橿原フォト散歩~ホテイアオイの里から今井町へ

平成24年9月15日(土) 職能団体の写真クラブのお誘いにより、大和橿原をフォト散歩する。

午前9時40分に大和八木駅集合なので少し早起きして、近鉄上本町駅から近鉄線を利用する。

昨日はゲリラ豪雨があったが、本日は雨の心配はなさそうだ。しかし暑くなりそうな気配なりなり。

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『ちちろ鳴くつがひの如く特急車』 ふあぢゐ

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青山町行き急行に乗車すると、こんな吊広告が・・・まだ完成もしていないのに気の早いことだ。


畝傍御陵前駅から徒歩で元薬師寺址に向かう。

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京丹後リベンジ旅行(その3・久美浜にて)

(前回からのつづき)

北近畿タンゴ鉄道で久美浜駅に到着したのが15:06

駅前には事前に連絡してあった旅館のお出迎え自動車が待っていた。

本日のお宿は、穏やかなる久美浜湾に臨む純和風旅館の碧翠御苑である。

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ここは、広い敷地に14室の客室しかないので、各部屋ゆったりとした配置になっている。しかも渚がすぐそばにあるので、庭を歩くと足許には、小ガニが遊ぶ姿がそこかしこに見受けられる。

日頃の慌ただしい仕事と育児から開放されて、ゆったりと気宇広大な時間を楽しむ。

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平成24年 続・善通寺偕行社を訪ねて

このブログでは、以前に大阪偕行社および岡山偕行社の記事を掲載してきたが、今回は香川県の善通寺偕行社を取上げる。

香川県善通寺市は今でも自衛隊の基地があり、戦前までは第11師団の軍都であった。

初代師団長は乃木希典で、その指令部の庁舎は「乃木館」として今でも健在である。


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善通寺偕行社は、その指令本部と同様のスタイルを踏襲しながらも、将校親睦機関としての性格から軽快な姿でその5年後に建築されている。


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外観は簡明なルネサンス様式で、正面中央にドリス式角柱と三角ペディメントによる車寄せポーチを構え、両側にシンメトリーな棟屋を配し、明治期における陸軍建築の堅実な作風が顕著に表現されている。



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煉瓦造布基礎部分の通気穴には五芒星の鉄柵が取り付けてある。

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平成24年 善通寺偕行社を訪ねて

平成24年8月14日 香川県を「青春18切符」をもって緩やかな鉄道旅を試みようとしていた。

ところが、未明からの大雨で大阪と京都の間の鉄道が全てマヒ状態に陥ってしまった。

JRのみならず阪急・京阪まで全て不通となり京都方面へは鉄道の足がなくなったのだ。


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これは尋常ならざることなりと発奮して、とにかく予定時刻より随分早く家を飛び出した。

9時20分に大阪駅に着いたが、下り方面もその影響で、西明石行きの普通列車しか運行していない様子だ。

困ったな・・・このことで、下りの新快速で相生まで行く予定が大きく狂つた。

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阪神・阪急への振替輸送もしていたようだが、時間的には余裕があるので、とりあえず西明石行きの普通列車に飛び乗る。

車中は案に違い、座席にも空席が目立つほどの乗車率である。

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昭和54年 霞ヶ浦の旧予科練訪問記

昭和54年9月22日土浦の霞ヶ浦湖畔にある自衛隊基地が一般公開をすると新聞で報じていたので、暇をもてあましていた学生だった当時、友達と自動車を飛ばして訪問してみた。

この当時の国鉄・土浦駅といえば、駅前は常に軍歌が流れ、喫茶店内には軍艦旗が掲げられているような少し風変わりな中小都市であった。

また戦前からある木造の土浦駅は、軍艦に見立てて「軍艦駅」などと呼称されていた。

そして駅の南側にはピンクゾーンの桜町が健在であり、戦前の霞ヶ浦海軍航空隊・予科練時代から現在に至るまで「軍都」としての体裁をなしていた。

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この霞ヶ浦畔の基地は、正式には、陸上自衛隊土浦駐屯地といい、敷地内には、陸上自衛隊武器学校があり、戦前には、予科練で有名な「土浦海軍航空隊」が置かれていた。

保安隊武器学校として立川からこの地に移転してきたのが昭和27年だったので、この昭和54年で27年目となる。

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豫科練之碑であります。  脱 帽 !


