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今秋閉館予定のサントリーミュージアム・天保山へ

長い5日も休日のつづく今年の黄金週間

何処にも行かないまま終えることは至難の業であった。

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子どもたちの要求は果てしがないが、手頃なところで、大阪港のサントリーミュージアム「天保山」に行く。

同館は、海遊館の登場とともに同場所に併設された美術館であるが、昨今は訪問者の数が減少したということで、残念ながら今秋閉館するとの報を受けた。

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閉館間際ともなれば、入館者は増えるだろうが、それまでに訪れておいてもよかろうと、5月2日(日)海遊館入場の長蛇の列を尻目に、同美術館に行ってみた。

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安政2年 大地震両川口津浪記

前回は、大阪府の施設である「津波・高潮ステーション」のことを記事にしたが、そこにあった「大地震両川口津波記」の樹脂製レプリカを見ていたら、本物を確認したくなり、ステーションからも程近いところにあるので、足を向けてみた。

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大正橋の東詰にそれはあった。

何だか墓石のように見えるが、供養塔を兼ねているものの、地震と津波に対する警告文が刻まれている。

幕末の安政の時にこういう碑文にして後世の人々にその危険性を伝えようとした人がいたこと、それとそれを今に伝えていることが、なんとも素晴らしい。

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大阪府 津波・高潮ステーション

大阪は、昔から台風の被害をたびたび受けてきた。

特に大阪湾に面したところは、台風の風の被害というより、高潮による水没被害が目についた。

近年では、昭和9年の室戸台風、昭和25年のジェーン台風、昭和36年の第二室戸台風と甚大な被害をもたらしたが、その教訓と現在のそれにたいする対応を学ぶ公的な施設が地下鉄「阿波座」駅の北西にあるというので、子供たちの社会勉強を兼ねて出かけてみた。

名称は、「津波・高潮ステーション」・・・また豪直球なネーミングやなあ!

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大阪府の西大阪治水事務所が運営主体となり、市民に対する啓発活動の一環として平成21年9月8日常設館がオープンした。

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利用は無料である。

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熊野街道の起点を歩く(13) 堺・山之口~鳳

昨年の5月に始まった「熊野街道の起点を歩く」シリーズもほぼ1年を経過し、回数は13回目となった。

※バックナンバーを検索するには、画面右下の検索機能(探し物はコチラ ノラや?)に「熊野街道」と入力するとぞろりと出てくる。 因みに本シリーズの第1回は→こちら



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さて、13回目の今回は、泉州・堺の環濠に架かる山之口橋からの出発となる。

上の地図の臨江寺の右に斜めにかかる小さな橋が山之口橋である。(※この地図は右上が南になるので注意されたし)

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先日堺市内をグループで歩いたことがあったが、それが終わってもまだ陽が高かったため、一人熊野街道を南下することにした。

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堺の町をぶらぶらと・・・

3月27日(土)仲間内で「堺市内を歩く」というウォーキングの催しがあったので、参加してみた。

集合は9時30分に南海本線堺駅

少し早い時刻であるが、天気晴朗にして、早起きもまた一興なり。


まず堺港のシンボル旧堺燈台を目指す。

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駅の南側にある南蛮橋にかかると・・・

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異人さんの姿が・・・東を向いて、故郷を偲んでいるのだろうか・・・でもお里は西側だと思うのだが。

まあ地球の裏側を見つめていると考えれば、どちらを向いていても正解だわ。

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大阪・白髪橋と土佐との関係とは?

前回、大阪・西長堀にある岩崎彌太郎ゆかりの土佐稲荷をご紹介したが、ここを訪れた帰りに大阪市バスの「白髪橋(しらがばし)」停留所から路線バス(55番系統)に乗ってあみだ池筋を北上し、大阪駅に向った。

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因みに、白髪橋の次は、立売堀と書いて、イタチボリと読む。


このバス停標識の裏側には、時刻表が貼付してあるが、傍らにある2次元QRコードをケイタイで読取るとバスが何処にいるか判るという便利なサービスがある。この路線は30分に1本しかないのでこのサービスはあり難い。

