昭和57年国鉄宮津線・小浜線を巡って・・・
- Thu
- 00:00
- ∇鐵道ほとがら帖/昭和編 - ├昭和57年
豊岡からは、宮津線に入る。

久美浜駅で特急“あさしお”と対向


天橋立・宮津を経て丹後由良駅で急行の対向待ちとなった。
やってきたのが、急行“大社”
左は我らが乗車する336D西舞鶴行き キハ475+キハ471016+キハ4740

この“四所”駅の駅名板をじっくり見ると何かヘンに感じる。文字の配置がかなり芸術的なのだ!
10年ほど前に加悦鉄道を訪問したとき、たまたま目にしたが、こんなにアンバランスな駅名板は、見たことがなかった。
そのときは、瞠目したままカメラに納めることが出来なかったが、この旅では是が非でもカメラに収めなければ・・・と思っていた。
念願のワンショットである。

西舞鶴
なぜか小浜線内は一枚も撮影していない・・・なんだかツマラナイ路線だったような記憶がある。

次のショットは敦賀駅である。

オハユニ6194

オハユニ6165

(上部写真の拡大)クッションのない木製背摺りが美しいオハユニ6165である。

敦賀16時20分
右より、上り特急“雷鳥20号” 中央は、EF81が牽引するお座敷列車(回送)
左は、我々が乗車するEF7032が牽引する米原行き522列車

お座敷車輌のスロ81は、お座敷列車として全国の鉄道管理局に配置されたもののひとつ。
これは、昭和54年7月18日大阪鉄道管理局に登場したもので、1号車から6号車まで「播磨」「難波」「摂津」「高砂」「山城」「近江」と名づけられていた。
各車輌は、下記の通り
播磨の間(1号車)スロフ812111(元スロフ622002)+浪速の間(2号車)スロ812121(元スロ622004)+摂津の間(3号車)スロ812122(元スロ622062)+高砂の間(4号車)スロ812123(元スロフ622062)+山城の間(5号車)スロ812124(元スロ622070)+近江の間(6号車)スロフ812112(元スロフ622009)
ここに写っているスロ812122(元スロ622062)は、3号車の「摂津」であるが、廃車後加古川の「健康ひろば加古川」で列車食堂として利用されていたが、平成20年4月末日同店閉館に伴い解体された。

木ノ本駅で急行大社と対向する。
左は522列車米原行き
EF7032+マニ502177+スユ162010+オハフ452013+オハ352433+オハ352229+オハ352430+オハ352348+オハフ332483

