北海道青森紀行(その4)青森酸ヶ湯編
平成27年10月1日午前6時19分寝台急行「はまなす」は定刻どおり青森駅に到着した。

この列車は、ビジネスで利用する人が多いために、新幹線接続として、普通列車・新青森行きがすぐの連絡である。

「急行はまなす」とは、ここでお別れ(残念ながら、これが今生の別れとなろう・・・)

昔は、この線路の先には青函連絡船が待っていたのだが・・・


今から37年前(昭和53年8月)の青森駅。
大学のサイクリング部の合宿で訪れた時のモノ・・・駅舎も随分変ったが、撮影者も随分変ったねぇ・・・

JRと青い森鉄道が同居している駅本屋

青い森鉄道とJR大湊線の路線図・・・大都市の路線図を見慣れていると、なんとも寂しく感じてしまう。


青森桟橋に、青函連絡船の八甲田丸を見に行く。
内部の鉄道車両が保存されている部分を見学したかったが、午前7時では叶わぬ夢なり。


桟橋部分も保存されているので見学するが、この朽廃ぶりは・・・
目を覆うばかりと感じるともに、過ぎ去りし年月の長きをひしひしと感じる。


駅前に戻ると、なかなかレトロな色合いの青森市営バスが停まっていたので、記念写真を撮りましょう!
このまま新幹線で帰阪するのも芸がないので、少し足を伸ばして八甲田山麓にある酸ヶ湯温泉に立ち寄ってみようと思う。
近くには浅虫温泉もあるが、あの白濁した硫黄臭漂う温泉の方が魅力的なので、少し遠いが酸ヶ湯温泉にした。
青森と奥入瀬・十和田湖を結ぶJRバス(みずうみ号)に乗車して約1時間10分のバス旅の出発!

途中トイレ休憩として萱野峠の茶屋で停車 名物の麦茶をいただく

ついにやってきました 国民保養温泉地 酸ヶ湯温泉
八甲田の山麓に抱かれた一軒家の温泉宿である。

TVニュースではその豪雪ぶりがたびたび報じられるところではあるが、この日はようやく紅葉が始まったかと思わせるような風情である。

フロント脇の自販機で貸しタオル付きの1,000円の共通入浴券を購入する。
フロントから程ないところに名物「ヒバ千人風呂」がある。

脱衣場は分かれているが、一日のほとんどが混浴状態である。
朝・夜の数時間が女性専用となるが訪問したときは、女性専用タイムが終わった直後であった。


脱衣場には、湯船の男女の境界線が明示されているが、どれだけ守られているのか疑問でもある。


浴場内は撮影禁止なので、廊下のJRポスターでその雰囲気をどうぞ
硫黄臭ただよう白濁温泉は素晴らしいのだが、それ以上に建物の構造材であるヒバが発する香りが素晴らしい。
朝のお風呂タイムを終えた後のひと時だけにその利用者は少なく、ヒバ材の香りとともに味わう極上の温泉をじっくりと楽しんだ。

こちらは、混浴が苦手な方用の男女別のお風呂「玉の湯」
双方利用した後、休憩室で一休みするが、発汗がやまない。温泉の効能著しい。
(後日談であるが、このとき着ていた肌着に硫黄臭が染み付いて臭いがとれずに洗濯を繰り返した。いうなれば、それほど純度の高い温泉だった。)

なにげに棟方志功の揮毫額が掲げてある。お膝元であるので、旅人をして青森に来た気にさせてくれる。

映画・八甲田山の撮影の時には、健さんたちも入浴したらしい。
あの苛烈な撮影現場のあとでこのお風呂は、最高のご馳走だったと思われる。


たっぷり酸ヶ湯温泉を満喫した後、11時53分のJRバス(みずうみ3号)で新青森に戻る・・・ところで・・・

バスの「はやぶさ」カラーには驚いたが、よく見ると、ナンバーまで8823「ハヤブサ」とは、仰天した!
(つづく)
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Comment
2015.12.17 Thu 07:04 |
あまりに過酷な撮影だったと伝えられる「八甲田山」。それだけに、今でも見る人の心を打ちますね。
連絡桟橋の荒廃は酷いですね。保存…という以上は、もう少し何とかして欲しいと切に願います。
青函連絡船には乗らず終いでした。
「はつかり」で青森まで行って、青函連絡船で北海道に渡り……、時刻表を見ながらガキの頃に描いた夢でした。
あのころは、まだまだ乗りたい列車がたくさんあって、国鉄も趣味の大いなる対象でした。
北海道へ渡ったのは、新婚旅行のトワイライトエクスプレスだったのは、拙ブログでお話させていただいた通りです。
青函トンネルから、夜行定期を全て追い出した感じですね。
貨物列車と離合するから…という理由で北海道側が熱望した3時間台を拒否。新幹線をメインにするというわりには、じつに中途半端なダイヤや時間設定…、
ごめんなさい、国鉄批判コーナーではなかったですね。
2015.12.19 Sat 14:41 | *のりさん こんにちは
私はついにトワイライトには乗車できず終いでしたが、青函連絡船は高校の修学旅行で体験しました。
今回の旅行では初めて青函トンネルを通過し、初めての新青森からの新幹線乗車となりました。
タイムレースのような新幹線構想が広がれば広がるほど、在来線から消えていく列車を見るにつけ、鉄道趣味がだんだん薄っぺらなものになっていくような感じがしてなりません。
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