「ここから飛び立った練習機“赤トンボ”が、筑波山目指して上空を飛来する姿がよく見られた。」との地元古老の弁を当時よく耳にしたものだった・・・アクセントに抑揚がなく聞き取りにくい茨城弁も慣れれば聞き取れるようになっぺよ♪

註:赤トンボと呼ばれていた練習機の色は赤ではなくオレンジ色だった。

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亀岡・湯の花温泉“松園荘・保津川亭”にて

前回からのつづき・・・

10月11日山陰線・亀岡駅から送迎バスで湯の花温泉へ向う

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この旅は、JR西日本企画の“駅プラン・松茸会席”コース

JR西日本が主催者だけに、交通費がかなり安価に設定されていて割安感を感じる内容となっている。


送迎バスで到着した旅館は、松園荘・保津川亭さん。

和風旅館ではあるが、かなり特徴のある外観となっている。艦橋が立ち上がった戦艦のようなイデタチである。

昔の土浦駅を思い出す。


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エントランスからロビーはこんな具合。

通路は、緩やかな坂道となっていて、さほど奥行きがない右側を、それがあるようにデザインするとともに、通路を建物の右側に配することにより広く見える工夫をしている。

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JR西日本“亀岡・松茸会席コース”に参加

先日有馬温泉に行ったことがきっかけとなって、また温泉に行きたくなった。

そこで、近場で安価に楽しめないかと思案していたら、JR西日本が企画している亀岡・湯の花温泉で“松茸会席”を楽しめる日帰りコースを見つけた。

各自勝手に亀岡まで行き、旅館で温泉につかって、松茸会席を楽しんで帰ってくるというお気楽プランである。

京都出発だと、京都~亀岡のJR普通往復料金(金800円)込みで大人@6700円也


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ということで、10月11日(祝)温泉と松茸を求めて、家族4人で出かける。


京都駅の長~い0番線を俯瞰する。 今は1番線とは言わないんだ! 知らなんだ。

隣のホームには戦前からのクラシックな上屋が残っている。


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本日のお供は、エグダクタマウントに改造してアンジェニュー35mmf2.5を装着したCanonAV1


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山陰線の亀岡行きの普通列車に乗車する。  

車内にはポスターが、新幹線の九州乗り入れを予告している。あと5カ月か・・・。

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おつまみは、カルビーのジャガビー・・・ビールに良く合うんだな♪

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有馬温泉ぶらぶら散歩♪

前回のつづき・・・

突然の思い立ちにより有馬温泉に立ち寄ったので、何をさて置いても温泉に入らなければ・・・


バスターミナルから細いメインストリートの坂道を上がっていくと・・・日帰り温泉の“金の湯”がある。

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“日本第一神霊泉”とある。

「金の湯」は、有馬の名湯、金泉(茶褐色の湯)が楽しめる外湯で、かつて「有馬本温泉・有馬温泉会館・有馬温泉浴場」と呼ばれ、明治16年以前は「一の湯二の湯」と呼ばれていた由緒正しきところナリ。別名は元湯


早速入ってみよう・・・

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“日本大正村”訪問?岐阜・明智町

明知鉄道の終着駅・明智は、日本大正村の入口として整備されている。

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岐阜・犬山の日本明治村は、名鉄が力を入れて成功させているが、この日本大正村は、この地元行政が独自に立ち上げたものだった。

「昭和50年代、明智町は、主産業である林業や製材業も不振となり、急速に過疎化を迎えていた。追い討ちをかけるように昭和56年6月10日国鉄は明知線を含む15鉄道線区と23バス線区を特定地方交通線に選定した。これは事実上の廃線を意味するものであった。しかし、当時の明智町が時代に取り残されていくという危機感と、推進派の説得により昭和58年9月25日に観光協会は大正村建設を決断した。
そうして、翌昭和59年5月6日には大正村実行委員会へと生まれ変わり、日本大正村を立村した。」
(サイト“日本大正村”より)



とりあえず、昼食のために「浪漫倶楽部」に入る。

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ハヤシライスが名物というので一同注文。素朴な味がするものだった。


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店内にも大正レトロの品々が何気なく置いてあるのだ。

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古い建物が集まる中心部に向かって徒歩で進むが、その途中になんとも風情ある写真館を発見した。

「寫眞の店 ささき」

2階にある大きな窓の場所は、写場であろう。

きっと、大きなアンソニーカメラをゴロゴロ動かして肖像写真を撮っていたのだろう。

いいねぇ♪

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かんぽの宿“恵那”に宿泊し、翌朝は“明知鉄道”に初トライ

9月4日 前回からのつづき・・・

炎暑の恵那峡で遊覧船に遊んだ後は、本日のお宿“かんぽの宿 恵那”に向う。


船着場からは裏道を登るとほどなく到着。


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回りを見ても一番立派ではないかと思われるホテルだ。 建築費になんぼ使ってるんやろ?