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これは、サンプル・・・天満橋のもの


(閑話休題)


この白髪橋というのは、もと西長堀川に架かっていた少々変わった名前の橋なのだが、実はこれも土佐藩が大きく係わっているのだ。


このあたりを少し掘り下げて調べてみると・・・

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この大阪パノラマ地図(大正12年)を見ると土佐稲荷の桜が鮮やかに描かれている。

また、土佐稲荷の東となりの区画は、岩崎彌太郎が明治初年に土佐藩から譲り受けて邸宅としていたところだ。
岩崎彌太郎が、明治7年に転居と共に三菱本社を東京に移すと、ここは大阪支店となり、その支店も明治33年に中之島にに移転してしまう。その跡地は大阪府に払い下げられ、昭和12年には市立高等西華女学校が建設されることとなるが、パノラマ地図が作成された大正12年頃は、屋敷塀だけが残る大きな空き地だったことがよく分かる。


中央の鰹座橋と、右上に白髪橋が望める。この二つの橋は、ともに長堀の開鑿とともに1622年?1655年までに架設された橋梁と考えられる。

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三菱発祥の地?岩崎彌太郎ゆかりの大阪・土佐稲荷

大阪西区西長堀・鰹座橋畔にある土佐稲荷は、江戸の昔から桜の名所である。

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もともとは、ここにあった土佐藩蔵屋敷内の稲荷であった。

享保2年(1717年)、藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし、一般の参拝を許した。
以来、山内家は参勤交代で大坂を通る際には必ず当社に参拝し、社殿の修繕は藩費で行われた。


明治元年のフランス兵殺傷事件(堺事件)の時、明治政府がフランス公使ロッシュの要求を容れて20名が切腹することになり、29名の者が、この神社で、籤を引いて決め、翌日堺の妙国寺へ護送されたと聞く。


明治初年、土佐藩蔵屋敷とともに当社は岩崎彌太郎に譲り渡された。

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(岩崎家旧邸址 昭和12年築)

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岩崎彌太郎は当地で事業を営み、三菱の発祥の地となる。

岩崎彌太郎は明治6年にここで三菱を名乗り、翌年本社を東京に移した際に、西長堀の大半の地所・建物を大阪府に譲渡した。

しかし、土佐稲荷だけは引き続き三菱で守ることにし、その後も社殿の造替を行い続けた。

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重要文化財・泉布観 拝見

前回からのつづき・・・

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平成22年3月22日に造幣局の泉布観を訪れたが、館内には入らずに外観を眺めて帰ってきた。

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これは、フェンスの隙間にレンズをあてて撮影したもの。


館内の様子は、平成18年の一般公開の時に撮影したものがあるので、その時の写真で代用することに。

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造幣局・泉布観の一般公開

平成22年3月20日(土)から22日(月)の3日間だけ大阪市北区の造幣局の重要文化財である泉布観が一般公開された。

最終日の午後、訪れてみた。

今日のお供は、ローライフレックス3.5Fである。レンズはシュナイダーの名玉クセノターがついている。

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網島の大阪市長公邸をバックに記念写真だぁ♪

なぜか今日は、ゆっくりとした間合いで真四角の写真が撮りたくてこのカメラを選んだ。

上からスクリーンを覗くと、周りを遮光された薄暗い中に浮き出る景色を見つめるのもまた愉しみなのだ。

キリキリとピントを合わしていくとある一点で合焦するその気持ちの良さがなんともいえない。



桜にはまだ早い大川端を天満橋から遡っていくと、途中、藤田邸跡公園というのを見つけたので、立ち寄る。

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立派な屋敷門が語るが如く、ここはその昔、藤田傳三郎男爵の邸宅だったところ。

今の太閤園や藤田美術館となった敷地の一部である。

昔はこの門も固く閉ざされて内部を覗くことも叶わずままだったが、今はこうして市民の憩いの場となっている。

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「海の御堂筋」構想とは・・・

平成22年3月20日(土)

大阪市政策企画室の主宰で市民向けシンポジウム「第4回なにわ元気アップフォーラム」というのがあった。

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そして表題が「安治川エリアでの地域資源を活かしたまちづくり?みんなでつくる『海の御堂筋』」という興味深いものなので、覗いてみた。

