、思った以上に満腹感あり。おいしゅうございました。

日ごろの不摂生を洗い流すような、いわば薬膳料理のような感覚がしてならなかった。

少しだけ健康になった気がする。

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近江八幡フォト散歩と京阪プレミアムカー

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母校の同窓会の有志が集う“山櫻古典寫眞機同好會”でLINE交換をしているうちに、久しぶりに撮影会を催行しようとなった。
いろいろ行き場所を考えたが、ヴォーリズ設計の建築物が多く残る近江八幡をフォト散歩することに決定した。

過去の“山櫻古典寫眞機同好會”の様子は、コチラ

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天気もよさそうなので、黄金週間2日目の平成30年4月30日にオヤジ3名で出掛た。

もちろん“古典寫眞機同好會”なので、フィルムカメラがメインである。

一人は、“キャラメル箱”と称される名代のコンパクトカメラのローライ35・ゾナー40mm
もう一人は、ニコンF3に6×6のハッセルブラッドという重装備である。

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小生は、コンパクトにLeicaIIIb+Summaron3.5cm・COLOR-SKOPAR21mmといういで立ち

モノクロフイルムには、この暗~いSummaronが階調豊かな描写をしてくれるのでベストな選択だと思っている。

最近富士フイルムが白黒フィルムの製造を中止した。との悲報に接し、急遽買い求めた国産最後の35mmモノクロフイルム「ACROS100」を久しぶりにバルナックライカに装填する

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フイルムの装填にも、ライカ特有の作法があり背筋が伸びる思いがした。

※ただし、ブログアップ時にはまだフイルムの現像ができていないので、サブカメラとして併用したデジタルカメラで撮影したものを掲載する。




大阪9:00の新快速に乗車。ゴールデンウイークらしく京都までは混雑していたが、京都以東は車内は閑散とした状態
ゆったりとした雰囲気で10:06近江八幡到着

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最初は八幡商業高校を訪問 S13の建築である。
過日いろいろと物議を醸した豊郷小学校よりは洗練されたデザインである。

ここから近江商人の卵たちが多く輩出されたのだろうね。

調べてみると驚いたことに・・・宇野宗佑(元首相)、伊藤忠兵衛(二代目伊藤忠)、塚本幸一(ワコール)、川瀬源太郎(日本生命)など政経界のお歴々が並んでいた。

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近くにあった八幡小学校の木造校舎

これはヴォーリズの建築ではないが、壮麗な木造校舎が現役なのが素晴らしい。
行政と市民ともども由緒ある建物に対しての考え方・接し方が偲ばれて、とても感銘を受ける。

ヴォーリズの代表的建築物であった大丸心斎橋筋店の取壊しを目の当たりにしたものとしては、この地はパラダイスのように感じる。

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S6築のヴォーリズ記念館 晩年のヴォーリズ夫妻の居所でもある。

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歴史的な建造物を訪問するたびにいただいたパンフを見ると、彼のヴォーリズさんだが、昭和16年に日本に帰化したのち、終戦直後、軽井沢に疎開していた時、近衛文麿の密使が訪れて、近衛とマッカーサーとの会見の斡旋を依頼されたことがあった。そしてマッカーサーの側近との会談の中で天皇には戦争責任はないこと、天皇は自分が神と等しいとは考えていないこと等を伝え、近衛とマッカーサーとの会談を実現させたとのこと。そうなれば戦後処理に一翼を担った人物といえよう。

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池田町の洋風建築群煉瓦外塀・・・大阪の江戸堀にある大阪教会の外壁を思い起こさす意匠である。


近江八幡は、近江商人の街でもあり、中心部には日本的な古い家並みが残っている。

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このような街並みの中、明治中期に西洋建築を建設することは、大変な反感があっただろうし、大いなる努力と周囲の理解がないと難しいと思われる。

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またここは、八幡瓦の産地でもある。

豊臣秀次が八幡山城を築城した際、整備した八幡堀を利用して、瓦の製造が栄えたのが礎だとか。それ以降は地場産業としての瓦製造が展開されている。

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そんな八幡堀端の一角にある「喜兵衛」さんで昼食

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美しい新緑の庭を眺めながら箸を取る。

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近江牛のタタキと滋賀づくりの一番搾りでスタート

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地元の名物が取り入れられた喜兵衛御膳をあてにビールがすすむ