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早速チェックインしてお風呂タイム。

ここは、ラジウム温泉が使われているのだが、循環式温泉で塩素臭はするものの無味無臭なので温泉気分は半減だわ。しかしいろんな湯船がありそれなりに楽しめた。



そうして、本日の夕食

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野趣に富む“郷土会席”にしてみた。

会員のクーポン券があったので、ワンドリンクがサービス♪

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先附けに、名物のコンニャクとともに、へぼ(クロスズメバチなどの蜂の幼虫)の佃煮が出ていた。

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直方市石炭記念館

8月26日福岡県直方市(のおがたし)を訪れた際、JR直方駅の南側にある“直方市石炭記念館”を見学した。

駅から線路に沿って暫く歩くと、多賀神社の参道にその入口の表示があった。

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鳥居をくぐって線路を跨ぐと記念館の前に至る。

鳥居の奥に見えているグリーンの人道跨線橋は、扇形機関庫の転車台のプラットホームに使われていたものとの情報を発見した。そういえばそのままの形をしている。

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筑豊炭田は明治の初めから昭和51年までの約100年間に、約8億トンの石炭を算出し、日本の産業発展、近代化に貢献してきた。

筑豊炭鉱が閉山した昭和46年7月、「炭鉱の歴史」を後生に伝えるため、直方市石炭記念館が誕生した。

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これは、コッペル32号蒸気機関車

大正14年貝島大之浦炭坑が資材運搬用としてドイツ・コッペル社から輸入した炭鉱専用機関車で、昭和51年8月の閉山まで52年間稼動していた。

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この高いところまで、線路にクレーンを設置して持ち上げたのだろうか?

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いざ、春日大社中元万燈籠に参らむ

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8月15日の宵もとっぷりと暮れた。

春日大社の一の鳥居から参詣する。


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しかし大変な人出だ。そしてかなり暗い。小さな子どもの手を放すと生涯生き別れになりそうな漆黒の闇だ。

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カメラの部品など落とそうものなら・・・たとえ足元であっても見つけることは出来ないであろう。



途中では小さな蝋燭を立てた提灯(一灯500円)を売っている。

これが単なるお遊びでないことは、誰もが直ちに理解することとなる春日の杜である。


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僅かな灯りにケモノの気配・・・ストロボ一閃!


なにやら霊体(オーブ)のような光体が多く捕らえられたようだが、蜘蛛の巣越しか空中の塵埃を撮影したものと思いたい。

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明治42年開業の奈良ホテル

8月15日(日)のつづき・・・

猿沢の池から春日大社の一の鳥居前を通って荒池のほとりにある奈良ホテルに向う。

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奈良ホテルは、本館の建築にあたっては鉄道院によって35万円という巨費が投じられ、明治42年10月開業した。

また東京駅を手がけた辰野金吾と片岡安のコンビにより設計され、西の迎賓館とも称せられる格式高いものとなっている。


大正10年の「鉄道旅行案内」(鉄道省刊)にも鉄道省直轄のホテルとして山陽ホテルとともに紹介されている。

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「鉄道旅行案内」(鉄道省刊)の詳細については、過去記事にあり。


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吹き抜けのロビー部分も由緒ある神社の社務所の様な雰囲気だ♪

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聖地巡礼・・・旧新橋停車場とライカ銀座店

7月30日のつづき・・・

東京スカイツリーと東武博物館を見学して、鉄分たっぷり補給してから仕事に向かう。

それはそれで、さらりと済ませると、このまま帰阪するには惜しいと思い、近くにある汐留に行こうと思い立つ。

もちろん鉄道ファンの聖地“旧新橋停車場”に参詣するためだ。

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(汐留シティーセンター)

