京丹後リベンジ旅行(その4・久美浜から丹後由良へ)
- Sat
- 06:00
- ∇鐵道ほとがら帖/平成編 - ├平成23年-平成29年
(前回からのつづき)
北近畿タンゴ鉄道の久美浜駅である。

この駅は、平成3年9月に旧久美浜県庁舎玄関棟を模して作られたものと云う事だが、他の簡素な駅と比べると目を瞠るような頗る立派なものである。
そもそも明治元年から明治4年まで存在した「久美浜縣」なるものは、その範囲を丹後・但馬・丹波・播磨・美作の5ヶ国にわたる926ヶ村、23万余石を管轄し、県庁所在地の久美浜は政治経済文化の要所として各地から多くの人が集まり活況を呈していたらしい。
しかし、現在の岡山県の一部である「美作(みまさか)の国」まで含んでいたというのは、現代人の感覚をしても、余りにも広大すぎる。
案の定、たちまち3年後には分割されてその存立期間は短かかった。
なんだか、「堺縣」の顛末を辿る気がして、明治維新期における地方行政の混乱は、このようにあちこちで噴出していたようだ!
そしてこの駅舎はメモリアルゲートとして、先人の英知努力によって築かれてきた貴重な歴史に学び新たな魅力と活力を創出する町民のシンボルとするとともに、丹後国の「西の玄関」としてこの地域の魅力を全国に発信しようとするために建築されたものらしい。
以上、「・・・らしい」の部分は、駅前の解説板の受け売りなり。

入口脇には、黎明期の郵便ポスト(書状集箱)が・・・実際に投函できるようだ。
そうなると、日本郵便の郵便回収吏は、やはり教科書に載っていたようなこんな編笠脚絆姿だろうねぇ・・・。

参考:昭和57年当時の久美浜駅 ほんとに何処にでもあるような鄙なる駅だった。

さあ、KTRの旅を続けよう♪

上の写真は、現在の久美浜駅構内の様子・・・駅舎の立派さとは裏腹に、なんだか寂しいね。

こちらは、昭和57年当時の様子 辛うじて待合室が生きていた。
因みに、「特急あさしお」のなかでもこの1号だけは、8:52に京都を発ち綾部まで山陰線を下り、スイッチバックの様に舞鶴線を北上し、西舞鶴で再び方向を変えて宮津線を西に向いて豊岡を経て城崎(12:25着)まで走行するケッタイな特急だった。

我々が乗るのは、特急あさしおではなく10:06発のKTR普通列車である。

車窓から天橋立が見えてきた。平地から見ると低地に松林が長く続いているようにしか見えないのが残念である。

宮津駅で「悠遊号」とすれ違う。
看板列車ながら前面塗装の剥がれや汚れが目立つし、よく見ると窓が開いてる(恐)!

タンゴディスカバリー号ともすれ違ったが、この列車にはまだ一度も足を踏み入れたことがない。
11:34丹後由良で下車

ここの由良海岸は、山椒大夫の伝説の地である。
あの溝口健二監督の映画でも見たことのある山椒大夫であるが、、モノクロの哀切感と「~安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ~」と唄う盲目の母(田中絹代)と厨子王が出遭うシーンは子供心に焼きついている。
説教節を基にした因果応報・勧善懲悪を説く小説(映画)であったが、今改めてキャストを見ると、山椒大夫が進藤英太郎というから、これ以上ない適役に笑ってしまった。
ちなみに「山椒大夫」の名の由来については、由良・岡田・河守の「三ヶ所の庄」を領していたためとも聞く。
・・・などという文学碑などもあるらしいが、今回は時間の関係もありパス。

造り酒屋のハクレイ酒造さんを見学する。

ハクレイ酒造さんは、由良ケ岳から流れ出る清涼な浄水を用いて酒造りを天保年間から続けている老舗である。
この由良ケ岳が冠雪した姿から屋号の「白嶺」をとっている。

この天保時代の建物には、酒蔵だけではなく居住部分があり、いまでも経営者の家族がお住まいである。
この暖簾の右側が居住部分となる。

開業当時からの天保蔵の入り口の木戸には、注意書きやらお札やらが、数多く貼り付けてあり、
タダならぬ雰囲気を漂わせている。

その天保蔵の内部の様子。ホーロータンクの中には、美味しいお酒が静かに眠っている。

さらに奥には大きな木戸があるが、それより奥は、造り酒屋の命ともいうべき蔵麹が棲みついた聖なる空間により、一般人は立ち入り禁止となっている。
お札の数は、第二の扉ではやや控えとなっている・・・さきほどの第一扉で邪悪なモノをおおよそ排除しているからだろうか?

