「餘部鉄橋よ永遠に!!」
- Wed
- 00:30
- ∇鐵道ほとがら帖/昭和編 - ├昭和58年-昭和59年
~昭和58年3月20日の日記から(その2)~
12時27分香住駅着
優等列車である下り特急あさしお3号と上り急行但馬4号の対向
高校時代、臨海学校の思い出を閉じ込めた諸寄を静かに過ぎ、第一の目的地餘部に至りぬ。
隧道を抜けるや否や、高さ41mの大鉄橋。
右手に日本海の碧き海、左手には残雪まだ多き連山と一気に視野が開かれるとともに、直下を見るや、鉄路ありたる大地は何処ぞ。遥か下方に家々の甍が散在するのみ。
嗚呼、明治の先達、偉大なるモノを造りしものよ。と感嘆せば橋梁をはや渡り終え、餘部の駅に着きぬ。
(始発駅大阪から7時間を要した。よく飽きもせずに乗っていたものだ。)
橋梁目当てに訪問する者多き故か、駅付近には、撮影所なるもの設けありて、多少の同類の姿も見ゆ。
また、里に下りて、仰げば、その高さ愈々高く、行く列車の小さきこと、我々の模型と見違う程なり。
上り特急まつかぜ2号、下りだいせん1号、上りだいせん4号などなど・・・(当時は、まだ転落事故の起こる前で、線路脇の転落防止柵なんてなかったので、車両の写真かも撮りやすかった。)
数本の列車を著しき感慨をもって写真機に収めしのち、15時15分普通列車米子行835レに乗りて、今日の宿泊地米子へと向かう。
編成は、DD511176+スユニ502005+マニ60107+オハフ452110+オハ472005+オハ46599+オハフ332558+オハ46600+オハフ33223☆
(またもや郵便荷物車2両連結の威風堂々の8両編成!!現在では決して見られない豪華版)
最後尾の戦前のオハフ33に乗車、車内の重厚なニス色の内張りと窓枠。自然と我々をして莞爾せしめる。
(提供は・・・世界の名酒サントリーと日本専売公社)
・・・つづく・・・


ぽちっとね♪
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Comment
2010.12.10 Fri 13:01 | 餘部...
良い写真達ですね。
現役の頃、さらには国鉄時代の餘部橋梁を見ておきたかったです。
他の記事も色々と興味深いので先ずはブックマークさせて頂きました。
時間を見つけて読み進めたいと思っております。
2010.12.10 Fri 13:12 | *バナOKAさん はじめまして
ご覧いただいた上にコメントまで頂きありがとうございます。
昔撮り貯めた写真のネガをスキャンしたものですが、今となっては懐かしいばかりです。