しかし、ここ汐留は、凄いね。

高層のインテリジェンスビルが林立してハイソサエティな雰囲気を湛えている。

でも、こんなところで仕事をしたいとは思わないね。何か絵空事の中でフワフワ浮いているような気がして落ち着かない。




さてさて・・・・聖地巡礼


そんな高層ビルに囲まれた一角にそれがあった。

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プラットホーム部分から

これは後付けで作られたホームであり、当時のものは地中に眠っている・・・ちょっと残念。


停車場正面に回る。

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建物はもちろん当時のものではないが、雰囲気は上手く伝えていると思われる。

これを復元してくれた人に感謝しつつ礼拝


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一部当時の基壇部分が観察できるようになっている。

本邦の鉄道遺産の最も古きものと考えれば、カタジケナイものに感じられてならない。


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内部は展示室になっている

いざいざ・・・訪問しよう♪



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初めての“東武博物館”

前回からのつづき・・・

7月30日東京スカイツリーを初見学したあと、東武の業平橋駅から2駅乗車して「東向島駅」で下車する。

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そこには、レアな車輛が展示してあるオタクの殿堂“東武博物館”があるのだ。

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東武電車の高架下という狭隘な場所であるが、小生にとっては垂涎モノの貴重な車輛が大人200円で一日中楽しめる楽園であるうえに、去年7月にリニューアルオープンしたばかりなので、自ずと期待度がアップする。


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クーラーの良く効いた館内で最初に目に飛び込んでくるのは、東武鉄道を代表するSLピーコックだ。

これは、明治31年に英国のベヤーピーコック社から輸入した12輛の機関車のうちの一台で、
昭和40年まで現役で活躍していた長寿の機関車である。

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赤く塗られた半円の名板には、BEYER. PEACOCK & Co.Ltd, MANCHESTER,1898 とある。

このランボードが途中で斜めになっているところが何とも堪らない魅力!

明治期の数ある輸入機関車の中でも最も美しい機関車といっても過言ではないだろう。

典雅の極みなり♪



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またこの横にある正面5枚窓の木造電車であるモハ1101(デハ5)もいい感じ。

これは、南海・近鉄にあった同様の車輛と比べると洗練されたスマートさはないが、無骨な感じがこれまたしみじみとした趣がある。

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古典車輛の特徴ともいえる室内のWルーフの具合も完全に復元されている。

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子供たちに囲まれて、古典車輌たちも楽しそうだ。


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初めての“東京スカイツリー”

7月30日(金)東京で仕事があったので新幹線で上京する。

仕事までにはまだ時間があるので、まだ見たことのない東京スカイツリーを一度見ておこうと、地下鉄半蔵門線で押上に向った。

大阪を発つ時は晴れていたが、ここ東京は雨模様

地下鉄の改札を出て押上の交差点でふと左側を見上げると・・・

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おおっ、これか・・・初めて見る東京スカイツリー

雨雲に展望台がすっかり隠れている・・・こんな姿もまた一興だ。


交差点を渡ったところにある京成橋は人だかりが出来ている。

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夏休みとはいうものの、今日は金曜日の平日なのに多くの人が見物している。

これでは、休日にはどんな具合になるのだろう?と案じてしまう。

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こりゃ、巨大ネギ坊主だわ♪


これより東側の十間橋からは逆さツリーが見られるというが、地元民の「今日は天気が悪いし風で波があるから見えないよ」という声を耳にして十間橋へ行くことは断念した。

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上野彦馬と内田九一の写真でめぐる幕末・明治の日本

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先日の週末、尼崎の総合文化センターに出かけて「上野彦馬と内田九一の写真でめぐる幕末・明治の日本」という幕末から明治期の写真展を覗いてみた。

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上野彦馬は、写真師として名を馳せた人で、坂本龍馬の写真を数多く撮影していることでも有名だ。

この日も龍馬の写真を目当てに訪れたという一般市民が見受けられた。



また、内田九一は、夭折したため知名度は落ちるが、明治初期、若き明治天皇のご真影を撮影したカメラマンとして有名である。

明治6年に撮影されたもので、洋装軍装姿で椅子に腰掛けた明治天皇の写真は夙に有名である。

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当日のエピソードとして・・・

「撮影当日、姿勢を正そうとして九一が、天皇の頭に触れた時、側近が突然「無礼者」と九一を怒鳴りつけました。
しかし、天皇は、「写真を撮る間は、わが身といえども彼の手中にある。咎めるな。」とお言葉を発せられ、無事に撮影を終えたという逸話が残っています。」
と説明書きされていた。

この写真を間近に(天皇のお顔に息がかかるほど接近して・・・)拝見したが、かなりの修正の後が見受けられた。
写真師は、撮影後も写りの良いように線を加え、陰翳の筆を付したようだ。


また、2008年には、岩倉家に伝えられている湿板写真ガラス原板が九一が撮影したものであり、時代的に貴重なものであると報じた新聞報道とともに展示されていた。

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(特別展パンフレットより)





内田九一の子孫は、大阪で内田写真館を開設し、現在でも営業されている。

今回の写真展もその協力を得て実現できたとか。

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特急「新雪」でスキーに行こう!