定員100名のところ立見がでるほどの盛況ぶりで、関心をもつ市民が多いという証しとなった。


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熊野街道の起点を歩く(12) 堺・遠里小野町~花田口

(本シリーズの第1回は→こちら)


早いものでこのシリーズも12回を数えることとなった。

前回の「熊野街道の起点を歩く(11)」は、住吉大社から大和川畔の大阪市最南端の遠里小野までやってきた。


今回はそこからの続き・・・


大和川の南側に渡り、阪堺電車の大和川駅の東にある遠里小野橋が堺市の最北端である。

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川向こうには大阪市住吉区に遠里小野という地域があるが、実はこの堺市にも同名の地域がある。

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大和川にかかる同名の橋の南詰辺りに「遠里小野町」がある。後に「町」がついて、大阪市の地名とは区別しているようだ。

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そこからしばらく府道「大阪和泉泉南線」を南下し途中から左折して南海高野線・浅香山駅の方へ行く。

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駅裏の寂れた公園・・・今時危険だ何のといって姿を消した回転遊具(回転ジャングルジム)が現存していた。

この周囲には遊ぶべき子供がいないのか(いや、遊具の下の土の色が違うので利用者はいるようだ!)、行政や自治会がやる気がないのか不明であるが・・・この古色に彩られた遊具には凄みすら感じるね。


チープな橋上駅である浅香山駅・南の線路を渡り浅香山病院の脇をさらに南に進む。

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大阪市内と違って堺市内に入ってからは、熊野街道を示す石標は全くなく、地形や古人の言い伝えなどを頼りに進むしかなく、甚だ心もとない。

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そうしているうちに前方に高くて長いコンクリート塀が目に入ってきた。

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天保山から夕陽を撮る

大阪・天保山マーケットプレイスから海に沈む夕陽が眺望できるという事は、周知のところであるが、大阪港の左右の灯台の間いわゆる大関門に沈む夕陽が見られる期間は一年でも極僅かである。

クリスマスから年始にかけてといわれているので、天気の具合を見ながらトライしてみた。

この時季は西風か兎に角強く、強風対策と寒さ対策が大切である。


寒さ対策としては、防寒着はもちろん手袋、カイロは必須であり、体内から温めるアルコールを持参するとなお良い!

また望遠レンズを用いるので三脚が必要だが、やわな三脚だと強風にあおられるとカメラが揺らされるので、とにかく丈夫なものが必要である。


さてさて、前置きはそれくらいにして、今回の成果は下記の通り。




第1回 12月27日(日)

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普通の寒さだったが、モヤがかかってあえなく失敗


次のトライは・・・

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明治大帝と大阪偕行社と追手門学院の関係について

本日は天皇誕生日なので、明治天皇と大阪偕行社と追手門学院に関するお話。


明治紀念標については、以前2回シリーズで記事にした。

この明治紀念標は、明治35年に中之島から大阪偕行社の敷地内に移築されていたが、戦争中の昭和18年3月に供出されその姿を消した。

またその管理母体の大阪偕行社は、陸軍の附属機関であるので、昭和20年の終戦とともに解散となり、その跡地は、現在では大阪偕行社附属小学校の流れをくむ追手門学院大手前中高の校地となっている。

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この写真は昭和34年当時のものだが、校門はもとの大阪偕行社のものをそのまま使用している。、大正5年に第四師団の酒保部から移築された門柱であるといわれている。

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現在は校舎改築に伴い少し西に移動している。


偕行社正門

大正10年の着色写真・・・大阪偕行社正門とある。


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校内に「明治天皇駐蹕(ちゅうひつ)の処」の石碑がある。


これは同校に明治天皇が行幸されたのではなく、大阪偕行社敷地内にあったものがそのまま承継されているからである。(一番上の写真の中央に写っている。)

















