昭和55年 関東鉄道・常総線・水海道機関区訪問記(後編)
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- ∇鐵道ほとがら帖/昭和編 - ├昭和55年-昭和56年
昭和55年5月現在の常総線は、キハ07の改造車両のほかにも、かなり特異な面々が在籍していた。

これは、キクハ1形の1号。
本来電車であった小田急のクハ1650形を昭和44年に譲受けた車輌である。(H1廃車)

反対側の風情を見てもやはり出自が電車であることは隠せないような感じがしてならない。

これはキクハ4号車である。元小田急クハ1653で1号車と同時期にやってきた。(S59廃車)

キサハ65形式の67号車である。同じく小田急クハ1654の車体台車を流用したもの。
前記のキクハとの違いは、運転台がない中間車輌であるということだ。
ともに台車はTR11を履いている。

これもキサハ65 小田急クハ1660が元車である。足元の簡素なTR11の様子がよく見て取れる。
キサハ・キクハについては、車体裾に白いラインが一本入っているものと、ないものとがこの当時混在していた。
とにもかくにも、このような元電車が非電化区間を気動車に牽引されてのんびりと走っていた事は、今考えてみてもワクワクするものだ。

キハ800形の813号車 遠い北海道の雄別鉄道から昭和45年にやってきた。
新潟鐵工所で昭和44年に製造されたものなので、前籍は僅か1年ほどの在籍となる謂わば新古車のような存在である。

これはキハ755形式の唯一の車輌であるキハ755である。
上記の車輌とよく似ているが、出自が全く異なり、元車は南海のキハ5505である。
もともと紀勢線直通列車として急行きのくにの先頭に連結されて活躍していたが、事故により廃車となったものを昭和49年に関東鉄道が譲り受けたものである。(ひょっとして小生とは南海時代に紀勢線で出会っているかもしれない。)
見て分かるように4扉車に改造されており、その特徴を持つ車輌としては、関東鉄道では唯一のものであり、気動車としても他に例がない希少車となっている。

屋根つき車庫で休む食パン型車両はキハ900形の902
妻板下のアンチクライマーがアクセントとなっているが、それ以外は国鉄キハ35と同様に没個性的な車両である。
これは昭和38年日本車輌へ自家発注したもの(H7廃車)

すわっ、骸骨か!!!!
この写真を見て道具棚の左横にあるのは、髑髏に見えてドキリとしたが・・・どうやらモーターのようである。

鉄道車両整備用リフティングジャッキ

キハ700系701号車は、昭和32年の日本車輌への自家発注車である。(H1廃車)

キハ701が乗っかっている簡易転車台はSL時代の遺構と思われる。
こんなに径の小さなターンテーブルはタンクロコしか乗らないであろう・・・。

キハ703形703号車もキハ701と同じ昭和32年の日本車輌への自家発注車であるが、余りにもスタイルが異なり同類とは思えない。
しかしこれらの車輌は、ともに3扉の中央のみが両開き扉となっている。注文主の関東鉄道様はこのドア配置がよっぽどお好みであったようだ。(S63廃車)

キハ751形751号車は、もともと小田急の御殿場線乗り入れ気動車のキハ5001で、昭和43年同線の電化に伴い不要となったものを譲り受けた。
正面には小田急時代の通過表示灯が残っていて愛すべき表情をしている。(S63廃車)

茶色の機関車は昭和32年日本車輌製のDD502
筑波鉄道のDD901の2個エンジンを1個にした機関車である。貨物輸送がなくなってからは、しばらく活躍する場所もほとんどない状態であったが、昭和52年から59年にかけての取手・水海道間の複線化工事には、工事用貨車を牽引して活躍した。
またなんたる運命の悪戯か・・・今となっては他の車両が全て淘汰されたというのに、この機関車だけは平成24年現在に至るもイベント列車を牽引したり、体験運転車両になって訪問者を楽しませたりと“健在”である。

キクハ3(元小田急クハ1652・S59廃車)の傍らをキハ550形551+キハ704形704が取手行き列車として通過していった。
このキハ551も元車は昭和12年製のキハ0724である。
国鉄から江若鉄道、加越能鉄道を経て昭和48年入線したものであり、その経路により他のキハ07改造車とは少し色合いが異なるものに仕上がっている。
昭和55年当時は、こんな凸凹気動車が往来する楽しみがあった気動車王国の関東鉄道常総線だった。
参考:レイル№23 1980年2月号
レイル№24 1980年3月号