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餘部・鳥取の夏休み(その4)

平成29年8月11日(金)祝日

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岩井温泉9:16の路線バスで砂丘東口に9:56到着

見るだけで暑そうな光景が広がっている。

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午前中ではあるが、真夏の砂丘を物好きに訪問する人がいるのかと疑問を持っていたが、予想外に大盛況!
駐車場も満車状態。

砂丘なんて1度訪問すれば、得心がいくと思うのだが、何度も訪問する気持ちがわからない。
地元民の遊びに行くところは外にないのか・・・・と勘繰りたくなる。

はるかに望む馬の背といわれる丘陵まで行けば、美しい日本海が見えるというので、足場の悪い砂場を登っていくが、予想外の高さと難渋さに苦慮させられる。

足を前に出しても砂地なのでめり込んでロスが多い。要するに、なかなか登れないのだ。

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ふうふう言いながら、馬の背まで登ると、さわやかな風と共に、日本海の絶景が広がる。

やはりここまで来なくてはならないようだ。

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砂だけでこんな小山を形成していることが驚かされる。

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海岸線まで下りて楽しんでいる人もいるが、復路のことを考えると有り得ない選択である。

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餘部・鳥取の夏休み(その3)

(前回からのつづき)

只今の時刻15:10

自宅を午前5時に発ってから10時間の鈍行と途中下車を繰り返した不急旅を経て、本日の宿泊地「岩井温泉」に到着した。

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小さな温泉地であるが、昔の街道筋にあたるので、鉄道が開通するまでは、行き交う人々で賑わっていたようだ。
また鳥取最古の温泉地として有名なところである。

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上の案内図の右下の絵のように、手ぬぐいを頭に載せて、その上から湯をかける奇習がある温泉でもある。

その名を冠する共同浴場「ゆかむり温泉」
現在では、「タオルは湯船に浸けないでください!」と叱られてしまいそうな感じがする。


・・・少しチェックインには早いので、街中にある明治の遺構を見学に行く。

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明治25年築の岩井小学校である。

岩美町の保護文化財とのことであるが、状態が頗る悪い。

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つた類のなすがままの朽廃状態で、倒壊の心配までする必要があるようだ。

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貴重な明治の遺構だけに何とかいい状態で保存してもらいたいものだ。
「ふるさと納税」は、こういうところにもお金を掛けて欲しいね。


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さてさて、貴重な建物を見学した後は、源泉掛け流しの湯元「岩井屋」さんにお世話になる。

昭和9年に発生した町中の大火の後に再建されたと聞く木造3階建の旅館である。

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玄関先には、灯篭流しの行灯が置かれ、お盆が近いことを告げていた。

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たたきから、クツを脱いで上がれば、そこからすべて畳敷き。

スリッパというものが要らない民芸調の純和風旅館である。

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ロビーの片隅に置かれた置き床も趣味のいいものとなっている。

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ロビーの展示品やコーヒーカップにいたるまで、オーナーのこだわりを感じさせるシツラエとなっている。

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おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その3)

前回からのつづき

立山黒部アルペンルートを越えて、本日のお宿は、安曇野

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エントランスは、ゴルフ場のクラブハウスのような“穂高ビューホテル”

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快適な環境が提供された。

“おとなび”頑張りましたね。

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ルームキーは、定番のクリスタルキー
(ホテルのキーもそれぞれ特徴があって面白いので、できるだけ撮っておくようにしている。)

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私は、もちろんビールだが、子どもたちは、これを自販機で買ってきた。
「富より健康」と言い切るところが、清々しい松田牛乳である。

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一風呂浴びた後は、お楽しみの夕食である。

普通の夕食より軽めだったのは、“おとなび”の構成年齢を考えたものかもしれないね。
日ごろ食べすぎ傾向なので、少なめでもOKですよ。

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こういった、HOTAKAの地ビールとか・・・

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地酒を楽しめたら、それで満足なのだ!