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昭和50年代の大阪住吉大社夏祭

大阪の夏祭りの嚆矢は、勝鬘院の愛染まつりに始まり、シンガリは住吉大社の大祭に終わる。

これを「愛(あい)、住(すみ)ません。 」などと昔は言っていたらしい。

今は全く耳にしない俚言。文献に文字として残るのみである。


これは、昭和56年の7月31日大阪の夏祭りを締めくくる住吉大社大祭に訪れたときの様子

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天王寺からは上町線で住吉公園までやってくる。

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当時のモ151形(昭和2年製)は、こんなシンプルな南海グリーン塗装だった。

(注)阪堺電車に造詣の深いブロガーさんから、これは「タマノ井酢」の広告車輛である「すしのこ電車」であるとご指摘を受けました。そういえば、サイドに少し黄色いペイント(波型模様)が見えてますね。


もちろん冷房なんてないので、正面窓から強制送風による避暑あるのみ。

しかしながら、カナブンやてんとう虫がビシッ!と顔に当ることがあるので注意されたし。

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熊野街道の起点を歩く(11) 住吉大社~遠里小野

(前回からのつづき)

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住吉さんの東門から構内に入ると、すぐに楠木をご神体としてお祀りする楠珺社(なんくんしゃ)の前に出る。

この境内には楠木の巨木がとにかく多く、その下を歩むだけで楠木特有の樟脳の香りを感じることができ清清しい。

ここまで来たからには、先人同様ご本社に参詣せねば・・・と思って第一本宮に立ち寄ると、

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なんと修理中につき、神様はお留守とのこと。

仕方ないので、次の第二本宮に向かうと・・・

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ここも修理中で空き家である。

なんてことだ・・・ついに一番西側にある第三本宮までやってきた。

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まあ一度に三社分お参りできるので、便利といえば便利ではあるが・・・


ここで今までの旅の無事なるを感謝し、これからの道中の安寧を祈願するのは、平成人とて平安人と同じである。

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熊野街道の起点を歩く(10) 阿倍野元町~住吉大社

(前回からのづき)


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さらに旧街道の雰囲気をたたえる細い道を南下すると、晴明丘公園で経塚と表示した石碑を見つける。

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このあたりは、「小町塚」「播磨塚」など「塚」に由来する史跡が多い。

近世まで阿倍野は、大坂市中の死者を捨てに行くところと教えられていたので、そういった墳墓の多い土地なのだろう。

経塚といえば、お経を埋めた塚と思われるが、墳墓の一つかもしれない。

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興亞コンクリート工業株式会社とかすれた看板がかかる門柱の前にも熊野街道の石碑あり。
この界隈ではこの手の石碑に出会う回数が多い。

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ふたたび阪堺線とは、ここ「北畠」で合流する。

しかし、このパッチワークの路面なんとかならんかなぁ・・・。

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熊野街道の起点を歩く(9) 阿倍野橋~王子神社

しばらくズル休みをしていた「熊野街道の起点を歩く」シリーズの続編・・・お待っとうさん!

前回(8)は・・・こちら


今回は、阿部野橋から・・・

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JR天王寺駅前の阿部野橋から阪堺電車に沿ってあべの筋を南下する。
(正面中央は阪堺電車天王寺駅前駅)

あべの近鉄が超高層ビルに生まれ変わるための工事が進行中だが、その工事柵には、界隈にまつわる事象が「平成阿倍野絵巻」として描かれている。

この絵巻、大変な長さで建設中の建物をぐるりと取り囲んでいる。

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中にはきちんと、「熊野街道」の石碑もある。

一緒に描かれているのは、天王寺動物園のシマウマと大坂伝統野菜の天王寺かぶらだろう。

天王寺かぶらは、今では知る人は少ないが、江戸時代にその種が信州・野沢温泉に伝えられ、野沢菜の起源になったといわれるホマレの野菜なのだ!