今は昔・・・昭和54年1月30日朝、上野から臨時特急「新雪3号」で一路、上越線・越後中里に向かった。

ウイークディなのでゆったりとした特急の車内では、苗場プリンスホテルの一泊券やリフトの一日券の籤引きが行われた。
残念ながら当籤には至らなかったが、官営の日本国有鉄道にしては本当にユニークな企画だった。

長いループの新清水トンネルを抜けると、最初の停車駅は越後中里である。

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ここの駅名板の左下の隣接駅を表示している場所には、なにやらボードがぶら下がっている。

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これは、スキーシーズンのみに営業する「岩原(いわっぱら)スキー場前」と書かれた駅名板である。

この駅は、読みの長いことでファンには知られていた臨時駅であるが、この写真では字が多いためか、拡大してもよく読めない。


越後中里の東側改札口は、聞いていた通りゲレンデの中にあるのだ。ゲレンデまで徒歩0分である。

スキーをつけたままでも改札口を出られそうな感じである。実際スキーをかかえ、スキー靴を履いたまま改札口を通る乗客が何人もいる。あたかもスキー場のリフトやロープウェイを利用するときのように・・・。


宿屋となる茂倉スキーロッヂからお迎えの自動車がやって来た。

何と真っ赤な雪上車である。驚きながら背の高い雪上車に乗ると、キャタピラをガタガタいわせながら宿屋へ。

また嬉しいことに、宿屋が上越線のスグ隣ときている。食事中や入浴中でも窓の外にEF16や特急ときの往来する姿が目の当たりに望める。 う?満足!


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昭和55年12月 豪雪の白馬・八方尾根

最近はスキー人口の減少が報じられるようになったが、小生の大学生時代はまだまだ学生の人気のスポーツだった。

この当時スノーボードはようやく出始めた頃で、スキー場ではちらほらと見受けられた程度。

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昭和55年12月25日恒例になったが、大阪駅の中央コンコースで長い間並んだ後、ようやく11番線から列車に乗る。

午後10時過ぎの急行きたぐに(牽引機 EF58112米)で糸魚川に向かった。


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翌朝下車した大糸線白馬駅は、雪の中。雪国らしい光景である。

ゲレンデ前の宿屋に陣取り、スキーを満喫する。

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八方尾根スキー場の風景・・・今年はずっと雪が降っている状態なので、雪質は片栗粉のような上質のパウダースノーである。

新しいスキー板であるオガサカのケプラーは非常にきっかけがつかめ易いが、やはりグラスファイバーと異なり反発力もそこそこある。慣れれば上手くコブの表面を舐める様に滑降できるような気がする。

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上毛電鉄大胡駅から伊香保温泉へ

2009年12月7日 群馬の上毛電鉄に関するニュースがあった。

利用者減少で経営不振に陥っている上毛電鉄(本社・前橋市)の存続を支援しようと、地元市民らが中心となり「上電友の会(仮称)」を立ち上げることになった。15人が発起人となり、同電鉄の創立記念日である来年5月27日の発足に向け、準備を進めている。・・・というものである。


このニュースを見て、たしか伊香保温泉に友達と行った時に立ち寄ったことがあると思い、当時の写真を手繰ると果たして出てきた。

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昭和56年11月15日の上毛電鉄・大胡駅構内の様子。

この年の3月に伊豆箱根鉄道を訪れた際にも同じような西武カラーの車輌を見ていたので、これには正直なところ食傷気味。



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しかし、その中では異彩を放っていたデハ101であるが、当時は貨物電動車として黄色いボディーで、一日中この構内で昼寝をしていた。

今では、ぶどう色に塗り替えられ昭和レトロ電車としてもてはやされている様だ。


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昭和55年 東北地方ぶらり旅(3)