それなりに温泉などを楽しんだ後、爆睡すれば翌朝となる。

今日も天気は良くないが、高原ホテルの朝霧に包まれて散歩するのも悪くない。
亜熱帯の大阪のことを思えば、涼しいだけでご馳走である。

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星空広場というだけに、天気がよければ満点の星が楽しめるのであろうが、昨夜はクローズの館内掲示があった。
この天気では致し方ない。

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もうすぐ8月というのに、こちらでは紫陽花が見ごろである。

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同じところを露出と絞りを変えて撮ってみたら、かなり雰囲気の違うものになった。

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やはり Leitz SUMMILUX35mm f1.4 は面白いレンズである。

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おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その2)

(前回からのつづき)

H29.7.29(土)

ケーブル立山から黒四ダムを経て扇沢までいろいろな乗り物を経て行くと一人当たり8,290円必要である。
個人旅行であれば、大変な負担となるところだが、ツアーなので、その点は気楽なものだ。

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ケーブル立山駅から美女平に標高差500メートルの斜面を登っていく。

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美女平から室堂までは立山高原バスに乗る。ここから標高差1,500メートルを約50分かけて登っていく。
相変わらず天気が悪い。今にも雨がふってきそうな霧の中を進む。
晴天もいいが、避暑に来ているので、涼しい天気は有り難い。

名所の称名滝もホワイトアウトで見えず。
まあ、以前来た時に見たから別にかまわない・・・などと負け惜しみをいう。

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弥陀ヶ原を経て室堂に到着すると、7月末というのに、「雪の大谷」の残景が見られた。

室堂の標高は、2,450メートルである。

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乗換の待ち時間を利用して戸外に出てみる。


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見晴台からの現実・・・・

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ここからは、こんな風景が見えるはずだった。
パンフレットの「ヤッホー!立山」の文字が、イラッと来る。

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最も標高の高いところにある湧き水という「立山玉殿の湧水」の清冽を味わう。
こちらは天気は関係ない。

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おとなび「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」(その1)

JR西日本のシニア向け旅行クラブ「おとなび」からは、ウェブでいろいろな旅行プランの案内がある。

そんな中で、目に留まったツアー旅行があった。

平成29年7月29日(土)・30日(日)に催行される「立山黒部アルペンルートと新緑の安曇野・上高地2日間」である。

50歳からをたのしむ大人の旅クラブ20おとなび20Club20DISCOV1-1

私は数回訪れたことがあるルートであるが、以前から中学生の長男から立山黒部アルペンルートに行きたいとの要望があった。個人的に行くと結構費用がかかるし、日程調整が難しいと考えていたところに、このプランが提示された。
まさに渡りに舟というわけだ。

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「おとなび」は50歳以上が入会資格となるので、このツアーも年齢層が高そうだが、予想通り初日の大阪駅で集まった34名の面々を見るとシニアのカップルがほとんど。中高生を含む家族旅行は我々だけだった。

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ツアー旅行は、団体行動なので、勝手な振る舞いは厳禁であるが、ツアコンの指示に従っていればいいので、個人旅行のような気配りする苦労はないのがありがたい。

そしてこれは、年齢層の高いツアーなので華やかさはないが、良識を持った方々による落ち着いた旅が出来るようにも感じた次第である。(注:これは実際のところ、最後まで裏切られることはなかった。)


さてさて・・・

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大阪駅7:40発のサンダーバード5号 この最後尾の12号車に乗車


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朝食は、車中にて・・・旅の定石として、とりあへず飲み始めました。

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武生駅で福井鉄道の車輌を見る。どれも新型の低床型(路面電車形)車両「F1000形」だ。(ペットボトルじゃま!)

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平成7年 特急“TSUBAME”乗車記

平成7年11月9日再度鹿児島に出張した際、前回は空路で帰阪したが、今回は時間に余裕があったので、陸路を選ぶ。

憧れの特急“つばめ”を始発の西鹿児島から終着の博多まで乗車した。

西鹿児島12:10発の特急つばめ14号である。

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西鹿児島駅の在来線ホームを横切るように新幹線ホームがその姿を見せようとしている。
新八代~鹿児島中央の開業は、平成16年3月13日なので、その9年前の姿だ。

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クモロ787-2 先頭車のサイドビューは直線的な輪郭で、とても精悍なものとなっている。

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そのサイドには、歴史と伝統の名列車“TSUBAME”の表示が大書されている。

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サハシ787形のセミコンパートメントで4席×6室が配置されていた。