大島渚監督もことばを残している。

お酒の販売所の棚にクラシックカメラを見つけた。
ニッカカメラや国産ジャバラカメラは珍しくないが、中央のコニカフレックスは、小西六が作った唯一の二眼カメラで、やや珍しいものである。前期のものか後期のものかは判らなかったが、フードも揃っているので大切にしてもらいたいものだ。

こちらのお酒の数々・・・もちろん全種類試飲をさせていただく。
「酒呑童子」はハクレイ酒造さんの登録商標銘柄である。
純米大吟醸から本醸造まで、どれも混じりけのないストレートな感じがする咽喉越しであった。
小生は、旅の途中で愉しむべく、看板銘柄の「酒呑童子」を購入した。

大正蔵をバックに「大吟醸アイスクリーム」390円
こういうものも珍しいので買い求める。
濃厚なミルクアイスといった感じではなく、酒粕が入っていてあっさりとした口当たりである。
美味いのかといわれると、お酒とアイスは別々にいただいたほうが、より満足するのではなかろうか・・・
ふたたび丹後由良駅に戻り車中の人となるが・・・おやっ?
(つづく)

1日1回 ぽちっとね♪
北近畿タンゴ鉄道の久美浜駅である。

この駅は、平成3年9月に旧久美浜県庁舎玄関棟を模して作られたものと云う事だが、他の簡素な駅と比べると目を瞠るような頗る立派なものである。
そもそも明治元年から明治4年まで存在した「久美浜縣」なるものは、その範囲を丹後・但馬・丹波・播磨・美作の5ヶ国にわたる926ヶ村、23万余石を管轄し、県庁所在地の久美浜は政治経済文化の要所として各地から多くの人が集まり活況を呈していたらしい。
しかし、現在の岡山県の一部である「美作(みまさか)の国」まで含んでいたというのは、現代人の感覚をしても、余りにも広大すぎる。
案の定、たちまち3年後には分割されてその存立期間は短かかった。
なんだか、「堺縣」の顛末を辿る気がして、明治維新期における地方行政の混乱は、このようにあちこちで噴出していたようだ!
そしてこの駅舎はメモリアルゲートとして、先人の英知努力によって築かれてきた貴重な歴史に学び新たな魅力と活力を創出する町民のシンボルとするとともに、丹後国の「西の玄関」としてこの地域の魅力を全国に発信しようとするために建築されたものらしい。
以上、「・・・らしい」の部分は、駅前の解説板の受け売りなり。


入口脇には、黎明期の郵便ポスト(書状集箱)が・・・実際に投函できるようだ。
そうなると、日本郵便の郵便回収吏は、やはり教科書に載っていたようなこんな編笠脚絆姿だろうねぇ・・・。

参考:昭和57年当時の久美浜駅 ほんとに何処にでもあるような鄙なる駅だった。

さあ、KTRの旅を続けよう♪

上の写真は、現在の久美浜駅構内の様子・・・駅舎の立派さとは裏腹に、なんだか寂しいね。

こちらは、昭和57年当時の様子 辛うじて待合室が生きていた。
因みに、「特急あさしお」のなかでもこの1号だけは、8:52に京都を発ち綾部まで山陰線を下り、スイッチバックの様に舞鶴線を北上し、西舞鶴で再び方向を変えて宮津線を西に向いて豊岡を経て城崎(12:25着)まで走行するケッタイな特急だった。

我々が乗るのは、特急あさしおではなく10:06発のKTR普通列車である。

車窓から天橋立が見えてきた。平地から見ると低地に松林が長く続いているようにしか見えないのが残念である。

宮津駅で「悠遊号」とすれ違う。
看板列車ながら前面塗装の剥がれや汚れが目立つし、よく見ると窓が開いてる(恐)!