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平成元年 アーケードが取り外された心斎橋筋(2)

前回からのつづき


平成元年4月 アーケードが撤去された心斎橋筋を南下する。


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よく見れば彼方に霞む難波の「南海サウスタワーホテル大阪(現:スイスホテル南海大阪)」もこれから1年後のオープンを目指して工事中だ。




現在の様子は・・・

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平成元年 アーケードが取り外された心斎橋筋(1)

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平成21年の8月末をもって心斎橋の名代の百貨店である「心斎橋そごう」が閉店した。

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明治27年にこの地移転し、昭和10年には百貨店をスタートさせ、その後長きにわたり大丸本店とともに心斎橋の顔であった。

平成17年には建物も立替え、新体制で再スタートしたばかりであったのに、残念至極。

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8月30日(日)の開店前の様子



そのそごうの閉店とは直接関係ないが、平成元年4月心斎橋のアーケードの新装工事があった。

この工事の期間中、長年「心ブラ客」の銀傘となっていたアーケードが撤去されたため、昔の心斎橋筋の風情を味わえる期間が、ふと復活したのだった。


現在の心斎橋筋との対比も面白いと思い、ここに掲載する。



まずは心斎橋のことから始めなくては・・・

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平成元年4月の様子

今から20年前の心斎橋筋の長堀通りから南を見た風景・・・アーケードが撤去されているのがわかる。


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0系新幹線のビュッフェを見学

先月の日曜日、久しぶりに息子と弁天町の交通科学博物館に出かける。

入場料は、大人400円、小人100円と安価で一日中遊べるし、戸外は33度まで上昇したが館内は涼しく避暑としても最適な場所である。

本日の催し物を見てみると、土日に行われている「ミュージアム探検ツアー」が特別夏バージョンというので、参加してみた。


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ここにある4両の0系新幹線車輌は、一昨年、日本機械学会から「機械遺産第11号」として認定された。


過日「鉄道の日特別バージョン」で0系新幹線のグリーン車に搭乗することができたが、今回は嬉しいことに、0系新幹線のビュッフェ車輌が見学できるらしい。


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ビュッフェ車内に立ち入ることはもちろん初めてなのでワクワクものである。


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最初はビュッフェ部分を素通りし、併設された普通座席で説明を受ける。

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非リクライニングの椅子ではあるが、当時としては人間工学を考えて作られたものであるとか、夢の超特急といわれた所以など・・・

次にビュッフェ部分に移り説明を受ける。

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“水都号アクアmini”で大阪橋めぐり(後編)

(前回からのつづき)


東横掘川の水門を経て、“水都号アクアmini”は引き続き南下する。

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平野橋は、昭和10年製の上路ランガー桁アーチ橋という構造で、世界的にも珍しいものらしい。


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大正15年製のコンクリートアーチ橋である大手橋も美しいシルエットである。

この大手橋は、もとの名を思案橋(しあんばし)という。

豊臣秀吉が、五奉行の一人増田長盛に橋を名づけるように命じた時、なかなか決まらず思案したことから付けられたという。

事の真偽は定かではないが、伝統ある橋梁である。


上に阪神高速があるのが鬱陶しく感じるが、この青天井の小舟にとっては雨天とカンカン照りの下では安らぎの空間となっている。

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本町橋は、大阪市内では現役最古のもので、東横掘川では、高麗橋・農人橋とならぶ公儀橋となっている。

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大正2年製の三径間の2ヒンジアーチ橋で、下部は広くなっていて橋脚には石柱を模した飾りが付く重厚ないでたちの橋梁である。

整然と並んだリベットがことのほか美しい・・・古典機関車や戦前の客車・電車をつい思い起こさせる。


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こういうアングルで見上げられるのは、天井のない小型船ならでは。


(注)2枚目・3枚目の写真を見ると前方の運河が少し左に曲がっているのがわかる。

これを「本町の曲がり」といい、秀吉が開削のとき、その場所にあった浄国寺を避けたためそうなった。

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(大正13年大阪市パノラマ地図)

  ところがここで川が曲がっているため水流が増して渦が生じ、昔は入水自殺者が多発する所だったらしい。

  もちろんガタロ(河童)も棲んでいる恐ろしい曲り淵だったそうな。(「饅頭こわい」など上方落語にも登場する名所である)



  また現在では、上部の阪神高速道路も環状線と東大阪線のジャンクション部分が同様にS字型にカーヴを描いていて、本家そのままに「本町の曲がり」を形成している。

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“水都号アクアmini”で大阪橋めぐり(前編)