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正方形の窓も、この車輌を特徴付けている。

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平成7年 追憶の西鹿児島駅

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こんな時代もありました。

ブルートレインの後ろには建設中の新幹線ホームが見えている。

これは平成7年10月31日に仕事で鹿児島を訪れた時に撮影したもの。

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そして、JR西鹿児島駅の駅舎はこんな感じの平家建だった

左端にTSUBAMEの看板が・・・787系が導入され脚光を浴びていた頃ではなかったか。

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対面の西鹿児島駅前風景



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現在の鹿児島中央駅・・・もう面影は全然ない 同じ場所だとは全く考えられない。

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肥薩線めぐりの旅(その6) SL人吉

5回シリーズで続けてきた「肥薩線めぐりの旅」もこれが最終回

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平成28年8月20日 人吉市内観光を終えて今回は人吉駅からスタートする。

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人吉駅の構内には、立派な石造りの機関庫がある。肥薩線開業直後の明治44年築である。

下りの「SL人吉」を牽引した58654の休憩場所でもある。

妻面が覆い屋根のためよくわからないが、入口は3連のアーチ型となっている。

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SL人吉が推進運転で駅ホームに入線していく。

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隣の車庫の長さと列車を比べると、その車庫は、機関車1輌+客車3輌がすっぽり納められるほどの規模をもっていることがわかる。

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14:38発熊本行きの“SL人吉”に乗車 (SL人吉号とは言わないことに注意!)

本日のこの上り便は、夏休みの土曜日だけあって満席札止めとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その5) 球磨川の温泉地「人吉」

前回からのつづき

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平成28年8月20日13:30 人吉駅からレンタサイクルで相良氏の城下町に飛び出した。

電動アシスト付ママチャリなので楽チンであるが、気温35度快晴の下ではやや辛い。

はやく一っ風呂浴びたいものだ!

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レトロの極みといわれた昭和初期の銭湯の様子を今に伝える「新温泉」や

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大正築の最古参の「堤温泉」の佇まいを確認した後・・・

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熊本県最南端の裁判所をチェックし・・・

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裁判所あるところには、検察・法務局の存在もあるので、新築なったお洒落な人吉法務総合庁舎も確認!

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人吉城郭のほとりの球磨川支流「胸川」で川遊びする親子連れの姿に、いまだ変わらぬ日本の夏景色を見て嬉しくなる。

因みに城下町人吉球磨を治めた相良(さがら)氏は鎌倉初期から江戸時代の終わりまで700年治世した氏柄である。
球磨での相良家の歴史は、源頼朝の命により遠江国より下向して来ることがはじまる。
以後、戦国の世を乗り切り、豊臣秀吉、徳川氏からも所領を安堵され、明治維新まで命脈を保った。
そのように、相良家は長きにわった所領を守り抜いた全国的には稀有な大名である。

そして、彼の地は明治2年の版籍奉還により人吉県となり、その後八代県に合併され人吉藩は消滅した。


それはさておき・・・人吉城址に近い人吉温泉「元湯」に到着

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肥薩線めぐりの旅(その4) 鉄道の聖地“矢岳越え”

前回からのつづき

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平成28年8月20日(土)肥薩線の吉松から人吉に向けて、いよいよ日本屈指の山線「矢岳越え」に挑む

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今回の行程(ブルーのライン)

吉松からは11:49発の「しんぺい2号」に乗車

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今までの磨墨が如き「はやとの風」とは異なり、これからは、眞田の赤備えの如き「しんぺい号」である。

この上り列車「しんぺい号」は、鉄道開通当時の鉄道院総裁の後藤新平から名づけられた。
因みに下り列車は「いさぶろう号」である。当時の官鉄を管掌していた逓信大臣・山縣伊三郎からとられた。

その訳は・・・

肥薩線の矢岳第一トンネルは、矢岳駅と真幸駅の間にあり、矢岳駅を出て最初のトンネルである。
明治42年11月21日に開通した、全長2,096メートルのこのトンネルは、肥薩線で最も長いトンネルとして知られている。
また、南側へ向けて25パーミルの下りの片勾配となっている。この勾配と、人里離れた山奥ということもあり、資材搬入の便の困難さ、そして水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、工事はかなり難航した。この工事は、現在の青函トンネル工事に匹敵する大工事だったと言われている。

トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられている。これらの言葉を繋げて読むことにより、「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味である。

これらの揮毫がなされるほどの国家を挙げての大工事であった訳だ。

この二人にあやかって名づけられたのが「しんぺい号」であり「いさぶろう号」である。



今から思えば、鉄道路線は、険しい山岳コースより海側のルート(現鹿児島本線)のほうが安全安価に仕上がる気がするが、明治時代の陸軍が、海側ルートは外国から狙われて危険であるとして鉄道敷設に強く反対したからこうなった。

現鹿児島本線の開通は肥薩線開通から18年後の昭和2年になる。

明治の軍人は薩摩人が多かったが、幕末の薩英戦争の影に怯えていたのだろうか?



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先頭車の3号車からキハ47-8159+キハ47-9082+キハ140-2125の3輌編成である。

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強度の点は問題ないのであろうか?と、心配になるほどフリースペース部分が大胆にカットされている。


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「はやとの風」と異なりスタンディングタイプのフリースペースとなっている。

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肥薩線めぐりの旅(その3) 鉄道の町吉松へ

前回からのつづき

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今回の旅程(ブルーのライン)


平成28年8月20日(土) 霧島温泉で英気を養ったあと、丸尾温泉バス停留所からJR霧島温泉駅に戻る。

この10:01発のバスを逃すと13時までないので、油断ならない。

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霧島温泉からは10:41発の特急「はやとき風2号」に乗車するが、やってきた列車がこの駅で5分停車

停車中は、ホームでは、乗客にお茶が振舞われ、地元の特産物販売の即席市場となる。

この特急は自由席ならば300円の支払いで済む。この列車も混雑とは無縁のローカル列車であった。


10:48大隅横川駅着 ここでは6分の停車である。

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どうやらこの地における昔の基準的な駅舎構造は、駅舎の出入り口を端に設けて、庇を深く角の周りをL字型に配するもののようだ。


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この駅も嘉例川駅同様、明治36年築 

改札の梁にその証拠を見つけた。 鉄道の財産標である。

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駅本屋 明治36年1月築・・・確認! 日本に風雲急を告げる日露開戦の前年である。

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機銃掃射の痕跡に当時の町の規模を推量していると・・・

アテンダントの打ち鳴らす鐘に我を戻し、車内に戻る。

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ラウンジコーナーで自撮したものだが、偶然稼働中のアテンダントが写り込んだ。

彼女たちは実によく働きます。

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肥薩線めぐりの旅(その2) はやとの風で霧島温泉へ

前回からのつづき

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H28.8.19 いよいよ大人の夏休みのスタートである。

昔の鹿児島本線であった山岳ルートの肥薩線(明治42年開通)は私にとって未踏路線だ。

(註)湾岸ルートの現鹿児島本線は、昭和2年10月17日の湯浦駅から水俣駅までの開通より海岸線周りの八代駅から鹿児島駅までが全通することによって誕生した。それまでは現肥薩線が鹿児島本線を名乗っており、鹿児島・宮崎への大動脈だった。

この機会にぜひ訪れてみたいと考えた。

おまけに霧島温泉で一泊すればなお素晴らしいではないか・・・と。

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午前中の仕事では紆余曲折があったが、奮闘努力の結果・・・なんとか鹿児島中央13:23発の特急「はやとの風4号」に間に合った。

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本日の旅程表(ブルーのライン)

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在来線の普通列車に並ぶ女子高校生の列をカメラ片手に「ごめんなさい」と告げて横切り、テンション上げてホームを駆け巡っていたビジネスマン姿のオヤジは私でした。

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そりや、頻繁に来られない場所ですしね。

おまけに初めて乗るデザイナーズ特急となればテンションも上がりますよ!!!