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Comment
2012.11.11 Sun 14:07 |
昭和55年当時とは思えないラインナップですね。
特にドアのバリエーションに興味を惹かれます。外吊り式の片開きなんて初めて見ました。
これだけ数も位置も違うとホームドアなんて設置できませんわ。
- #-
- サットン
- URL
2012.11.12 Mon 15:16 | *サットンさん こんにちは
たしかに、ドアのバリエーションは凄いですね。関東鉄道は、中央扉が両開きで、前後の扉が片開きというのがお好きなようです。日立電鉄でもそんな車両をよく見ましたので、これは北関東の地域性が影響しているのかもしれません。
この当時、ホームドア施設は新幹線のホームで見られた程度でしたよね。
2012.11.19 Mon 22:23 | 楽しませて頂きました!
こんばんは。
関東鉄道の、雑多で魅惑的な昭和の煌めきを楽しませて頂きました。
既に30年以上が経っていますが、たかが30年前には、色褪せながらも個性の強い鉄道風景があったのだと感じ入りました。
タイムマシンがあれば、と思ってしまいます。
今後とも、宜しくお願い致します。
2012.11.20 Tue 06:57 | *風旅記さん コメントありがとうございます
そうですね。最近ではこんな多彩な車輌が群れ交じる鉄道会社は、ほとんど見なくなりましたね。強いて言えば大阪の阪堺電鉄くらいでしょうか。
当時の常総線は地方鉄道のひとつで、現在のように通勤圏のニュータウンということはなかったので、極めてローカルでした。楽しんでいただけて幸いです。
今後ともよろしくお願いします。
2012.11.24 Sat 00:44 | 私鉄型DC
国鉄時代でも普通DCは線区によってはバラエティーに富んだ凸凹が見られました。私鉄型は電車的な趣きがありますね。キハ551は加越線で乗車したことがありました。関鉄に来る前は前照灯は確か左右に分かれていたのでは。DD502は南水海道を走行中に何度か見ました。
お写真の当時は常総線の複線化工事や沿線のニュータウン開発に力を入れていて、車両は譲渡車の改造で凌いでいたのではないか、と思います。現在は京成グループを表すカラーリングを纏った軽快なDCで快適です。
- #-
- 京葉帝都
- URL
2012.11.25 Sun 16:00 | *京葉帝都さん こんにちは
加越線でキハ551に乗られたとか・・・びっくりしました。
筑波線には北陸鉄道からやってきたバケットカーがありましたが、それも乗られたことがあるのでしょうか?
2012.11.27 Tue 01:38 | 筑波鉄道
北陸鉄道能登線には乗車できませんでした。
如何せん北陸地区の路線は帰省と行楽の成行きで乗車してましたので、鉄道ファン的な観察にはなっていませんでした。
バケットカーとはまるで軽便ですね。
筑波鉄道には土浦から岩瀬まで一度乗り通しました。
その時はキハ503系でした。
- #-
- 京葉帝都
- URL
2012.11.28 Wed 18:25 | *京葉帝都さん こんにちは
筑波鉄道は惜しくも廃止されましたが、昨今のお手軽登山ブームとつくばエキスプレスの開通により、筑波山に訪れる観光客がウナギ上りとか・・・皮肉なものですね。
2016.07.12 Tue 10:37 |
こんにちは。
貴重なお写真、楽しく、また興味深く拝見しました。
今の整ったデザインの車両が走る常総線からは、想像もつかない車両の様子ですね。お写真の当時にこの路線を訪ねていたら、本当に楽しかったのではないかと思います。
出自も様々な車両をかき集めたようなラインナップ、大手私鉄の気動車が不要になったり、北海道の運炭路線が廃止になったりで、関東鉄道としても継続して使用できる気動車が手に入った時代だったのでしょうか。
エンジンなしの付随車を連結していたのも、今の高性能な車両とは違いますので、相当のんびりと走っていたのではないかと想像しています。
クーラーのついた今の常総線の列車に乗った時のことを思い出しながら、その一昔前にはお写真のような車両が活躍していた時代があったのだと、想像するだけでも楽しく感じます。
今の新しい車両も、前後片扉、中間に両開き扉という組み合わせですね。この会社にとって一番使いやすいスタイルなのでしょうね。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
2016.07.13 Wed 22:01 | *風旅記
古い記事にもかかわらずご覧いただきありがとうございます。筑波線や龍ヶ崎線はまだキハ04が運行していたため、常総線はいくぶん面白みに欠ける所がありました。しかし今となってはかなりユニークな車輌が活躍している路線だったと感じています。何でも丹念に記録を取っておく大切さをひしひしと感じています。この当時近隣の桜村にある某大学の学生だったため自由に駆け回れたのが何とも楽しい思い出です。
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- FUZZY
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