昭和55年10月12日

昨日泊まった田老町は、過去何度も津波の被害を受けているところである。

特に明治29年の三陸大地震では、田老町には14.6mの津波が押し寄せている。

海岸線には水面から10メートルの高さを越える異様なまでに大きな防潮堤が築かれ、崖に記された大津波の高さに驚愕する。


一旦宮古市に戻り国道106号線で盛岡に向かう。この国道沿いの紅葉は、今が盛りと謂わんばかりの美しさ。

この地方は広葉樹が多いためか、紅葉の美しさも一段と素晴らしいものであった。

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トンネルと鉄橋を繰り返すこのあたりの風景は写欲を頗る催す。

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山田線の下り急行「そとやま」1614D  (山田線・松草附近にて)



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昭和55年 東北地方ぶらり旅(2)

昭和55年10月11日 今日はリアス式海岸探訪の旅、宮古に向かう。

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まずは国鉄大船渡線の盛(さかり)駅に立ち寄る。

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入り口あたりの風情に色濃く「昭和」を感じる。

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ホームにはキロ25の格差げ車キハ26の姿があった。旧2等車だけあって座席のすわり心地がよさそうだ。

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これは国鉄・盛線(現三陸鉄道南リアス線)用車輌であるキハ22158 複線用スノウプロウを備えている。

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昭和55年 東北地方ぶらり旅(1)

昭和55年10月の日記より・・・

  10月10日 この三連休を如何に過ごそうかと考え、どこか旅行に行こうかということで仲の好い××を誘って愛車スプリンターで東北に出かけることにする。

本日の目的は、松島である。

定石通り東北自動車道経由で仙台に入る。

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紅葉にはまだ早い青葉城址を見学した後、一路松島へ


松島ではまず徳富蘇峰が絶賛したという双観台に登るが、南方に住宅や煙突が林立し、景観を汚していた。

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つづいて、奥松島の嵯峨渓を見んとて車を走らせる。車を降りて数十分山中をうろつくが嵯峨渓との立看板は見つからず、それがどこであるかが明らかにできぬまま、適当にここだと見極めて戻ってくる。

仁和寺の法師にならねばよいが・・・。


(嵯峨渓は、やはり海上から楽しむところのようである。)



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京都・パビリオンコートでのウェディング(後編)

(前回からのつづき)

京都パビリオンコートの1階で行われた挙式に続き、その2階で披露宴が始まった。

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2階の窓は1階と異なり倉庫のような重厚な観音開き窓または鎧戸が上部に備わっている。

それだけでは薄暗い空間になるが、天井の中央部から自然光が取り入れられるように改造がなされているので、十分な採光がある。

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鳥取・境港のレトロな町並み拝見

水木しげるロードの見学を終えて、昼食は「いろは寿司」に向かう

観光地のメイン道路を外れると、色濃く昭和が残っている。

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こんなパチンコ屋さんの看板とかが現役なのが嬉しい。

この看板の右奥がそのパチンコ屋さんだが、ケバい幟が立ち並び電子音が飛び交う都会のそれと余りにもちがうので思わず営業中なのか覗いてみたくらいだった。


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ここいろは寿司は、境港で昭和10年から営業している最も古いお店にして、境港に上がるネタしか使わないという頑固一徹な店というので訪ねてみた。

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境港を散策・水木しげるロード

皆生温泉で一泊した翌朝は、快晴となった。

昨夜は窓を開けていると寒いほどだったが、どうやら日中は暑くなりそうだ。


8時15分にはホテルを出発し、バスでJR米子駅に行く。

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9時03分 改札内を見れば、東京からの寝台特急「サンライズ出雲」が到着したようだ。

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一般の列車とは配色と窓配置が異なるので、一目でそれと分かる。


DF50が牽引する20系寝台の寝台特急「出雲」もこんなふうに入線していたのだろうか・・・・と思ってみても詮無きことだ。


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境線の0番線は・・・霊番線に通じる   霊界への入口か


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米子・皆生温泉をぶらぶらと・・・

(前回からのつづき)

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皆生(かいけ)温泉は、明治になってから海中より温泉が湧いているのが発見され、大正期に本格的な温泉街になったとあるので、福井の「あわら温泉」と同じく新しい温泉といえる。


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海鮮丼の昼食をすませた後は、皆生温泉街を歩くが、なんとも閉鎖したホテルが目に付く。

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かなり客足が遠のいているようだ。

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このホテルは営業しているのだろうか?