タンゴディスカバリー号ともすれ違ったが、この列車にはまだ一度も足を踏み入れたことがない。
11:34丹後由良で下車

ここの由良海岸は、山椒大夫の伝説の地である。
あの溝口健二監督の映画でも見たことのある山椒大夫であるが、、モノクロの哀切感と「~安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ~」と唄う盲目の母(田中絹代)と厨子王が出遭うシーンは子供心に焼きついている。
説教節を基にした因果応報・勧善懲悪を説く小説(映画)であったが、今改めてキャストを見ると、山椒大夫が進藤英太郎というから、これ以上ない適役に笑ってしまった。
ちなみに「山椒大夫」の名の由来については、由良・岡田・河守の「三ヶ所の庄」を領していたためとも聞く。
・・・などという文学碑などもあるらしいが、今回は時間の関係もありパス。

造り酒屋のハクレイ酒造さんを見学する。

ハクレイ酒造さんは、由良ケ岳から流れ出る清涼な浄水を用いて酒造りを天保年間から続けている老舗である。
この由良ケ岳が冠雪した姿から屋号の「白嶺」をとっている。

この天保時代の建物には、酒蔵だけではなく居住部分があり、いまでも経営者の家族がお住まいである。
この暖簾の右側が居住部分となる。

開業当時からの天保蔵の入り口の木戸には、注意書きやらお札やらが、数多く貼り付けてあり、
タダならぬ雰囲気を漂わせている。

その天保蔵の内部の様子。ホーロータンクの中には、美味しいお酒が静かに眠っている。

さらに奥には大きな木戸があるが、それより奥は、造り酒屋の命ともいうべき蔵麹が棲みついた聖なる空間により、一般人は立ち入り禁止となっている。
お札の数は、第二の扉ではやや控えとなっている・・・さきほどの第一扉で邪悪なモノをおおよそ排除しているからだろうか?

大島渚監督もことばを残している。

お酒の販売所の棚にクラシックカメラを見つけた。
ニッカカメラや国産ジャバラカメラは珍しくないが、中央のコニカフレックスは、小西六が作った唯一の二眼カメラで、やや珍しいものである。前期のものか後期のものかは判らなかったが、フードも揃っているので大切にしてもらいたいものだ。

こちらのお酒の数々・・・もちろん全種類試飲をさせていただく。
「酒呑童子」はハクレイ酒造さんの登録商標銘柄である。
純米大吟醸から本醸造まで、どれも混じりけのないストレートな感じがする咽喉越しであった。
小生は、旅の途中で愉しむべく、看板銘柄の「酒呑童子」を購入した。

大正蔵をバックに「大吟醸アイスクリーム」390円
こういうものも珍しいので買い求める。
濃厚なミルクアイスといった感じではなく、酒粕が入っていてあっさりとした口当たりである。
美味いのかといわれると、お酒とアイスは別々にいただいたほうが、より満足するのではなかろうか・・・
ふたたび丹後由良駅に戻り車中の人となるが・・・おやっ?
(つづく)


1日1回 ぽちっとね♪
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Comment
2012.09.24 Mon 13:02 |
久美浜駅の偉容は車内からも窺えましたが、正面から見るとさすがに立派ですね!天橋立で時間をつぶすんなら久美浜でつぶせば良かったかなと。
しかし、遠く美作まで勢力下においた久美浜県って気になります。宮津ではなく久美浜…そんなに隆盛を誇っていたんでしょうかね。
- #-
- サットン
- URL
2012.09.25 Tue 16:15 | *サットンさん こんにちは
久美浜は駅舎は立派でも駅前は旧役場以外は見るべきところはありませんでした。
久美浜縣って不思議ですよね。仰るとおり豊岡や宮津も近いのに何故彼の地なんでしょうね。遠い美作の地なんてきちんと管理することが出来たのでしょうか?考えれば考えるほど不思議です。
次回はいよいよトレイン・アテンダントさんと苦行列車が登場します。
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