1号車(キハ147-1045)+2号車(キハ47-8092) というあっさりとした2両編成の観光特急列車である。
 
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1号車キハ147-1045の車内 重厚なつくりで国鉄時代の車内イメージを色濃く伝える装飾

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2号車キハ47-8092の車内 淡い色合いで軽快な感じがする車内装飾

中央にフリースペースがあり、とにかくJR西日本には見られない意匠の車輌に、一期一会で楽しまなくては・・・

金曜日の午後ということもあってか、車内は空席が目立つ。

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定時の出発の後、鹿児島駅を過ぎれば、左手に磯庭園、右の窓からは錦江湾と桜島を楽しむ

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次の竜ケ水駅には、何やら意味ありげな石碑がホームに鎮座していた。

平成5年に発生した8月豪雨で駅舎および周辺地域は甚大な被害を受けており、その際の乗員乗客脱出劇は、さまざまなドキュメンタリー番組で取り上げられた。

被災時の有名なエピソードとして、停車中の車両を堤防代わりにして乗客を避難させた乗務員の話がある。
被災したのは西鹿児島駅(現:鹿児島中央駅)行の普通列車(キハ200-1007)で、竜ケ水駅に停車中に鹿児島駅方面の線路が土砂崩れで通行不能となった。運転士は国分方面へ引き返そうとしたが、いつまでたっても指令室の許可が下りず、交渉中に国分方面の線路も遮断され立ち往生してしまった。このとき土石流の危険を感じた運転士が、自らの判断で崩れそうな箇所に、あえて列車を停車させ、乗客のいない車両を堤防代わりにして乗客を避難させた。この好判断により乗客は土石流発生直前に避難することができた。ただし、乗務員の指示を無視して列車内に留まった乗客3人は死亡した。(ウィキペディアより)

その災害復旧記念碑である。


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島津の歴史とかかる出来事に思いを馳せながら、一方では車内のアテンダントにオーダーして、地元の地ビール「SATSUMA GOLD」を持ってきてもらった。

こういうのは逃すわけには行かない。

ところが瓶ビールとプラコップの組み合わせだった。

座席のテーブルは、ディーゼル車輌の横揺れに耐えるほどのものではなく、表面はツルツル。両手を離して写真撮影できたのが奇跡のようなお話。

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車内検札の際に手渡された記念乗車証・・・ミヤマキリシマと対照的な漆黒の「はやとの風」が印象的である。

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隼人から肥薩線に入り、車窓から霧島連峰の山々を楽しんでいると、14:13九州最古の木造駅舎である嘉例川(かれいがわ)駅に到着。

観光列車ならではの嬉しいことに、5分の停車時間があり、乗客は自由に下車して駅の外にも出られるのだ。(そもそも無人駅ではあるが。)

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鉄道だけではなく、自動車でこの駅に立ち寄る観光客も数多くいる。彼の地の人気スポットである。

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開業100周年の記念碑が、平成15年に建立されているので、まさしく明治36年開業である。

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ホームのベンチの高さが、当時の日本国民の身の丈を忍ばせている。

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さて、から~ん・から~んとアテンダントの打ち鳴らす出発のベルが聞こえてきたので車内へと戻ろう。

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肥薩線めぐりの旅 (その1) いざ薩摩へ

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平成28年8月18日翌日の鹿児島における仕事のため、前夜のさくら573号で大阪を発つ

新大阪18時59分発で鹿児島中央には23時07分着 

たっぷり4時間あるので夕食をとりながら、だらだらと一人居酒屋状態

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箱寿司と白ワインの組み合わせもなかなかイケル!

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九州線に入れば、車内販売で芋焼酎を販売しているのは、前回学習済みなので、欠かさず注文・・・九州新幹線サマサマなり。

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23時すぎの鹿児島中央駅新幹線構内 誰もいな~い

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北海道青森紀行(その5)はやぶさ編

前回からのつづき

酸ヶ湯から新青森まで戻ってきた。

ここからは新幹線を利用して帰阪するのだが、仙台~新青森はこれが初乗車区間となる・・・ワクワク

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ガラス張りの本屋が現代的な新青森駅

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駅前の案内図には、新幹線の新青森以北は、点線で表示されているが、これも来春まで。

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青森ねぶたのミニチュアや棟方志功の羅漢像図などを掲げて地元をアピールしているが、函館有斗まで延伸すると青森は一通過点になってしまうようで、歓迎しているのか、嘆いているのかよくわからなくて、何とも切なくてならない。

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改札上部の案内板は、函館方面を表示するスペースが準備されているが、今だ利用されていないのだが・・・

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改札内の番線表示を見ると、11番線から14番線の4ホームを、それぞれフル活用しているようだ。


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汽笛一聲・阿房列車

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


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 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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