鉄道記念物の長浜駅・旧駅舎を右に見て本日の行程を終える。
いろいろと面白いものと出遭えた若狭路の旅だった。
- 関連記事
-
- 昭和57年晩秋 福知山線寸景 (2010/11/29)
- 昭和57年 福知山線・武田尾駅界隈をパトロール (2010/11/25)
- 昭和57年国鉄宮津線・小浜線を巡って・・・ (2010/08/19)
- 昭和57年播但線の旅 (2010/08/16)
- 昭和57年8月 野上電鉄日方駅構内 (2010/07/17)
- 阪急・阪神の名車を求めて・・・野上電鉄 (2010/07/14)
- 昭和57年8月 野上電鉄を訪れて・・・ (2010/07/11)
- 昭和57年8月台風10号により水没した関西本線・王寺駅 (2010/07/08)
- 昭和57年国鉄・多度津工場からの帰路 (2010/06/27)
- 昭和57年国鉄・多度津工場見学 (2010/06/24)
- 昭和57年予讃線・多度津駅 (2010/06/21)
- 昭和57年国鉄宇高連絡船から高松駅へ (2010/06/18)
- 昭和57年近鉄養老線・国鉄樽見線探訪 (2010/05/28)
- 昭和57年南紀一周気まま旅(その3) 尾鷲~亀山 (2010/05/25)
- 昭和57年南紀一周気まま旅(その2) 串本~尾鷲 (2010/05/22)
Comment
2010.08.19 Thu 01:24 | さっき、石川から戻ってきました
「あさしお」は、「やくも」の電車化で捻出されたばかりのキハ181ですね。
敦賀駅、動輪のあたりに囲いができて何か工事をしています。
それ以外は全然変わってませんわ。
この当時、最も東の端が上り本線だったのでしょうか。
それとも上り本線をお座敷列車が占領していたのでホーム変更だったのかもしれません。
「雷鳥」に乗り込んで食堂車で飲みまくり(ああ、やってみたかった)じゃなかったんですね。
今、223系や、521系が走り回っている湖北、このころ冷房車は郵便車だけというのもすごいですね。
複線ですから、対向というより退避でしょうね。
- #JyN/eAqk
- なにわ
- URL
- Edit
2010.08.19 Thu 12:27 | ミステリートレイン
急行大社、いったいどこ走ってんねや!?と突っ込みたくなります。こんなミステリートレインじみた列車がそこここに走ってたんですね。
丹後山田、路線図に見当たらないので調べたら野田川に改称されてるんですね。最近になって知りました。
- #-
- サットン
- URL
2010.08.19 Thu 12:33 | *なにわさん 早っ!
記事をオープンにした途端にコメントをいただきました。
この日は、鈍行の乗り回しなので特急・急行は見送るばかりでした。雷鳥の食堂車・・・最後のお別れしないままになくなってしまいました(残念)
2010.08.19 Thu 12:37 | *サットンさん こんにちは
この当時の急行大社は、名古屋~米原~敦賀~豊岡~大社というルートで、米原・敦賀・豊岡でそれぞれ方向転換をする迷走列車でしたね。
加悦鉄道の分岐点である丹後山田(現:野田川)は、これ以降では自動車で前を通っただけです。
2010.08.19 Thu 14:35 | し しょ
「し しょ」の駅名板、私もオドロキです!確かにゲイジュツと評価しても差し支えないです(笑)。平仮名にすると3文字になり、尚かつ3文字目が小文字になる駅名を日本中探せば存在した可能性はあるでしょうね。もっともソンナ駅名を挙げろ、と急に言われても思いつきませんが・・・。
それにしてもこのホーローの駅名板は懐かしいです。今となっては下手をすると白い枠で黒文字木製の、国鉄型の駅名票よりレアかもしれません。大阪近郊なら和歌山線の隅田で見かけたような気がしますけれど、まだ現存する駅はあるでしょかね。
あと、背ズリにクッションの無いボックスシートは今でも憧れてます。観光列車ならこれを模倣したものはいくらでも走っていますが、本物がリアルに存在した日は呼べど帰らぬ昔です。
黄昏を迎えて車内に白熱球の灯が燈ると、白い天井、ニスの染み込んだ木目の壁、硬くて青いクッション、そして油の匂いのする茶色い板張りの床は、蜜柑のいろと光沢を放ち、夜汽車となって窓の向こうに並んで走るくさぐさは閉ざされてゆく。
稚拙な文章で相すみませんが、蛍光灯で煌々と照らされた快適な車内ではこういう旅はとても楽しめませんよね。
- #bYLHBN/g
- 淡島八景
- URL
- Edit
2010.08.19 Thu 16:39 | *淡島八景さん 面白いでしょ♪
「ししょ」の表示、横書きの駅名板は、3文字の空間が均等に並んでいるのですが、縦書きになると、どうしてこうなるのでしょうか?不思議です。
白熱灯が輝く旧型客車の夜行列車・・・懐かしいですねえ。子供の頃にはまだまだ現役でした。
2023.03.24 Fri 12:24 |
こんにちは。
検索結果からこちらの記事に参りました。
先日初めて京都丹後鉄道に乗る機会があり、国鉄時代の風景を知りたく思っていました。
今でも京都・大阪からの特急列車が福知山を経由して走ってきますが、往時の急行列車はもっとディープな存在ですね。きっと、都市間だけでなく、地域内の近郊の輸送も賄おうとすると、くねくねとどこまでも走っていくような列車が仕立てられてしまったのではないかと想像しています。
名前だけ知っていた加悦鉄道は、今でいう与謝野駅から出ていたこと、お写真にあります丹後由良駅は今も変わらずに静かな駅としてあること、お写真を通じて色々と感ずるところがありました。
何よりも一番驚いたのが、西舞鶴駅の構内の広さ、綺麗な駅舎に建て替えられ線路も整理された今では、想像のつかない風景でした。
2023.03.24 Fri 15:49 | 風旅記さん こんにちは
昔の記事にもかかわらずご覧いただきありがとうございます。
加悦鉄道には昭和50年に西舞鶴経由で一度訪問したことがあります。
その時は希少車種のキハ08に揺られて行きました。
先日、そのネガをスキャンしたところですので、近々アップする予定です。貨車が並んだ西舞鶴駅の全景を撮った写真もありますのでお楽しみに・・・
- #UXr/yv2Y
- FUZZY
- URL
- Edit
Trackback
- URL
- http://fuzzyphoto.blog120.fc2.com/tb.php/1007-fb4be4dc
- この記事にトラックバック(FC2Blog User)