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7月19日(土) 水上バスに乗って大阪都心の橋めぐりを楽しんだ。


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大阪城ホールに近い大阪城港から、天井のない小型船“水都号アクアmini”に乗船する。

片道約40分のプチ船旅・・・大人1000円 小人500円と乗船料もリーズナブルなものになっている。

第二寝屋川から大川へ、そして東横堀川に入って、道頓堀川を経て、行き先は、湊町にある湊町リバープレイスである。

僅か6Km足らずの行程だが、下をくぐる橋の数は、京阪の鉄橋も入れれば、なんと31もある!

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大きな観光船も良いが、橋の下の構造をよく観察するにはこちらの方が良い。

まもなく天神祭りだというのに一向に梅雨明けしない冴えない天気の土曜日だが、雨さえ降らなければ気持ちよいクルーズである。

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さあ、出航だ!!

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熊野街道の起点を歩く(8) 堀越町~阿倍野

前回からのつづき・・・


四天王寺の参道が谷町筋に合流するところに、この界隈に「堀越町」の町名を残す堀越神社がある。

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一生一度だけの願い事をきいていただける神様なので、めったなことはお願いできない。


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茶臼山の片隅にあり、余り目立たない神社であるが、こんもりとした鎮守の聖域を持っている癒しの空間である。

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桃の木を削ってつくった「桃守り」・・・イザナギ・イザナミの古来より桃は邪気を払うと伝えるので、素材として用いられているようだ。初穂料金壱千円也

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熊野街道の起点を歩く(7) 四天王寺

熊野街道の起点を歩く(6)からのつづき・・・


いよいよ四天王寺も間近に・・・

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勝山通りと谷町筋の交差点附近から四天王寺の参道が南に伸びている。

熊野詣の途中には必ず四天王寺に参詣しなければならないので、往時の旅人もこの道を進んだものと思われる。


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町名も四天王寺一丁目だ。大江小学校の正門脇の町名板である。


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そこから四天王寺の境内が望める。かなり年代モノの墓石が並んでいるようだ。

古い墓石ウオッチングも楽しいが、ここでは寄り道せずに先を急ごう。




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戌亥の方向にあるのが、乾門

第18代天台座主である元三慈恵大師をお祀りする「元三大師堂」と奥に大きな「英霊堂」が見える。

この英霊堂は、もともと当時世界一大きいとされた大梵鐘が吊り下げられ「大釣鐘堂」と呼ばれていたが、その大梵鐘は、昭和18年3月に通天閣の鉄材と時期をを同じくして供出されてしまった。

その縁により戦歿英霊をお祀りしているところだ。


大梵鐘が今あれば、如何ばかりか・・・後ほど述べる釣鐘まんじゅうとの兼合いもあり残念でならない。


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平成OSAKA天の川伝説2009

7月7日七夕の宵(19時?21時)に、天満橋界隈でナニガシかの催しがあると聞いたので、ちょっと立ち寄る。

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平成OSAKA天の川伝説2009」と称して、天満橋と天神橋の間の大川の水面に、「いのり星」といわれるLEDで青や白に輝く球体を2万個浮かべることで、都心では見ることが叶わない「天の川」を再現しようというものだ。

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今年は実験らしいが、どんな具合だろうと19時前に天満橋南詰にやってくると、なんとまあ大変な人出だ。

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一足早く天神祭りの船渡御が始まったような雰囲気だ。

上空では早くもヘリコプターが旋回し続けている。

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ボートがあちこちに星々を川に流している。

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まだまだ空が明るいので光っているのかどうかがよく分からない。

また撒いた場所が天満橋から随分下流だったので、天神橋の上から見たほうが良かろうと、八軒家浜から移動すと・・・

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熊野街道の起点を歩く(6) 谷町九丁目~夕陽丘 

前回からのつづき



・・・街道を少し西に外れて高津宮(こうづのみや)に向かう。

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大きな本堂や庫裏のつづく中寺地区に隣接して高津宮がある。

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ここが熊野街道の第3の王子「郡戸(こほづ)王子」のあったところといわれている。