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最近の不景気のあおりか、なにか構造的なものが原因なのかは知らないが、土曜の午後にしては、そぞろ歩きの観光客も少ないし、行き交う観光バスもほとんど目にせず、寂しい限りである。

温泉街にあるソープランド地区だけは、真昼間から入口に客引きが立って呼び込みをしていたが・・・。

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鳥取・米子へGO・・・

いつもの仲間と毎年1回一泊旅行を楽しんでいるが、今年もその時がめぐってきた。

数えれば14回目にあたる。

去年は、奈良交通の八木・新宮線特急に乗って「秘湯・十津川源泉掛け流し温泉三昧」の旅だった。

今年は、鳥取米子の皆生(かいけ)温泉に泊まって翌日は境港を見学するというコース

座長は仲間内で輪番制にして、毎回一泊二日三食・酒類込みで3万5000円以内という枠組みを墨守したケチケチ旅行なのでさてさてどうなることか・・・お楽しみに






9月5日(土)大阪駅には朝7時00分に集合。

仕事でこの時刻は辛いが、遊びとなるとメンバー誰一人遅刻することなく定刻までにさらりと集う。

米子には岡山まで新幹線で行き、伯備線を北上する方法が順当だが、時間に余裕のある我々は、智頭急行経由の特急「スーパーはくと1号」を利用する。

それも大阪からより三宮から乗ったほうが、特急券が安価であるので、大阪からは快速で三宮まで向かう。もちろん昼特切符を使用しこの区間でも汽車賃の軽減を図る。

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三宮発7時57分のスーパーはくと1号に乗車するも、ガラガラの状態。

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土曜日の午前中でこんな感じだとウィークディは推して知るべし。

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グリーン車もこんな具合だ。


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車中では早速酒盛りが始まる。

朝早くから芋焼酎では周囲への臭いも気になるので、ここはひとつ缶ビール「秋味」と麦焼酎「香吟のささやき」で優しく乾杯!


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中山道・守山宿と“おばけホタル”

先日、ひさしぶりにJR東海道本線で滋賀県の守山に向かった。

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ホームにあるキロポスト

このキロポスト(甲号距離標)は1kmごとに設置され、1.2m程度の白い柱で、側面に黒い文字で距離の数字が縦に並べて書かれている。

本物件の場合、少々頭が欠けているが、ここが東海道本線で東京から487kmの位置であることを示している。

そして基本的に複線の場合は、下り線の進行方向左側に置かれるものなので、ここにあるのは正しいのだが、こんなホームの中央だと線路を走る列車からは見えないよ。

線路脇には置けなかったのであろうか?


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駅構内に昔の守山駅の写真があったので、思わずパチリ。

この駅は東海道線全線開通時の23年後である明治45年にできた比較的新しい駅となっている。


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有馬温泉から六甲山へ

有馬のかんぽの宿で一泊した翌朝は、六甲有馬ロープウェイで六甲山に向かう。

ホテルからロープウェイのりばまでは、徒歩で森林浴・・・暑さも一段落で・・・いい気持ちだ!

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途中「虫地獄・鳥地獄」という場所を通る。

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この石碑の表には・・・とりぢごく たんさん水 とある。

火山の近くであれば、硫化水素が噴出する場所を「○○地獄」なんて呼ぶことが多いが、
ここは、断層の裂け目から炭酸ガスが噴出し、二酸化炭素が谷地に充満することで虫や鳥が死んでしまうのでこう呼ばれているようだ。


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説明板


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汽笛一聲・阿房列車

ファジー

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何カノキツカケガアレバ汽車ノ事ヲ一所懸命ニ記述シテヰル。子供ノ時ノ汽車に對スル憧憬ガ大人ニナツテモ年を取ツテモ抜ナイノデアラウ。


DSC01281切符


 阿房(あほう)と云ふのは、人の思わくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。
 
 用事が なければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。
 なんにも用事がないけれど、汽車に乘つて大阪へ行つて來やうと思ふ。   
    ・・・内田百閒「特別阿房列車」


        

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長崎の鴉・・長崎阿房列車

段段車窓が薄暗くなり、汽車が次第に濃ひ夕闇へ走り込んで行く時に聞く汽笛の響きは、鼻へ抜けたかさ掻きのやうな電氣機關車の聲よりも、蒸氣機關車の複音汽笛が旅情に相應しい。


          


  いつの間にか窓が眞暗になり、窓硝子に響く汽笛の音が、蒸氣機關車C62の複音に變つてゐる。


          
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