高津は、昔は郡戸と書いており、藤原定家の「熊野縁起」にも郡戸王子は、高津宮附近としているが、詳細は不明。石碑もない。


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石灯籠には、安永4年の文字が・・・1775年である。アメリカの独立戦争の頃か・・・。





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街道に戻る途中にある公団のアパートを見て驚いた。



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どうやればこんな落書きができるのか・・・よ?く考えるとゾッとする。






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熊野街道の起点を歩く(5) 安堂寺町~谷町九丁目 

熊野街道の起点を歩く(4)のつづき・・・


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谷六の北側で谷町筋を東に渡ってそのまま安堂寺町を東に進む

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このあたりも古い建物がよく残っている地域だ。

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サントリービール<純生>・・・懐かしいネ、ヤマちゃん!


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こんな路地の奥の袋小路となっているところにも住居がある。

獣神ー1

とあるお家の玄関先にあった置物・・・物憂げな風情の獣神が来訪者を見極めている。

これは、かなりの出来ぶりだ。

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大阪偕行社の明治紀念標(2)

(前回からのつづき)

明治35年に、中之島から大阪偕行社の敷地内に移設された明治紀念標だが、その後どのように扱われていたかは詳らかではない。

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大手前高等女学校(現府立大手前高校)の新築された校舎の上からみた風景。

三角地の明治紀念標がはっきりと見える。

紀念標のあたりから大阪城を見れば、現存する最古級の乾櫓のほか、京橋口の楼門と伏見櫓が見えた。


R0010713-1_20090517150013.jpg

大手前高女の新校舎完成から少し後の大阪府庁完成の航空写真を見ても分かる。

昭和12年、大阪市が観光誘致のために作成した映画「大大阪観光」にも僅かながらその姿が映し出されている。

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大阪偕行社の明治紀念標(1)

R0010071-1.jpg

母校が所蔵する資料の中に不思議な絵葉書が残っている。

絵葉書下に「大阪偕行社」とある。

大阪偕行社は、陸軍将校の親睦団体であることは分かるのだが、その前に聳える鉄塔は一体何なのか?

調べてみるとこれは「明治紀念標」というものであることが判明したが、それだけではよく分からない。

「記念」ではなく「紀念」というところが何やら一筋縄でない感じを漂わせているし、絵葉書になっているところからすると、それなりに大阪名所ではなかったのか?と推察される。


まず、上記の絵葉書と同様の場所が現在どうなっているのか・・・

R0010221-1_20090517135918.jpg

歩道橋の中央部分の舳先のようになった三角地がこの紀念標があった場所である。


近づいて見ると、絵葉書の正面入り口部分の礎石が残っている。

R0010228-1.jpg

R0010229-1.jpg

左側の門灯礎石の跡である。


R0010230-1.jpg

右側の門灯礎石は、少し埋まった形になっているが今でも確認できる。

R0010232-1.jpg

右側の門灯跡から一列に伸びる御影石は、鉄柵の基盤であったものと思われる。
よく見ると鉄柵を切断した跡が今でも少し残っている。

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USJのペアチケットが当った!!

2009年6月のことだった。

USJが運営する大阪人による口コミサイト「おおさか遊ぶろぐ」に拙ブログをエントリーさせたら、USJのペアチケットが当った。(5月29日までの登録者について200組400名が当たるというもの)


これで、今年の運は使い果たしたか・・・と思いながらも・・・

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USJは、二年前の父の日に、「父の日感謝チケット」で行ったきりだったし、ちょうど新型インフルエンザの影響で、場内が空いていると聞いていたので、5月31日(日)に家族4人で出かけた。


R0010873-1.jpg

ペアチケットは終日有効だが、子ども2名を連れて行かなければならず、また一日中歩き回るのは体力的に不可能と見て、子ども達には午後3時からの入場に限るマジカル・トワイライト・パスを購入した。

子どもでも4才以上は一人3100円するので、二人で合計6200円の出費となる。


R0010875-1_20090601202911.jpg

午後3時近くの出札口附近・・・やはりいつもの日曜日に比べれば混雑していないのではないだろうか?

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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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